2008年11月21日

高齢化と少子化の同期って…もしかして天然の思いやりなの…exclamation&question

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もちろん失恋高齢化と少子化によって、日本国としての財源が大きく脅かされまして失恋現在までのありとあらゆる国家制度破綻の危機は、もはや懸念などではなく、まこと火を見るより明らかともなっておりますことは、承知しております失恋
何をするにも、まずは、お金がなくっちゃあ失恋ということは…日々の暮らしにも眼鏡しみじみ実感しおります僕なんです失恋

そこで晴れ僕を救ってやろう!!という、まさに奇特な後援者を大募集揺れるハート…いや、これは随時受付中ですので、どうぞ御遠慮なく、お気軽に…黒ハート

ともあれ…晴れまず高齢化につきましては…今まで、いわゆる時代の流れだからとか、あるいは数の論理などというものに圧されては眼鏡賢く謙虚に控えめに…とて遠慮ぎみになさっていたお年寄りの皆様方晴れいよいよ出番の時期ですよ〜揺れるハート

長年を渡世してこられました、そのお知恵を、どうぞ思う存分に活用されまして晴れこれからの日本国のために御教授たまわりますように…と僕は真剣に願いおります揺れるハート

また、少子化については、むしろ天然のお計らいではあるまいか晴れなどと思いおります僕なんです揺れるハート
現在日本という国土…いや、もしかしたら…いっそ地球全体を想ってみても、これ以上の人口を養うことが極めて困難なことではなかろうか…なんて、ふと考えてしまっただけではありますが…失恋

何につけ、この世には、限りない右肩上がりなんて無いぞexclamation×2ましてや、永遠なんて望むべくも無いexclamation×2というふうに、僕は考えている次第です晴れ

だからこそ、この世にて少しでも長く住み暮らしておられます方々の、生きる知恵、というのが有り難く晴れかつ大切でしょう晴れ…とも僕は思いおります黒ハート

昔の人は云いました揺れるハート
「なめるなよ、若造…わしゃあ、お前らより、ようけ米の飯を食うとるんぞ」

まこと…この世に生命を授かった限りには、その寿命の尽きる刹那まで、かつ願わくは有り難く生命輝かせつつ晴れ精一杯に生きて生き抜くことこそが黒ハートまず大切なことではなかろうか…と考えております僕なんです揺れるハート
おじいちゃん、おばあちゃん、どうぞ、その御自身が体得なされました尊きお知恵を…これからの世に産まれ育ってゆく若者たちに授け残し伝えていただけますように…黒ハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 22:43 | Comment(0) | 高齢化社会と少子化が日本を救う?!

音楽のある生活、歌謡曲が流行る時代の幸せ・・・6

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洋式トイレって・・

「おい、どないやねん・・、いけるか」
 僕は、こみ上げてくる便意をこらえつつ、ドア越しに優しく声をかけてあげました。するとドアの向こうから、友達の声は真剣です。
「まあ・・、いけんことはないけどな・・、これって、大と小が、いっぺんには出来へんわなあ」
「ほうか」
「しかも、狙いを定めるんが大変や・・、僕、やっぱし和式のほうがええわ」
「アホかっ、弱気になるなっ、なんちゅうても洋式やぞ、ええに決まっとるわいっ、便所くらいで泣き言云うとったら、ここの女の子ぉらに笑われてまうぞっ、男らしゅうに、しゃんとせんかいっ」
「そない云うてもなあ・・、足もメッチャ疲れるしな・・、これって腹こわしとる時とか大変やと思うでえ」
「ごちゃごちゃ云うとらんと、はよせいっ。俺が、お漏らししてまうやんか」
「すまん・・、もうちょっとや・・、おってくれよ、なあ、のぶちゃん、そこにおってくれよ」
「分かっとるわいっ、余計な心配せんと集中せいっ」

 とまあ、朝っぱらから、こんな賑やかさを、階下では不思議に思ったのでしょう・・。
「どうしたんだい」
 と、お父さんが上がってきました。そのうしろには、ワクワクと好奇心いっぱいに目を輝かせた三人姉妹が、ちょっと遠慮がちに見上げています。とっさに僕は、ここは西条代表として、しっかりと説明しなければならないひらめきと気合いを入れたものです。
「はい、ちょっと友達が困っているようなので・・」
 と云いながら、百聞は一見にしかず・・、という担任の男先生の口癖をも思い出し、さっ、とドアを開けてあげました。
「なっ・・、なにすんねんっ」
 そのドアの向こうには・・、きちっとズボンとパンツがたたまれて置かれ、ケツを丸出しにしては、まるで木からすべり落ちそうなチンパンジーっていうか、便器のタンクをお母さんと思い込んだ小猿が一匹・・、精いっぱいに首だけ振り向いて、いまにも泣き出しそうにしておりました。

 一瞬、呆気にとられたようなお父さんが、わっ、と笑いましたので、僕も、ちゃんと説明できてよかった、という安心感を噛みしめながら、いっしょに笑いました。
「お前・・、何ちゅう情けないカッコしとんねん」
「ええっ・・、いや、そのっ・・お前が・・」
「ほんま、田舎もんなんやから・・ねえ」
 そう云いながら振り返ると、すでに三人姉妹はおらず、階下から
は、もう明るく朗らかに、けたたましい笑い声が響いてきました。

「これは、こうして使うものなんだよ」
 こみあげる笑いをこらえつつ、お父さんが優しく教えてくれたとおりに、僕はトイレを済ませ、とても清々しい気持ちで、一つ大事なことを学んだ喜びでいっぱいでした。ありがとうございましたハートたち(複数ハート)しかし、なぜか連れは、ずっと辛そうでした・・。
「のぶちゃんが云うたくせに・・、そのとおりにしただけやのに・・」
「お前だっきゃ、いつまででもグズグズ云うな、男やろがいっ」
 そんなふうに慰めてあげたり、また励ましてあげたりしながら、これまた西条では小学校の研修旅行や修学旅行でも見たことないほどの大型バスで沖縄の各地を巡り、コンサートを行い、那覇から遠く離れたところでは、やはり別世界のようなホテルに宿泊しました。バスの窓からも沢山の外国人が見えましたが、駐車場やらホテルのロビーにも、ごく当たり前な感じで外国人が多く・・、西条では、僕らの秘密基地でしか見られないプレーボーイのグラビアに写っているのとソックリな金髪美人が、まるで手をのばせば触れるんじゃないか・・、と想えるほど近くに、ワンサカ、それこそ、ワンサカいました。ふと僕は内心・・、沖縄に住みたい、とさえ思ったほどでした・・。

 また、そうした金髪美人のお乳やお尻だけでなく、沖縄のものは何でも・・、たとえばコーラ一つにしても、ドラム缶サイズとか云って、僕らの知ってるそれより大きく、どころか、ジンジャーエールなどと、僕らが知らないジュースまであり、しかも、それらは、たとえば僕らが小銭を握りしめていく駄菓子屋とかではなく、自動販売機なるものに入れられているのですかわいい
「おい、これって・・、どなして買うんや」
「アホやのう、ここから小銭入れて、ノックしたら売ってくれるんや」
「ほな、こんなかに、丹とか近藤のオバちゃんみたいなんが入ってんのか、こなな狭いとこに・・、よう窒息せえへんもんやで」
 丹や近藤のオバちゃんとは、僕らが学校帰りに買い食いする駄菓子屋の人たちです。
「そないなこと云うてるから、お前ら、田舎モンや。なんぼなんでも人が入っとるかいっ、よう見てみいっ、あっこの売店や。あっこのお姉ちゃんが、俺らがお金入れるんを見とってから、ラジコンでジュース出すんや」
「おおっ、なるほど、無線かあっ、さすが沖縄やのうっ」
「そらそやで、よう考えてみい、アメリカやぞ、アメリカ軍やぞ」

 そんな僕たちを不思議そうに見ていた那覇少年少女合唱団のお友だちは、さっさとお金を入れて、ボタンを押し、ガチャガチャっと出てきたコーラやジンジャーエールなどを慣れた手つきで取り出しては、また不思議そうに僕らを見ながら、仲間のほうへ帰っていったりもしました・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 10:51 | Comment(0) | 音楽の風景

躾(しつけ)ってなんですか?!子育てに悩む若きパパとママに捧ぐ!!日本古代の風景に学ぼう!!

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愛媛国縁起

都祢那賀(つねなが)

      三
 さても兵士話、これはむごい。戦場にて屍(かばね)となった者達は、まだ幸せであったらしい。
負傷して帰った者のうち、癒える程度の傷ならば、これもよし。
その傷がもとで、やがて死に至る者も、またよし、である。
悲惨を極めた者といえば、例えば手や足を失いて帰り、なお一命をとりとめて生き長らえる者達の事であった。
 兵士の用をたさなくなった者達に、国から恩賞が出るはずもなかったのである。しかし、生きている限り食わねばなるまい。

 何と、彼らの多くは田畑に放り込まれた、とある。
それも実り始めた田畑に、であった。
その役目とは、今【天平期のこと】にいう案山子である。
かかし、もしくは、欠かし、と書く。広大な田畑のあちこちで奇声を発し、飛来する雀や烏など作物を害する野鳥を追い払うのであり、食扶持はその報酬として支払われたものらしい。
酷(むご)や、惨(むご)や・・・。
「欠かしになりとうないならば勇をふるって手柄せい。死ぬるがまし、とて働けや」
 これは、戦場で将校達が手下を叱咤する決まり口上であり、兵士達も死力を尽くした。

【欠かし(案山子)が、ただの人形に変わったのは、ずっと後世の事である。】
 都祢那賀は「田畑の中から聞こえる奇声が怖い」と云っては、また泣きに泣いた。が、である。いやいや、覇津華雅(はつかが)の云う事どもは、何もこじつけばかり、とは云えまいよ・・。
この頃には、のちに名将の誉れを欲しいままにする殊里(しゅり)が、すでに都祢那賀のそばにいた。
殊里ばかりでなく、覇津華雅の屋敷に遊びにくる子供達は皆、歳下の都祢那賀に不思議となつき、よく従った、ともいうのである。

 陣屋敷の若子様だから・・、などというのは、むしろ大人の分別であり、頑是なき子供達には、世の秩序などは考えも及ぶまいに・・。このあたり、覇津華雅は、しんから嬉しげに顔をほころばせた。
「若様は、いささかも物惜しみせぬ」
 と、この希代の大将帥(だいしょうすい)は云うのである。
「しかも、貰うた子供が、いささかも卑屈にならぬわい」
 皆で遊んでいる時、何かの拍子に都祢那賀の気に合うような事があったと想え。そんな時、都祢那賀は即座に
「そちにやる」
 と、例の甲高く切るような声で云う。
与える物は、日頃遊びほうけている内に、その子供が最も欲しがる物を、都祢那賀が見てとっているらしい。
時に、茶子であったり、果実であったり、玩具であったりした。
与えるのも、その場にある全部を手づかみで渡した。
 また、物を貰った子供達が妙に卑屈になって諂う事もなく、互いに親しみを増すばかりよ・・、というのである。
さらには・・・
「それが欲しさに媚びるような者どもには、若様は目もくれてやらぬわい」
 と、覇津華雅は、大変に満足げなる口調で云うのだった。
「この気性こそが、将の大将たる将器(しょうき)というものぞ。しかも、将器だけは欲して得られるものではない。これこそは、まさに天佑(てんゆう)というものじゃわい」
「さようですか」
 女性である宵襠(よいまち)には、よくは解らない話ではあったろう。が、であれば、なおのこと、どうでも都祢那賀の泣き癖を治さねば・・、と宵襠は決心したらしい。

 都祢那賀が四歳にもなろうか、というある日、宵襠は都祢那賀を連れて宮中へ赴いた。
 この時の情景を、都祢那賀は終生に忘れず、よく寝床をともにする女性に語っている・・。
「宮中には卑弥呼(ひみこ)しか入れぬという神所があったが、俺は乳母様に手をひかれて入ったことがある。子供には一抱えほどもある蜜蝋の灯明が二穂、開けた扉の風に揺れてな、がらんとした室内には、乳母様の背丈ほどもある二柱(ふたはしら)の・・・、あれは奇怪な物であった」
 神所には、大人の背丈ほどの女陰と男根【後世に云う〈どうそしん=道祖神〉である】が奉られていたのである。
 乳母様は俺の手を引き、それらの前に進みていわく・・
都祢那賀様、と・・・。
「よう見なされ、都祢那賀様。今日より、泣いてばかりおられた若様など、もうどこにも居りませぬのぞ。なぜなら都祢那賀様こそが、神として生まれ変わるからにござります」
 幼い都祢那賀は、乳母である宵襠の気がふれた、と思ったらしい。
「宵襠が生まれ変わらせてさしあげまする、宵襠は巫女にて女神の化身にござりまする」
 そう云いつつ、宵襠は五色にて編んだ腰紐(こしひも)をほどき、衣の裾をゆっくりとたくし上げた。
ゆれる灯明に、自らの陰部をさらし出したのである。
「これこそが女神の証にござりまする。ねっ、同じでござりましょう」
 この、宵襠による幼児体験は吉凶相含んで、その後の都祢那賀に絶大な影響を及ぼした。ただ、生まれ変わった、というより、むしろ都祢那賀の内に、生まれながらに宿っていた気魂が目覚めた、と表現したほうが当たっている。何しろ、卑弥呼を憂鬱にさせるほどの気魂であるゆえに、もとより尋常なものではなかった・・、というのである。

 さらに後々まで都祢那賀の脳裏に焼き付いた、この場面には続きがある。宵襠による〈神産み〉の儀式が終わり、二人が奥の神所から出た時、外には卑弥呼の側近と侍従の巫女達が七重八重に立ちはだかっては待ちかまえていたのある。
女王の側近ならば巫女の階級として、身分の低い宵襠から見れば雲上の者達であったろう。本来なら口をきくどころか、目を合わせる事すら許されない相手どもであった。
「そちゃ、ここが、どこかを知って入ったかや」
 冷厳な口調で詰問したのは、最前列の中央、おそらく最上階位の巫女である。錦糸の腰紐ときらびやかな髪飾りなどで察せられるし、周囲の巫女達も、幼い都祢那賀にも分かるほどに畏まっていた、という。
「律を破ったからには、ついに死罪をも覚悟せよ」
 と、その巫女が、まるで邪鬼でも憑いたかのように白目を剥いて首をふらりと振りつつ長い髪を揺らせ、脅しを込めて、絞り出すような声でうめいた時であった。
 宵襠は手をつないでいた都祢那賀を微笑みながら抱き上げるや、その巫女に向かって一歩踏み出し、無言のままで相手の横っ面を思うさま、したたかに、はり倒したのである。
「ぎゃっ」
 巫女は短く叫び、はり飛ばされた方に勢いよく転倒し、髪飾りや耳飾りまでが 弾け飛び散った。
いっそう周囲がどよめいた・・、その刹那(せつな)であった。
「わらわを誰と思うておるっ、退きやっ」
 はり倒された巫女は、白目を剥いたまま、あわあわと口を動かすばかり・・。都祢那賀にとっては初めて聞く宵襠の怒号であったが、それよりも幼い彼を驚かせた事には、囲んでいた大勢の巫女達が一瞬にしてしずまり、どころか、左右に避けて道がひらけたのであった。宵襠はさも当然のごとく、抱き上げた都祢那賀に向かって優しく微笑み、ゆっくりと歩みをすすめ、呆気にとられた巫女達を後目に悠々と宮中を後にした、という・・。

 翌朝には卑弥呼の耳にも入ったが、何の咎(とが)めもなかったため、よけいに誇張された噂となっては語り草・・、ようは都祢那賀と宵襠の、格というものが上がったのであろう。
「それは見事であったぞ。兵を思う通りに動かす術の一つを、俺は乳母様に習うたのよ」
 とは都祢那賀の、幾度めかの戦の陣中で殊里と盃を交わしつつ語った言の一つである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:33 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2008年11月20日

国際的社会人になりたいなら…晴れ揺れるハート

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日本語って素晴らしい揺れるハート

菅靖匡は、本当に心から黒ハートそう考えております。
もちろん他国の言語を知り尽くしているわけではありませんから、それぞれを比較したり、あまっさえ優劣を述べたりなど出来るヤツではありませんけど…ざっと…たとえばハリウッド映画なんかを観ていて思いますことは、台詞(セリフ)の云いまわしが眼鏡けっこう似通っているというか…単純に同じなことが多いでしょうexclamation&questionって、よく云います晴れ
セリフとしては同じだけれど、物語の設定【刑事モノとか恋愛ドラマとか宇宙的空想モノ等々】と…喋る人の老若男女の違いや場面設定などによって、云っている内容が違ったりするわけで…それを翻訳しては字幕に表すと…しつこく云いますが、英語そのものはまったく同じなのに、字幕の日本語は見事に違うことが珍しくないんですよね眼鏡
というのが菅靖匡の云わんとするところです…晴れ

ここは菅靖匡の勝手な想像ですけれど、おそらくは英語という言語は、語彙(ごい)の少ない分…その使い方や云いまわしが洗練されて…いわゆる小粋なジョークなどが非常に上手くなったんじゃないかな…exclamation&question

その点…日本語という言語は、たとえば漢文調とか古文調とか、いわゆる武家言葉だの公家言葉やら、日常的にも敬語や尊敬語ばかりか謙譲語までありますでしょう…同じ色を表す言葉だけでも何種類もありますしね…当然ながら同じことを云うにも老若男女で云いまわしが明らかに違います。
したがって、日本語は大変に難解きわまる…と、菅靖匡が仲良く付き合った外国人達は、真顔で云っておりました。

さて、ともかく彼ら、彼女らは…いざ向き合った菅靖匡に何を求めたか…揺れるハート

より親しく過ごすためには…つまり菅靖匡が、日本人らしい日本人であることを望んだのです。

これは、少し考えれば当然なことで…外国人達は日本という国を知りたいわけで、日本の歴史や伝統文化を知りたいわけで、日本語を少しでも覚えたいわけで…したがいまして、自分達は自分の国のことや英語を教えるから、菅君は自分達に日本のことや日本語を教えてね揺れるハートと…晴れ

もちろん、ややこしいことは通訳して下さいます人がいますので安心でしたし揺れるハート外国人達が知りたいことを知らないでは…信頼関係が危うくなるわけです。

また、お互いの母国語で喋ることは…やはり内容が何であるかが重要なわけで…それが下品なことだとか知性を疑われるようなことでは…しっかりとした交友が望めないことでありました晴れそういうあたり…本当に菅靖匡が付き合った外国人達は…敏感でしたね揺れるハート

ようするに、本当に国際的社会人として通用するためには晴れまず母国の歴史や伝統文化をしっかりとした教養と成し、しっかりとした母国語で、しっかりとした内容のある話ができる晴れ
これこそが黒ハートお互いに尊敬しつつ親交を深めては、共栄共存してゆく最重要かつ最良の方法だと晴れ菅靖匡は信じている次第なんです黒ハート
たとえば…地球市民…なんていう言葉遊びの夢想は…もう止めたほうがいいし晴れたとえば…モンスターペアレントだのマニフェストだのと失恋やたら横文字のカタカナで表現してたら…大事で大切な本質を見失ってしまう一方ですよ晴れ

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 21:49 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の信心

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ・・・5

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じつは飛行機に乗ったの・・初めてでした

 那覇少年少女合唱団との親善をかねた、沖縄戦没者の御霊を慰めるための、すなわちレクイエム組曲を歌いにいったわけですカラオケ
沖縄までなんて・・、そんな長旅も初めてながら、なんたって飛行機に乗るのも初めての体験でしたし・・、初めて見たスチュワーデスのお姉さんは、もう、この世の人とは想えぬ美しさでしたから、僕はずうっと、そのお姉さんの写真ばかりカメラ撮りまくりました。その頃から僕は浮気なんかしない一途なヤツでしたので、一番気に入ったお姉さん一人を狙ってシャッター切りまくった次第ですハートたち(複数ハート)

 むろんデジタルカメラなんてものは、影も形も無い頃ですしね、じっさい西条市内でもカメラを持ってる家が珍しかった、そんな時代です。ようは、沖縄に行くぞっexclamation、ってことで思い切ったようなものでしたが・・、到着して降りる時には、お姉さんが・・
「たくさん写してくれてありがとう揺れるハート現像したら送ってねキスマーク
 と満面の笑顔で見送ってくれたものです。
また、ちょうどファントムが三機、次々に離陸するのも見ることができたラッキーで、ますます興奮した僕だったんです揺れるハート

 沖縄滞在は、那覇少年少女合唱団の御父兄方のお家に、いわゆるホームステイさせていただくものでして、僕ら西条勢は二人一組でもって御世話になりました。僕のラッキーは続きます黒ハート
というのは、那覇は少年少女合唱団ですよ・・、つまりは少年のお友だちの家に泊まるヤツもいるわけでして・・、しかし、僕が御世話になったお宅は、なんと三人姉妹で団員という黒ハート
しかも、三人ともが、たとえば南沙織【漢字は不確かですが】さんのような別嬪さんばかり黒ハートだったんですねえハートたち(複数ハート)

 それも当時の那覇の中心部に在る、いかにもお金持ちですねっexclamation×2ってお家でしたから、まるで一流ホテルにいるような夢見心地だったんです。ただし・・、じつは僕も、また当然ながら、いっしょに御世話になっている連れも、洋式トイレというものを、産まれてこのかた、いっぺんも見たことが無かったんですね。
翌朝、二人で、寝室と同じ階に在るトイレをのぞき込んでは・・
「これ、どないすんねん」
 と僕が聞くと、連れは不機嫌そうに・・
「お前が知らんことを、俺が知っとるわけないやろ」
「ほうかあ・・、まあ、トイレいうくらいやから便所には間違いないはずやしなあ・・、その蓋だけめくり上げてな・・、こないして上がって・・、このタンクみたいなんにしがみついて、やったらえんちゃうか」
「さすが、のぶちゃんや。頭ええのう・・、それやっ、それしかないぞっ。どっか掴まってやらんと安定せんもんなあ」
「なっ、せやろっ、きばってる最中に足滑らしてみい・・、もう大変やんか。ウンコ半分出したままで、お前・・、打ちどころ悪かったら気絶やで」
「うん、確かにっ。それがホンマの運の尽きっちゅうやっちゃな」
「おうっ、ほな、お前、先にやらしたるわ・・」
「えっ・・失恋のぶちゃん、先にやってええよ」
「かまへん、かまへん、遠慮すなや」
「・・・なんでやのexclamation&question
「お前が先にやって、無事やったら、俺がするんやんか」
「そっ・・そんなあ・・」
「はよせいっ、グズグズしとったら、お漏らししてまうやないか。そないなったら、お前・・、俺ら、ここにはおれんようになるぞ」
「・・分かった。ほな、するわ。扉のすぐ向こうにおってくれよ。つい足滑らしたら助けてくれよ」
「分かった、分かった。そのかわり、ウンコの始末と掃除は自分でせえよ」

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 13:54 | Comment(0) | 音楽の風景

日本古来の子育ては、まず両親が厳しく躾つつも、無償の愛で大きく包んでやるんだぜ!!ビビるな!若きパパとママ!!スペシャル連載!!

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愛媛国縁起

都祢那賀(つねなが)

        二
 以後、確かに覇津華雅(はつかが)は変わった。
宵襠(よいまち)と同じに、都祢那賀のすべてを褒めちぎった。
しかし、都祢那賀は変わらない。ものを云うようになってからも、犬の遠吠えに怯えて泣き、猫が前を横切る時に・・
「あれが、ちらりとにらんだぁ」
 などと云っては、また泣くのである。
これには嘉汰耶(かたや)と汰雅志嘉(たがしか)が落胆(らくたん)も甚(はなは)だしく、ついには疎(うと)んじるようになってきた、とある。
「あれ【都祢那賀】は、まことなら女で産まれるはずじゃったんじゃ」
 と、一族の揃う席でも公言してはばからず、よちよちと歩く都祢那賀を異母兄達が寄って集って突き転ばして泣かしても
「ええい、泣く事もできぬほどに責めてやれやい」
 などとけしかけるのであった。
都祢那賀は、その甲高い声を張り上げ、まさに火のついたように泣き叫んだ。あまりに激しい泣きざまに、異母兄達は、たじろぎ離れてゆくほどの有様だった、という。
「見よやっ、都祢那賀様の軍慮【作戦】勝ちじゃわいっ」
 こんな時にさえ覇津華雅は、真顔で一所懸命に、その分厚い両手を叩くのである。
「覇津華雅よ、うぬ、近頃には、ついに狂うたのかよ」
「狂うてなどおりませぬぞ、嘉汰耶様。まことに見事な軍慮(ぐんりょ)にござりまする。身体も大きく多勢を相手に一歩も退かず、どころか、ほれ、見る間に敵をことごとく蹴散らしてしまわれたわ。よう見なされ、汰雅志嘉様よ。泣き叫ぶ御姿、御声にも、決して敗者の惨めさはありませぬものを。むしろ凛として頼もしい限りじゃ、お見事なり、お手柄なりじゃ」
 覇津華雅に加勢するわけではないが、都祢那賀の泣き癖には、余話が残っている。
「若様の泣き方は、読めませぬ」
 と、巫女をはじめ近在の女どもが口をそろえて云い、首をかしげた、という逸話である。
赤子(あかご)は言葉が喋れぬかわりに、泣き声で意思を伝える。例えば腹をすかせて母乳をねだる泣き声と、身体のどこかが痛いと泣く声は違う、というのである。
 女性は子育ての経験を重ねるほどに聡くなり、同じ〈痛い〉でも〈どこが痛いのか〉とまで判るようになるし、嫌々をしているのか何かに怯えて泣いているのか、その泣き声を聴いただけで区別できるものだが・・
「都祢那賀様のそれは、さっぱり読めませぬ」
 と、幾人もの幼児を育て上げた乳母達でさえ判別できない。
そのため・・
「若様には卑弥呼様の感応どおり、間違いなく大凶が憑依ておりまする」
 という、出生当時の噂は、とうとう水上宮中の真実にまでなってしまった。

 畿内各地では、まだ叛乱などが起こる。
戦に傷ついた兵士達が血まみれで送り返されてくるのを都大路の辻々で出迎える群衆の中にあっても、都祢那賀は、宵襠の脚にしがみつくようにして泣き叫んだ。
最初の頃には皆、都祢那賀を女児だと想ったらしい。
宵襠の美貌にも劣らぬ顔立ちが、そう想わせたのであろう。
「なんぼ幼いゆうても、何とも美しい女児やのう」
「卑弥呼様が口寄【祈祷】なさるちゅう天女とは、まこと、あのような御顔とちゃうか」
 みな、都祢那賀の美顔をみては、見まごうことなき女児である、と想ったらしいのである。
 しかし、すぐに男児である、とわかった。
そのあとが、これは大変であったろう。
「それも、陣屋敷(嘉汰耶の家)の若君様らしいで」
「あいやぁ。それやったら後々の大将軍様やないかい」
「いや、あれでは無理ちゃうか」
「ほんまやなぁ。将軍どころか、ただの兵士にもなれるやらどうやらわからへんで」

 ところが、その後にひかえるのは都のはるか遠く、山賊(やまがつ)にまで勇名響く覇津華雅である。
覇津華雅は、殊更(しゅり)にも大音声を張り上げ、しかも上機嫌で・・
「さすが!軍神様じゃわいっ、傷ついた兵士どもを見て、これほどに哀れみなさるとはのうっ。わしも都祢那賀様が手下として、今にも戦場で死んでも本望じゃわいなあっ。都祢那賀様に仕えるは、まこと兵士の本懐であるっ」
 これには、みな閉口し・・・
「さわらん神さんには祟りなしや」
 と、ひそめき合った、という。

 この兵士話のついでだが、嘉汰耶が畿内に斬り込んでもたらしたものは、何も兵馬と戦ばかりではないのである。
当時としては珍しかった鉄器と、その製法をも持ち込んできた。
鉄器とて武具ばかりでなく、鋤(すき)や鍬(くわ)や鎌(かま)など農耕用具も含まれており、さらに牛馬を使役しての土木開墾技術や農業技術などもついてきている。
そのため、畿内は乱も増えたが田も増えた。収穫量も飛躍的に増し、にわかに強大国の条件を整えていったのである・・。


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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:52 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

戦国時代にまで戻らなくても…じつは昔の日本人こそ国際感覚を保っていたと思っています…お好み焼きミックス玉黒ハート

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皆さん晴れお早うございます揺れるハート菅靖匡が住み暮らす西条市…今朝も冷え込んでおります…あの娘は…どんな朝を迎えていることでしょう揺れるハート
さて…たくさんの外国人達との交流などと書きますと…菅君って英語も喋れるんだあ揺れるハートなんて想う方々もおられましょうか!?

じつは、彼は…英語ペラペラの…ぺ…くらいしか喋れません。知っている単語は…おそらく百にも満たず、慣用句は…二十に遠い…そんなヤツですよ晴れ
しかし、じつは、それで充分なのだ!!と…これが、まさに実体験にもとずく菅靖匡の確信ともなっておりましてね…じっさい、ロサンゼルスなどへ行きましても…肝心なことは現地在住の通訳の方々に頼ればいいし…日常的なことは…ぺ…で充分に会話が成立しますexclamation×2
こうしたことは…じつは、たとえば織田信長や豊臣秀吉とかを想うと、むしろ、納得しやすくないですか!?あるいは高山右近など、当時にはキリシタンと云われました、ようはキリスト教信者や…それを布教する宣教師たちを想えば、よく分かるのでは…exclamation&question

ともあれ、ここでは菅君と外国人達とのことです。
彼ら、彼女たちが云いました…しっかりとした信仰心を保ってない人は信頼できない…とは晴れいったいぜんたい、どういうことでありましょうか!?

じつは…その当時の菅君には、よく理解できなかったことでした。何しろ、その頃の菅靖匡ってやつは…たとえば敬愛してやまないジョンレノンのことでさえ…まるでうわべしか見ていなかったっていうか…たとえば彼の傑作【菅君には、すべてが傑作ですけれど黒ハート】の一つであります音楽ゴッド音楽とか音楽イマジン音楽などを…ただ、歌詞のうる覚えと意訳だけで解ったつもりになっていましたし失恋やたらと無宗教を気取っては、まるで自分が地球を回しているような気になってたんですからね失恋

しかし、今では…そんな自分を恥ずかしく思い出す菅靖匡であり、その当時に外国人達が云ったことも晴れよく理解できるようになってきた次第です揺れるハート

まず、ざっと云ってしまえば…とにかく理屈抜きで恐い!!という存在を保っていなければ、人は人間として生きてゆくことが難しい揺れるハート
っていうことなんですね。あるいは、天狗になるな!!と云ってもいいです。
ようは人間…まず謙虚でなければ…何につけ上達や成長を望み難いものであります。かつ、理屈抜きに恐い存在が…つまりは、その人の倫理とか道徳という感覚を養うのでありまして…ともかく自分本位のワガママ勝手に、云うたもん勝ち、やったもん勝ち…という情けない者にならないぞ晴れというように、つまりは自身の言動を自身で制御しつつ律してゆける晴れまこと素晴らしい人間になってゆく近道だと、菅君は信じているわけです揺れるハート

次回は、外国人達との交流を具体的に思い浮かべながら…あるいは戦国時代の武将はじめ、いわゆる昔の日本人の美しい心の在りようなどを語らせていただきますね…黒ハート


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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:54 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の信心

2008年11月19日

国際的社会人て…なにexclamation&question

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2008061409370000.jpgその…仲良くなった外国人達のうちには、生粋のアメリカ人とかイギリス人の若い女の子がおりまして…もちろん男の子もいましたが…彼らが、まず云いましたのが…通訳の日本人女性教師の翻訳も含めまして…黒ハート
正しい日本語を教えて欲しい、ということと…あなた【すなわち菅靖匡】が晴れしっかりと信仰という心をもっているのか…ということでした眼鏡

その頃の菅靖匡は失恋たとえばジョンレノンの音楽イマジン音楽を口ずさみながら、ノーリリジョン【のぉの助の意訳=宗教も無いのさ】なんて…さも得意げに云ったわけです失恋

すると…彼女たちは眼鏡あからさまに顔を曇らせ…信仰心の無い人は信用できない…と明言したのです晴れ

それも、もちろん晴れいわゆる新興宗教とかではなく、そのうえで眼鏡たとえ仏教でもキリスト教でもイスラム教でも…とにかく宗派などにはこだわらないから…何かしら、しっかりとした信仰心を…それが、つまりは人を人間たらしめる倫理であり、道徳というものだ晴れと…真剣な真顔で云ったのです眼鏡

むろん、現在の菅靖匡にすれば当たり前なことなんですか゛…その当時の菅靖匡にすれば…まるで、今までスープだと思って飲んでいたものが、じつは味噌汁だと思い知らせたほどの晴れまさに黒ハート文化大革命だった次第です眼鏡

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 21:23 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の信心

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ・・・4

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ウィーン少年合唱団みたいな・・カラオケ

 合奏部というのは、僕にとっては退屈で、いっそ苦痛な時間ともなってしまいました。なぜって・・、あらためて自問しても、とくに理由が思い出せないくらいに、ただ退屈だったんですね・・。
そこで・・、間もなく僕は『脱走部』などと改名しまして、練習が始まって、先生が譜面なんぞに気をとられているスキに、コソコソと逃げ出したり、そのうち、はなから欠席を重ねるようになりました。が、しかし、音楽の女先生は、それで諦めるほど甘くはなく・・、なんと母に・・
「のぶ君の音楽的才能を眠らせておくのは、どうしても惜しい気がしてなりません!そこで西条少年合唱団の入団試験を受けさせたいのですが・・、いかがなりや」
 と、これまた大変に迷惑・・、もとい、有り難いお話を下さいまして・・、これに、母は飛びついた次第です。

 と申しますのも、もともと母は、学生の頃にコーラス部だったそうで・・、その美声は近所中に鳴り響いていた・・、というのです。また、やはり情緒というものを育てるためにも音楽というものに取り組んでいたほうがええやろ・・ひらめきということにもなったらしく、とりあえずは試験だけでも・・、という運びとなったんですね。じつは僕としても、その合唱団についての話を聞いて、まず西条中の小学校から選抜されたヤツらが受験して、合格するのは数人、というところに雷興味をひかれましたし、なにしろ楽器などという、いかにも練習あるのみっ!みたいな面倒くさいものがいらないってあたりも、これはお手軽だなって感じで・・、イッパツ合格したわけです。

 しかし、やはり当時の僕の楽しみは剣道でしたね。
今では自分でも信じがたいことですが、その頃の僕は、いわゆるお勉強もできたし、駆けっこも一番か二番、水泳の選手にも選ばれたりってヤツでしたので・・、運動神経もよかったらしく・・、それでもってパンチ竹刀でもって誰かを思いきり叩いていいんだぞ!!黒ハートってことですから、もう面白くてしかたなかったわけで・・、また、四年生になると、なんと同級生のうちでもトップクラスに可愛い女の子が二人も入ってきましてね黒ハートその子たちの着替え、いやっ、練習する時の透き通った掛け声と・・、じっさい袴(はかま)の左右の切れ目からチラチラみえる・・揺れるハートが気合いを増幅してくれましては・・、どんなに厳しい練習でも平気でしたね黒ハート

 また、いよいよ練習に参加し始めた合唱団では・・・、ピアノを弾く女先生が・・、自分の小学校の先生とは大違いに若くて美しかったものですから・・、歌いつつ、しみじみ入団の喜びを噛みしめたものですハートたち(複数ハート)
 今となっては、ライヴに来てくれたお客さん達に・・
「その頃の僕はボーイソプラノでね、マジで天使の歌声って評判だったんですよー」
 といっても、誰ひとり信用してはくれませんし、バンド仲間たちも・・、またアホなことをほざきよらいや・・、って感じですけど、誓って本当の話です。じっさい、僕は、これにはハマりましたね。団長っていうか、会長っていうか、ともかく西条少年合唱団というものを創立した偉いさんは、藤原タケシ【すみません、御名前の漢字は忘れてます】先生という、この方は全国の小中高学生音楽界にも有名な方でしたが・・、惜しくも近年に他界なされました。

 ともあれ、僕にとっての合唱団での楽しみは、やはりコンサートでしたし、そこでソロをとることは、ついに叶いませんでしたが・・、いつか、あのマイクを独り占めしてやる・・、というような気持ちを持てたことでしたし・・、なにより演奏旅行で初めて沖縄にいけたことは、本当にラッキーでしたあ!!

続けても・・いいかい・・?!

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 13:25 | Comment(0) | 音楽の風景

日本古来の子育てに学べ!!子供を虐待するのは人でなし!!地獄の鬼にも劣る畜生ぞ!!

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愛媛国縁起

都祢那賀(つねなが)
                一
 さても、一国に、あるいは人間にとって、その興亡における吉凶(きっきょう)とは、如何(いか)なるものぞ。
たちまちは、卑弥呼(ひみこ)と覇津華雅(はつかが)、お互いの予感は、それぞれにはずれた・・と云っていい。
とは・・、都祢那賀は、よく泣いたのである。
昼夜をとわず、しかも覇津華雅でさえ思わず耳を押さえるほどの金切り声を張り上げ、寝返りもうてぬ小さな身体をよじり、手足をつっぱるようにして泣く。目通りした嘉汰耶(かたや)も汰雅志嘉(たがしか)も、何やら期待を裏切られたような心持ちで顔を見合わせ・・
「卑弥呼をも目まいさせた気魂とは・・、これかや」
 と、苦々しげに呟いたものである。
ただし・・
「やはり都祢那賀様は、大した若子様におわしますなあ」
 と、宵襠(よいまち)だけは心から嬉しげに云い、泣き叫ぶ都祢那賀の胸や腹のあたりを、ほたほた、と優しくたたいて微笑んでいる。寝不足が重なり、しかし、笑みをたやさず
「都祢那賀様こそは、きっと嘉汰耶様をもしのぐ大将軍様におなりです」
 などと、こちらも疲れきって深い溜息などつく覇津華雅にむかって真顔で云うのである。
「そうじゃなあ」
 覇津華雅は、情けなげに相槌(あいづち)をうつ。
「戦場の矢雨と炎中の方が、まだぐっすりと寝られるわい」
 とか、つい漏らした事もある。

 そんな時、宵襠は美しい目で覇津華雅を見やり、言葉に笑みをふくんで云うのである。
「やれ、覇津華雅様に問いまする。世に赤子(あかご)の仕事とは、これを何と心得まするかえ」
 平素の彼ならば、乳を吸うて糞と小便たれる事かえ、くらいの言葉を吐いて笑い飛ばし、むしろ宵襠の顔をくもらせるであろうか。今は、そんな気力さえない。
「乳を吸うて寝る事じゃろ」
 物憂げに呟いた。
宵襠は、ことさら破顔(わら)って・・
「それも当たり」
 と嬉しげに、手などたたいている。
が、覇津華雅は
「やれ、嬉しやなあ」
 自慢の大声も萎えて、ほんの少しも嬉しそうでない。
「赤子の仕事とは、ほれ、こうして、声の限りに泣いて暴れる事にござりまする。若様は、よほどの働き者にござりまするよ」
 と、あくまで宵襠は屈託もない。
「何が働き者かよ。働くとは、側におる者を楽させることをして云う言葉ぞ」
 覇津華雅は、もう己が泣きたい気持ちであったらしい。
さても若様よ、まずは話のできるよう、はよう大きゅうなって下されや・・と覇津華雅、さすがに、これは声に出さず、その胸中で密かに祈ったものである・・という。

 ただし・・、宵襠は聡(さと)い、と、覇津華雅は目眩(めまい)にも似た想いで、この乳母を見ていたふしがある。
宵襠は、いつ、いかなる時にも笑みを絶やさず、まだ自由に這う事すらできぬ都祢那賀の一挙一動を、ただひたすらに誉め称えるばかりなのである。
また、都祢那賀が風邪で鼻をつまらせ息苦しそうな時など、その小さな鼻を唇で包み、そっと優しく吸い出してやる。
口中に含んだ鼻汁を舌の上で転がすように味わい、それを飲み下し
「だいぶ甘うなってまいりましたなあ、若様。もう、じきに治りますれば、今しばし御辛抱なされよ」
 と云った。

 都祢那賀の産着【現在でいう〈おむつ・おしめ〉の事。産着は身分の上下にかかわらず用いられた。自分で、きちんと排便できるまでは必要なのである。ただ素材が違う。庶民の幼児は親の古着や、ごわごわした麻布のぼろを巻いた。が、高貴な家では肌触りのよい絹などを用いたらしい。ちなみとて、平安時代も初期の頃には、産着と襁褓は別なものとなった。】をかえる時などには、糞尿に汚れた布を広げて顔を近づけ、色や硬軟や消化の具合などを、よくよく見分けながら、その臭いまでを確かめたりもする。
「まさか、とうとう糞まで食らう気かよ」
 覇津華雅は、半ば呆れたりもしたらしい。
すると宵襠は顔をあげて、けらけらと笑い
「こうすれば、若様のお腹の中が判りまするのよ」
 と応えた。いや、これは宵襠の賢さというより、古き良き時代の母親のたしなみであろう。

「覇津華雅様は、まこと大吉兆と想いて若様の傅人役をうけられたのでござりまするか」
 都祢那賀のふがいなさを嘆く覇津華雅に向かいて、ずけりとこんな問いをする時にも、宵襠は口調に笑みを忘れない。
覇津華雅としても、肚の立たぬ。
そんな宵襠と語り合う内には、己でも気付かずにいた自らの思案の底が、ふと見えたりもするものであったらしい。
「殿方は赤子に与えられるものがござりませぬゆえ、つい覚悟が定まらぬのでしょうね」
 時と折りを見はからって、宵襠は、わざと怒ったような口調で云うこともある。
「いかなる意味ぞや」
 覚悟が定まらぬ、などと云われては、ついつい武将としての血が騒ぐであろう。
「女は、まず乳首を含ませ、その後に乳を与えましょうものを」
「おうさ」
 当たり前なことを云うなや・・・。
「やがて、赤子にも歯が生えてきまするのぞ」
「生えいでどうする、当たりの前じゃわい」
「乳をやっている時に赤子がむつかりて歯噛みし、乳首を咬み切ってしもうても愛しい心は揺れませぬ。長じて後、たとえば若様が吾めの生命を望まれたなら、この細頚(ほそくび)・・」
 そう云って宵襠は軽く、自身のうなじをさすって見せて
「喜んで差し出しまする」
 都祢那賀になら、この細首を斬られても本望である、というのだった。
「・・・・ふぅむ。これは、どうにも、わしが思案の浅かったようじゃ」
 ついには覇津華雅も得心したのであろう、盃を置いて姿勢をあらためた。
「あれまあ、どのように・・、でござりますのか」
 あくまで宵襠は無邪気にて、腕に抱いた都祢那賀の顔を覇津華雅の視線の上にのせる。問い詰められても、これは怒れまい。
覇津華雅は頭をかきながら、つい本音を口にした。
「つまりは、こうじゃ。わしは戦に強い。いや、強いが上にも強すぎるのよ」
 我々現代人の感覚なら、自画自賛とは浅ましい、とでも思おうか。しかし、この当時の日本人には、自らを謙遜するのが美徳、などという〈いじましさ〉はない。己を己として凛と胸を張り、精いっぱいに堂々と生きて死んでゆくのが、まこと邪馬台国魂(やまたいこくだましい)なのである。
「それは、まことの事ではござりませぬか。浅い思案ではござりませぬものを」
「強すぎる手下をしてじゃ、それを御することを欲する王としてはどうするのか」
「さて、何としょう」
 宵襠は、ふと声色を変えたあたりが、なかなかの演技上手である。眠る都祢那賀を人形のように見立て、都祢那賀が喋っているという趣向でもあろう。覇津華雅の聡さは、それを察しつつ、ただし頓着もなく云いつらねてゆくばかりである・・。
「この国内【邪馬台国】の乱は、じきに治まる。が、国が治まった時こそ、王の心中穏やかではすまぬ。周囲に敵がいなくなれば、その目は身内や手下どもに向けられるものじゃ。そこに強すぎる手下がおれば・・邪魔になるのよ。乱をしずめるためにこそ重宝した者が、いつ主に咬みついてくるかと夜も眠れぬほどに不安がつのり、やがて己が子孫繁栄のためにこそ、いっそ、その強すぎる手下どもを捕らえて・・・・殺すばかりよ」
 耳を傾ける宵襠の、これは思わず眉間を曇らせた恐怖であったろう。
「・・恐ろしや。それほどの思案の、どこが浅いものか」
「いやさ、浅い。わしは都祢那賀様に己の生命を捧げたつもりじゃった。嘉汰耶様が家宝の壷を割り砕いたのも、その覚悟をより固めるためじゃ。然ながら・・」
 先に云うた打算があった、と覇津華雅は眠る都祢那賀に向かって姿勢をあらため、平伏した。
「宵襠殿の限りのない献身ぶりに、わしは教えられたぞ。吾のつまらぬ保身思案を、たった今、かけらも残さず捨て申す。都祢那賀様の死する時こそが、吾の生命の尽きる時じゃ。都祢那賀様の喜怒哀楽、それすなわち、吾の心情そのものにござりまする」
「・・・あら・・あら嬉し」
 そう応えるが精いっぱい、この時、宵襠は泣いていたらしい。
「吾の武にかけて嘘や偽りなぞは云わぬ」
 と、これは覇津華雅、精いっぱいの思いやり。
「もはや、それかしに己の思案などない。心身、骨髄までを都祢那賀様にお任せ申す」

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:53 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用