2008年11月27日

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ・・・8

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幼い頃にTVで観た越路吹雪さんに惹かれて・・ハートたち(複数ハート)

 じっさい、この頃は歌謡曲の全盛時代でありまして、テレビをつければ、どのチャンネルでも必ずと云っていいほど歌番組をやってました。両親はじめ姉や妹、それぞれに好きな歌手やら曲があって・・、もちろん僕にも好きなスターがおりました。

 まず、ブラウン管から圧倒的だったのは、越路吹雪さん黒ハート
そして沢田研二さん黒ハートこの御両所は、いま思い出しても強烈な存在感がよみがえりまする・・ハートたち(複数ハート)

 ともあれ、僕が育ったのは、まさに歌謡曲の流行る、そんな幸せな時代だったのです・・揺れるハート

「ええか、大改築でもしてないかぎり、風呂場は一つやぞ」
「そこに、まずは女子から交替で入ってな、女子全員が済んだら、ようやっと男子や」
 剣道部二年の先輩たちは、さも自慢げに教えてくれましたし、僕たち一年生は、もう聞いているだけで夢見心地でした・・ハートたち(複数ハート)
が、しかし、とても賢くて美少年だった僕は、すぐに疑問を感じたのです。とはいえ、相手は意気揚々たる先輩方・・たらーっ(汗)それは話がおかしいですね・・、などと一年生の分際で云えるものではありません。でも、美少年で賢かった僕は、思い切って云いました失恋
「先輩・・、風呂場が一つで男女交替やったら、覗けんのとちゃいますかexclamation&question
「おおっ、さすがは賢くて美少年の菅君だね」
 とは云いませんでしたが・・・
「アホッ、話はこれからや、よう聞けよ。あの施設の売りはのう、海が見える・・、っちゅうことや。大きな風呂に、親しい仲間どうしで、ゆったり浸かって、海を眺めるねん。まるで温泉旅館みたいなとこや・・、窓とかいう小さいもんと違うぞ、カベや、カベ一面がガラス張りやぞ、分かるかexclamation&question壁一面ガラスやぞっ」
 そう云う先輩の顔は紅潮し、その目には涙さえ浮かんで輝いていました。そこで、わざわざ書いてくれたのが、大変にざっとした見取り図だったわけですハートたち(複数ハート)

 その頃、コピーなんてものはありません。
あっても、それは厳重な警戒の布かれた職員室の奥のほうに鎮座ましまし、僕ら生徒が・・
「ちょっと使わせて下さいね」
 などと気軽にさわれるものではなく、ましてや、先生方にとっては意味不明のメモなどは、とても複写できるものではなかったのです失恋そこで、僕ら、まさに選ばれた幸せ者である剣道部一年生は、めいめいが自分で書き写しましたが、やはり美少年で賢かった僕は、その有り難い原紙を、まるで宝物のように持っていたのです揺れるハート

「ええか、ここや・・、ここが小高い丘になっててな・・、このコースで回り込んだら、まず発見されることはないわい。ただし、や。このあたりからは這うていけよ」
「這うていくて・・、地面をですかexclamation&question
「当たり前やんけ、空中が這えるかいっ」
「ホフク前進っちゅうやつですねexclamation&question
「おうっ、それや、それ。なんちゅうたかて、お前ら、女の裸を見放題やぞっ」
「全裸やぞっ、全裸っ、分かるかっ、なんもかんも全部見えるスッポンポンやぞっ」
「しかもやっ、一人や二人やないんやぞっ、分かるかっ、もう、どこ見てもハズレ無しっ、一々、指さしたほうに目ぇ凝らさんでも、お前、見渡すかぎりの女っ、女っ、女の裸やぞっ」
 先輩たちは、いっそう潤んだ目を輝かせて熱弁をふるい、一年生たちは、ただ・・、わあっ・・、とヨダレくりそうに口をあけて聴き惚れていました。が、しかし、さすがに美少年で賢かった当時の僕は、すぐにヨダレを拭って、やや遠慮がちに質問したものです。
「ほんで、先輩・・、先輩らは成功しはったんですかexclamation&question
「おっ、さすが賢い美少年」
 とは云われませんでしたが、にわかに先輩たちの顔は曇りました。なかには、まるで外国人みたいに肩をすくめる人もいます。
「失敗や、みな、このポイントにたどりつく前に玉砕や」
「こいつや、先鋒のこいつが先生に見つかりよってな・・」
「どこ行くんやっ、こらあっ、ちゅうて先生に呼び止められてな」
「・・・白状しはったんですかexclamation&question
「アホウッ、云えるかいっ。ただ、勝手に出歩くなっちゅうて注意されただけや」
「さすが敵さん【先生方】が一枚上手やったわい、すぐに時間割に気ぃまわしよってからにのう・・」
「ははあ、お前ら、デバガメしょう思てたな・・、云われてな、男全員が、それぞれの部屋で待機させられてよ、お前、女子の入浴タイムが終わるまで、先生が廊下で監視しとったがな」
「・・ほな・・、僕ら、最初からアカンやないですか」
「ドアホ、初めから、そないな弱音吐いてどないするっ、俺らが果たせんかった夢を、お前らが果たさんかい」
「どやっ、これが先輩の思いやりっちゅうもんじゃ、頑張れよっ」

 ははぁん・・、どうやら、これは二年の先輩らのワナやぞ・・失恋
そう見破った賢い美少年の僕は、手にしていたメモを破りすてたのでした。そうして、叶わない夢はきっぱり諦めたのか・・、と申しますと・・・、あらたな作戦に想いを馳せていたのです・・揺れるハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 18:59 | Comment(0) | 音楽の風景

親がなくても子は育つ!!って云えた時代はねえ・・、周囲の大人達がしっかりとした、まこと人情あふれる美しい世の中だったのさ!!

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愛媛国縁起

子供戦(こどもいくさ)

       二
 都祢那賀(つねなが)が乗馬の稽古を始めた頃から、宵襠(よいまち)は、盛んに草花を植え始めている。渋みのある静寂を漂わせていた屋敷の庭が、にわかに華やいできたのである。
「若様、いずれは生命震えて儚き戦場に出られまする御身なればこそ、一輪の花を愛でる御心を忘れませぬように。是非もなく気魂荒ぶり荒む修羅場にても、花を慈しむ御心を保たねばなりませぬ」
 と朝な夕な、都祢那賀に向かいては幾度云い聞かせたか知れない。まったく、どこまで聡明な女性であったことか。

 聡明といえば、生母である撫子(なでしこ)もまた、ひときわの白眉(はくび)であったろう。祖父に嘆かれ、父にうとまれた都祢那賀を、この母はいっそう優しくなぐさめた。
「そなたは、そなたのままがよいのです」
 きっぱりと云った。
「臆病などを、少しも恥じる事はありませぬ」
 とも、この美しき実母は云う。
「されど・・」
やや拗ねたような都祢那賀の、これは、まだまだ幼い頃である。
「なぁに」
「翁様や父様は吾を、出来損なう者だと嫌いまする」
「今は云わせておきなされ。気にせねばよいのです」
 と、弾けるような笑顔で云うのである。
「異母兄様達も遊んではくれませぬ」
「それもそれ。そなたには殊里殿をはじめ、大勢の友がおると聞きました。覇津華雅爺様や宵襠乳母様も、いつもお側におるではありませぬか。寂しくはございますまい」
「うん」
 とは云うものの、やはり寂しいのであろう。
「ここに、ほら、母もおりまするよ」
「うん」
「よいですか、都祢那賀。母は、戦の事などは知りませぬ。知りませぬが、こう思います。武将にて、ただ武勇を誇る者は華やかなれど功は小さい。たとえ臆病なれど武将たらんと欲する者こそは、臆病こそが天佑です。なぜと問われれば、臆病こそが智略なる大勇を育むと思うからです」
 とは、さすが邪馬台大将軍の妻女であった・・。
「ちりゃくとは、いかなるものですか」
「たった一人で千人の敵を相手にできるもの・・、と聞き及んでおりまする」
「一人で千人・・とや」
「はい。そのあれこれ【詳細】は、いずれ覇津華雅爺様に教えていただきませ」

 里子(さとご)でなくなるのは、その初陣の後である、という慣わしであった。が、言葉を解するようになれば、十日に一度くらいは実母とも語らえる暇が許されているのである。
幼少の都祢那賀は、実家である嘉汰耶屋敷を好まなかったが、こうして母親と過ごす一時は疎かにしていない。
馬をうたせて逢いに通う際の手みやげは、必ず宵襠が植えた四季おりおりの花々であった、という。
ともあれ、宵襠と撫子が都祢那賀の世界を変え、馬がその世界を広げた、と云っていい。

 さても都祢那賀、よほど馬が気に入り、乗馬を好いたものであろう。一年を待たずして彼は、殊里と並んで遠駆けできるほどまでに上達した。
「夕暮れも近いに、まだ帰ってこぬとは。さて今日は、どこまで遠駆けているのやら」
 覇津華雅(はつかが)は庭先で武具の手入れをしながら、かたわらで縫い物をする宵襠に話しかけた。
「さあ・・、案外と近くかも知れませぬよ」
「確か、二人して、つつみ飯【竹皮で包んだ握飯】を持って出たではないかよ」
「あれは腰糧【こしかて=兵糧】だそうでございますよ」
「なんじゃと、腰糧とや」
「はい。何でも近ごろは、近在の村々をまわって戦に明け暮れているとやら」
「戦とは、これまた穏やかならぬ話じゃ。そなた、笑っておる場合ではあるまいに」
 宵襠は、くっく、笑いながら最近の都祢那賀の様子を語って聞かせた。近ごろの都祢那賀は、よく遊びに来ていた近所の子供らを兵士に見立てて率い、隣村などで徒党を組む悪がき共に喧嘩を仕掛けてまわっている、というのである。負かした子供らを手下に加えつつ、さらに勢力を広げているらしい・・。
「若様の軍勢、なかなかにお強いらしく、いまだ負け知らずとか」
「ほうほう」
 覇津華雅は兜をみがく手を止め、嬉しげに笑った。
「されど、喜んでばかりはおれませぬよ。昨日も近所の方々が押しかけてこられました」
「ここへ、かや」
「はい。子供らが皆、農作業をほっぽり出して若様と駆けずりまわっているのですもの。手伝いを望む親兄弟としては、そりゃあ文句の一つ二つは、云わずにおれますまい」
「・・ふむ。そりゃあ、そうじゃろうて」

 明日香野は遠く四方を小高い山々に囲まれた平野であり、例えば盆地の山里などよりは日が長い。覇津華雅の屋敷から西方遥かにのぞむ葛城山の上空が濃い橙と鮮やかな赤に染まり、なだらかな稜線がくっきりと浮かぶ頃、表門に駆け込む二駒の馬蹄の音が響いた。
「帰ってきたわい。さて、勝ち戦であったかや」
 覇津華雅は、上機嫌である。幼い頃から・・
「こやつ、女に生まれた方がよかったかよ」
 とまで嘲笑混じりにも嘆かれていた都祢那賀が、喧嘩を仕掛けてまわるほどに成長したのである。もう、初陣で大手柄をたてたかのように嬉しくてしかたないのだった。
苫屋(とまや)では夕餉の膳が整いつつあり、いつもなら手酌で盃をなめながら待っているのだが、今日ばかりは待ちきれず、さっそく庭を横切って住屋の裏手にある馬屋の方へと迎えに出た。
「おお、殊里(しゅり)。どうじゃ、勝ったか」
 馬屋の前で自分の馬に青草をやっていた殊里は振り返り、上気した顔の汗を拭いながら、覇津華雅を見上げてうなずいた。
「ついに、親父殿(おやじどの)にも、ばれましたか」

 いつの頃からか殊里は、覇津華雅を、親父殿と、敬愛を込めて呼ぶようになっている。
「おお、ばれいでか。若様はいずこ。いずこにおわす」
「裏の池で馬と、御自身を洗うておりまするはずにござりまする」
「そうか。さても殊里よ、若様の馬術も一段と進んだようじゃのう」
「御意。先日、本陣横(地名。嘉汰耶(かたや)屋敷を本陣と呼称した)の調練場(軍馬の飼育場)に駆け込んだ折には、なかなかの見世物でござりました。馬引役が手こずる荒馬が、若様を見た折柄【おりから=ちょうどその時】、にわかに首を垂れて鎮まってござりまする」
「ほうか、ほうかよ」
「近頃では遠駆けの競馬なども、ややもすれば吾の方が馬煙(うまけむり)にまかれまする」
 馬煙とは、馬が駆けて立ち起こる土埃の事である。つまり二騎で競走する時、うっかりすると自分が負けてしまうのだ、と殊里は嬉しいやらくやしやらで誉めているのである。
「ふむふむ。さても殊里よ、お前は、歳はなんぼになったかよ」
「もうすぐ十にござりまする」
「ほうかよ、もはや戦場に出ておる頃じゃなあ」
「いつでも、その覚悟はできておりまする」
「よせよせ。戦場に出ても荷役か馬役じゃ」

 普通なら、八歳ほどで従軍せねばならない。が、しょせんはまだ子供である。実戦力にはならないから、軍の後方にて荷を運ぶか馬の世話をさせられるのである。そうして肌で戦場に慣れてゆき、あわよくば上官の目にとまって引き立てられれば出世の道が開けるのだった。初陣前から出世が約束されているのは、嘉汰耶一族とか覇津華雅のような上級将校の子供達だけ、つまりは支配者階級の子孫達だけである。
「どうせ生命をさらすなら、己が手ずから兵馬を存分に率いたほうが面白かろうがよ」
「それこそ兵士の本懐じゃと、亡父も申しておったと、母から聞いたことのありまする」
「そうじゃ。それが、うぬになら間違いなしに叶う。ゆめ、自らを疑うてはならぬぞ」

 言霊、というものが在る。人が思ったり喋ったりする言葉には、霊力が宿っているのだ。だから言葉で想うたとおり、つまりは云ったとおりになる、というのである。
これは宵襠も、都祢那賀が言葉を喋り始める前から、その小さな耳元で幾度となく云い聞かせたものであった。

若様はかしこい、若様は必ず強い大将軍様になりまする、と・・。

「さても若様は、裏の池じゃったかな」
「御意」
「ついて参れ」
 覇津華雅は殊里をうながし、馬屋の向こうにまわり込んで池に近づいていった。まず、水に脚を浸けてたたずむ馬が見える。
その横で、都祢那賀はどこぞで見知ったのであろう、片肌脱いで背筋を伸ばして肘を張り、馬柄杓【馬を洗うための柄杓】に口をつけ、細い喉を鳴らして水を飲んでいた。小さいながら堂々たる、とは、覇津華雅の欲目もまざっていようか。
「若様、まずはめでたき事にござりまする」
 と、野太い声をかけた。
池に照り返す夕陽の中で都祢那賀は振り返りざまに
「きゃっ」
 と一声甲高く笑い、さらに今一度、細い両腕で馬柄杓を持って水をすくい、頭からかぶった。
その一連の動作の間合いが、いかにも大人びて映り、かつ小憎らしいほどに似合っている。

 もはや機は熟した・・・と、ついに覇津華雅は確信したらしい。
「若様、子供戦は今日で終わりにしませい。明日よりは狩猟にお連れいたす。殊里、お前も一緒じゃ。今宵、家に帰ったなら母様に云うておけよ。暫くは帰れぬ、とな」

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:35 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用