2008年11月24日

日本全国乃木第三軍状態!!助けて!神様!仏様!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

GYAO動画のなかにある昭和TV今月号に感激揺れるハート

 じつは上田正樹さん黒ハート貴方が、僕に歌う素晴らしさを教えて下さった、まず最初のヒーローなんですハートたち(複数ハート)
るんるん上田正樹とサウストゥサウスるんるんなんとステキでカッコよかったことか・・ハートたち(複数ハート)僕は、イッパツで夢中になりました揺れるハートいつか貴方のように歌いたい位置情報黒ハートと、心の底から願ったものです揺れるハートそのライヴアルバム、有山さんとのるんるんぼちぼちいこかるんるんというアルバム、また初期の上田さんのソロアルバムは、まこと僕の生きた教科書でしたし、本当に今でも歌わせていただいておりますハートたち(複数ハート)
って・・そういえば・・、一曲演奏一回につき著作権料を払わねばならなかったんですよね・・・音楽俺の借金ぜんぶでナンボやexclamation&question

 とっ・・ともあれ、貴方が昭和TVのなかでコメントなさっていることは、まったくそのとおりです黒ハートっていうことを、この場で云いたくて、こうして書いている次第です。
 昭和という時代に忘れてきたモノ・・、それは人が人として生き抜くために必要不可欠な、まさに黒ハート黒ハートというものではなかったか・・、と、僕も小説やブログなどをつうじて云わせてもらい、願わくは、多くの人々にも伝えて・・、思い出していただきたい揺れるハートと祈念しきりなんです。

 じっさい、僕は・・、いったいぜんたい過去の歴史というものが僕たち後世に何を教えてくれるのかexclamation&questionっていうことを自問して考える折りには・・、歴史上の偉いさん方が、どんな偉業を成し遂げたか・・、ということよりも、そうした人と人との縁や人情とか人の心、というものの有り難さだexclamation×2と自答しおります。
 たとえば高杉さんが、吉田松陰先生に心酔しきっては終生に尊敬しきったこと、また周囲には無愛想で過激なくせに、両親には頭が上がらなかったという逸話や、なにより、おうのさんとの恋愛風景、あるいは料亭や遊郭なんぞへ入りびたる様子などなど・・、そうした人間としての情景というものが大好きなわけで・・、したがって歴史研究書などよりも、やはり小説仕立てで書かせていただくのが、菅靖匡ってやつの性根に合っているのでしょう揺れるハート

 いや、まったく近年このかた昨今には、まこと心ない、と申しますか、人の心というものを忘れてしまったような人々が珍しくない、とも思いおります僕なんです。むしろ、モンスターペアレント世代以下の若者たちは、ついに成長過程で誰にも教えてもらえなかったんじゃないか・・、だから学ぶこともできず、ついに知らないまま、身体だけが大人びてしまったんじゃなかろうか・・exclamation&question
とも憂慮しおるような僕でもあります。

 先だっても書かせていただきましたが・・・
この世のほとんどすべてのことは理論【菅靖匡に云わせれば理屈】で説明できるし、つまりは解決できる・・という思い込み失恋
 たくさんの知識を得ている自分は賢いexclamation×2と思い込んでいるバカ失恋
 これらが相乗効果を発揮しますと、もう手の施しようのない人でなしが大量生産されてはびこることも、じつは、たとえば古代西洋史や古代中国史のうちにも明らかな事実でありましょうひらめき

 さて、現在日本は、まさに日露戦争時における乃木第三軍状態ではないか・・、と、僕は思っている次第です。
 ことに、いわゆる二〇三高地を攻略せんとする折りの、ついに見かねた児玉源太郎さんが駆けつけた当時の、それです。
僕が想っております詳細は、僕の敬愛する司馬遼太郎さんの名著であります『坂の上の雲』あるいは、映画では『二百三高地』で確認いただければ幸いです。

 じつは、僕は、もう随分と前のことですが・・
東京だったかな・・、あるPTAと市民団体が卒業式における国歌斉唱と国旗掲揚に猛反発失恋っていう・・、今では珍しくもない記事が、ほぼ最初にニュースになった頃じゃないかと記憶しているんですけど・・・、とにかく、その団体に宛てて・・
『あなた方は、いったい、どこの国の人たちですか?あなた方のご両親は、どこの国の方々ですか?あなた方が外国旅行なさる折りには、いったい、どこの国のパスポートを保たれ、それによって保証される安全を享受もしくは期待されるのですか?』などなど・・
といった主旨の質問状と、必ず御回答願いますexclamationという念押しした手紙を出したことがあるんです。が、ついに返信はありません。

 あらためて断言しておきますが、僕は決して社会の秩序を破壊しようとする過激派などではなく、まったく理屈抜きで戦争大反対を叫び、イジメとか虐待を憎む者であり、言葉や態度ましてや肉体的暴力などは断固として大反対する者ですし、いくら女性好きのスケベとはいえ、児童ポルノですか?!未成年者に劣情どころか妄想をも、いだくような者でもありません。

 ついでながら、スケベ状態な菅靖匡のいう女性とは・・、せめて三十歳以上の方々でありまして、・・じゃあ上は?・・・、えっexclamation&questionうっ上は・・、そのぉ・・まあ、そこそこのぉ・・・・失恋

 まあ・・、ぼちぼちいきましょうか・・揺れるハート

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 12:17 | Comment(0) | 歴史小説 幕末以降・・

歴史小説おすすめ!!古代日本に、心、を学ぼうぜ!!サービス!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

初駒(はつこま)

      三
 さても馬上から眺める景色の、この新鮮さはどうであろう。
宵襠(よいまち)に手をひかれて歩いた、同じ道とは思えない。
しかし、この心境を言葉で表すには、まだ幼い都祢那賀(つねなが)であった。

 覇津華雅(はつかが)は長年、大勢の兵士達を思うがままに率いてきただけに、人にものを教えるのが、うまい。日常の中で目にした些細な事を、たくみにとらえては都祢那賀に語って聞かせた。
今も、しばし馬を止めた。衣の裾を尻の辺りまでからげ、水田に膝下まで浸かって農作業にいそしむ人々を見おろしながら、小さな都祢那賀の頭上に話しかけたものである。
「よう見なされや、若様。わしらが毎日、当たり前のごとくに食う米は、こうした苦労の後に実るのでござる。ゆめ、一粒たりとも粗末にしてはなりませぬのぞ」
「うん。一粒でもこぼしたり残したりすると、乳母様にやかましゅう云われまするな」
 宵襠は、都祢那賀のするほとんどの事は褒めちぎったが、躾(しつけ)だけは、やかましいのである。
ことに、食物を粗末に扱う事は許さない。庭先で頓食【とんじき=握り飯】などをほおばる時、つい地面に落とした飯でも、必ず拾って食べさせた、というすさまじさであったらしい。
「落とした御飯は、なおさらによう噛んで食べなされ」
 と、この乳母は云うのである。
べっとりと付いた砂粒を丁寧に取ってはやるが、いっそ取りきれるものでもあるまい。そんな時・・
「じゃりじゃりする」
 と、幼い都祢那賀は泣きそうな声で顔をしかめた。
「それが嫌なら、落とさぬ用心をしなされ。たった一粒の米にも、万人の労苦を忘れてはなりませぬ。一滴の水にさえ、天地の恩恵を感謝しなされ」
 と、なかなかに手きびしい。

 こうした躾に関しては、覇津華雅もまた厳しい。
ただし、彼は、骨髄まで軍人であった。
「砂や泥など何するものぞ。つねに今、ここが戦場と心得なされよ」
 などと教えている。
今日も今とて馬上にて、眼下に広がる水田を眺めつつ語り始めた事は、こうである・・。
「あれは田草を取っているのでござる。田草はな、放っておけば稲の元気を横取りしてしまいまするゆえ、米が実らぬようになってしまうのですわい」
「悪いやつだな」
 とは、この子の産まれながらに保っているらしい正義感であろう。
「御意。田の病気のごとき物にござりまする」
「それなら巫女に祓ってもらえばよいのに」
 と、都祢那賀は無邪気に云うのだった。
覇津華雅は破顔一笑、分厚く大きな手のひらで都祢那賀の頭を撫でつつ・・・
「敵(田草)は多勢でござってな、呪法で滅するには巫女の手が足りませぬ」
 と応えてやった。
そして、すぐに笑いおさめて
「さて、ここからが肝要にござりまするぞ。なるほど田草は害を及ぼす悪いやつじゃ。しかながら、ああして引き抜いた田草どもを、そのまますぐに丸めて水田に埋めてしまえば、これがそのまま肥料に変わりまする。同じ場所で瞬く間に、悪いやつが善いやつになるのです。戦場にても同じ事じゃ。兵馬とて、その用いよう一つで役にも立てば、立たぬようにもなりまする。また、たとえ上手く用いても、機会を見誤れば負けまするぞ。機会にも善悪がござってな、戦場にては好機が善し、危機が悪しとなりまする。よろしゅうござるか、若様。つまり田草にせよ兵馬にせよ機会にせよじゃ、この世のすべては、善くも悪くもどちらにでも変わる、という事じゃ。では、何によって変わると想われまするかな」
「わかりませぬ」
「気の持ちようでござる、すなわち、心とも申します」
「こころ、とは、どれにござります。ここから見えまするのか」
「なかなか。はっきりと目に見えるものにはござりませぬがな、この世の生きとし生けるものすべての内に、必ず在るものにござりまする。若様の内にも吾の内にも、この馬の内にも宿っておりまする」
「よう分かりませぬ」
「今は分からずともよろしゅうござる。ただ、吾の申す言葉を覚えの端にとどめておいて下されや」
 と云いつつ、再びゆったりと 馬を進めた・・。

 やがて都大路の雑踏に馬を乗り入れた時には、覇津華雅の言葉は極彩色の情景となって、都祢那賀の脳裏に染み込んだのである。
大路をうめてごった返す人波の真ん中を風が吹き抜けるかのように行く手がさあっと開け、そうして道端によけた大人達が皆、自分を見上げているではないか。その目には、宵襠の衣の裾を掴んで泣いている自分を見おろす時のそれとは、明らかに違った光をたたえているのだ。ざわめきの消えた大路に戛戛(かっかっ)と、拍子を乱さず響く馬蹄の音が、都祢那賀の耳を心地よくくすぐって聞こえる・・。彼は得意げに胸を張った。
「若様には、どうやら、馬が気に入りましたかな」
「うん」
 汗ばむ手綱を握りしめつつ都祢那賀は、こくん、と頷いている。
「昨日まで泣いて嫌うておった馬を、今では好いておられる。それも心のなせる業じゃ」

 その夜、屋敷に帰ると覇津華雅は自ら馬を洗って見せ、世話の仕方を教えた。
「馬にも心がありまする。馬は、ただ技量にて乗るものにあらず。若様と馬の心が一つになってこそ、乗りこなせるというものじゃ。こうして慈しんでやれば馬が喜び、いつしか心は一つになりまするわい」
「また、こころ・・ですか」
 都祢那賀は、小さく嘆息した。
「よろしいかな、若様。明日よりは御自分で馬を可愛がっておやりませ」
 そうして馬屋に入れ、飼葉桶には青草と茹でて冷ました大豆を入れて混ぜてやった。やっと二人で沐浴して汗と土埃をおとし、宵襠の整えた夕餉の膳に向かった頃には新月が、庭の杉木立の上まで昇っている・・。
「今宵は、またずいぶんと遅うござりましたね」
「うむ、すまぬ。大池の宮より、さらに東の国境辺りまで駆けてきたのじゃ」
「まあ、そんなに遠くまで。若様には、面白うござりましたか」
「うん、楽しかった。けれど、ただ・・」
 都祢那賀は、つと箸を止めて椀を置いた。
さも難しげに眉をよせ、腕組みなどして小首をかしげた。
これはもともと、覇津華雅が思案に凝った時の癖である。
いつの間にやら、幼い都祢那賀にもうつったものであろう。
「何でござりましょうや」
 こんな時、必ず宵襠は箸を置き、都祢那賀の目を覗いてやる。
「爺様の話がむつかしゅうて、ずっと考えておりまする」
 都祢那賀の云う爺様とは、覇津華雅の事。実父よりも年上であるため、こう呼んでいるのだっだ。
「ふむ。今は分からずともよろしゅうござるよ。きっと、その内に分かりまする」
 遠乗りの疲れと酒の酔いがほどよくまわった覇津華雅は、眠たげな顔に笑みを浮かべて都祢那賀を見やった。
いかにも満足げなる老将の面影がある。
「どのような話をなされました」
 宵襠は、酌をしながら覇津華雅に問うた。
「なぁに、いつもの話よ。戦のあれこれじゃ。のう、若様」
「違いまする」
 都祢那賀は甲高く云い、小さな片手で己の頭をおさえ、もう一方の手で胸の辺りをおさえて宵襠に伝える事には・・
「戦の事などではありませぬ。いくら考えても分からぬのは、こころです。爺様は、確かにあると申しますのに目には見えぬという」
「こころ・・とや」
「この頭にあるのやら胸の奥にあるのやら、さても、どのような物なのやらが、さっぱり分かりませぬ」
「若様よ、あわてなさるな。それもその内、分かる話にござりまする」
「されど、年かさの殊里(しゅり)に問うても、さっぱり分からぬ、と云うておりましたぞ」
「若様、その心なるもの、宵襠が見せてさしあげまする」
「まことですか、乳母様」
「まことですとも」
「おいおい、めったな軽口を。そなたが巫女とて、こればかりは無理というものじゃ」
「よろしゅうござりますとも。覇津華雅様にも、その目に映して御覧にいれまする。さあ、まずは夕餉をたいらげなされ」
 と、宵襠は普段どおりに、ほろほろと微笑んでいる。
都祢那賀は飯をかき込み、覇津華雅は興味深げに宵襠を眺めつつ、悠々と呑み続けた。やがて膳を片づけた宵襠は、大蜜蝋(おおみつろう)が明々と燃える燭台(しょくだい)の近くに鼎【かなえ=三本の脚で立つ、煮炊き用の器】を据え、手招きなどして二人を近くに寄せた・・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 10:04 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ…7

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

皆さん、お早うございます揺れるハート今朝の西条市は雨…それも一日中雨降りつづきそうな気配ですよ。僕は、雪駄(せった)で外出することが多いから、特に寒い時期の…それも出先で迎える朝の雨は…ちょっとだけ辛い感じです失恋

さて…沖縄旅行で晴れまるで海外どころか、近未来の宇宙旅行までしてきたような気分で西条へ凱旋した僕も中学生晴れいわゆる学生服に身を包み…児童から生徒へと脱皮する晴れもう、大人の仲間入りです黒ハート
その頃の僕は、先に剣道の防具でも触れましたが…大変に身体の小さな美少年であったため…既成の学生服では間に合わず失恋採寸してあつらえてもらったほどでした。このまま身長が伸びなかったら…シンデレラにつきまとって弄ぶ七人の小人の仲間に入れてもらうしかない…そんな不安を振り払うかのように毎朝、ひたすら牛乳を飲んでは登校したものです…晴れ

さすがは生物学的に云うグッド(上向き矢印)成長期…同級生たちは、健やかに、順調に背を伸ばし…女の子たちは、どこもかしこも大きくなる人や…待てど暮らせど肥満ぎみの男子の胸に追いつかない人もいたりして失恋

ともあれ、僕は…剣道部に入っておりまして…小粒ながら大変に敏捷な美少年でしたから…けっこう強かったんですよ晴れまた、パターンどおり、三年生の先輩方は可愛がってくれましたが、二年生とはソリが合わず…いや、僕が大変に強い美少年だったせいでしょうか失恋…目の敵にされたりもしました晴れしかし、汗臭い部室では、先輩方が…さまざまに魅力的な雑誌などを閲覧させてくれましたし、まるで夢のようなお話もいっぱい聞かせてくれたおかげで…また一歩晴れ大人への階段を登った気にもなれましたね揺れるハートそんな日々のうちには…いわゆる研修旅行なるものがありまして…黒ハート

全体のシステムは覚えていないのですが…とにかく一年生が二泊三日だったかなあ…市外の施設で合宿するわけです揺れるハートということは…当然晴れお風呂の時間もあるわけで…眼鏡

これは一年生の恒例行事だったので…すでに先輩方は同じ経験をなさっておりますから…持参したほうが便利なグッズとか、おそらく研修授業はこんな感じだから、先生から評価されやすい手段などを眼鏡それぞれの部活の先輩方が細かく伝授してくれましたようで晴れもう一週間くらい前には、教室のあちこちに仲良しグループで群れた同級生たちが…なかには、ものすごく不安がっているヤツなんかもいて…真剣な面持ちで耳をかたむけ、手帳にメモしたりもしてたことを覚えています晴れ

「下着の替えは何枚持ってたほうがいいのか」
「研修ということは…やはり授業の一環なのだから、抜き打ちテストなども考慮しておかねばならないか」「ということは、持ってたほうがいい教科書は何だい」
「バナナはオヤツに入るんですか」

そんな同級生たちとは少し離れて、僕は剣道部の先輩方の教えを…頭のなかできちんと整理しようと…手元のメモを見つめていました黒ハートメモには、宿泊施設の晴れざっとした見取り図が描かれ、赤丸の印が…いわゆるお風呂の位置なのです…晴れ

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:19 | Comment(0) | 音楽の風景

2008年11月23日

新嘗祭、御神楽、茶道、裏千家、恩師の掛け軸、懐かしく、有り難く堪能させていただきました・・

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

今日は、本当に贅沢な一日だったから・・

 本日十一月二十三日は、勤労感謝の日ですよね晴れ
もともとっていうか、現在もですけど・・、新嘗祭(にいなめさい)と申しまして、五穀豊穣を神様に感謝し奉る祭礼が、在所の伊曾乃(いその)神社でも行われました晴れ
 雅楽(ががく)の演奏【とはいえ、おそらくはCDか何か・・】に合わせては本殿の前で、巫女さんが御神楽(おかぐら)を舞っておりました。もちろん、僕は拝殿にて、まず御賽銭(おさいせん)を投げ入れ、参拝させていただきながら、その御神楽を拝見させていただいた次第です。じつは僕は、今年の夏あたりから、ほぼ毎朝のように伊曾乃神社へ参拝させていただいておりますが、この神社で御神楽みたのは、たぶん産まれて初めてじゃあないかなあ・・揺れるハート
 伊勢神宮では、本物の雅楽演奏でもって舞う御神楽を拝見させていただきましたが、この地元で観るのも、とてもよかったです黒ハート

 また午後には西条市総合文化会館にて開催されておりました文化祭にて、茶席への招待にあずかりまして、有り難く出かけました。
茶道と申しますと、じつは僕は、中学三年の必修クラブ活動にて茶道部を選択しましてね、毎週土曜日の午後を一年間だけ練習したことがあるんです晴れもちろん、女の子ばっかりハートたち(複数ハート)というところに惹かれて入部したわけで・・、すごく大事にしてもらった記憶があるせいか、今でも大好きな雰囲気なんです、茶席って・・黒ハート

 ちなみに高校生活三年間をとおしては、やはり週一の部活には、お琴を選択して習いましたが、やはり、理由は同じことでした黒ハートここでは確か、同級生の友人が意気投合して過ごしましたが、三年間をつうじて男子は僕ら二人だけだったように覚えおります。ここでも、やはり・・、大変に大切にしていただきました晴れ

 いや、こうしてブログに書くために思い出してみると・・、まったく自分でも不思議なことですが・・、小さい頃には、お伊曾乃さんや、また近在の古刹で、うちの御先祖様代々よりの菩提寺でもあります保国寺(ほうこくじ)の境内で遊んだし、剣道を習えたり、また茶道やお琴まで習えたことは、まったく純然たる日本伝統文化を満喫しつつ成長できたようなものでして・・、まこと有り難く、有り難く感謝しきりの昨今なんです黒ハート晴れハートたち(複数ハート)

 数年前には、ちょっと気どって着始めた作務衣も、近ごろでは、すっかり普段着になり、どっかへ旅行したり、ちょっと畏まった席へ出向く折りには、やや高級な作務衣に着替えて出かけますし、すっかり馴染んできましたよわーい(嬉しい顔)って、自己満足でしょうけど・・黒ハート

 ともあれ、今日のお茶席では、懐かしい先生にも再会できましたし、お床の掛け軸は、なんと、僕が大変に御世話になりました故神野龍幸先代管長猊下の真筆でありましたので、本当に涙がにじんだほどに有り難く、有り難く、ただひたすら拝ませていただきました晴れ

 皆さん、御存知のとおり、たとえば戦国時代には、茶ノ湯、と申します。まさに日本が世界史上にも誇っていい千利休さんが、その天才もて、幽玄の美、という至高の極致にまで昇華なさいましたものですよね。忘れてならぬ心得は、すなわち一期一会と申します。
今日という一日をふり返りますれば、僕にとって、まさに一期一会の有り難さでありました。本当に、心から感謝しおります揺れるハート

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 18:27 | Comment(2) | 芸術に捧ぐ

歴史小説おすすめ戦国時代!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

手前味噌ではござりまするが・・黒ハート

 人間というか・・、ここでは日本人という民族を想うとき、年表による時代別なら、戦国時代あるいは安土桃山時代と江戸時代の境目あたりで、いっそ異人種にも近いほどの認識したほうがいいんじゃないか・・、と、僕の敬愛する司馬遼太郎さんがおっしゃいましたが、あらためて僕も小説なるものを書きながら、まったく司馬さんのおっしゃる通りわーい(嬉しい顔)と思っています。

 織田信長ひいては豊臣秀吉が在世の頃・・、やや細かく云うなら秀吉が太閤殿下となる前あたりまでの日本人て、本当に元気いっぱいハートたち(複数ハート)時にはハチャメチャなこともするけれど、男は男らしく、女は女らしく、そうして互いにスカッと一本筋金入り黒ハートっていう感じがするんです。
 いわゆる身分差別というものが無いっていうか、曖昧っていうか、武士も庶民も分け隔てなく、それぞれの分際、それぞれの人生を精いっぱいに謳歌して和気藹々・・、そんなふうに想えます揺れるハート

 ところが、徳川家康が江戸幕府を開闢してのちには・・、まず士農工商なる身分差別制度が、がっちりと整えられてゆきますでしょう失恋あえて法度として定め置く、すなわち法制化しないといけなかった位置情報っていうことは、それ以前には曖昧だったか、いっそ世の中の風潮として無かった、というように僕は想っている次第です。そうして江戸時代、ざっと二百七十年ほどの長きにわたって、お上は偉い!へへえっ、お代官様あ!お主もワルよのう・・、いやですよう、お侍さん揺れるハートそこへなおれっ!無礼者exclamation斬り捨て後免じゃexclamation手打ちにいたぁす失恋そっそんな御無体なっ失恋なんてやり続けておりますってえと、やっぱり人間なんです・・、そうだexclamationと思い込んでしまうんですねえ・・失恋

 ウソではありませんよ・・
「お前はバカ者だ!」って云われると、まずは・・
「いやっ断じて違うぞっ失礼なっexclamation
 って怒るでしょ?!ところが・・・
「いいやっ、間違いなく、お前はバカだっ」
 このバカ、バカ、バカ、バカ・・って云われ続けるうちには・・
「違うっ」から「違うんじゃないかなあ」そうして「違うとは思うけど・・」ついに「ひょっとしたら・・」あとは「やっぱりね・・」とうとう「うんっ、間違いなく、私はバカです」
というふうになってゆくものなんだと、僕は信じているわけですひらめき

 洗脳、なんていう恐ろしい言葉は大嫌いですけれど・・
たとえばテレビという装置は、知らず知らずのうちに優しく洗脳してしまう道具の一つではないか・・と、僕は考えております。
 いや、テレビという装置そのものは素晴らしいですよ。
だからこそ、テレビ番組を制作するという大変な仕事に従事されおります方々には、よりいっそう気を引き締めて、観て有益な番組作りを思い出していただきたいexclamation×2と、僕は真剣に祈念しつづけておる者です。したがって、近年には、僕は、ほとんどテレビを観ない!!ことに民放ってのは・・、イヤでもスイッチ切れない状況でもって、できるだけ目をそむけて音声ばかりっていうように心掛けてさえ、気分が悪くなるようなものが多すぎパンチと思っている僕なんです。自ら、すすんで観てもNHKのニュース、あるいは『クローズアップ現代』や『その時歴史が動いた』や『NHK特集』のうちに興味をひかれるもの、または『日曜美術館』とか、僕の大好きな黒ハート高橋美鈴アナウンサーが出てる番組くらいなものでして・・、一ヶ月トータルして、どんなに長くても十四か十五時間くらいじゃないでしょうか・・ひらめき

 また、観なくたって、ちゃんと受信料は払ってますから、はっきり云わせていただいたってバチはあたりませんよね・・?!
NHKさん、あなたの局は視聴率なんて気にしなくていいんじゃないですか?!ほとんどテレビを観ない僕にも、やたら今どきの若者にコビるような番組作りが目立ってきたように思いますけど・・失恋僕の知ってる、昔の大河ドラマとか紅白歌合戦などは、ほんとうに、民放では望み難いほどにしっかりしたセットや素晴らしい役者さんが勢揃いして、まこと見ごたえのある重厚さでしたし、紅白歌合戦にしても、さすがは紅白歌手って心から納得できるような方々が揃い踏み!!しみじみ大晦日を味わえたものでした。
 悪いことして辞任を余儀なくされた偉いさんに途方もない退職金を払うなら、受信料も自己申告制にして欲しいって思いますexclamation×2
 一方では経費削減なんて云いながら、いったいぜんたい、何をやっているんですか?!せっかく高橋美鈴さんほどの才色兼備を抱えているんだから、たとえば彼女を大河ドラマのヒロインに抜擢して、ほかの女子アナさん達も脇役に起用したりして、ギャラ節減を試みるとかしていただきたいっ黒ハート高橋美鈴さんが出演する大河ドラマなら、僕は再放送も含めて必ず見逃しませんよっ黒ハート

 しつこいようですけどねっ・・(ほんとにしつこいけど・・)
もっと高橋美鈴さんが出る番組を、きっちり増やして下さいいっ黒ハートハートたち(複数ハート)揺れるハート黒ハート

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:07 | Comment(0) | 歴史小説 時代別って何?!

古代日本、ことに邪馬台国の統治風景雑記

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

初駒(はつこま)

        二
 この頃の邪馬台国(やまたいこく)が、畿内一円に威を張った事は、すでに述べた。しかし、いまだ国治まらず、民の大多数をしめる農民は重税に苦しんでいた事も、である。
 さらに悲惨だったのは奴婢(ぬひ=もとは嘉汰耶に敵対した畿内先住民)達であろう。うっそうとして昼なお暗い原始林の伐採と原木搬出やら道路整備に潅漑用水路土木作業、踏鞴場【たたらば=製鉄所】などの重労働に酷使され、牛馬よりも粗末、と笑われるほどの食料以外に俸禄(ほうろく)などはなく、それでも人並みに泣く事すらも許されていない・・、という苛烈であった。
内乱に蜂起する者の多くは彼らであったし、鎮圧された直後には皆殺しにされている。
 事実、土木作業中に泣き出した年寄りの奴が
「やかましいっ」
 の一言とともに番兵に殴り殺されたが、番兵は何の罰も受けていない。こうした事が特例ではなく、日常なのである。
奴婢は生口とも呼ばれ、大陸などへ奴隷として輸出された。
物品扱い・・もはや、人ではあるまい。
そんな人々の目が、誇らしげに輝いているはずがなかった・・。
やはり、初駒に臨む幼い都祢那賀(つねなが)の気負いであったろうし、いつの日にも誰もが、思い出というのは美しいのである。

 さても、この若者が産まれた邪馬台なる国は未だ若い。
その領土統治方法を大陸の大国である魏(ぎ)に学んでいる。
まず、領土とした地を〈郷=ごう〉と呼ぶ。
嘉汰耶(かたや)の一族から選んだ者を郷上(ごうのかみ)として送りこみ、郷上は先住民の中から十名前後の役人を選び、それぞれに管理する地域を割り当てるのである。
 役人達は、割り当てられた地域の戸籍を作成して郷上に提出する。
一戸ごとに、租【そ=税金のような物】を、米とか干物などの現物で納めさせるのが役目で、郷によって異なるが、畿内以外は平均六割の重税であったらしい。
 それらを、都の在る明日香野(あすかの)に集めた。
 卑弥呼(ひみこ)の下に仕える巫女達は集められた品物と、運んできた役人達を口寄(くちよせ=祈祷=きとう)し、不正がないかを占うのである。

 それとは別に嘉汰耶直属の検分役も、不定期に郷々を廻って統治状況を調べていた、という。不正を行った者、または逆らう者は捕らえられ、有罪と決まれば即刻死刑であった。

(刑法は他に盗 = 死、殺 = 死、逃 = 死、等々。)

【古代日本において〈死刑〉を定めた国は邪馬台国の他にない。なぜか。神の恵みである生命を尊ぶ、という理由も軽視できないが、何より人口が少なく、しかも一生(寿命)が短い時代には、生かしてこその労働力(社会的貢献という意味)であろう。あるいはまた、当時の国とは、絶対的支配者によって統治運営されるというより、有力者を長とした生活共同体と考えた方がいいのかも知れない。民衆も、たとえば現在のように国家に対して何となく従順なのではなく、皆が気宇壮大、野心に溢れる時代であった。そんな民人を従わせ、かつ国力を蓄えねばならぬ時には、うむを云わせぬ指導力が必要であろう。】

 しかし、倭国(わのくに)に点在する多くの国には極刑を強いる力がなかったのである。強大な軍事力で先住民を駆逐し、ようは〈武と呪〉なる二つの力づくで統治する邪馬台国ならではの刑罰であった。ただし、くどいようだが前述の統治法が完全に整ってゆくのは都祢那賀の成長につれての事であり、この頃(都祢那賀の幼少期)の邪馬台国には、他国に攻め入るほどの余力は・・、まだ無い。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:02 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2008年11月22日

人類は…どこまでバカに成り切れるのかexclamation&questionという一大実験場…失恋

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

それは…まさに現在日本国です失恋

と…もちろん、そんなバカの筆頭を自覚しおります菅靖匡は、真摯(しんし)に思いおります。真面目に、かつ本当の考慮です。

この世のすべてのことが、必ず理論【以下、同等な意味で、理屈、と表します】で説明できるexclamation×2…などと思い込んでしまったことこそが…そもそもの間違いだexclamation×2とも、菅靖匡は熟慮しおります次第なんです。

「しょせんはバカの考慮だの熟慮が何になる」

そう笑い飛ばすなら、そう、おしませよ…失恋

『世の人は、我を何とも云わば云え、我が為すことは、我のみぞ知る』

再来年のNHK大河ドラマにもなるらしい、坂本龍馬さんが詠んだという歌【文字づかいなどは、原文と異なりますが…】ですね。

ともあれ、昔の日本人は、もう口癖のように云いました晴れ
「理屈を云うなexclamation×2」と…黒ハート
僕も幼い頃から両親はじめ周囲の大人の人々から云われつづけました晴れ

「理屈じゃあないわいっ」
じっさい、人類有史上に名を残す人々のうちに、その産まれて生きて死んだことを、理詰めで説明できる人物がおりますか…exclamation&question

誰一人として、おりませんexclamation×2後世に生きる者なら、安易に、その完結した人生のうちには、さながら囲碁や将棋やチェスなどのように…一手でもって千手の先を読みきるような気分にもなれますが…はっきり申し上げて晴れそのようなことは間違いなく錯覚ですexclamation×2

一人の人間が…いつ、どこで、どのような境遇のもとに生命を授かり、どのような環境のうちに生きて、いつ、どこで、どのように死にゆくのか…そんなこと、理屈で説明できるわけがないexclamation×2

以前にも書きましたことですけれど…祖父母が直孫に対して、丁寧語だの敬語で話し始めたのは失恋…いつの頃からでしょう失恋

親が我が子に対して、友達みたいな関係でいたい失恋…などという、まこと失恋たわけたことを真顔で云い始めたのは…いつからなんですかexclamation&question

以前、ある有名国立大学の教授のお相伴にあずかりました折り、菅靖匡は云いました。
「先生…戦後日本の教育は、もちろん僕を含めて、自分は賢い!!と思い込んでしまったバカを量産しましたね」って…失恋

「教育現場にたずさわってきた者として、まったく返す言葉も無い恥ずかしさです」と…本当に寂しそうに、その教授が微笑したから…(ああ…こんな素敵な先生もおられるんだ…)と菅靖匡は、心から思い、かつ自身の、さも賢そうに思い上がった発言を恥じ入ったことでありました…眼鏡

生命には貴賤などありませんexclamation×2が、しかし、上下は厳然として動かし難いexclamation×2

菅靖匡は、そう信じておりますexclamation×2分かりにくいなら、家系図なるものを見なさいexclamation×2たとえば河川には必ず源泉が在り、源流が在り、そうして上流が在って、やがて下流へと下ってゆくんですexclamation×2まさに生命の流れも黒ハートまったくそのとおりでして、必ず御先祖様方がおられ、曾祖父母様から祖父母様へと流れ下っては両親から自分たち…そうして、たとえ天と地がひっくり返って、月と太陽が砕けちったとしても…自分たちから子供たち、さらなる子々孫々へと、ただひたすらに流れ下ってゆくんですexclamation×2

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 22:45 | Comment(0) | 高齢化社会と少子化が日本を救う?!

ブログランキングでも、だんだん順位が上がってきたのは、まさに皆さんのおかげです!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

執筆の合間の気分転換・・

 じっさい、こういうブログなどということが苦手な僕ですが、今の世時にインターネット利用せんとどうにもならんぞ!!と云ってくれた友人たちに強くすすめられまして、まったく不慣れながらもやり始めたわけですが・・揺れるハートいまや記事の更新しまくり状態って感じです。なんか・・、ハマったっていうか、ちょうど気分転換に最適なんですよね雷

 ちょっと読んでいただければお分かりのとおり、ほとんど何も考えずに、その場その時に思いついたことを、まるでメモ代わりっていうか、ボイスレコーダーにも近い感じで喋りまくり、いや、書いているような次第です。もちろん携帯からも投稿できるから、それこそ、いつでもどこでもひらめきパッと思い浮かべたことを書きとめるようにしています眼鏡

 したがって、まるでとりとめのない記事ばっかりですけど・・、けっこう気合い入れないと書けない本編の合間に、ふとコーヒーブレイクとかタバコ一服って時には、いいストレス解消にもなってます。かといって、せっかく遊びにきて下さって、少しなりとも読んで下さる皆さんのためにも、けっして、いい加減な気持ちで投稿してることでもないんですよハートたち(複数ハート)

 今日のニュースで、まず一番嬉しかったのは・・、忌野清志郎さんの復帰っていう報せでした黒ハート若い頃から、マジで尊敬しつつ大好きなんですハートたち(複数ハート)だって、本当にカッコいいですもんねハートたち(複数ハート)ガンを克服されたこと、心から嬉しくお慶び申し上げます黒ハートますますの御健勝と御活躍を、魂震わせて祈念しおります黒ハート今のところ、そのほかに知り得たニュースには・・、やはり失望感のほうが先にたちますねえ・・・失恋

 かの首相の話題については・・、政府機関など偉いさんからの圧力を杞憂しつつ差し控えようっと・・眼鏡でもって・・、詐欺罪を犯した人の保釈については、いま話題の人に限らずですけど、そんな高額な保釈金が払えるんやったら入牢したまま返済にまわせよ・・、って、毎度のように思ってしまう僕なんです・・モバQ

 あと、少し気になったのは、中国のミスコンテストってやつですね。一番は十五歳とか・・・、こういうことって、たとえば晩酌ついでに垣間見るテレビ番組のなかなんかでも思うことですが・・、やっぱり人間ならこそ、年相応、っていうのは大切な一つじゃないでしょうかexclamation&questionまったく、一方では赤ん坊や幼児や児童あるいは未成年者への虐待だとか、性的犯罪などが大変な大問題なわけですし・・、どうも近年の社会的風潮を重ね合わせて想いまするに、ほんとにバカげたこととしか思えない事件を面白半分って感じで模倣する人たちが、これは少なくないわけで・・、さらには、こうしたインターネットの弊害の一つにも挙げられますように、じかに相手と面と向かうわけじゃないから、何でもかんでも言いたい放題、しかも言いっぱなしの無責任、あとはどうなろうと知らんぷり、って感じじゃないですか?!失恋

 僕は、時々、ふと昔の駄菓子屋を想うんです。
いや、今だって近所の雑貨店なんかにいくと、お店の人と直接のやりとりでもって何かしら買える・・、この人と人と現金と現物などの、直接のやりとり、っていうのが、じつは人間にとって大切な心情を教えてくれたり、養ってくれたりするんじゃないかなあ・・揺れるハート

 だから僕は、じっさいは人と顔を合わせて会話したり、あるいはライヴなんていうのが大好きだったりするんだろうな・・って思っています。やっぱ、人間、いきつくところは人と人との心のこもった交際でしょう黒ハートやっぱり人間、心ですよ、心ハートたち(複数ハート)揺れるハート黒ハート

ほら、云ってるうちに大きな話題だあ黒ハート
東京は浅草の酉の市・・失恋
値切るのが恥ずかしいからって値札をつけたってえじゃねえかパンチこいつぁあ、江戸っ子としちゃあ見過ごせねえ大事だってんでいexclamation×2べらぼうめえ失恋
売り子とお客の値切り合いが、江戸の小粋ってえもんじゃあなかったのかいexclamation&questionえっexclamation&questionお侍さん失恋

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 16:30 | Comment(0) | 有り難うございます黒ハート

弥生時代の田園風景に、馬をうたせて癒されましょうね!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

初駒(はつこま)
                一
 さても、都祢那賀(つねなが)、今はまだ四歳の頃である。
さすがに、一夜にして結実とまではいかないが、幼い彼の小さな胸の奥底で〈尋常ならぬ気魂〉の種が柔らかく、しかし、確かに芽吹いたようであった。
「お馬に乗りたい」
 と、云い出したものである。馬がいなないただけで身体をすくませ、手をひいて近くまで寄せようとすれば、地にずりずりをして嫌がり、無理に乗せれば狂ったように泣き叫んでいた都祢那賀が、であった。
覇津華雅(はつかが)は思わず膝を打って立ち上がり、手をたたいて飛び飛びして喜んだ、という。
「若様、まことなりや」
 はやる気持ちを何とかねじ伏せ、覇津華雅は畏れながら問うた。
都祢那賀、すかさず
「くどい」
 と云った。これはもとより、幼い都祢那賀の口癖の一つではある。

覇津華雅は、都祢那賀のきらきらと輝く目をじっと見据えて
「確かに」
 とうなずき、さっそく庭先に控えた殊里(しゅり)に命じて、馬をひいてこさせた。この時、殊里は八歳になっており、兵士の家の跡取りとしては、そろそろ戦場に出ねばならぬ年齢である。
荷駄を運ぶ手伝いをしながら、戦場という特異に慣れてゆくのである。
ただし殊里は例外、彼が五歳になった時、覇津華雅は殊里を自分の側近兵士として雇った。直属兵となれば覇津華雅自身が出兵せぬ限り、つまり都祢那賀初陣までは戦場に従軍しなくてもよい。
が、そもそも五歳で兵士とは異例であり、ましてや都祢那賀の側近としては雇えないために、覇津華雅自らの側近兵士という資格を与えたものである。
 また一つには、殊里の家の切迫した窮乏を見かねての雇用でもあったろうか。ただ、あくまで覇津華雅の私兵扱いであり、その俸禄が国庫から出る事はない。すべては、そのことごとくを覇津華雅の蓄財で賄うばかりなのである。

 まだ幼く、兵士としての実力のほども判らない殊里を、それでも覇津華雅は下級将校なみ(殊里の父親と同等程度)の禄(ろく)で雇っている。
まずは馬の世話を教え、馬術を修練させたが、殊里は期待にたがわず覚えが早かった。殊里が一人で遠駆けできるようになった時、覇津華雅自ら軍馬調練場に出向いて見立ててやり、小ぶりな駿馬を買い与えている。

《殊里の才、さながら清流を遡(さかのぼ)る若鮎(わかあゆ)の如し、とて覇津華雅、殊更(ことさら)に喜悦(きえつ)す。》とある。

 その殊里がひいてきた馬に鞍(くら)を乗せ、先に都祢那賀を跨(またが)らせた覇津華雅は、鐙(あぶみ)に足をかけて素早く身を蹴り上げ、都祢那賀の小さな身体を後ろから抱き込むようにして馬上の人となった。
この何気なき仕草さえもが、並の馬術ではあるまい。
「若様には、いかがでござる」
「馬上よりの眺めは・・」
 と、つい身体をすくませた都祢那賀であった。
「心地よいものです」
 と強がったが、さすがに声が掠れ、それは微かに震えている。
「御意。駆け出せば、なお心地よきものになりまするぞ」
「・・それは、いかい楽しみな事です」
「身体を楽にしませい。馬とは腰で乗るものにござりまする。手綱などはこうして、軽く弛ませて力まず握り・・・その要領じゃ。もそっと、肩を楽にしませい。何よりは、馬と一心体になる心持ちこそが肝要ですぞ」
「・・こうですか」
 と、案外にも都祢那賀は素直に応じている。
「おう。されば・・いざ、参る」
 二人を乗せた馬が戛戛(かっかっ)と、かろやかに地を踏み鳴らして大門を出てゆく。その後ろを殊里が慣れた所作で馬をうたせ、初夏のそよ風が吹き通る緑の水田のあちこち、田草取りの農民や奴婢の群が腰をかがめ、あるいは眩い日差しに顔をさらして背をのばしている。
ほどよく湿った細いあぜ道の泥を踏みしめて歩く二駒を認め見上げる人々・・。
「どの顔も陽に灼けて汗と土にまみれ、しかして、その目は生き生きと輝いてのう・・、まこと誇らしげであった」
 と、後に都祢那賀は述懐し・・・
「されど幻想だったのだろう。わくわくと誇らしげだったのは初めて馬に跨った俺の心象だったのよ」
 とも云っている・・、まったく、その通りではあったろう・・。


ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:45 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

お世話になっております皆々様に…心を込めて感謝揺れるハート

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

皆様、お早うございます晴れまたまた、僕も無事に目覚めることができました晴れこの有り難く大切な今日という一日に感謝します揺れるハート

僕が迎える朝の音…音楽
まず雨が降ってなければ…
家の近くを流れる川の音音楽
新聞や牛乳を配達して下さる人々のバイクのエンジンと、新聞受けや牛乳受けが満たされる音…音楽
どこか近所で飼っているニワトリの鳴き声音楽
それが目覚ましがわりなのかな…野鳥それぞれの鳴き声…音楽
時折、道路を行き交う自動車の、ドップラー効果付き騒音…音楽このタイヤの音が濡れてたり、湿って聞こえたなら雨上がりでしょう音楽
雨の降っている朝は…
屋根と庭を濡らす雨音…音楽
この、あまおと、っていう読みの響きが…僕は大好きです揺れるハート水上を、ときには、みなかみ、と読んだりしますでしょう…あと、地名なんかも揺れるハートひいては苗字(みょうじ)の読みも、それぞれに素敵だし晴れ

そもそも、たとえば鎌倉時代の頃に武士の名乗りというのが、分かりやすい…と僕は思っています晴れ
いざ戦場に圧し出して…
「やあ、やあ、我こそは」って気張る時の、それですよね。我こそは、どこそこの誰それなりいって叫ぶ…この、どこそこ、というのが、つまりは、その武士が住み暮らしている地名であり、ひいては、そのまま苗字にもなることが珍しくありません晴れ

したがって、苗字と書く晴れ
自分の産まれ育った在所を黒ハートまさに自分を育んでくれた土地を、すなわち苗床(なえどこ)と想う心の謙虚な美しさと…それを理屈抜きの素直な気持ちで、しかも誇りをもって堂々と、まず最初に叫ぶわけですね黒ハート
あっ…僕は、古代中国における漢字の成り立ちなどは知らないし…ただ『古事記』や『日本書紀』を編纂された偉いさん方々が…古代日本語の発音に…新しく渡来した漢字を当てはめて綴った…という史上の定説に基づいて想像を巡り合わせていることですけれど黒ハート
ともあれ、このブログを読んで下さいます皆さんに…また、このブログそのものを作ってくれた友人に…また技術的な面で整えてくれている友人に…心から感謝しつつ…今日という一日を有り難く大切に生きたいと思う僕なんです揺れるハート
どうぞ、皆さんにもご多幸の一日でありますように黒ハート
ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:16 | Comment(0) | 有り難うございます黒ハート