2008年11月24日

鹿鳴館時代の再来か…失恋

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

失恋仏つくって魂いれず失恋

明治16(1883)年、当時の日本からすれば先進とも想われた諸外国の偉いさん方を接待するため、いわゆる迎賓館として落成いたしましたのが、すなわち鹿鳴館です晴れ当時には外務卿【のちには外務大臣】であられました井上馨さんが、企画推進されて完成した、という西洋館でありまして…この落成記念パーティーには、各国の偉いさん御夫妻らが多数ご来場晴れそれこそ昼夜を問わずして豪華絢爛たる大盛況晴れ…だったはずなんですが…失恋

その当時の日本人は…なにせ、お江戸でござりまする、殿中にて候…が脳髄にまで染み込んでおりますものですから…

失恋タキシードやらドレスなんぞは着なれておりませんし、ダンスなどは…押さば引け、退かば圧せ…まさに柔道の組み手のようでしたし、指先を洗う【フィンガーボールってんですかい!?オイラだって知らねえや失恋】水を、グイッと飲んだりしましたそうで…眼鏡

当然ながら、諸外国の偉いさん御夫妻方々からは、あからさまなる失笑ひいては嘲笑をたまわりました次第でしたよね失恋

じっさい、当時の諸外国の新聞にも、皮肉たっぷりの挿絵付きで掲載されては、猿真似、などと酷評されつつ大いに笑っていただいたそうで…諸外国の皆さん失恋その節には、あなた方のご先祖様々には大変お世話になりました失恋プンプン失恋
と…はるかな昔話ですよう晴れダンナァ…なんて云えない時代が…まさに現在日本国じゃあありませんかexclamation&questionえっexclamation&questionお侍さん…失恋

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 23:49 | Comment(0) | 鹿鳴館の逆襲失恋

古代日本歴史小説おすすめ、明後日を先どり更新だぜ!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

子供戦(こどもいくさ)

      一
 はてもさても、覇津華雅(はつかが)と宵襠(よいまち)、ともに暮らすようになって・・、もう久しい。
だが、しかし、いまだに、いわゆる男女の契り、というものは無いものとみえる。このあたりの情景、『媛国攻陣始末記=ひめのくにこうじんしまつき』にも、わずか十数行しか記されていない・・。

やや昔の懐古噺・・
 都祢那賀(つねなが)を里子(さとご)に引き取って間のない頃であった。宵襠と都祢那賀は新築の高床住屋に寝るが、覇津華雅は従来の苫屋(とまや)暮らしを止めていないのである。
互いに慣れぬ日々が暫く続いたが、ある夜、囲炉裏(いろり)の炎が炭火になっても、宵襠は席を立とうとはしなかった。
かたわらでは、乳をたらふく飲んだ都祢那賀が、すやすやと眠っている。盃を重ね、心地よく酔いのまわった覇津華雅は・・
「乳母様よ、今宵は蜜蝋(みつろう)を切らしたかや」
 などと、からかい半分で云ったものであった。
苫屋では囲炉裏火が、夜の灯明を兼ねている。
つまり、高価な蜜蝋を手に入れられる身分の者でなければ高床の屋敷には住めない、とも云えよう。その灯明を、うっかり切らしたゆえに、夜ふけても宵襠は住屋に戻らぬのか、と、どうやら覇津華雅は思っていたらしいのである。
「そうではのうて・・もうそろそろ、傅人様と乳母の契りを、男女の神事を契りとうござりまする」
 と云いつつ宵襠は腰紐(こしひも)をとき、髪の元結までほどこうとしていた。
「まっ待て。それはならぬ。ほどくなよ、待て待て。いっ・・いかぬと云うに」
 覇津華雅はとめようとし、宵襠はやめようとしない。
「なにゆえにござります。契るにも、わたくしの身分が低すぎるからでしょうや」
 彼女は髪をほどく手を休めたが、そのかわりに目を据えて覇津華雅に問うた。
「ちっ違うわい。わしは、その・・ただ、いかんのじゃ」
「それでは返答になりませぬ」
 宵襠は膝をにじって詰め寄り、覇津華雅はよほど困惑したものか盃まで落として、尻をついたまま後退し、ついに苫屋のすみの鎧櫃(よろいびつ)の後ろに隠れてしまった。
「契りが叶わぬなら、せめて陰部をさすって下さりませ」
 この夜の宵襠は、相伴の酒に酔うてしまったものか、妙にしつこい。
「いかん、いかんぞ。それもいかんのじゃ」
「女性に、これほどの恥をかかせて・・覇津華雅様には・・・死ねよ、とや」
「あっあほうな。されば云う。今、話す。話して聞かせるゆえ、腰紐をもどせや」
 そう云いながら覇津華雅は、急ぎ鎧櫃の蓋をずらして、内から何やら掴み出した。

 舶来の金襴(きんらん)に包まれており、金襴をほどけば中からあらわれたのは・・、一尺ほどの人形である。
「そなたは巫女ゆえ、触れて障りなかろう。手にとって見ませい」
 宵襠は受け取り、目を凝らしてよく見れば、豪奢(ごうしゃ)な甲冑(かっちゅう)を身に纏(まと)った武将のようだった。
「それなるは御名を毘沙門(びしゃもん)と宣(のたま)いて、天軍神(てんぐんしん)大将におわします」
「まあ」
 さすがは巫女である、宵襠はそっと両手を合わせて拝んだりした。
「祖父が、どこぞで手に入れてきて、父が受け継いだものらしい」
「ほんに凛々(りり)しい、御立派な御姿」
「わしの幼少の頃には、嘉汰耶(かたや)様に仕えての初陣前夜であった。わしの父親がな、これをわしに授けて申すには、これを持して心呪を唱うれば、矢槍豪雨(ややりごうう)のごとくに降り注ぐとも決して当たらず、軍略などは岩をも割って溢るる泉のごとくに湧きいでて、しかも一つとして外れず・・というほどに霊験灼(れいけんあらたか)なる軍神様ぞえ。しかながら、その功徳をひらかせ奉るには一生涯、女性を近づけてはならぬ、と云うたわ。祖父も父も拝まず持していたものゆえに、武功の一つも恵まれなかった変わりに、わしが現世に生をうける事ができたわけじゃが、さて、どうしたものかと思案のすえ、わしは密かに拝む事に決めたのよ。確かに絶大無比にして神妙なる霊験を授かったわい」
 それゆえ、女性と契るどころか、その柔肌に触れる事すらも叶わぬのよ・・・。
 宵襠は呆れた、という。
世に隠れもなき名将の武功の種が女禁とは、どうであろう。
しかし、邪鬼神の類とて逃げよう、というほどに威風堂々たる覇津華雅が夜な夜な、この御神体に向かいて、その節くれ立った厳つい手を合わせて畏まる姿を想い浮かべたらしい彼女は、つい、ぷっ、と噴き出してしまった。これで淫靡(いんび)なる気は失せたのであろう。
「ありがたし。委細承知いたしました。もう、無理は申しませぬ」

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 17:36 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

歴史小説おすすめ、明日の先どり更新だぜ!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

初駒(はつこま)

      四
「では、心を見せてさしあげまする」
 と云いながら宵襠(よいまち)は、鼎(かなえ)にたっぷりと水を張った。
「まずは目を閉じて、お気を静めなされ。そして今日、馬で駆けて見た景色をまぶたの裏に想い浮かべてごらんなさいますように」
 暫し、蜜蝋(みつろう)の芯が燃える微かな音が聞こえるほどの沈黙の時が、静かに流れていった・・・。
「何か見えましたか」
 と宵襠が問うと、都祢那賀(つねなが)は目を開け・・
「馬の顔と・・都の賑わい」
 と答えた。
「目を閉じているのに、それでも・・、よう見えましたのか」
「うん、まるで夢のように・・」
「それこそが、若様の内にある心が見せたものにござります。この世には、確かに目で見、手で触ることのできるものと、目には見えず触ることもできないものの二通りございます。時おり参ります宮中にて、巫女がお呪いなどして見せるものがございましょう」
「うん」
 都祢那賀は、こくり、とうなずいてる。
「あれなども、いつもは見えぬ神々様を口寄して、御姿を現していただくのですよ」
 都祢那賀は、その癖で小首をちょっとかしげ、宵襠の話に真顔で聞き入っている。
「では若様、この鼎をのぞいてごらんなさいませ。よぉく目を開けて、じっと見て。これは奴我【やつかれ=わたくし】が化粧の時などに使う水鏡(みずかがみ)にござります」
「みず・・かがみ、とや」
「今は水面が鎮まっておりましょう。若様のお顔も、よう映えて見えまする」
「うん」
「では、けっして目をはなさずに水面に映る御自分のお顔をじっと見つめておいでませよ」
 と云いつつ、宵襠は手にした擂粉木で、鼎の縁を叩き始めた。
鼎が、くわん、くわん、と音を立てて震え、当たり前ながら水面に細かい波が立つ。
「水面が揺れて、よう見えませぬ。あぁ・・見えなくなってしもうた」
 都祢那賀の残念そうな声を聞き、宵襠は、くっくっ、と笑いをこらえて云うのである。
「心とは、この水鏡の水面のようなものにござりまする。鎮まっている時には何でも映して見せてくれまするが、ざわめくと見えなくなりまする。また、水面は確かにございますのに、水面だけを手にとることは叶いませぬ」
 そして、宵襠は鼎をひっくり返して・・
「そして水は形を整えませぬ。つまり、どのようにでも形を変えることができまする。心も同じにござりまする。目を閉じて気を静めれば、まぶたの裏に水鏡ができて、手で触ることは叶いませぬのに、まるで目の前にあるかのように見えるのです。まぶたの裏の水鏡こそが心です。心が騒げば、さきほどのように水面が波立ち、何も映らなくなってしまいまするゆえ、いつも、お心静かにおわしませ」
 この一連の様子を見つめていた覇津華雅(はつかが)は思わず膝をうち
「見事じゃ」
 と、うなった。
「いやはや、そなたの聡明なる事、常々見知っておるつもりじゃった。されど今宵こそは、あらためて感服つかまつったわいのう。いや、まこと見事じゃ」
「されば、覇津華雅様。今宵こそは愛でて下さいましょうや」
「そっ・・それは、その・・」
 覇津華雅は慌て、宵襠は美しい顔に笑みを咲かせて身をよじり
「さあ、今宵はずいぶんと遅うなりました。お二方とも、お疲れでしょう。早う、お休みなされませ」
 この宵襠なる女性、巫女としての身分は低いが、そうとうの才媛であったろう。

 こうした機知(きち=奇知とも書く)の豊富な他には、料理も上手い。ありきたりの食材を巧みに組み合わせ、様々に調理した。
その中でも都祢那賀をはじめとする子供達が歓喜するのは茶子【ちゃのこ=菓子の類】である。羹【かん=羊羹=ようかんの祖先】と呼ばれる練物が得意で、色々な素材を錬って作った。
餅の種類も多い。都祢那賀がもっとも好んだ茶子は、後に〈歓喜団子=かんきだんご〉と称された逸品で、その製法も記されている。
まず金柑(きんかん)と柚子(ゆず)と橙(だいだい)の、表皮と実を別々にして天日で干し上げてから細かくきざむ。
焼栗と胡桃の実を潰した物を、茹小豆(ゆであずき)と混ぜ合わせ、それに前述のきざみ物を、よく練り込んで餡(あん)に仕上げる。つきたての餅を一口ほどの大きさにちぎり、柔らかい間に薄くのばして餡を茶巾(ちゃきん)包みにしておき、それを胡麻油でさっと揚げれば出来上がり・・。
揚げ立てなら餅皮は、かりっ、として、中の餡は口中でとろけるような感じで、柑橘の香りが広がり、しかもほのかに甘い。
これを薄塩で浅く漬けた大根の千切りと一緒に夏なら冷茶、冬なら温茶で食するのが、また格別に旨い。

 この歓喜団子を食べる時、どういうわけか都祢那賀は、生大根の輪切りを好んだ・・、とある。
彼は、よほど大根が好きらしく、畑で引き抜いた大根を洗って丸ごとかじる事もあった、とも云うのである。変わっているようにも想えるが、なるほど、確かに団子の甘味と大根の辛味がほどよく混ざり、互いを引き立て合うような食べ方ではあろう。
「乳母様は巫女でありましょう」
 幼い都祢那賀は料理する宵襠にくっついて、乳母の白く細い手先をのぞき込むようにして問うている。
「はい」
 宵襠は、手を休めることなく餡を練りながら応えた。
「俺が翁様【嘉汰耶(かたや)のこと】ならば、乳母様を巫女の女王にする」
「ほう」
 と、かたわらで武具の手入れをしていた覇津華雅が、その由緒を聞いている。
「宮中の巫女などは、その手で怖い物ばかりを出してくる」
 乳母様の手で出来る物は、みな旨いもの・・・。
これには覇津華雅と宵襠、思わず顔を見合わせて噴き出したが、都祢那賀だけは真顔で・・
「本当の事です。乳母様の手は、どの巫女の呪術よりもすごい」
 と感心しきりであった・・、とある。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 17:05 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

日本全国乃木第三軍状態!!助けて!神様!仏様!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

GYAO動画のなかにある昭和TV今月号に感激揺れるハート

 じつは上田正樹さん黒ハート貴方が、僕に歌う素晴らしさを教えて下さった、まず最初のヒーローなんですハートたち(複数ハート)
るんるん上田正樹とサウストゥサウスるんるんなんとステキでカッコよかったことか・・ハートたち(複数ハート)僕は、イッパツで夢中になりました揺れるハートいつか貴方のように歌いたい位置情報黒ハートと、心の底から願ったものです揺れるハートそのライヴアルバム、有山さんとのるんるんぼちぼちいこかるんるんというアルバム、また初期の上田さんのソロアルバムは、まこと僕の生きた教科書でしたし、本当に今でも歌わせていただいておりますハートたち(複数ハート)
って・・そういえば・・、一曲演奏一回につき著作権料を払わねばならなかったんですよね・・・音楽俺の借金ぜんぶでナンボやexclamation&question

 とっ・・ともあれ、貴方が昭和TVのなかでコメントなさっていることは、まったくそのとおりです黒ハートっていうことを、この場で云いたくて、こうして書いている次第です。
 昭和という時代に忘れてきたモノ・・、それは人が人として生き抜くために必要不可欠な、まさに黒ハート黒ハートというものではなかったか・・、と、僕も小説やブログなどをつうじて云わせてもらい、願わくは、多くの人々にも伝えて・・、思い出していただきたい揺れるハートと祈念しきりなんです。

 じっさい、僕は・・、いったいぜんたい過去の歴史というものが僕たち後世に何を教えてくれるのかexclamation&questionっていうことを自問して考える折りには・・、歴史上の偉いさん方が、どんな偉業を成し遂げたか・・、ということよりも、そうした人と人との縁や人情とか人の心、というものの有り難さだexclamation×2と自答しおります。
 たとえば高杉さんが、吉田松陰先生に心酔しきっては終生に尊敬しきったこと、また周囲には無愛想で過激なくせに、両親には頭が上がらなかったという逸話や、なにより、おうのさんとの恋愛風景、あるいは料亭や遊郭なんぞへ入りびたる様子などなど・・、そうした人間としての情景というものが大好きなわけで・・、したがって歴史研究書などよりも、やはり小説仕立てで書かせていただくのが、菅靖匡ってやつの性根に合っているのでしょう揺れるハート

 いや、まったく近年このかた昨今には、まこと心ない、と申しますか、人の心というものを忘れてしまったような人々が珍しくない、とも思いおります僕なんです。むしろ、モンスターペアレント世代以下の若者たちは、ついに成長過程で誰にも教えてもらえなかったんじゃないか・・、だから学ぶこともできず、ついに知らないまま、身体だけが大人びてしまったんじゃなかろうか・・exclamation&question
とも憂慮しおるような僕でもあります。

 先だっても書かせていただきましたが・・・
この世のほとんどすべてのことは理論【菅靖匡に云わせれば理屈】で説明できるし、つまりは解決できる・・という思い込み失恋
 たくさんの知識を得ている自分は賢いexclamation×2と思い込んでいるバカ失恋
 これらが相乗効果を発揮しますと、もう手の施しようのない人でなしが大量生産されてはびこることも、じつは、たとえば古代西洋史や古代中国史のうちにも明らかな事実でありましょうひらめき

 さて、現在日本は、まさに日露戦争時における乃木第三軍状態ではないか・・、と、僕は思っている次第です。
 ことに、いわゆる二〇三高地を攻略せんとする折りの、ついに見かねた児玉源太郎さんが駆けつけた当時の、それです。
僕が想っております詳細は、僕の敬愛する司馬遼太郎さんの名著であります『坂の上の雲』あるいは、映画では『二百三高地』で確認いただければ幸いです。

 じつは、僕は、もう随分と前のことですが・・
東京だったかな・・、あるPTAと市民団体が卒業式における国歌斉唱と国旗掲揚に猛反発失恋っていう・・、今では珍しくもない記事が、ほぼ最初にニュースになった頃じゃないかと記憶しているんですけど・・・、とにかく、その団体に宛てて・・
『あなた方は、いったい、どこの国の人たちですか?あなた方のご両親は、どこの国の方々ですか?あなた方が外国旅行なさる折りには、いったい、どこの国のパスポートを保たれ、それによって保証される安全を享受もしくは期待されるのですか?』などなど・・
といった主旨の質問状と、必ず御回答願いますexclamationという念押しした手紙を出したことがあるんです。が、ついに返信はありません。

 あらためて断言しておきますが、僕は決して社会の秩序を破壊しようとする過激派などではなく、まったく理屈抜きで戦争大反対を叫び、イジメとか虐待を憎む者であり、言葉や態度ましてや肉体的暴力などは断固として大反対する者ですし、いくら女性好きのスケベとはいえ、児童ポルノですか?!未成年者に劣情どころか妄想をも、いだくような者でもありません。

 ついでながら、スケベ状態な菅靖匡のいう女性とは・・、せめて三十歳以上の方々でありまして、・・じゃあ上は?・・・、えっexclamation&questionうっ上は・・、そのぉ・・まあ、そこそこのぉ・・・・失恋

 まあ・・、ぼちぼちいきましょうか・・揺れるハート

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 12:17 | Comment(0) | 歴史小説 幕末以降・・

歴史小説おすすめ!!古代日本に、心、を学ぼうぜ!!サービス!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

初駒(はつこま)

      三
 さても馬上から眺める景色の、この新鮮さはどうであろう。
宵襠(よいまち)に手をひかれて歩いた、同じ道とは思えない。
しかし、この心境を言葉で表すには、まだ幼い都祢那賀(つねなが)であった。

 覇津華雅(はつかが)は長年、大勢の兵士達を思うがままに率いてきただけに、人にものを教えるのが、うまい。日常の中で目にした些細な事を、たくみにとらえては都祢那賀に語って聞かせた。
今も、しばし馬を止めた。衣の裾を尻の辺りまでからげ、水田に膝下まで浸かって農作業にいそしむ人々を見おろしながら、小さな都祢那賀の頭上に話しかけたものである。
「よう見なされや、若様。わしらが毎日、当たり前のごとくに食う米は、こうした苦労の後に実るのでござる。ゆめ、一粒たりとも粗末にしてはなりませぬのぞ」
「うん。一粒でもこぼしたり残したりすると、乳母様にやかましゅう云われまするな」
 宵襠は、都祢那賀のするほとんどの事は褒めちぎったが、躾(しつけ)だけは、やかましいのである。
ことに、食物を粗末に扱う事は許さない。庭先で頓食【とんじき=握り飯】などをほおばる時、つい地面に落とした飯でも、必ず拾って食べさせた、というすさまじさであったらしい。
「落とした御飯は、なおさらによう噛んで食べなされ」
 と、この乳母は云うのである。
べっとりと付いた砂粒を丁寧に取ってはやるが、いっそ取りきれるものでもあるまい。そんな時・・
「じゃりじゃりする」
 と、幼い都祢那賀は泣きそうな声で顔をしかめた。
「それが嫌なら、落とさぬ用心をしなされ。たった一粒の米にも、万人の労苦を忘れてはなりませぬ。一滴の水にさえ、天地の恩恵を感謝しなされ」
 と、なかなかに手きびしい。

 こうした躾に関しては、覇津華雅もまた厳しい。
ただし、彼は、骨髄まで軍人であった。
「砂や泥など何するものぞ。つねに今、ここが戦場と心得なされよ」
 などと教えている。
今日も今とて馬上にて、眼下に広がる水田を眺めつつ語り始めた事は、こうである・・。
「あれは田草を取っているのでござる。田草はな、放っておけば稲の元気を横取りしてしまいまするゆえ、米が実らぬようになってしまうのですわい」
「悪いやつだな」
 とは、この子の産まれながらに保っているらしい正義感であろう。
「御意。田の病気のごとき物にござりまする」
「それなら巫女に祓ってもらえばよいのに」
 と、都祢那賀は無邪気に云うのだった。
覇津華雅は破顔一笑、分厚く大きな手のひらで都祢那賀の頭を撫でつつ・・・
「敵(田草)は多勢でござってな、呪法で滅するには巫女の手が足りませぬ」
 と応えてやった。
そして、すぐに笑いおさめて
「さて、ここからが肝要にござりまするぞ。なるほど田草は害を及ぼす悪いやつじゃ。しかながら、ああして引き抜いた田草どもを、そのまますぐに丸めて水田に埋めてしまえば、これがそのまま肥料に変わりまする。同じ場所で瞬く間に、悪いやつが善いやつになるのです。戦場にても同じ事じゃ。兵馬とて、その用いよう一つで役にも立てば、立たぬようにもなりまする。また、たとえ上手く用いても、機会を見誤れば負けまするぞ。機会にも善悪がござってな、戦場にては好機が善し、危機が悪しとなりまする。よろしゅうござるか、若様。つまり田草にせよ兵馬にせよ機会にせよじゃ、この世のすべては、善くも悪くもどちらにでも変わる、という事じゃ。では、何によって変わると想われまするかな」
「わかりませぬ」
「気の持ちようでござる、すなわち、心とも申します」
「こころ、とは、どれにござります。ここから見えまするのか」
「なかなか。はっきりと目に見えるものにはござりませぬがな、この世の生きとし生けるものすべての内に、必ず在るものにござりまする。若様の内にも吾の内にも、この馬の内にも宿っておりまする」
「よう分かりませぬ」
「今は分からずともよろしゅうござる。ただ、吾の申す言葉を覚えの端にとどめておいて下されや」
 と云いつつ、再びゆったりと 馬を進めた・・。

 やがて都大路の雑踏に馬を乗り入れた時には、覇津華雅の言葉は極彩色の情景となって、都祢那賀の脳裏に染み込んだのである。
大路をうめてごった返す人波の真ん中を風が吹き抜けるかのように行く手がさあっと開け、そうして道端によけた大人達が皆、自分を見上げているではないか。その目には、宵襠の衣の裾を掴んで泣いている自分を見おろす時のそれとは、明らかに違った光をたたえているのだ。ざわめきの消えた大路に戛戛(かっかっ)と、拍子を乱さず響く馬蹄の音が、都祢那賀の耳を心地よくくすぐって聞こえる・・。彼は得意げに胸を張った。
「若様には、どうやら、馬が気に入りましたかな」
「うん」
 汗ばむ手綱を握りしめつつ都祢那賀は、こくん、と頷いている。
「昨日まで泣いて嫌うておった馬を、今では好いておられる。それも心のなせる業じゃ」

 その夜、屋敷に帰ると覇津華雅は自ら馬を洗って見せ、世話の仕方を教えた。
「馬にも心がありまする。馬は、ただ技量にて乗るものにあらず。若様と馬の心が一つになってこそ、乗りこなせるというものじゃ。こうして慈しんでやれば馬が喜び、いつしか心は一つになりまするわい」
「また、こころ・・ですか」
 都祢那賀は、小さく嘆息した。
「よろしいかな、若様。明日よりは御自分で馬を可愛がっておやりませ」
 そうして馬屋に入れ、飼葉桶には青草と茹でて冷ました大豆を入れて混ぜてやった。やっと二人で沐浴して汗と土埃をおとし、宵襠の整えた夕餉の膳に向かった頃には新月が、庭の杉木立の上まで昇っている・・。
「今宵は、またずいぶんと遅うござりましたね」
「うむ、すまぬ。大池の宮より、さらに東の国境辺りまで駆けてきたのじゃ」
「まあ、そんなに遠くまで。若様には、面白うござりましたか」
「うん、楽しかった。けれど、ただ・・」
 都祢那賀は、つと箸を止めて椀を置いた。
さも難しげに眉をよせ、腕組みなどして小首をかしげた。
これはもともと、覇津華雅が思案に凝った時の癖である。
いつの間にやら、幼い都祢那賀にもうつったものであろう。
「何でござりましょうや」
 こんな時、必ず宵襠は箸を置き、都祢那賀の目を覗いてやる。
「爺様の話がむつかしゅうて、ずっと考えておりまする」
 都祢那賀の云う爺様とは、覇津華雅の事。実父よりも年上であるため、こう呼んでいるのだっだ。
「ふむ。今は分からずともよろしゅうござるよ。きっと、その内に分かりまする」
 遠乗りの疲れと酒の酔いがほどよくまわった覇津華雅は、眠たげな顔に笑みを浮かべて都祢那賀を見やった。
いかにも満足げなる老将の面影がある。
「どのような話をなされました」
 宵襠は、酌をしながら覇津華雅に問うた。
「なぁに、いつもの話よ。戦のあれこれじゃ。のう、若様」
「違いまする」
 都祢那賀は甲高く云い、小さな片手で己の頭をおさえ、もう一方の手で胸の辺りをおさえて宵襠に伝える事には・・
「戦の事などではありませぬ。いくら考えても分からぬのは、こころです。爺様は、確かにあると申しますのに目には見えぬという」
「こころ・・とや」
「この頭にあるのやら胸の奥にあるのやら、さても、どのような物なのやらが、さっぱり分かりませぬ」
「若様よ、あわてなさるな。それもその内、分かる話にござりまする」
「されど、年かさの殊里(しゅり)に問うても、さっぱり分からぬ、と云うておりましたぞ」
「若様、その心なるもの、宵襠が見せてさしあげまする」
「まことですか、乳母様」
「まことですとも」
「おいおい、めったな軽口を。そなたが巫女とて、こればかりは無理というものじゃ」
「よろしゅうござりますとも。覇津華雅様にも、その目に映して御覧にいれまする。さあ、まずは夕餉をたいらげなされ」
 と、宵襠は普段どおりに、ほろほろと微笑んでいる。
都祢那賀は飯をかき込み、覇津華雅は興味深げに宵襠を眺めつつ、悠々と呑み続けた。やがて膳を片づけた宵襠は、大蜜蝋(おおみつろう)が明々と燃える燭台(しょくだい)の近くに鼎【かなえ=三本の脚で立つ、煮炊き用の器】を据え、手招きなどして二人を近くに寄せた・・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 10:04 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ…7

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

皆さん、お早うございます揺れるハート今朝の西条市は雨…それも一日中雨降りつづきそうな気配ですよ。僕は、雪駄(せった)で外出することが多いから、特に寒い時期の…それも出先で迎える朝の雨は…ちょっとだけ辛い感じです失恋

さて…沖縄旅行で晴れまるで海外どころか、近未来の宇宙旅行までしてきたような気分で西条へ凱旋した僕も中学生晴れいわゆる学生服に身を包み…児童から生徒へと脱皮する晴れもう、大人の仲間入りです黒ハート
その頃の僕は、先に剣道の防具でも触れましたが…大変に身体の小さな美少年であったため…既成の学生服では間に合わず失恋採寸してあつらえてもらったほどでした。このまま身長が伸びなかったら…シンデレラにつきまとって弄ぶ七人の小人の仲間に入れてもらうしかない…そんな不安を振り払うかのように毎朝、ひたすら牛乳を飲んでは登校したものです…晴れ

さすがは生物学的に云うグッド(上向き矢印)成長期…同級生たちは、健やかに、順調に背を伸ばし…女の子たちは、どこもかしこも大きくなる人や…待てど暮らせど肥満ぎみの男子の胸に追いつかない人もいたりして失恋

ともあれ、僕は…剣道部に入っておりまして…小粒ながら大変に敏捷な美少年でしたから…けっこう強かったんですよ晴れまた、パターンどおり、三年生の先輩方は可愛がってくれましたが、二年生とはソリが合わず…いや、僕が大変に強い美少年だったせいでしょうか失恋…目の敵にされたりもしました晴れしかし、汗臭い部室では、先輩方が…さまざまに魅力的な雑誌などを閲覧させてくれましたし、まるで夢のようなお話もいっぱい聞かせてくれたおかげで…また一歩晴れ大人への階段を登った気にもなれましたね揺れるハートそんな日々のうちには…いわゆる研修旅行なるものがありまして…黒ハート

全体のシステムは覚えていないのですが…とにかく一年生が二泊三日だったかなあ…市外の施設で合宿するわけです揺れるハートということは…当然晴れお風呂の時間もあるわけで…眼鏡

これは一年生の恒例行事だったので…すでに先輩方は同じ経験をなさっておりますから…持参したほうが便利なグッズとか、おそらく研修授業はこんな感じだから、先生から評価されやすい手段などを眼鏡それぞれの部活の先輩方が細かく伝授してくれましたようで晴れもう一週間くらい前には、教室のあちこちに仲良しグループで群れた同級生たちが…なかには、ものすごく不安がっているヤツなんかもいて…真剣な面持ちで耳をかたむけ、手帳にメモしたりもしてたことを覚えています晴れ

「下着の替えは何枚持ってたほうがいいのか」
「研修ということは…やはり授業の一環なのだから、抜き打ちテストなども考慮しておかねばならないか」「ということは、持ってたほうがいい教科書は何だい」
「バナナはオヤツに入るんですか」

そんな同級生たちとは少し離れて、僕は剣道部の先輩方の教えを…頭のなかできちんと整理しようと…手元のメモを見つめていました黒ハートメモには、宿泊施設の晴れざっとした見取り図が描かれ、赤丸の印が…いわゆるお風呂の位置なのです…晴れ

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:19 | Comment(0) | 音楽の風景