2008年11月16日

愛媛国縁起 ついに第五弾!!

ビジネスブログランキングにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へninki-blog-ranking-img
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


傅人(めのと)と乳母(うば)と

     一
 その、覇津華雅(はつかが)の屋敷には、嘉汰耶(かたや)の伝令兵が馳せ参じ、朗々と口上したものである。
「今朝方、嘉汰耶様が御屋敷にて汰雅志嘉(たがしか)様が御妻女なる撫子(なでしこ)様の御初産(おんういざん)これあり、めでたくも、御若君様の御誕生にござりまするよし」
「ほうか。それは祝着至極(しゅうちゃくしごく)に存ずる、とでも、いや、鄭重(ていちょう)に、お伝えしてくれやい」
「どうぞ、御自身にて言上(ごんじょう)なされませ」
「わしは今し方、起き出したところじゃ。まだ朝餉も喫しておらぬ。返礼を頼む、うぬが遣いじゃ」
「嘉汰耶様より、ただちに出仕せよ、とのよしにござりまするのぞ」
「嘉汰耶様が、じゃと・・。わしにかよ。そら、確かなことかや」
「お疑いなさりまするな。それかしの伝言に一句たりとも間違いなどは、ござりませぬ」
「なぜじゃ」
 こんなふうに唐突に云うのが、この軍事の天才に恵まれた老人【当時ならこその老齢】の手である。
「・・はあ」
 問われたほうとしては、ついつい戸惑わざるを得まい。
これが、すでに術中・・。
「汰雅志嘉様に御若君の誕生と、わしに急ぎ出仕せよ、との関わりを問うておるのよ」
「・・・いや、その・・そこまでは存じ上げませぬ」
 伝令の兵士は、庭先で跪いたまま首を傾げ、何やら口ごもった。と、覇津華雅は感じたらしい。

(こやつ、何ぞ知りながら言葉をのんでおる。しかしながら、なぜじゃ。わしに傅人などできようはずもないことは、嘉汰耶様なら承知の前じゃろうものを・・。)

 などと、取り留めもなく思案をめぐらせつつ、さすがは軍人である。
身体はてきぱきと動いて、そつなく身支度を整えてゆく。
庭に出て、馬屋に向かいながら、この大将帥はふと立ち止まり、後ろにつき従う伝令兵を振り返るや心配げに
「奥方様は・・」
 と問うた。
「はっ」
「阿呆めっ、たわけるなっ、撫子様は御無事かえ・・、と問うておるのよ」
 上官には絶対服従という兵士の業を逆手にとった、これが覇津華雅の、誘い水というものであろう。
「はっ、ごっ、御無事にござりまする。しかながら、いや、御無事にて、・・その」
「何じゃい」
「いや、その」
「申せ。産まれた御若君が、鬼か、蛇だったかよ」
 と、覇津華雅は、遣いの伝令をからかうように笑った。
「ただの噂にござりまするが・・、卑弥呼(ひみこ)様が、気分を害されては、気絶なされたよし」
「ほう」
 ふと立ち止まった覇津華雅は、これには素直に驚いたものである。
「産まれ出た御若君を見て、かの卑弥呼様が気絶したとや」
「御意」
「それを、なにゆえとて、わしに隠すのぞ」
「不吉じゃと・・、申しまする。宮中にては、この上もなき大不吉じゃとの噂にて」
 伝令兵は、口走った自らが卑弥呼の呪罰を受けるかのように怯えていた。こうした一を見て十を見透かすのも、あるいは軍才の内であろう。
覇津華雅は、飛び抜けて聡い。

(やはりのう。嘉汰耶様は、わしを御若君様の傅人に、と考えておらるるわい。はてさて、まずは戦場を捨てられるかや・・。しかし、産まれおちたばかりの赤子にして卑弥呼様を眩ますほどの気魂がまことなれば、これこそ我国に希有なる吉兆ではあるまいか・・。)

「断じて大事ない、うぬに呪罰は当たらぬわい」
 覇津華雅の中で、何やらふっきれたようでもあった。
覇津華雅は鞍も乗せずに裸馬に飛び乗り、その首にしがみつくようにして馬の腹を蹴り、勢いつけて都大路を駆けた・・、伝令兵が慌てて後を追う。
途中、朝市に向かう荷車と二度ばかりすれ違い、一度はぶつかりかけて飛び越した。鞍どころか、手綱もつけぬ裸馬を自在に乗りこなすあたり、やはり一軍を率いる大将帥である。並の腕ではあるまい、早馬術が自慢の伝令兵が追いつくどころか引き離されてゆく。

 嘉汰耶の屋敷目指して駆けながら覇津華雅は、この後の己の使命を肚(はら)に刻み据えた、という。

(このわしが、次におもむく戦場こそは、この御若君様が初陣ぞ。)

「何が不吉なものかっ、吉兆(きっちょう)も吉兆、こりゃあ、とほうもなき大吉兆じゃわい」
 覇津華雅は地声が大きい。しかも充分に戦場錆びて、叫べば割れるほどの大音声であった。これは馬上、覇津華雅が自らに云い聞かせるように叫んでいたものであろう。
道端によけて御辞儀などする都人達が
「あれは覇津華雅様や」
「大吉兆とは何事やろか」
 かるい砂埃を上げて遠ざかる馬蹄の響きに和して、どこかの梢に止まった鴬が鳴いた。都は、うららかな春に芳しく包まれているのである。
道端の赤や桃色の野花が風に揺れ、見上げれば、朝の陽光を浴びて二羽の雲雀が透き通る青空に舞い昇ってゆくではないか。
嬉事(うれしこと)なんぞ何事もなくとも、生きとし生けるものならば、つい心の弾む季節なのである。
「戦頑固の覇津華雅様でも、都の春のうららには浮かれたんかいや」
「何でもええ。おそろしくめでたき事には違いない」
 と、皆、わけも分からず喜んでいる。

 都といえば、都祢那賀誕生の頃には、畿内三十余国は嘉汰耶の軍事力によって制圧され、卑弥呼の霊力によって統治され始めており、この大国(邪馬台)の総戸数四万余。
山々から大量の木材が伐り出され、日中は槌打つ乾いた音があちこちで響き、さらに多くの民衆が集いつつある時期で、ただし、まだ治安は良くない。嘉汰耶に敗戦し、やむなく従属した首長達の内には、すきあらば叛乱を企てんとする者もおり、民衆の内にも母国への情愛ゆえにあがらう者が多い。
 それほどの思案を持たぬとも、いわゆる、ただの悪党(例えば盗賊の類)も跳梁していた。都である明日香野から遠く離れるほどに、それらの者どもが荒ぶっている。
特に、山奥から木材を伐り出し運んでくる者達は山賎(やまがつ)とも蔑称され、極めて危なかった。
嘉汰耶などを、勝手に自分達の山を荒らした余所者ほどにしか思わず
「卑弥呼が何じゃい。わしらには、山の大神様がついておるわいなあ」
 などと吼えるように云う奴らである。
 それが都で一仕事終え、大路わきに車座になって酒盛りなど始めれば
「今から宮へ駆け込んで、巫女ども、かっさらってやろうかい」
「どうせなら卑弥呼とかいう女王と、いっぱつ狎褻てみたいもんじゃ」
 とまでの暴言をはばからない者どもであったが、そんな彼らでさえ、覇津華雅の名を聞けば、その厚顔からは血の気がひき、こそりと背を丸めては声をひそめた、という。
それほどに、覇津華雅の戦上手と戦頑固は、夏の雷鳴のごとくに鳴り響いていたらしい・・。
 まさに知らぬ者なし、その頼りがいのある覇津華雅が、狂喜して馬を馳せているのである。それを見聞きしたる都人達が、つい浮かれるのも、これには無理もあるまい。
「吉兆、吉兆、大吉兆や」
「それっ、吉兆、吉兆、吉兆や」
「吉兆、吉兆、大吉兆」

     二
 やがて覇津華雅は嘉汰耶の屋敷に到着し、その西ノ大門の前で馬を降りた。よほど急いでいたものか、出迎えた警護兵達には、大将帥(だいしょうすい)が馬から転がり落ちるように見えた、という。庭を横切り、住屋に続く丸太組みの階段を上り、嘉汰耶の待つ部屋に通された。
住屋は桧の板間で、真東に向かう壁に神床が設けられ、その祭壇上には神所である社(やしろ)が奉られている。
 社の横には、嘉汰耶が十七世も前の先祖から受け継いだものぞ、と自慢している壷が置かれていた。
泥をこねては、見事な火炎を型取って焼き上げたものであった。

 その神床を背にして嘉汰耶が胡座をかき、南の壁を背にして汰雅志嘉が座っている。東の壁の風ノ道【明かり取りを兼ねた窓】が開け放たれ、陽光が差し込み、それを受ける嘉汰耶の眼が鋭く光って、入口で大きく息を整える覇津華雅を迎えているのだった。
「よう来た。まずは座れや」
 嘉汰耶がうながし、覇津華雅は嘉汰耶の真正面に着座した。
と同時に入口から侍女達が祝膳を運んで、それぞれの前に並べた。
分厚い杉板盆に乗っているのは白磁の素焼皿が二つに、漆朱塗の大ぶりな盃である。次の侍女達が酒壷と酒肴を運び込み、巫女舞のような所作で素焼皿に肴を並べ、盃に酒を満たしてから、すっかり躾(しつけ)されているのであろう、無言のままにて静かに退座した。
「呑もうぞ」
 と云う嘉汰耶の合図で、皆、盃を両手で持ち上げ、唇を浸けて一口飲む。めいめいが自らの酒量に合わせて飲んでゆき、飲み干して飽けば盃を伏せるのが作法である。伏せなければ、新たな酒が運ばれてくるという趣向で、素焼皿にのった肴はするめと栗、それに味噌であった。

 覇津華雅が一口飲んで盃を置き、一息いれて
「嘉汰耶様」
 と、わずかに膝をにじったのと、嘉汰耶が盃から口を放し
「覇津華雅よ、うぬにしかつとまらぬのよ」
 と云い出したのは、はて、どちらが後先であったか・・。
嘉汰耶は、間を置かず
「名付けは、都祢那賀(つねなが)じゃ」
 と云いつつ、静かに盃を置いた。
「ははっ。此度は御若君様をお授かりとのよし、祝着至極に存じ上げ奉りまする。また、御名を都祢那賀様とは、何とも威風堂々たる御響きなり。重々に、お慶び申す」
「ならば此度のこと、素直に受けてくれるな」
「その返答の前に、どうでも一つだけ、きっと確かめたき事のおわしまするわな」
 嘉汰耶と覇津華雅、互いの目線をはずさない。

 そこへ汰雅志嘉が割って入った。
場の空気を読んだことを、これは賢しらげな自慢とて、実父らに伝えたかったらしい。
「うぬ、呼ばれたわけを承知かや。かの伝令、もはや使えぬ。懲罰ものじゃな」
 伝令兵は口が堅い、と決まっていた。でなければ、秘密を持って戦場を駆け回る事などできまい。
 覇津華雅は、首だけひねって汰雅志嘉に向かい
「それは、無用に願いまする。吾が勝手に推量しておるだけの事じゃ。それに・・」
 と、覇津華雅は、つとめて眼を据えた。
「部下を肚の底から信用しなされ。でのうては、戦場で大将などはつとまりませぬぞ」
 何かにつけ教育したがるのが、覇津華雅の癖の一つであるあたりは、傅人としての資質は備わっている・・、と云っていい。
 が、汰雅志嘉は顔色を変えた。ただ、さすがに嘉汰耶の前では取り乱せず、膝の上で拳固を震わせている。
そうしたあたりも、覇津華雅から見れば青臭いのであろう。
「汰雅志嘉様は、確かに並ならぬ軍才をお持ちじゃで。後は場数をふみなさる事じゃわい」
 世辞ではないのぞ・・、と云う意を込めてか、覇津華雅は微笑してやっている。
「いやはや、此度には母屋にて、何やら一騒動あったとか。さても、卑弥呼様の一件、まことなりや」
「うむ。都祢那賀をとりあげ、臍緒を始末した時に、つい気を失うたらしゅうある」
「ほう、ほう」
 もう覇津華雅は嬉しげに、その鋭い目を細めた。
「近従の巫女が産湯を使わせてのう、卑弥呼は気絶したままで帰宮したと云うのよ」
 覇津華雅は、じっと嘉汰耶の眼を見つめ、片手で盃を取り上げ、高々と肘を張って盃を傾けて干した。
 じわりと内臓を灼くようにこみ上げる酔いを肚で抑え、膝をにじって半身ほど後へさがり、板間にゆっくりと平伏しつつ
「傅人の儀、しかと」
 そう云って顔を上げ、嘉汰耶と視線を合わせて
「承ってござりまする」
 と半ば叫び、ふたたび平伏した。
「うむ。頼む」
 嘉汰耶は満足げにうなずき、両手で盃を取り上げて一口飲み、ぐっと前につき出して
「では、契りの酒じゃ」
 と、覇津華雅にすすめた。

 それを受けず、何を思ったか、覇津華雅は静かに立ち上がり、確かな足どりで嘉汰耶の後ろにまわり、神床に手を合わせてから傍らの火炎壷を取り上げたのである。
「なっ何をするのかあ」
 と汰雅志嘉が慌て、覇津華雅は、その眼に気迫を込めて汰雅志嘉を抑え、その大ぶりなる壷を抱えたままで嘉汰耶の前に戻った。
「いや、いつ拝見してもじゃ、つくづく見事な壷にござりまするわなぁ」
「先祖より受け継ぎし我家の家宝じゃでなあ。それこそが将軍後継のしるしぞよ」
 汰雅志嘉は声を上擦らせて中腰になり、もう気が気でない様子であった。
今一度とて声を励ましては
「どうするつもりじゃ。もっ・・戻せや。まずは置け」
「将軍後継の御しるしなどは・・」
 と覇津華雅は笑み、息を整えたと想うた刹那。
「都祢那賀様御自身にござる」
 と、そう叫んで、壷を床に叩きつけたのである。
「ああっ」
 汰雅志嘉は飛び上がるようにして両膝を立て、詰め寄ろうとしたらしい。が、あまりの驚愕に、それより高くは立ち上がれず、がくりと腰を落とした。嘉汰耶は眉一つ動かさない。

 壷は半ば砕け散り、覇津華雅は、それをさらに素足で踏み砕いたのである。足裏の皮が破れ、肉が裂けて血が溢れ、木目のとおった床を染めてゆく。
「おのれっ狂うたかあっ」
 気を入れ直した汰雅志嘉が、勇み立とうとした時であった。
「嘉汰耶様、汰雅志嘉様に申し上げまする。御家の家宝なるは、たった今より都祢那賀様にござりますれば、それかし、この血にかけて、しっかと、お預かり申しまする。契りの担保は、すなわち吾の、この五体と生命そのものにござるますわな」
「うむ。うぬが覚悟、見届けたわ。うぬが生命、確かに都祢那賀に預けようぞ。都祢那賀が生命は、うぬに託す。都祢那賀の初陣、今より待ちどうしいことじゃ」
 嘉汰耶は嬉しげに云い、さらに盃を覇津華雅にすすめた。
覇津華雅は、畏まって受けている。
これは、戦場にて幾度となく死線を共に越えてきた者達ならではの機微であったろう。
汰雅志嘉は震えを止められず、しかし・・
「ふん。妻女もなく傅人とは、苦労なことじゃの」
 と吐き捨てた。まだまだ若い・・。
嘉汰耶は黙殺し、覇津華雅は栗を皮ごと口に放り込み、指で味噌をすくって舐め
「この味噌は、よい出来ばえにござりまするな」
 などと微笑した。
「覇津華雅よ」
 そう云う嘉汰耶は、この期におよんで、何やら嬉しくてしかたないらしい。
「うぬめが、受けたからには・・、ついに観念せいや」
「はてさて、生命をも観念した吾に、この上、何を・・」
「これよりは、高床の、見事な住屋に寝起きせねばならぬわい」
 なるほど、貴種である都祢那賀を、これまで住み暮らした崩れ苫屋には寝かせられまい。
「達者の建師【大工の頭領】を知っておりますゆえ、早速に手配いたしまするわい」
 察しのよい覇津華雅にすれば、ここに馳せ参じる馬上にての算段でもあったろうか・・。
「ふむ、ふむ。しかし、さても覇津華雅よ、これは難題ぞ。乳母はどうするのか」
 じつは、これこそが嘉汰耶の云う観念であったことに間違いはあるまい。
「ああ、それなども、吾にお任せ下さりませよ」
 覇津華雅は、さも心得おりたる、とでも云いたげな調子で、あっさりと応えている。
嘉汰耶は、初めて破顔一笑し
「ほう。うぬに心当たりがあった、とは驚く」
 と云った。
「心当たりなどはありませぬわい。これより宮中へおもむき、よき女を探しまするゆえに、嘉汰耶様より卑弥呼様へ、吾の無礼構無しの印など持たせていただきとうござりまする」
「印なんぞ、これはたやすきことじゃが、はてさて、それは・・どうかのう」
 かの口さがない噂好きする宮中に、この話を受ける巫女などのいるものかよ・・。
「不吉の話は、すぐに膨らむものにござりまする。それが巫女の間なれば、なおの事にて尾ひれの幾つもついた化け物話になっておりましょう」
 覇津華雅とて宮中の巫女達の妙な好奇心などは知っている。が、さも楽しげであった。
「ぬしゃあ、それを承知で、かの水上宮へと乗り込む気かや」
「当たりの前じゃ。この大不吉とやらを、呑み干して笑える巫女こそが欲しい」
「ふむ、なるほどのう。よっしゃ、すべて、うぬの気ままにするがよい」
「もはや御安心めされよ。御若子様は、必ずや稀代の大将軍にお育て仕りまするわい」


ビジネスブログランキングにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へninki-blog-ranking-img
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート


posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:43 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

音楽のある生活、歌謡曲が流行る時代の幸せ…揺れるハート

ビジネスブログランキングにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へninki-blog-ranking-img
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

今日は、午後から友達が出演するジャズライヴに出かける予定です音楽
先だって晴れチケットをもらったんです、ありがとうキスマーク
あらためて思い起こせば…僕が音楽に惹かれたのは、女の子にモテたい揺れるハートという純真無垢な願望によるものでありました音楽

ということで…ここでは僕の…個人的音楽史を書きとめておきます。
だって…いつ、何が起こるやら分からないから…晴れ

幼少の風景…

じつは、僕は…どうしても母乳をうけつけない乳児だったそうで…本当に餓死寸前ってところまでになったらしく失恋もう両親はじめ親戚や…掛かり付けのお医者さんまでもが絶望し始めた頃、本家の曾祖母が

「どうせ死ぬんやったら…何でもええ!ひもじい【空腹、という意】まんまで死なすんは、あんまりに可哀想や!せめて、お腹いっぱいにして、逝かしてやってつか!」

と云ってくれたそうで晴れそれで…まさに末期(まつご)の水よろしく、ちょうど本家で飼っていた山羊のお乳を哺乳瓶に入れて飲ませてくれたそうなんですね揺れるハート

すると…もう僕は、チュッキスマークチュッキスマークチュッキスマークって、瞬く間に飲みほしたそうで…それで生命を救われた揺れるハートそんなヤツだそうです晴れ

さあ、それから三才くらいまでは、大変に病弱な幼児だったらしく、しかも、大変な甘えん坊将軍だったそうで…いつも母が背負ってなければ、泣いて泣いて、泣いてしかたなかった…とも聞きおよびます眼鏡

ちょっと熱を出せば、真夜中でも、両親が…掛かり付けのお医者さんまで…その当時には、まだ自家用車なんて無い頃でしたから、けっこうな距離を…ぐずる僕を背負って、自転車で走ったそうです黒ハート

「お前ら…ほんまに子育てが下手なやっちゃねや」

掛かり付けのお医者さんは、西条市大町で加藤医院を開業されておりました加藤先生…その医院には当時は産婦人科もありましたので…まさに僕は、産まれる前からお世話になりっぱなしのお医者さんでしてね…黒ハートまったく何度となく生命を助けていただきました黒ハート

ちなみに…加藤先生は、かの関大尉【散華ののち二階級特進にて中佐】の大親友であられます。つくづく、縁というものの深淵なる摩訶不思議を感じおります黒ハート両親はもとより、曾祖母はじめ親戚の方々、加藤先生…また周囲の皆さん黒ハート
御先祖はじめ故先人の方々黒ハート
あらためて、ありがとうございます晴れと心の底から感謝しおります次第です揺れるハート

さて、そんなふうに周囲の手を焼かせ続けた僕は…と申しますと…お陰様にて幼稚園に入園した頃からは、風邪一つひかない大丈夫となりましてね…晴れ
やはり…大きくなったら病気で苦しむ多くの人々を救ってあげたい!!黒ハートという一大決心を幼心にも刻んでは…寸暇を惜しむようにして、お医者さんごっこに勤(いそ)しんだことでした晴れ
続く…

ビジネスブログランキングにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へninki-blog-ranking-img
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:55 | Comment(0) | 音楽の風景