2008年11月27日

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ・・・8

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幼い頃にTVで観た越路吹雪さんに惹かれて・・ハートたち(複数ハート)

 じっさい、この頃は歌謡曲の全盛時代でありまして、テレビをつければ、どのチャンネルでも必ずと云っていいほど歌番組をやってました。両親はじめ姉や妹、それぞれに好きな歌手やら曲があって・・、もちろん僕にも好きなスターがおりました。

 まず、ブラウン管から圧倒的だったのは、越路吹雪さん黒ハート
そして沢田研二さん黒ハートこの御両所は、いま思い出しても強烈な存在感がよみがえりまする・・ハートたち(複数ハート)

 ともあれ、僕が育ったのは、まさに歌謡曲の流行る、そんな幸せな時代だったのです・・揺れるハート

「ええか、大改築でもしてないかぎり、風呂場は一つやぞ」
「そこに、まずは女子から交替で入ってな、女子全員が済んだら、ようやっと男子や」
 剣道部二年の先輩たちは、さも自慢げに教えてくれましたし、僕たち一年生は、もう聞いているだけで夢見心地でした・・ハートたち(複数ハート)
が、しかし、とても賢くて美少年だった僕は、すぐに疑問を感じたのです。とはいえ、相手は意気揚々たる先輩方・・たらーっ(汗)それは話がおかしいですね・・、などと一年生の分際で云えるものではありません。でも、美少年で賢かった僕は、思い切って云いました失恋
「先輩・・、風呂場が一つで男女交替やったら、覗けんのとちゃいますかexclamation&question
「おおっ、さすがは賢くて美少年の菅君だね」
 とは云いませんでしたが・・・
「アホッ、話はこれからや、よう聞けよ。あの施設の売りはのう、海が見える・・、っちゅうことや。大きな風呂に、親しい仲間どうしで、ゆったり浸かって、海を眺めるねん。まるで温泉旅館みたいなとこや・・、窓とかいう小さいもんと違うぞ、カベや、カベ一面がガラス張りやぞ、分かるかexclamation&question壁一面ガラスやぞっ」
 そう云う先輩の顔は紅潮し、その目には涙さえ浮かんで輝いていました。そこで、わざわざ書いてくれたのが、大変にざっとした見取り図だったわけですハートたち(複数ハート)

 その頃、コピーなんてものはありません。
あっても、それは厳重な警戒の布かれた職員室の奥のほうに鎮座ましまし、僕ら生徒が・・
「ちょっと使わせて下さいね」
 などと気軽にさわれるものではなく、ましてや、先生方にとっては意味不明のメモなどは、とても複写できるものではなかったのです失恋そこで、僕ら、まさに選ばれた幸せ者である剣道部一年生は、めいめいが自分で書き写しましたが、やはり美少年で賢かった僕は、その有り難い原紙を、まるで宝物のように持っていたのです揺れるハート

「ええか、ここや・・、ここが小高い丘になっててな・・、このコースで回り込んだら、まず発見されることはないわい。ただし、や。このあたりからは這うていけよ」
「這うていくて・・、地面をですかexclamation&question
「当たり前やんけ、空中が這えるかいっ」
「ホフク前進っちゅうやつですねexclamation&question
「おうっ、それや、それ。なんちゅうたかて、お前ら、女の裸を見放題やぞっ」
「全裸やぞっ、全裸っ、分かるかっ、なんもかんも全部見えるスッポンポンやぞっ」
「しかもやっ、一人や二人やないんやぞっ、分かるかっ、もう、どこ見てもハズレ無しっ、一々、指さしたほうに目ぇ凝らさんでも、お前、見渡すかぎりの女っ、女っ、女の裸やぞっ」
 先輩たちは、いっそう潤んだ目を輝かせて熱弁をふるい、一年生たちは、ただ・・、わあっ・・、とヨダレくりそうに口をあけて聴き惚れていました。が、しかし、さすがに美少年で賢かった当時の僕は、すぐにヨダレを拭って、やや遠慮がちに質問したものです。
「ほんで、先輩・・、先輩らは成功しはったんですかexclamation&question
「おっ、さすが賢い美少年」
 とは云われませんでしたが、にわかに先輩たちの顔は曇りました。なかには、まるで外国人みたいに肩をすくめる人もいます。
「失敗や、みな、このポイントにたどりつく前に玉砕や」
「こいつや、先鋒のこいつが先生に見つかりよってな・・」
「どこ行くんやっ、こらあっ、ちゅうて先生に呼び止められてな」
「・・・白状しはったんですかexclamation&question
「アホウッ、云えるかいっ。ただ、勝手に出歩くなっちゅうて注意されただけや」
「さすが敵さん【先生方】が一枚上手やったわい、すぐに時間割に気ぃまわしよってからにのう・・」
「ははあ、お前ら、デバガメしょう思てたな・・、云われてな、男全員が、それぞれの部屋で待機させられてよ、お前、女子の入浴タイムが終わるまで、先生が廊下で監視しとったがな」
「・・ほな・・、僕ら、最初からアカンやないですか」
「ドアホ、初めから、そないな弱音吐いてどないするっ、俺らが果たせんかった夢を、お前らが果たさんかい」
「どやっ、これが先輩の思いやりっちゅうもんじゃ、頑張れよっ」

 ははぁん・・、どうやら、これは二年の先輩らのワナやぞ・・失恋
そう見破った賢い美少年の僕は、手にしていたメモを破りすてたのでした。そうして、叶わない夢はきっぱり諦めたのか・・、と申しますと・・・、あらたな作戦に想いを馳せていたのです・・揺れるハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 18:59 | Comment(0) | 音楽の風景

親がなくても子は育つ!!って云えた時代はねえ・・、周囲の大人達がしっかりとした、まこと人情あふれる美しい世の中だったのさ!!

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愛媛国縁起

子供戦(こどもいくさ)

       二
 都祢那賀(つねなが)が乗馬の稽古を始めた頃から、宵襠(よいまち)は、盛んに草花を植え始めている。渋みのある静寂を漂わせていた屋敷の庭が、にわかに華やいできたのである。
「若様、いずれは生命震えて儚き戦場に出られまする御身なればこそ、一輪の花を愛でる御心を忘れませぬように。是非もなく気魂荒ぶり荒む修羅場にても、花を慈しむ御心を保たねばなりませぬ」
 と朝な夕な、都祢那賀に向かいては幾度云い聞かせたか知れない。まったく、どこまで聡明な女性であったことか。

 聡明といえば、生母である撫子(なでしこ)もまた、ひときわの白眉(はくび)であったろう。祖父に嘆かれ、父にうとまれた都祢那賀を、この母はいっそう優しくなぐさめた。
「そなたは、そなたのままがよいのです」
 きっぱりと云った。
「臆病などを、少しも恥じる事はありませぬ」
 とも、この美しき実母は云う。
「されど・・」
やや拗ねたような都祢那賀の、これは、まだまだ幼い頃である。
「なぁに」
「翁様や父様は吾を、出来損なう者だと嫌いまする」
「今は云わせておきなされ。気にせねばよいのです」
 と、弾けるような笑顔で云うのである。
「異母兄様達も遊んではくれませぬ」
「それもそれ。そなたには殊里殿をはじめ、大勢の友がおると聞きました。覇津華雅爺様や宵襠乳母様も、いつもお側におるではありませぬか。寂しくはございますまい」
「うん」
 とは云うものの、やはり寂しいのであろう。
「ここに、ほら、母もおりまするよ」
「うん」
「よいですか、都祢那賀。母は、戦の事などは知りませぬ。知りませぬが、こう思います。武将にて、ただ武勇を誇る者は華やかなれど功は小さい。たとえ臆病なれど武将たらんと欲する者こそは、臆病こそが天佑です。なぜと問われれば、臆病こそが智略なる大勇を育むと思うからです」
 とは、さすが邪馬台大将軍の妻女であった・・。
「ちりゃくとは、いかなるものですか」
「たった一人で千人の敵を相手にできるもの・・、と聞き及んでおりまする」
「一人で千人・・とや」
「はい。そのあれこれ【詳細】は、いずれ覇津華雅爺様に教えていただきませ」

 里子(さとご)でなくなるのは、その初陣の後である、という慣わしであった。が、言葉を解するようになれば、十日に一度くらいは実母とも語らえる暇が許されているのである。
幼少の都祢那賀は、実家である嘉汰耶屋敷を好まなかったが、こうして母親と過ごす一時は疎かにしていない。
馬をうたせて逢いに通う際の手みやげは、必ず宵襠が植えた四季おりおりの花々であった、という。
ともあれ、宵襠と撫子が都祢那賀の世界を変え、馬がその世界を広げた、と云っていい。

 さても都祢那賀、よほど馬が気に入り、乗馬を好いたものであろう。一年を待たずして彼は、殊里と並んで遠駆けできるほどまでに上達した。
「夕暮れも近いに、まだ帰ってこぬとは。さて今日は、どこまで遠駆けているのやら」
 覇津華雅(はつかが)は庭先で武具の手入れをしながら、かたわらで縫い物をする宵襠に話しかけた。
「さあ・・、案外と近くかも知れませぬよ」
「確か、二人して、つつみ飯【竹皮で包んだ握飯】を持って出たではないかよ」
「あれは腰糧【こしかて=兵糧】だそうでございますよ」
「なんじゃと、腰糧とや」
「はい。何でも近ごろは、近在の村々をまわって戦に明け暮れているとやら」
「戦とは、これまた穏やかならぬ話じゃ。そなた、笑っておる場合ではあるまいに」
 宵襠は、くっく、笑いながら最近の都祢那賀の様子を語って聞かせた。近ごろの都祢那賀は、よく遊びに来ていた近所の子供らを兵士に見立てて率い、隣村などで徒党を組む悪がき共に喧嘩を仕掛けてまわっている、というのである。負かした子供らを手下に加えつつ、さらに勢力を広げているらしい・・。
「若様の軍勢、なかなかにお強いらしく、いまだ負け知らずとか」
「ほうほう」
 覇津華雅は兜をみがく手を止め、嬉しげに笑った。
「されど、喜んでばかりはおれませぬよ。昨日も近所の方々が押しかけてこられました」
「ここへ、かや」
「はい。子供らが皆、農作業をほっぽり出して若様と駆けずりまわっているのですもの。手伝いを望む親兄弟としては、そりゃあ文句の一つ二つは、云わずにおれますまい」
「・・ふむ。そりゃあ、そうじゃろうて」

 明日香野は遠く四方を小高い山々に囲まれた平野であり、例えば盆地の山里などよりは日が長い。覇津華雅の屋敷から西方遥かにのぞむ葛城山の上空が濃い橙と鮮やかな赤に染まり、なだらかな稜線がくっきりと浮かぶ頃、表門に駆け込む二駒の馬蹄の音が響いた。
「帰ってきたわい。さて、勝ち戦であったかや」
 覇津華雅は、上機嫌である。幼い頃から・・
「こやつ、女に生まれた方がよかったかよ」
 とまで嘲笑混じりにも嘆かれていた都祢那賀が、喧嘩を仕掛けてまわるほどに成長したのである。もう、初陣で大手柄をたてたかのように嬉しくてしかたないのだった。
苫屋(とまや)では夕餉の膳が整いつつあり、いつもなら手酌で盃をなめながら待っているのだが、今日ばかりは待ちきれず、さっそく庭を横切って住屋の裏手にある馬屋の方へと迎えに出た。
「おお、殊里(しゅり)。どうじゃ、勝ったか」
 馬屋の前で自分の馬に青草をやっていた殊里は振り返り、上気した顔の汗を拭いながら、覇津華雅を見上げてうなずいた。
「ついに、親父殿(おやじどの)にも、ばれましたか」

 いつの頃からか殊里は、覇津華雅を、親父殿と、敬愛を込めて呼ぶようになっている。
「おお、ばれいでか。若様はいずこ。いずこにおわす」
「裏の池で馬と、御自身を洗うておりまするはずにござりまする」
「そうか。さても殊里よ、若様の馬術も一段と進んだようじゃのう」
「御意。先日、本陣横(地名。嘉汰耶(かたや)屋敷を本陣と呼称した)の調練場(軍馬の飼育場)に駆け込んだ折には、なかなかの見世物でござりました。馬引役が手こずる荒馬が、若様を見た折柄【おりから=ちょうどその時】、にわかに首を垂れて鎮まってござりまする」
「ほうか、ほうかよ」
「近頃では遠駆けの競馬なども、ややもすれば吾の方が馬煙(うまけむり)にまかれまする」
 馬煙とは、馬が駆けて立ち起こる土埃の事である。つまり二騎で競走する時、うっかりすると自分が負けてしまうのだ、と殊里は嬉しいやらくやしやらで誉めているのである。
「ふむふむ。さても殊里よ、お前は、歳はなんぼになったかよ」
「もうすぐ十にござりまする」
「ほうかよ、もはや戦場に出ておる頃じゃなあ」
「いつでも、その覚悟はできておりまする」
「よせよせ。戦場に出ても荷役か馬役じゃ」

 普通なら、八歳ほどで従軍せねばならない。が、しょせんはまだ子供である。実戦力にはならないから、軍の後方にて荷を運ぶか馬の世話をさせられるのである。そうして肌で戦場に慣れてゆき、あわよくば上官の目にとまって引き立てられれば出世の道が開けるのだった。初陣前から出世が約束されているのは、嘉汰耶一族とか覇津華雅のような上級将校の子供達だけ、つまりは支配者階級の子孫達だけである。
「どうせ生命をさらすなら、己が手ずから兵馬を存分に率いたほうが面白かろうがよ」
「それこそ兵士の本懐じゃと、亡父も申しておったと、母から聞いたことのありまする」
「そうじゃ。それが、うぬになら間違いなしに叶う。ゆめ、自らを疑うてはならぬぞ」

 言霊、というものが在る。人が思ったり喋ったりする言葉には、霊力が宿っているのだ。だから言葉で想うたとおり、つまりは云ったとおりになる、というのである。
これは宵襠も、都祢那賀が言葉を喋り始める前から、その小さな耳元で幾度となく云い聞かせたものであった。

若様はかしこい、若様は必ず強い大将軍様になりまする、と・・。

「さても若様は、裏の池じゃったかな」
「御意」
「ついて参れ」
 覇津華雅は殊里をうながし、馬屋の向こうにまわり込んで池に近づいていった。まず、水に脚を浸けてたたずむ馬が見える。
その横で、都祢那賀はどこぞで見知ったのであろう、片肌脱いで背筋を伸ばして肘を張り、馬柄杓【馬を洗うための柄杓】に口をつけ、細い喉を鳴らして水を飲んでいた。小さいながら堂々たる、とは、覇津華雅の欲目もまざっていようか。
「若様、まずはめでたき事にござりまする」
 と、野太い声をかけた。
池に照り返す夕陽の中で都祢那賀は振り返りざまに
「きゃっ」
 と一声甲高く笑い、さらに今一度、細い両腕で馬柄杓を持って水をすくい、頭からかぶった。
その一連の動作の間合いが、いかにも大人びて映り、かつ小憎らしいほどに似合っている。

 もはや機は熟した・・・と、ついに覇津華雅は確信したらしい。
「若様、子供戦は今日で終わりにしませい。明日よりは狩猟にお連れいたす。殊里、お前も一緒じゃ。今宵、家に帰ったなら母様に云うておけよ。暫くは帰れぬ、とな」

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:35 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2008年11月26日

徳川家康晴れ岡崎城にて…天晴れじゃあ晴れ

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岡崎城と、その周辺に興味深い史跡やら仏閣などを巡るつもりで…とりあえず、家康さんに目通り願った次第です晴れ今日の岡崎地方…まこと天晴れなりい晴れって文字どおりの晴天です黒ハート
岡崎在住の森さん御夫妻に大変なお世話になりつつ眼鏡まこと戦国時代を満喫させていただきました黒ハート

森さん晴れ本当に有り難うございました黒ハートまた、どうか今後とも、よろしくお願いいたします晴れ

おかげ様で、いろいろと、ためになる見学が叶いましたし…何より晴れじつは、僕としては…あまり好きではなかった家康さんが、少し好きになってきました揺れるハート
また、ゆっくりスケジュール調整して名古屋周辺を巡ってみたいと思いおります晴れ

森さん黒ハート本当に心の底から感謝しきりです黒ハート

有り難うございました揺れるハート
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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 18:43 | Comment(0) | 歴史小説家としては…

黒髪や自然の白髪って本当に美しいのに…カメラ

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老若男女を問わずして…いまだに髪を染めた人たちが珍しくないでしょう失恋

僕は、黒髪が大好きです黒ハート自身は中学生の頃から〜もちろん今も、大変に白髪が多くて目立つのですが、まるで気にしないで過ごしております晴れ

むろん、気になさる方々もおられましょうし晴れことにご年配の女性なら、やはり髪を染めたりなさるのも、無理はない…と思う僕なんです晴れしかし…

若い方々のうちに多く流行りました…わざわざ金髪に染めたり失恋脱色したり失恋それは一過性の…いわゆるファッションてやつか…とも思いおりましたが…いまだに根強く流行っているらしく失恋よく見かけます失恋

そういえば最近晴れお仕事としての舞台で全裸になったプロのストリッパーが失恋公然猥褻罪で現行犯逮捕されてましたねキスマークしかも、どうやらチクリ【密告】による…とか失恋

なんと情けない国になったものかと…僕は、もう呆れて…わざわざ話題にする気さえ起こらなかったのですが…ストリップ劇場で、ストリッパーの方が全裸になってキスマークわざわざアソコを見せて下さるのは…裁判官が情状酌量するのと同等晴れいや!!それ以上に人情味溢れる優しさってものじゃあないですか黒ハートしかも、現場は、いわゆる職場ですよexclamation×2職場で一生懸命に仕事して晴れちょっと張り切りすぎたからって逮捕されたら…いったいぜんたいexclamation×2どーなんですか失恋

あっexclamation&questionいや…つまりは…昔は、金髪にするのはストリッパーなど、そういうふうに身体を張って頑張っている女性の方々ばかりだった時代がありましたでしょう黒ハートということは…

多くの若者が…そういう意識レベルになっているのかな…と失恋ふと思った僕なんです…失恋

日本人なら黒髪やろexclamation×2

あるいは天然の色のままが、本当の美しさだと晴れ
僕は信じています黒ハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 06:38 | Comment(0) | 鹿鳴館の逆襲失恋

2008年11月25日

独りぼっちで悩み泣いて暮らすより…晴れ

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今夜は…パプアニューギニアに住む十二才の匿名希望君からの悩み相談です晴れ
『僕んちの近所に棲んでいるカエルと蛇の仲が、すごく悪いみたいなんですけど、どうしたら仲良くなれますか!?』

うーん、君は、とても心優しい少年なんだね晴れ
それは、すごーく良いことなんだよ晴れこれからも、その気持ちを忘れずに大人になって欲しいな黒ハート
だけどね…じつは、お兄さんは、蛇ってやつが、何より苦手でさ、はっきり云わせてもらうと、とてもキライなんだよね晴れ分かったかなexclamation&questionじゃあねぇ〜黒ハート歯ぁ磨けよぉ〜晴れ宿題やったかぁ〜黒ハート風邪ひくなよぉ〜晴れまたなあ〜黒ハートハアーア晴れビバノンノン揺れるハート

という感じで晴れもう世界中から寄せられる手紙や葉書やファックスとかメールなどのお便りや失恋疑問質問やら悩み相談等々…当ブログのなかの…このセンターで随時受け付けてます晴れ

誰にも心がひらけず、誰にも相談できないまま…ただ年だけ食っておられます貴方exclamation×2もうダメなのよ…失恋なんて捨て鉢にならず…

さあ晴れお兄さんには気軽に晴れどんなことだって打ち明けてごらん…exclamation&questionほら…独りぼっちで悩み泣いて暮らすより、ずうっと精神的にいいはずさ…晴れ

でも…あまり深刻な悩みは…いくら君の頃にはやんちゃで美少年だったお兄さんでも解決できなかったり失恋適切なアドバイスができないこともあるから…勘弁してね晴れ

また、相談は先着順だよ揺れるハートあまりに殺到したなら、厳正なる抽選になるから…そこんとこ揺れるハートヨロシクゥ晴れ
さあ、独りぼっちで悩み泣いて暮らすより…ジャンジャン打ち明けてくれよな晴れ待っているぜキスマーク揺れるハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 22:41 | Comment(0) | 酔狂庵お便り紹介晴れ悩み相談センター失恋

贅沢に過ぎました…揺れるハート

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今宵…一人鍋ってやつで眼鏡すき焼きビールでした黒ハート
美味しくて晴れおかわりしたんですけど…それって本当に一人鍋だったのだろうかexclamation&questionと…平らげたあと、少し酔いのまわった頭で思い返しているところです眼鏡

なるほど、有楽と銘打ってるだけあって…お店は、いかにも和風って感じでしたが…和服を着ていれば、中居さんでしょうけど…、洋服をきているウェイターやらウェイトレスというんですかexclamation&questionなんかもいて、酔っぱらいの僕には、なんか落ち着き切れない雰囲気でした失恋

こんな持て成しじゃあ、有楽斎さんが泣いているぞ失恋なんて…酔っぱらいらしく思いながら…今月の献立コース最後の果物と、本当に一口ケーキを食べながら、片付けにきてくれた中居さんに…この献立のなかにある、犬山夢とろろそば、の…夢っていうのは、どのあたりだったのですか!?…と失恋やはり酔っぱらいらしく質問しました眼鏡

すると、その若い中居さんは、にっこり微笑みながら…「すぐに確かめて参ります」と云い、本当に間もなく引き返してきて…ちゃんと、その由来を教えてくれました晴れ

犬山市の農家の方々が、いわば町起こしをかけた特産品として、自然薯の栽培に取り組んでおられ、そうして収穫したものを、夢とろろ、と命名しているそうなんですね晴れ

その昔…かの明智光秀が、真夏に遠来の客を気遣いまして…まず、茶碗に半分ばかり持て成したのが、井戸水で冷やした、とろろ、だった…という逸話がありますでしょう…黒ハート暑い最中の長旅の疲れと晴れ空腹をも気遣いましての接待だったそうで…客としては、まず茶かよ…と思いながら…茶碗の中身に有り難く驚嘆しては、思わず、さらに一碗を所望した…そうですね黒ハート
馳走、という言葉があります晴れご馳走様、という言葉があります晴れそうして、心はかりの…という言葉があって、心尽くし、という言葉があるんです黒ハート

美しい…まこと日本語というものは美しく…それを正しく使える日本人は黒ハートまるで内面から芳しいばかりに美しい…黒ハート

と…僕は思っています揺れるハート
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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 21:18 | Comment(0) | 食生活に思い巡らすこと…

国宝茶室 如庵…揺れるハート

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織田信長の実弟のひとりであります織田有楽斎(おだうらくさい)がこしらえた、如庵ですね晴れ

御覧のとおり、僕は写真カメラを撮るのが下手な上に、これは携帯で写したものです晴れてか…携帯で撮らないと、こうしてブログに載せる方法を知らないヤツでして…失恋

前にも触れましたけど、僕の場合…ブログでは、何にも考えないで、まるで勝手に思いついたことを喋っているようなつもりで…メモ代わりって感じで書いてますから失恋内容が薄かったり無かったりしますが…読んで下さっている皆さんへの感謝と持て成しの心は揺れるハートそれだけは忘れずに綴っておるつもりですので…どうか、至らぬところは御免下さいますように晴れ

ともあれ…如庵は残念ながら、春と秋の一般公開っていうことで失恋また一つ、室内は、あらためて…といたしまして、お隣の弘庵だったかな…そこで、お茶をいただきました晴れ

近くには犬山城が在りますから、とりあえず天守閣まで登りましたが…どの城も見晴らしは最高だけど…やっぱり城下町の風情は…コンクリートとアスファルトの街並みにジャマされて失恋昔は、見渡すかぎりに美しい田園風景が広がっていたんだろうなあ…と想像するばかりですよね…失恋

あと…その頃の風の香りは…いわゆる田舎の香水ってやつですよ〜晴れ

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 16:05 | Comment(0) | 芸術に捧ぐ

2008年11月24日

鹿鳴館時代の再来か…失恋

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失恋仏つくって魂いれず失恋

明治16(1883)年、当時の日本からすれば先進とも想われた諸外国の偉いさん方を接待するため、いわゆる迎賓館として落成いたしましたのが、すなわち鹿鳴館です晴れ当時には外務卿【のちには外務大臣】であられました井上馨さんが、企画推進されて完成した、という西洋館でありまして…この落成記念パーティーには、各国の偉いさん御夫妻らが多数ご来場晴れそれこそ昼夜を問わずして豪華絢爛たる大盛況晴れ…だったはずなんですが…失恋

その当時の日本人は…なにせ、お江戸でござりまする、殿中にて候…が脳髄にまで染み込んでおりますものですから…

失恋タキシードやらドレスなんぞは着なれておりませんし、ダンスなどは…押さば引け、退かば圧せ…まさに柔道の組み手のようでしたし、指先を洗う【フィンガーボールってんですかい!?オイラだって知らねえや失恋】水を、グイッと飲んだりしましたそうで…眼鏡

当然ながら、諸外国の偉いさん御夫妻方々からは、あからさまなる失笑ひいては嘲笑をたまわりました次第でしたよね失恋

じっさい、当時の諸外国の新聞にも、皮肉たっぷりの挿絵付きで掲載されては、猿真似、などと酷評されつつ大いに笑っていただいたそうで…諸外国の皆さん失恋その節には、あなた方のご先祖様々には大変お世話になりました失恋プンプン失恋
と…はるかな昔話ですよう晴れダンナァ…なんて云えない時代が…まさに現在日本国じゃあありませんかexclamation&questionえっexclamation&questionお侍さん…失恋

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 23:49 | Comment(0) | 鹿鳴館の逆襲失恋

古代日本歴史小説おすすめ、明後日を先どり更新だぜ!!

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愛媛国縁起

子供戦(こどもいくさ)

      一
 はてもさても、覇津華雅(はつかが)と宵襠(よいまち)、ともに暮らすようになって・・、もう久しい。
だが、しかし、いまだに、いわゆる男女の契り、というものは無いものとみえる。このあたりの情景、『媛国攻陣始末記=ひめのくにこうじんしまつき』にも、わずか十数行しか記されていない・・。

やや昔の懐古噺・・
 都祢那賀(つねなが)を里子(さとご)に引き取って間のない頃であった。宵襠と都祢那賀は新築の高床住屋に寝るが、覇津華雅は従来の苫屋(とまや)暮らしを止めていないのである。
互いに慣れぬ日々が暫く続いたが、ある夜、囲炉裏(いろり)の炎が炭火になっても、宵襠は席を立とうとはしなかった。
かたわらでは、乳をたらふく飲んだ都祢那賀が、すやすやと眠っている。盃を重ね、心地よく酔いのまわった覇津華雅は・・
「乳母様よ、今宵は蜜蝋(みつろう)を切らしたかや」
 などと、からかい半分で云ったものであった。
苫屋では囲炉裏火が、夜の灯明を兼ねている。
つまり、高価な蜜蝋を手に入れられる身分の者でなければ高床の屋敷には住めない、とも云えよう。その灯明を、うっかり切らしたゆえに、夜ふけても宵襠は住屋に戻らぬのか、と、どうやら覇津華雅は思っていたらしいのである。
「そうではのうて・・もうそろそろ、傅人様と乳母の契りを、男女の神事を契りとうござりまする」
 と云いつつ宵襠は腰紐(こしひも)をとき、髪の元結までほどこうとしていた。
「まっ待て。それはならぬ。ほどくなよ、待て待て。いっ・・いかぬと云うに」
 覇津華雅はとめようとし、宵襠はやめようとしない。
「なにゆえにござります。契るにも、わたくしの身分が低すぎるからでしょうや」
 彼女は髪をほどく手を休めたが、そのかわりに目を据えて覇津華雅に問うた。
「ちっ違うわい。わしは、その・・ただ、いかんのじゃ」
「それでは返答になりませぬ」
 宵襠は膝をにじって詰め寄り、覇津華雅はよほど困惑したものか盃まで落として、尻をついたまま後退し、ついに苫屋のすみの鎧櫃(よろいびつ)の後ろに隠れてしまった。
「契りが叶わぬなら、せめて陰部をさすって下さりませ」
 この夜の宵襠は、相伴の酒に酔うてしまったものか、妙にしつこい。
「いかん、いかんぞ。それもいかんのじゃ」
「女性に、これほどの恥をかかせて・・覇津華雅様には・・・死ねよ、とや」
「あっあほうな。されば云う。今、話す。話して聞かせるゆえ、腰紐をもどせや」
 そう云いながら覇津華雅は、急ぎ鎧櫃の蓋をずらして、内から何やら掴み出した。

 舶来の金襴(きんらん)に包まれており、金襴をほどけば中からあらわれたのは・・、一尺ほどの人形である。
「そなたは巫女ゆえ、触れて障りなかろう。手にとって見ませい」
 宵襠は受け取り、目を凝らしてよく見れば、豪奢(ごうしゃ)な甲冑(かっちゅう)を身に纏(まと)った武将のようだった。
「それなるは御名を毘沙門(びしゃもん)と宣(のたま)いて、天軍神(てんぐんしん)大将におわします」
「まあ」
 さすがは巫女である、宵襠はそっと両手を合わせて拝んだりした。
「祖父が、どこぞで手に入れてきて、父が受け継いだものらしい」
「ほんに凛々(りり)しい、御立派な御姿」
「わしの幼少の頃には、嘉汰耶(かたや)様に仕えての初陣前夜であった。わしの父親がな、これをわしに授けて申すには、これを持して心呪を唱うれば、矢槍豪雨(ややりごうう)のごとくに降り注ぐとも決して当たらず、軍略などは岩をも割って溢るる泉のごとくに湧きいでて、しかも一つとして外れず・・というほどに霊験灼(れいけんあらたか)なる軍神様ぞえ。しかながら、その功徳をひらかせ奉るには一生涯、女性を近づけてはならぬ、と云うたわ。祖父も父も拝まず持していたものゆえに、武功の一つも恵まれなかった変わりに、わしが現世に生をうける事ができたわけじゃが、さて、どうしたものかと思案のすえ、わしは密かに拝む事に決めたのよ。確かに絶大無比にして神妙なる霊験を授かったわい」
 それゆえ、女性と契るどころか、その柔肌に触れる事すらも叶わぬのよ・・・。
 宵襠は呆れた、という。
世に隠れもなき名将の武功の種が女禁とは、どうであろう。
しかし、邪鬼神の類とて逃げよう、というほどに威風堂々たる覇津華雅が夜な夜な、この御神体に向かいて、その節くれ立った厳つい手を合わせて畏まる姿を想い浮かべたらしい彼女は、つい、ぷっ、と噴き出してしまった。これで淫靡(いんび)なる気は失せたのであろう。
「ありがたし。委細承知いたしました。もう、無理は申しませぬ」

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愛媛国縁起

初駒(はつこま)

      四
「では、心を見せてさしあげまする」
 と云いながら宵襠(よいまち)は、鼎(かなえ)にたっぷりと水を張った。
「まずは目を閉じて、お気を静めなされ。そして今日、馬で駆けて見た景色をまぶたの裏に想い浮かべてごらんなさいますように」
 暫し、蜜蝋(みつろう)の芯が燃える微かな音が聞こえるほどの沈黙の時が、静かに流れていった・・・。
「何か見えましたか」
 と宵襠が問うと、都祢那賀(つねなが)は目を開け・・
「馬の顔と・・都の賑わい」
 と答えた。
「目を閉じているのに、それでも・・、よう見えましたのか」
「うん、まるで夢のように・・」
「それこそが、若様の内にある心が見せたものにござります。この世には、確かに目で見、手で触ることのできるものと、目には見えず触ることもできないものの二通りございます。時おり参ります宮中にて、巫女がお呪いなどして見せるものがございましょう」
「うん」
 都祢那賀は、こくり、とうなずいてる。
「あれなども、いつもは見えぬ神々様を口寄して、御姿を現していただくのですよ」
 都祢那賀は、その癖で小首をちょっとかしげ、宵襠の話に真顔で聞き入っている。
「では若様、この鼎をのぞいてごらんなさいませ。よぉく目を開けて、じっと見て。これは奴我【やつかれ=わたくし】が化粧の時などに使う水鏡(みずかがみ)にござります」
「みず・・かがみ、とや」
「今は水面が鎮まっておりましょう。若様のお顔も、よう映えて見えまする」
「うん」
「では、けっして目をはなさずに水面に映る御自分のお顔をじっと見つめておいでませよ」
 と云いつつ、宵襠は手にした擂粉木で、鼎の縁を叩き始めた。
鼎が、くわん、くわん、と音を立てて震え、当たり前ながら水面に細かい波が立つ。
「水面が揺れて、よう見えませぬ。あぁ・・見えなくなってしもうた」
 都祢那賀の残念そうな声を聞き、宵襠は、くっくっ、と笑いをこらえて云うのである。
「心とは、この水鏡の水面のようなものにござりまする。鎮まっている時には何でも映して見せてくれまするが、ざわめくと見えなくなりまする。また、水面は確かにございますのに、水面だけを手にとることは叶いませぬ」
 そして、宵襠は鼎をひっくり返して・・
「そして水は形を整えませぬ。つまり、どのようにでも形を変えることができまする。心も同じにござりまする。目を閉じて気を静めれば、まぶたの裏に水鏡ができて、手で触ることは叶いませぬのに、まるで目の前にあるかのように見えるのです。まぶたの裏の水鏡こそが心です。心が騒げば、さきほどのように水面が波立ち、何も映らなくなってしまいまするゆえ、いつも、お心静かにおわしませ」
 この一連の様子を見つめていた覇津華雅(はつかが)は思わず膝をうち
「見事じゃ」
 と、うなった。
「いやはや、そなたの聡明なる事、常々見知っておるつもりじゃった。されど今宵こそは、あらためて感服つかまつったわいのう。いや、まこと見事じゃ」
「されば、覇津華雅様。今宵こそは愛でて下さいましょうや」
「そっ・・それは、その・・」
 覇津華雅は慌て、宵襠は美しい顔に笑みを咲かせて身をよじり
「さあ、今宵はずいぶんと遅うなりました。お二方とも、お疲れでしょう。早う、お休みなされませ」
 この宵襠なる女性、巫女としての身分は低いが、そうとうの才媛であったろう。

 こうした機知(きち=奇知とも書く)の豊富な他には、料理も上手い。ありきたりの食材を巧みに組み合わせ、様々に調理した。
その中でも都祢那賀をはじめとする子供達が歓喜するのは茶子【ちゃのこ=菓子の類】である。羹【かん=羊羹=ようかんの祖先】と呼ばれる練物が得意で、色々な素材を錬って作った。
餅の種類も多い。都祢那賀がもっとも好んだ茶子は、後に〈歓喜団子=かんきだんご〉と称された逸品で、その製法も記されている。
まず金柑(きんかん)と柚子(ゆず)と橙(だいだい)の、表皮と実を別々にして天日で干し上げてから細かくきざむ。
焼栗と胡桃の実を潰した物を、茹小豆(ゆであずき)と混ぜ合わせ、それに前述のきざみ物を、よく練り込んで餡(あん)に仕上げる。つきたての餅を一口ほどの大きさにちぎり、柔らかい間に薄くのばして餡を茶巾(ちゃきん)包みにしておき、それを胡麻油でさっと揚げれば出来上がり・・。
揚げ立てなら餅皮は、かりっ、として、中の餡は口中でとろけるような感じで、柑橘の香りが広がり、しかもほのかに甘い。
これを薄塩で浅く漬けた大根の千切りと一緒に夏なら冷茶、冬なら温茶で食するのが、また格別に旨い。

 この歓喜団子を食べる時、どういうわけか都祢那賀は、生大根の輪切りを好んだ・・、とある。
彼は、よほど大根が好きらしく、畑で引き抜いた大根を洗って丸ごとかじる事もあった、とも云うのである。変わっているようにも想えるが、なるほど、確かに団子の甘味と大根の辛味がほどよく混ざり、互いを引き立て合うような食べ方ではあろう。
「乳母様は巫女でありましょう」
 幼い都祢那賀は料理する宵襠にくっついて、乳母の白く細い手先をのぞき込むようにして問うている。
「はい」
 宵襠は、手を休めることなく餡を練りながら応えた。
「俺が翁様【嘉汰耶(かたや)のこと】ならば、乳母様を巫女の女王にする」
「ほう」
 と、かたわらで武具の手入れをしていた覇津華雅が、その由緒を聞いている。
「宮中の巫女などは、その手で怖い物ばかりを出してくる」
 乳母様の手で出来る物は、みな旨いもの・・・。
これには覇津華雅と宵襠、思わず顔を見合わせて噴き出したが、都祢那賀だけは真顔で・・
「本当の事です。乳母様の手は、どの巫女の呪術よりもすごい」
 と感心しきりであった・・、とある。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 17:05 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用