2008年11月23日

新嘗祭、御神楽、茶道、裏千家、恩師の掛け軸、懐かしく、有り難く堪能させていただきました・・

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今日は、本当に贅沢な一日だったから・・

 本日十一月二十三日は、勤労感謝の日ですよね晴れ
もともとっていうか、現在もですけど・・、新嘗祭(にいなめさい)と申しまして、五穀豊穣を神様に感謝し奉る祭礼が、在所の伊曾乃(いその)神社でも行われました晴れ
 雅楽(ががく)の演奏【とはいえ、おそらくはCDか何か・・】に合わせては本殿の前で、巫女さんが御神楽(おかぐら)を舞っておりました。もちろん、僕は拝殿にて、まず御賽銭(おさいせん)を投げ入れ、参拝させていただきながら、その御神楽を拝見させていただいた次第です。じつは僕は、今年の夏あたりから、ほぼ毎朝のように伊曾乃神社へ参拝させていただいておりますが、この神社で御神楽みたのは、たぶん産まれて初めてじゃあないかなあ・・揺れるハート
 伊勢神宮では、本物の雅楽演奏でもって舞う御神楽を拝見させていただきましたが、この地元で観るのも、とてもよかったです黒ハート

 また午後には西条市総合文化会館にて開催されておりました文化祭にて、茶席への招待にあずかりまして、有り難く出かけました。
茶道と申しますと、じつは僕は、中学三年の必修クラブ活動にて茶道部を選択しましてね、毎週土曜日の午後を一年間だけ練習したことがあるんです晴れもちろん、女の子ばっかりハートたち(複数ハート)というところに惹かれて入部したわけで・・、すごく大事にしてもらった記憶があるせいか、今でも大好きな雰囲気なんです、茶席って・・黒ハート

 ちなみに高校生活三年間をとおしては、やはり週一の部活には、お琴を選択して習いましたが、やはり、理由は同じことでした黒ハートここでは確か、同級生の友人が意気投合して過ごしましたが、三年間をつうじて男子は僕ら二人だけだったように覚えおります。ここでも、やはり・・、大変に大切にしていただきました晴れ

 いや、こうしてブログに書くために思い出してみると・・、まったく自分でも不思議なことですが・・、小さい頃には、お伊曾乃さんや、また近在の古刹で、うちの御先祖様代々よりの菩提寺でもあります保国寺(ほうこくじ)の境内で遊んだし、剣道を習えたり、また茶道やお琴まで習えたことは、まったく純然たる日本伝統文化を満喫しつつ成長できたようなものでして・・、まこと有り難く、有り難く感謝しきりの昨今なんです黒ハート晴れハートたち(複数ハート)

 数年前には、ちょっと気どって着始めた作務衣も、近ごろでは、すっかり普段着になり、どっかへ旅行したり、ちょっと畏まった席へ出向く折りには、やや高級な作務衣に着替えて出かけますし、すっかり馴染んできましたよわーい(嬉しい顔)って、自己満足でしょうけど・・黒ハート

 ともあれ、今日のお茶席では、懐かしい先生にも再会できましたし、お床の掛け軸は、なんと、僕が大変に御世話になりました故神野龍幸先代管長猊下の真筆でありましたので、本当に涙がにじんだほどに有り難く、有り難く、ただひたすら拝ませていただきました晴れ

 皆さん、御存知のとおり、たとえば戦国時代には、茶ノ湯、と申します。まさに日本が世界史上にも誇っていい千利休さんが、その天才もて、幽玄の美、という至高の極致にまで昇華なさいましたものですよね。忘れてならぬ心得は、すなわち一期一会と申します。
今日という一日をふり返りますれば、僕にとって、まさに一期一会の有り難さでありました。本当に、心から感謝しおります揺れるハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 18:27 | Comment(2) | 芸術に捧ぐ

歴史小説おすすめ戦国時代!!

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手前味噌ではござりまするが・・黒ハート

 人間というか・・、ここでは日本人という民族を想うとき、年表による時代別なら、戦国時代あるいは安土桃山時代と江戸時代の境目あたりで、いっそ異人種にも近いほどの認識したほうがいいんじゃないか・・、と、僕の敬愛する司馬遼太郎さんがおっしゃいましたが、あらためて僕も小説なるものを書きながら、まったく司馬さんのおっしゃる通りわーい(嬉しい顔)と思っています。

 織田信長ひいては豊臣秀吉が在世の頃・・、やや細かく云うなら秀吉が太閤殿下となる前あたりまでの日本人て、本当に元気いっぱいハートたち(複数ハート)時にはハチャメチャなこともするけれど、男は男らしく、女は女らしく、そうして互いにスカッと一本筋金入り黒ハートっていう感じがするんです。
 いわゆる身分差別というものが無いっていうか、曖昧っていうか、武士も庶民も分け隔てなく、それぞれの分際、それぞれの人生を精いっぱいに謳歌して和気藹々・・、そんなふうに想えます揺れるハート

 ところが、徳川家康が江戸幕府を開闢してのちには・・、まず士農工商なる身分差別制度が、がっちりと整えられてゆきますでしょう失恋あえて法度として定め置く、すなわち法制化しないといけなかった位置情報っていうことは、それ以前には曖昧だったか、いっそ世の中の風潮として無かった、というように僕は想っている次第です。そうして江戸時代、ざっと二百七十年ほどの長きにわたって、お上は偉い!へへえっ、お代官様あ!お主もワルよのう・・、いやですよう、お侍さん揺れるハートそこへなおれっ!無礼者exclamation斬り捨て後免じゃexclamation手打ちにいたぁす失恋そっそんな御無体なっ失恋なんてやり続けておりますってえと、やっぱり人間なんです・・、そうだexclamationと思い込んでしまうんですねえ・・失恋

 ウソではありませんよ・・
「お前はバカ者だ!」って云われると、まずは・・
「いやっ断じて違うぞっ失礼なっexclamation
 って怒るでしょ?!ところが・・・
「いいやっ、間違いなく、お前はバカだっ」
 このバカ、バカ、バカ、バカ・・って云われ続けるうちには・・
「違うっ」から「違うんじゃないかなあ」そうして「違うとは思うけど・・」ついに「ひょっとしたら・・」あとは「やっぱりね・・」とうとう「うんっ、間違いなく、私はバカです」
というふうになってゆくものなんだと、僕は信じているわけですひらめき

 洗脳、なんていう恐ろしい言葉は大嫌いですけれど・・
たとえばテレビという装置は、知らず知らずのうちに優しく洗脳してしまう道具の一つではないか・・と、僕は考えております。
 いや、テレビという装置そのものは素晴らしいですよ。
だからこそ、テレビ番組を制作するという大変な仕事に従事されおります方々には、よりいっそう気を引き締めて、観て有益な番組作りを思い出していただきたいexclamation×2と、僕は真剣に祈念しつづけておる者です。したがって、近年には、僕は、ほとんどテレビを観ない!!ことに民放ってのは・・、イヤでもスイッチ切れない状況でもって、できるだけ目をそむけて音声ばかりっていうように心掛けてさえ、気分が悪くなるようなものが多すぎパンチと思っている僕なんです。自ら、すすんで観てもNHKのニュース、あるいは『クローズアップ現代』や『その時歴史が動いた』や『NHK特集』のうちに興味をひかれるもの、または『日曜美術館』とか、僕の大好きな黒ハート高橋美鈴アナウンサーが出てる番組くらいなものでして・・、一ヶ月トータルして、どんなに長くても十四か十五時間くらいじゃないでしょうか・・ひらめき

 また、観なくたって、ちゃんと受信料は払ってますから、はっきり云わせていただいたってバチはあたりませんよね・・?!
NHKさん、あなたの局は視聴率なんて気にしなくていいんじゃないですか?!ほとんどテレビを観ない僕にも、やたら今どきの若者にコビるような番組作りが目立ってきたように思いますけど・・失恋僕の知ってる、昔の大河ドラマとか紅白歌合戦などは、ほんとうに、民放では望み難いほどにしっかりしたセットや素晴らしい役者さんが勢揃いして、まこと見ごたえのある重厚さでしたし、紅白歌合戦にしても、さすがは紅白歌手って心から納得できるような方々が揃い踏み!!しみじみ大晦日を味わえたものでした。
 悪いことして辞任を余儀なくされた偉いさんに途方もない退職金を払うなら、受信料も自己申告制にして欲しいって思いますexclamation×2
 一方では経費削減なんて云いながら、いったいぜんたい、何をやっているんですか?!せっかく高橋美鈴さんほどの才色兼備を抱えているんだから、たとえば彼女を大河ドラマのヒロインに抜擢して、ほかの女子アナさん達も脇役に起用したりして、ギャラ節減を試みるとかしていただきたいっ黒ハート高橋美鈴さんが出演する大河ドラマなら、僕は再放送も含めて必ず見逃しませんよっ黒ハート

 しつこいようですけどねっ・・(ほんとにしつこいけど・・)
もっと高橋美鈴さんが出る番組を、きっちり増やして下さいいっ黒ハートハートたち(複数ハート)揺れるハート黒ハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:07 | Comment(0) | 歴史小説 時代別って何?!

古代日本、ことに邪馬台国の統治風景雑記

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愛媛国縁起

初駒(はつこま)

        二
 この頃の邪馬台国(やまたいこく)が、畿内一円に威を張った事は、すでに述べた。しかし、いまだ国治まらず、民の大多数をしめる農民は重税に苦しんでいた事も、である。
 さらに悲惨だったのは奴婢(ぬひ=もとは嘉汰耶に敵対した畿内先住民)達であろう。うっそうとして昼なお暗い原始林の伐採と原木搬出やら道路整備に潅漑用水路土木作業、踏鞴場【たたらば=製鉄所】などの重労働に酷使され、牛馬よりも粗末、と笑われるほどの食料以外に俸禄(ほうろく)などはなく、それでも人並みに泣く事すらも許されていない・・、という苛烈であった。
内乱に蜂起する者の多くは彼らであったし、鎮圧された直後には皆殺しにされている。
 事実、土木作業中に泣き出した年寄りの奴が
「やかましいっ」
 の一言とともに番兵に殴り殺されたが、番兵は何の罰も受けていない。こうした事が特例ではなく、日常なのである。
奴婢は生口とも呼ばれ、大陸などへ奴隷として輸出された。
物品扱い・・もはや、人ではあるまい。
そんな人々の目が、誇らしげに輝いているはずがなかった・・。
やはり、初駒に臨む幼い都祢那賀(つねなが)の気負いであったろうし、いつの日にも誰もが、思い出というのは美しいのである。

 さても、この若者が産まれた邪馬台なる国は未だ若い。
その領土統治方法を大陸の大国である魏(ぎ)に学んでいる。
まず、領土とした地を〈郷=ごう〉と呼ぶ。
嘉汰耶(かたや)の一族から選んだ者を郷上(ごうのかみ)として送りこみ、郷上は先住民の中から十名前後の役人を選び、それぞれに管理する地域を割り当てるのである。
 役人達は、割り当てられた地域の戸籍を作成して郷上に提出する。
一戸ごとに、租【そ=税金のような物】を、米とか干物などの現物で納めさせるのが役目で、郷によって異なるが、畿内以外は平均六割の重税であったらしい。
 それらを、都の在る明日香野(あすかの)に集めた。
 卑弥呼(ひみこ)の下に仕える巫女達は集められた品物と、運んできた役人達を口寄(くちよせ=祈祷=きとう)し、不正がないかを占うのである。

 それとは別に嘉汰耶直属の検分役も、不定期に郷々を廻って統治状況を調べていた、という。不正を行った者、または逆らう者は捕らえられ、有罪と決まれば即刻死刑であった。

(刑法は他に盗 = 死、殺 = 死、逃 = 死、等々。)

【古代日本において〈死刑〉を定めた国は邪馬台国の他にない。なぜか。神の恵みである生命を尊ぶ、という理由も軽視できないが、何より人口が少なく、しかも一生(寿命)が短い時代には、生かしてこその労働力(社会的貢献という意味)であろう。あるいはまた、当時の国とは、絶対的支配者によって統治運営されるというより、有力者を長とした生活共同体と考えた方がいいのかも知れない。民衆も、たとえば現在のように国家に対して何となく従順なのではなく、皆が気宇壮大、野心に溢れる時代であった。そんな民人を従わせ、かつ国力を蓄えねばならぬ時には、うむを云わせぬ指導力が必要であろう。】

 しかし、倭国(わのくに)に点在する多くの国には極刑を強いる力がなかったのである。強大な軍事力で先住民を駆逐し、ようは〈武と呪〉なる二つの力づくで統治する邪馬台国ならではの刑罰であった。ただし、くどいようだが前述の統治法が完全に整ってゆくのは都祢那賀の成長につれての事であり、この頃(都祢那賀の幼少期)の邪馬台国には、他国に攻め入るほどの余力は・・、まだ無い。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:02 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用