2008年11月20日

国際的社会人になりたいなら…晴れ揺れるハート

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日本語って素晴らしい揺れるハート

菅靖匡は、本当に心から黒ハートそう考えております。
もちろん他国の言語を知り尽くしているわけではありませんから、それぞれを比較したり、あまっさえ優劣を述べたりなど出来るヤツではありませんけど…ざっと…たとえばハリウッド映画なんかを観ていて思いますことは、台詞(セリフ)の云いまわしが眼鏡けっこう似通っているというか…単純に同じなことが多いでしょうexclamation&questionって、よく云います晴れ
セリフとしては同じだけれど、物語の設定【刑事モノとか恋愛ドラマとか宇宙的空想モノ等々】と…喋る人の老若男女の違いや場面設定などによって、云っている内容が違ったりするわけで…それを翻訳しては字幕に表すと…しつこく云いますが、英語そのものはまったく同じなのに、字幕の日本語は見事に違うことが珍しくないんですよね眼鏡
というのが菅靖匡の云わんとするところです…晴れ

ここは菅靖匡の勝手な想像ですけれど、おそらくは英語という言語は、語彙(ごい)の少ない分…その使い方や云いまわしが洗練されて…いわゆる小粋なジョークなどが非常に上手くなったんじゃないかな…exclamation&question

その点…日本語という言語は、たとえば漢文調とか古文調とか、いわゆる武家言葉だの公家言葉やら、日常的にも敬語や尊敬語ばかりか謙譲語までありますでしょう…同じ色を表す言葉だけでも何種類もありますしね…当然ながら同じことを云うにも老若男女で云いまわしが明らかに違います。
したがって、日本語は大変に難解きわまる…と、菅靖匡が仲良く付き合った外国人達は、真顔で云っておりました。

さて、ともかく彼ら、彼女らは…いざ向き合った菅靖匡に何を求めたか…揺れるハート

より親しく過ごすためには…つまり菅靖匡が、日本人らしい日本人であることを望んだのです。

これは、少し考えれば当然なことで…外国人達は日本という国を知りたいわけで、日本の歴史や伝統文化を知りたいわけで、日本語を少しでも覚えたいわけで…したがいまして、自分達は自分の国のことや英語を教えるから、菅君は自分達に日本のことや日本語を教えてね揺れるハートと…晴れ

もちろん、ややこしいことは通訳して下さいます人がいますので安心でしたし揺れるハート外国人達が知りたいことを知らないでは…信頼関係が危うくなるわけです。

また、お互いの母国語で喋ることは…やはり内容が何であるかが重要なわけで…それが下品なことだとか知性を疑われるようなことでは…しっかりとした交友が望めないことでありました晴れそういうあたり…本当に菅靖匡が付き合った外国人達は…敏感でしたね揺れるハート

ようするに、本当に国際的社会人として通用するためには晴れまず母国の歴史や伝統文化をしっかりとした教養と成し、しっかりとした母国語で、しっかりとした内容のある話ができる晴れ
これこそが黒ハートお互いに尊敬しつつ親交を深めては、共栄共存してゆく最重要かつ最良の方法だと晴れ菅靖匡は信じている次第なんです黒ハート
たとえば…地球市民…なんていう言葉遊びの夢想は…もう止めたほうがいいし晴れたとえば…モンスターペアレントだのマニフェストだのと失恋やたら横文字のカタカナで表現してたら…大事で大切な本質を見失ってしまう一方ですよ晴れ

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 21:49 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の信心

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ・・・5

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じつは飛行機に乗ったの・・初めてでした

 那覇少年少女合唱団との親善をかねた、沖縄戦没者の御霊を慰めるための、すなわちレクイエム組曲を歌いにいったわけですカラオケ
沖縄までなんて・・、そんな長旅も初めてながら、なんたって飛行機に乗るのも初めての体験でしたし・・、初めて見たスチュワーデスのお姉さんは、もう、この世の人とは想えぬ美しさでしたから、僕はずうっと、そのお姉さんの写真ばかりカメラ撮りまくりました。その頃から僕は浮気なんかしない一途なヤツでしたので、一番気に入ったお姉さん一人を狙ってシャッター切りまくった次第ですハートたち(複数ハート)

 むろんデジタルカメラなんてものは、影も形も無い頃ですしね、じっさい西条市内でもカメラを持ってる家が珍しかった、そんな時代です。ようは、沖縄に行くぞっexclamation、ってことで思い切ったようなものでしたが・・、到着して降りる時には、お姉さんが・・
「たくさん写してくれてありがとう揺れるハート現像したら送ってねキスマーク
 と満面の笑顔で見送ってくれたものです。
また、ちょうどファントムが三機、次々に離陸するのも見ることができたラッキーで、ますます興奮した僕だったんです揺れるハート

 沖縄滞在は、那覇少年少女合唱団の御父兄方のお家に、いわゆるホームステイさせていただくものでして、僕ら西条勢は二人一組でもって御世話になりました。僕のラッキーは続きます黒ハート
というのは、那覇は少年少女合唱団ですよ・・、つまりは少年のお友だちの家に泊まるヤツもいるわけでして・・、しかし、僕が御世話になったお宅は、なんと三人姉妹で団員という黒ハート
しかも、三人ともが、たとえば南沙織【漢字は不確かですが】さんのような別嬪さんばかり黒ハートだったんですねえハートたち(複数ハート)

 それも当時の那覇の中心部に在る、いかにもお金持ちですねっexclamation×2ってお家でしたから、まるで一流ホテルにいるような夢見心地だったんです。ただし・・、じつは僕も、また当然ながら、いっしょに御世話になっている連れも、洋式トイレというものを、産まれてこのかた、いっぺんも見たことが無かったんですね。
翌朝、二人で、寝室と同じ階に在るトイレをのぞき込んでは・・
「これ、どないすんねん」
 と僕が聞くと、連れは不機嫌そうに・・
「お前が知らんことを、俺が知っとるわけないやろ」
「ほうかあ・・、まあ、トイレいうくらいやから便所には間違いないはずやしなあ・・、その蓋だけめくり上げてな・・、こないして上がって・・、このタンクみたいなんにしがみついて、やったらえんちゃうか」
「さすが、のぶちゃんや。頭ええのう・・、それやっ、それしかないぞっ。どっか掴まってやらんと安定せんもんなあ」
「なっ、せやろっ、きばってる最中に足滑らしてみい・・、もう大変やんか。ウンコ半分出したままで、お前・・、打ちどころ悪かったら気絶やで」
「うん、確かにっ。それがホンマの運の尽きっちゅうやっちゃな」
「おうっ、ほな、お前、先にやらしたるわ・・」
「えっ・・失恋のぶちゃん、先にやってええよ」
「かまへん、かまへん、遠慮すなや」
「・・・なんでやのexclamation&question
「お前が先にやって、無事やったら、俺がするんやんか」
「そっ・・そんなあ・・」
「はよせいっ、グズグズしとったら、お漏らししてまうやないか。そないなったら、お前・・、俺ら、ここにはおれんようになるぞ」
「・・分かった。ほな、するわ。扉のすぐ向こうにおってくれよ。つい足滑らしたら助けてくれよ」
「分かった、分かった。そのかわり、ウンコの始末と掃除は自分でせえよ」

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 13:54 | Comment(0) | 音楽の風景

日本古来の子育ては、まず両親が厳しく躾つつも、無償の愛で大きく包んでやるんだぜ!!ビビるな!若きパパとママ!!スペシャル連載!!

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愛媛国縁起

都祢那賀(つねなが)

        二
 以後、確かに覇津華雅(はつかが)は変わった。
宵襠(よいまち)と同じに、都祢那賀のすべてを褒めちぎった。
しかし、都祢那賀は変わらない。ものを云うようになってからも、犬の遠吠えに怯えて泣き、猫が前を横切る時に・・
「あれが、ちらりとにらんだぁ」
 などと云っては、また泣くのである。
これには嘉汰耶(かたや)と汰雅志嘉(たがしか)が落胆(らくたん)も甚(はなは)だしく、ついには疎(うと)んじるようになってきた、とある。
「あれ【都祢那賀】は、まことなら女で産まれるはずじゃったんじゃ」
 と、一族の揃う席でも公言してはばからず、よちよちと歩く都祢那賀を異母兄達が寄って集って突き転ばして泣かしても
「ええい、泣く事もできぬほどに責めてやれやい」
 などとけしかけるのであった。
都祢那賀は、その甲高い声を張り上げ、まさに火のついたように泣き叫んだ。あまりに激しい泣きざまに、異母兄達は、たじろぎ離れてゆくほどの有様だった、という。
「見よやっ、都祢那賀様の軍慮【作戦】勝ちじゃわいっ」
 こんな時にさえ覇津華雅は、真顔で一所懸命に、その分厚い両手を叩くのである。
「覇津華雅よ、うぬ、近頃には、ついに狂うたのかよ」
「狂うてなどおりませぬぞ、嘉汰耶様。まことに見事な軍慮(ぐんりょ)にござりまする。身体も大きく多勢を相手に一歩も退かず、どころか、ほれ、見る間に敵をことごとく蹴散らしてしまわれたわ。よう見なされ、汰雅志嘉様よ。泣き叫ぶ御姿、御声にも、決して敗者の惨めさはありませぬものを。むしろ凛として頼もしい限りじゃ、お見事なり、お手柄なりじゃ」
 覇津華雅に加勢するわけではないが、都祢那賀の泣き癖には、余話が残っている。
「若様の泣き方は、読めませぬ」
 と、巫女をはじめ近在の女どもが口をそろえて云い、首をかしげた、という逸話である。
赤子(あかご)は言葉が喋れぬかわりに、泣き声で意思を伝える。例えば腹をすかせて母乳をねだる泣き声と、身体のどこかが痛いと泣く声は違う、というのである。
 女性は子育ての経験を重ねるほどに聡くなり、同じ〈痛い〉でも〈どこが痛いのか〉とまで判るようになるし、嫌々をしているのか何かに怯えて泣いているのか、その泣き声を聴いただけで区別できるものだが・・
「都祢那賀様のそれは、さっぱり読めませぬ」
 と、幾人もの幼児を育て上げた乳母達でさえ判別できない。
そのため・・
「若様には卑弥呼様の感応どおり、間違いなく大凶が憑依ておりまする」
 という、出生当時の噂は、とうとう水上宮中の真実にまでなってしまった。

 畿内各地では、まだ叛乱などが起こる。
戦に傷ついた兵士達が血まみれで送り返されてくるのを都大路の辻々で出迎える群衆の中にあっても、都祢那賀は、宵襠の脚にしがみつくようにして泣き叫んだ。
最初の頃には皆、都祢那賀を女児だと想ったらしい。
宵襠の美貌にも劣らぬ顔立ちが、そう想わせたのであろう。
「なんぼ幼いゆうても、何とも美しい女児やのう」
「卑弥呼様が口寄【祈祷】なさるちゅう天女とは、まこと、あのような御顔とちゃうか」
 みな、都祢那賀の美顔をみては、見まごうことなき女児である、と想ったらしいのである。
 しかし、すぐに男児である、とわかった。
そのあとが、これは大変であったろう。
「それも、陣屋敷(嘉汰耶の家)の若君様らしいで」
「あいやぁ。それやったら後々の大将軍様やないかい」
「いや、あれでは無理ちゃうか」
「ほんまやなぁ。将軍どころか、ただの兵士にもなれるやらどうやらわからへんで」

 ところが、その後にひかえるのは都のはるか遠く、山賊(やまがつ)にまで勇名響く覇津華雅である。
覇津華雅は、殊更(しゅり)にも大音声を張り上げ、しかも上機嫌で・・
「さすが!軍神様じゃわいっ、傷ついた兵士どもを見て、これほどに哀れみなさるとはのうっ。わしも都祢那賀様が手下として、今にも戦場で死んでも本望じゃわいなあっ。都祢那賀様に仕えるは、まこと兵士の本懐であるっ」
 これには、みな閉口し・・・
「さわらん神さんには祟りなしや」
 と、ひそめき合った、という。

 この兵士話のついでだが、嘉汰耶が畿内に斬り込んでもたらしたものは、何も兵馬と戦ばかりではないのである。
当時としては珍しかった鉄器と、その製法をも持ち込んできた。
鉄器とて武具ばかりでなく、鋤(すき)や鍬(くわ)や鎌(かま)など農耕用具も含まれており、さらに牛馬を使役しての土木開墾技術や農業技術などもついてきている。
そのため、畿内は乱も増えたが田も増えた。収穫量も飛躍的に増し、にわかに強大国の条件を整えていったのである・・。


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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:52 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

戦国時代にまで戻らなくても…じつは昔の日本人こそ国際感覚を保っていたと思っています…お好み焼きミックス玉黒ハート

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皆さん晴れお早うございます揺れるハート菅靖匡が住み暮らす西条市…今朝も冷え込んでおります…あの娘は…どんな朝を迎えていることでしょう揺れるハート
さて…たくさんの外国人達との交流などと書きますと…菅君って英語も喋れるんだあ揺れるハートなんて想う方々もおられましょうか!?

じつは、彼は…英語ペラペラの…ぺ…くらいしか喋れません。知っている単語は…おそらく百にも満たず、慣用句は…二十に遠い…そんなヤツですよ晴れ
しかし、じつは、それで充分なのだ!!と…これが、まさに実体験にもとずく菅靖匡の確信ともなっておりましてね…じっさい、ロサンゼルスなどへ行きましても…肝心なことは現地在住の通訳の方々に頼ればいいし…日常的なことは…ぺ…で充分に会話が成立しますexclamation×2
こうしたことは…じつは、たとえば織田信長や豊臣秀吉とかを想うと、むしろ、納得しやすくないですか!?あるいは高山右近など、当時にはキリシタンと云われました、ようはキリスト教信者や…それを布教する宣教師たちを想えば、よく分かるのでは…exclamation&question

ともあれ、ここでは菅君と外国人達とのことです。
彼ら、彼女たちが云いました…しっかりとした信仰心を保ってない人は信頼できない…とは晴れいったいぜんたい、どういうことでありましょうか!?

じつは…その当時の菅君には、よく理解できなかったことでした。何しろ、その頃の菅靖匡ってやつは…たとえば敬愛してやまないジョンレノンのことでさえ…まるでうわべしか見ていなかったっていうか…たとえば彼の傑作【菅君には、すべてが傑作ですけれど黒ハート】の一つであります音楽ゴッド音楽とか音楽イマジン音楽などを…ただ、歌詞のうる覚えと意訳だけで解ったつもりになっていましたし失恋やたらと無宗教を気取っては、まるで自分が地球を回しているような気になってたんですからね失恋

しかし、今では…そんな自分を恥ずかしく思い出す菅靖匡であり、その当時に外国人達が云ったことも晴れよく理解できるようになってきた次第です揺れるハート

まず、ざっと云ってしまえば…とにかく理屈抜きで恐い!!という存在を保っていなければ、人は人間として生きてゆくことが難しい揺れるハート
っていうことなんですね。あるいは、天狗になるな!!と云ってもいいです。
ようは人間…まず謙虚でなければ…何につけ上達や成長を望み難いものであります。かつ、理屈抜きに恐い存在が…つまりは、その人の倫理とか道徳という感覚を養うのでありまして…ともかく自分本位のワガママ勝手に、云うたもん勝ち、やったもん勝ち…という情けない者にならないぞ晴れというように、つまりは自身の言動を自身で制御しつつ律してゆける晴れまこと素晴らしい人間になってゆく近道だと、菅君は信じているわけです揺れるハート

次回は、外国人達との交流を具体的に思い浮かべながら…あるいは戦国時代の武将はじめ、いわゆる昔の日本人の美しい心の在りようなどを語らせていただきますね…黒ハート


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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:54 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の信心