2008年11月30日

いよいよ11月も晦日です眼鏡

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当ブログに遊びに来て下さる皆様…今月も有り難うございました黒ハート
心から深く感謝しおります晴れまた、どうぞ来月も宜しくお願いいたします揺れるハート

この世は、まこと有難い御縁というもので成り行きます黒ハート古来にも…袖ふれ合うも多生の縁晴れなどと申します。

ことに現代では…こうしたインターネットなどの発達と普及などにより、直接に顔をあわせ眼鏡袖ふれ合うようなことは難しくもなりましたけど…こうして、たとえ一時的とはいえ、世界中の人々と心地よい幸せを共有できる機会も増えたわけですから晴れ

願わくは、少しなりとも上質な幸福感を黒ハートお互いに分け合っていきたい晴れ

菅靖匡は、本当に、そんな想いで…小説を書いておりますし眼鏡あるいは、こうしたブログなどにも取り組みますし晴れまた、音楽をとおしても、皆様とともに晴れ生きてゆきたい揺れるハート

そう祈念し続けております。どうぞ、来月も…皆様にとってご多幸の日々でありますように…黒ハート揺れるハート黒ハート

どうか、今後とも宜しくお願い申し上げます晴れ眼鏡

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 22:26 | Comment(0) | 有り難うございます黒ハート

炊きたて御飯と白菜の漬け物、そして味噌汁が一椀ついていれば大満足!!

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贅沢いえばキリがないけど・・

 僕は、いわゆる食通などではないし・・、わざわざ流行っている店に行って待たされてまで食べたい・・、なんて全然思わない・・、とても面倒くさがりな、出不精者です。

 でも、なんかの拍子に入った店で、とても気に入ったメニューとかがあれば・・(ああ、また食べたい・・)とか思って、できるだけチャンスを逃さないようにするのが、どうやらクセみたいです。
 だから、行きつけ・・、なんて云えるほど熱心な客ではないけれど、自然と顔なじみくらいにはなる店ができてくるわけで・・・

 それも、あまり好き嫌いの無い雑食性ですので、地元に在る和食、洋食、中華など・・、どれも大好きな料理が並びますね。
ただし、雑食とはいえ、たとえば、ベトナムとかフィリピンとか、ドイツとかイタリアやフランスなど、それぞれ外国料理専門店みたいなところには、まったく興味が無いんです。

 てか・・、日本料理あるいは中華料理だと、けっこう好んで行くあたり・・、やはり何かしら好き嫌いとかがあるのかも・・ひらめき
まあ、なにはともあれ、やはり生きていくためには食事って重要な一つですし、できればマズいものより美味しく感じられるもののほうがいいハートたち(複数ハート)とも思いますが・・、やっぱり贅沢いえばキリが無いことでもありますよね・・、食生活ってのは・・ハートたち(複数ハート)

 僕は、できれば炊きたての御飯と、白菜とか大根葉なんかの漬け物と、あったかい味噌汁があれば大満足なんですけど・・・揺れるハート
それに、パリッとした海苔やら、ピシッと塩のきいた焼き鮭とか、こりゃもう一つ食っとこう・・、と思える梅干だの、それに納豆なんかが付くと・・、もう贅沢やなあ・・、って感じですね。

 その漬け物だとか梅干とか、味噌や醤油なども、昔は自家製だった家が珍しくなかったでしょう・・。
そうした手間暇を惜しまない女性って、やっぱりステキだな黒ハート
って思う僕なんです。今では・・、ちゃんと御飯さえ炊けない女性が珍しくないとか・・、それって本当の話ですか・・失恋

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 16:50 | Comment(0) | 食生活に思い巡らすこと…

猿と蟹とがケンカして・・

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 まずは・・・
「猿じゃ」
 なんぞと一口に云うてものーえ、そりゃあ、もう昔から
「猿でも十匹十色じゃけんのもし」
 と云われておるくらいで、この広い地球上には、それこそ世界各地に、いろいろの猿がおりまさい。
 ああ、先に断っときますけんどのもし・・
「人類は猿から進化したんぞよ」
 やか云うて、まるで猿を人のデキソコナイみたいに想うとる者らもおりますけんど、そら猿に失礼ちゅうもんですけん。

 まあ、猿の立場で考えてみたら・・、二百年近うも、そななこと云われ続けとうみや・・、あんたぁ、そりゃ、なんぼ猿でも・・
「ひょっとしたら、そうかも知れへんなあ」
 と思うてしもたんとちがいますかしらん・・。
近ごろの猿どもときたら、たしかに人間よりはバカみたいにも見えますけん。ほやけんどねえ、あんた、猿も人とおんなじで、昔の猿は、そら賢かったんぞのもし・・。
ちゃあんと歴史に名を残した有名どころでは、たとえば孫悟空(そんごくうう)なんか、こりゃ大御所と云うても、よかろと思いまさい。なんというても仏教では忘れられん、かの三蔵法師(さんぞうほうし)さんの御共してのもし・・、あんたぁ、中国と天竺(てんじく)を渡り歩いた偉い猿ですけんねえ・・。
その子孫のうちでも天竺に住みついたやつらなんかは、今でも
「猿は、神さんぞよ」
 やか云われて、そりゃあ大事にされとるらしいんですけんねえ。
ほやけんどの・・、おんなじ子孫のうちでも中国に住みついたやつらは、こりゃ可哀想なかったらしいわね。
「猿は、人の病気に効く漢方薬あるね」
 やか云われての、なんと、脳ミソを食われたもんでさい。
ほんでも、まあ、まがりなりにも、これ大変に有り難がられたことには違いないんですけん、やっぱり・・
「さすがは孫悟空の子孫じゃのう」
 ちゅうて誉めてやらないかんわいのもし・・。

 さてさてじゃ・・、ところ変わって日本のお猿さん、これは、どななもんだろぞ・・。先に云うときますけんどのもし、昔から日本猿っちゅうて云うだけあって、これは孫悟空の子孫とは違うんぞよ。ほやけんのーえ、ほうじゃのもし・・、誰でも知っとる日本猿の有名どころちゅうたら・・、ほうじゃ・・、あの猿蟹合戦の猿ですけん。ありゃりゃあ、ほやけんど、こりゃ、こりゃ、ちょっと肩身の狭い思いをせんならんぞのもし・・。
 人のええ、いや、蟹のええ蟹から美味い握り飯をだまし取って食うてしもうたばかりか、それで苦情を云うた蟹に、なんと暴行まで加えたっちゅうんですけんねえ、これはいかんぞよ・・。
 まあ、やられた蟹のほうも泣き寝入りはせんとのーえ、臼やら栗やら蜂やらと・・、大勢を雇うて仕返ししたらしいですけんど、どっちにしても、これが面白可笑しいに昔話になって後世に語り継がれたもんですけん、まあ悪役になってしもうた猿の子孫らは、そらツライめぇしたらしいわね・・。

 たとえば、小田原のあたりに住みついたもんは、代々が籠屋をやって家族を養うとりまさい。それも、いっつも小田原提灯をぶら下げとったらしいですけん、もう昼も夜もなしに働きとおしとったんだろぞい。まあ、あんたぁ、唄じゃったらの・・
「ホーイホイホイ、ホイサッサ」
 やか云うて、さも威勢もように軽げぇに唄われますけんど、籠屋ちゅうたら楽な商売やない、そら大変な重労働なんですけんねえ。重たい籠を担いで夜中まで走りまわるうちには、可哀想に、すっかり脚も腰も曲がってしもうて、座っても背中丸めなあかんほどに疲れきってしもとりまさい・・。

 また、なかには
「猿まわし」
 たら云うて、人間に、首輪やら腰ひもで括られてしもてなあ・・芸人、いや、芸猿として身を立てようとするもんも出とりますけん。この末裔は、今でこそスターなみにテレビやか出ますし、ちょうど、これから年末じゃの正月じゃのには、引っ張りダコ・・、いや、引っ張りザルになりますけんどのもし・・、芸の道、これも、あんたぁ・・、ほんまに辛いもんですけんねえ。
人に教えられたとおりにやっとるのに・・
「反省」
 やか云われて、それでも素直に反省しとるのを、これまた人に嘲笑われて、あげくには・・
「反省やったら猿でもでけるでえ」
 やなんてバカにされる日々なんですけん。
それでも逃げることも許されんとからに・・、毎日の辛い仕込みに耐えるしかないんですけんねえ。ほんまに、つらいこっちゃ。
ほんで、ようよう一匹前の芸を覚えて舞台の華を咲かしても、あんた、ギャラはせいぜいバナナ一本か二本ですわ。
これでは、とうてい妻子を食わせてはいけませんけんねえ・・。

 ほんでも芸猿のなかには性根の座ったやつもおってねえ、夜ごと「芸のためやったら女房も泣かすでえ。なんや小春ぅ、その辛気くさい顔はぁ。文句言う前に酒や!酒や!酒買うてこい!」
 て暴れるもんも仰山おります。酒を買うというても、あんたぁ、そこは酒屋も生業やし、バナナ一本では売ってくれません。
可哀想なんは嫁はん・・、ちゅうあたりは、やっぱし人間と変わわんわね。母猿は、幼い子ぉを抱きかかえてねえ、震えもてでも、じいっと堪えるしか知りませんのですけん、そら可哀想なもんぞね。

 そんな猿を見ながら、蟹の子孫どもは・・
「どや?辛いカニ?御先祖様の罰じゃガニ」
 なんぞと拍手、いや、ハサミを鳴らして嘲笑いころげ、ついには嘲笑いすぎてねえ、口から泡ふくようになってしもうたほどでさい。この蟹どもはのもし・・・
「美味いカニ?なんぼでも食うて精つけて、もっと猿どもを泣かしたってくれんカニィ」
 ちゅうて人間を喜ばしよりまさい。そりゃあ蟹は美味いですけんどねえ・・、ほやけんど、あんたぁ・・、なんぼ子沢山やからと云うても、自分らの子孫まで食わして人を雇うのは、どななもんだろぞ。と、うちは思いよりますけん、あんまり蟹は食べたない・・。

 まあ、だいたいの人間は蟹が大好きで、煮たり焼いたり刺身にしたり、しゃぶしゃぶで食う贅沢者もおれば、甲羅に酒ついで・・「蟹酒じゃガニ、美味いガニ」
 と喜ぶ者までおりまさい。そうして美味い蟹を、たらふく食うては、精だして猿をこき使い、それを観て拍手しよるんですけん・・。

 この日本猿にゃあ、昔から、言葉の暴力もありまさい・・。
猿の浅知恵、猿芝居なんぞと悪口も考えだして言いたい放題、あげくは猿股じゃのいうて、なんと股引ちゅう、こりゃ褌代わりの下着にまでしてしまう始末ですけんねえ・・。
ほんでも日本猿は・・
「見ザル、云わザル、聞かザル」
 と腹をくくって、じっと辛抱しとったんじゃけん、そろそろ見上げたらないかんわね。なんぼ先祖からの因果応報とはいうたての、そら、ストレスもたまりまさい。たまには温泉にも浸かって、顔だけやなしに、尻までもが真っ赤になるほどの猿酒でも呑まにゃあ、やりきれんかったんじゃ・・、と、うちは思いよりますけん。

 こりゃ、ほんまの話ぞね・・
こなな苦労しよる日本猿を哀れに思し召した神さんと仏さんはのーえ、日本猿どもに山奥の温泉を紹介したったり、ついでに頬袋ちゅうもんをこさえてやって、いつでも自分の口ん中で酒を醸すことがでけるようにしたったんじゃけんのもし・・。
まあ、これで、すっかりアル中になってしもた・・、という噂もありますけんどが、・・いっつも猿の顔や尻が赤なってるんは、ありゃあ、酒灼けだろか・・?

 まあ、とにかく神さんや仏さんは平等公平ですけん、蟹には・・「先祖の仕返しは、もう充分やないカニ?仲間や子孫まで人に食わすんは、こりゃヤリ過ぎちゅうもんや!ええ加減にしとかんカニ!」
 と、それは大層な剣幕で叱ったちゅう。
神さん仏さんに叱られて・・
「堪忍しとくれやす」
 と改心した蟹は、それまでの所業を恥じてねえ、まっすぐに堂々と歩くことをやめてしもうてカサコソと横歩きするようになり、いっつも地に這いつくばって土下座、いや、平身低頭しとりまさいねえ。そんな蟹のなかには・・
「今までの悪行三昧を思い出すにつけ、このまま世間に身をさらすことはでけん。わたしは、深い海の底で静かに暮らす、そんなカニになりたい」
 と、それはそれは深い海の底に姿を隠したもんもおりますあたりは、日本国の偉いさんらにも、ぜひ見習うてほしいところじゃ、とも、うちは思いよりますけん・・。

 いっぽうの日本猿、こいつらも、なかなかに大したもんでさい。
芸をきわめて人を和ますもんも大勢おりますしな、母猿が子猿を大切に抱きかかえて必死に育てとる姿をみて感動せんようなやつは、こりゃ人でなしじゃ。ほんでのもし・・
とうとう、あんたぁ・・、猿飛佐助やら豊臣秀吉じゃの・・、立派に歴史に名を残す猿も出てくるまでになったんぞなもし・・。

 えっ?
ええ加減なこと云い過ぎやて?
いや、過ぎたるは及ばザルがごとし、でさい。
ほな、失礼しますけん、・・サルものは追わんといて下さいね。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:40 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

『古事記』などで土蜘蛛などと呼ばわれた人々の祖先なの?!遠海たちって・・?!さあ、これを読んでれば、そのうち分かるさ!!

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愛媛国縁起

遠海(えんかい)
        三
 その夜は、夜露くらいはしのげましょうぞ・・、とて洞穴を一つあてがわれた。三人だけで過ごせるのは、蛙毘寄(あびき)の好意である。その穴の住人達は、蛙毘寄達の穴に移って寝るのである。洞穴の入口は地面より二尺ばかり高く、頭からもぐり込むようにして入らねばならない。
 中は覇津華雅(はつかが)が暮らす苫屋(とまや)ほどの広さで、中央あたりに丸く炉(ろ)を切ってあり天井は低い。
入口の上、天井近くに二つ掘ってある穴は、煙を抜くためのものであった。
「まだ初秋とはいうても、山の夜は冷えるでよ」
 そう云いつつ新しい干草を運び込んでくれたのは、熊蜂に刺されたほどに顔を腫らした遠海である。
干草を手際よく広げ、熊毛皮をかぶせれば寝具であった。
さらに上掛けの毛皮を押し込み、その後は、入口から薪を二束ばかり押し込んでいる。
「寝る前の火起こしはやめいや。寝とる間にいぶされたら、かなわんやろが」
 と遠海、穴の外に突っ立ったままで、いかにも無愛想に云った。
「遠海。まあ入ってこい、四年ぶりじゃ。一杯なりと酌み交わそうぞ」
 遠海、酒には目がないものと見える。すぐに、ごそごそと入ってきた。
「痛むか」
 と、覇津華雅は気遣い・・
「歯は折れとらんでよ」
 と、遠海は無理に笑みを浮かべた。

 こんな時にも、無邪気に残酷なのは子供であろう。
「ますます泥人形のようだな」
 などと、都祢那賀(つねなが)は上機嫌なのである。
「われらぁ、ええ気になるなや。わしゃあ、覇津華雅様を立てとるだけやど」
 覇津華雅と遠海は思い出話の間に間に、明日よりの狩猟の段取りなどを打ち合わせながら盃を重ねた。
 殊里(しゅり)は、二人のかたわらで胡座(あぐら)をかいてはいるが、手をきちんと両膝の上に置いて背筋をのばし、時おり火の加減を見ているのである・・。

 さても都祢那賀、こっちはもとより行儀が悪い。
熊毛皮の寝具がすっかり気に入ったらしく、そこに、ごろり、と寝そべって、片肘ついて頭をのせ、片手で好物の炒豆(いりまめ)を口に放り込んでは、かりかり、と勢いよく噛み砕いている。
「やかましいやっちゃのう、われぇ」
 遠海は炒豆を噛み砕く音が耳障りなのか、はたまた 都祢那賀の、いかにも横着そうな態度が目障りなものか、どちらにせよ、よほど気にくわないらしい。
 いくら睨まれても都祢那賀は涼しい顔で、炒豆を噛み砕く拍子を乱さない。どころか時々、わざとらしく大あくびなどしては・・「似合わぬやつだな」
 と云うのだった。身体のわりに神経が細い・・、と云い続けているのである。

 やがて遠海も、どうせ子供じゃ・・、とでも思ったのであろう。
「ちっ」
 と舌を鳴らし
「これが猟師ちゅうもんじゃい」
 と云うのである。猟師とは、捕った動物をさばいたり、ただの肉塊と化した獲物を担ぐためにも強靭な身体が必要であり、その狙う獲物により近づくためには足元の小枝一本にさえ細心の神経を使わねばならない、とも云った。
 が、都祢那賀には分かろうはずもない。
「まあ、若様。まずは狩猟(かりくら)に出てみれば、百編(ひゃっぺん)聞くより、一目で解しましょうぞ」

 翌日早朝、三人が一夜を過ごした洞穴の前は、たいそうな人だかりで姦(かしま)しい。
「邪馬台国なる国の若子様を一目なりと見よや」
 とて、近在の村々からも押し寄せてきたのである。
これは早朝から、ちょっとした大猟祭のような賑やかさであったろう。
「ほれ、あれやで。あの一番ちっちゃいの、あれが、つ・・つね・・」
「都祢那賀様やがな」
「へえ、その横の、一まわり大きい子供とちゃうんかい」
「おお、あんな【あいつ】も、えらいしゃんとした面してるがな」
「いや、あのこんまい【小さい】のが馬に乗ってな、惣領はんを叩きのめしたらしでぇ」
「やかましい。見世物ではないわ」
 洞穴の奥から都祢那賀の、甲高い大声が響いた。
「おお、ものを云うたで」
「小猿みたいな声やのう」
 それにつられて、どっと沸いた。皆、よけいに喜んでいるのだった。これには覇津華雅、さすがに業肚(ごうはら)だったらしい。
のっそりと穴からはい出し・・
「今しがた、若様を小猿なんぞと呼ばわった阿呆(あほう)はどいつじゃ。前に出いや、雑言できぬよう顎を砕いてやる」
 と、その眼を剥いて大喝している。
これには皆閉口し、やっと山の朝の静寂が戻った。

 ただし、もともと山奥の在所者どもである。
長老の差配によって村の女達が猪の臓汁と山芋で整えた朝餉を、都祢那賀を東方に座らせて、覇津華雅と殊里が南方に並んで座し、談笑の内に喫している間中、周りを取り囲むようにして見物していた。ちなみに、東方、南方、ともに神座場の方位なのである。
「いかがでござります、若様。臓汁などは、生来の初物でござりましょう」
 邪馬台国にて高貴な者達は、菜食であった。
これは、どうやら、卑弥呼(ひみこ)の影響によるものらしい。
殊里は境遇に恵まれたためか、はたまた貧しかったゆえか、幼い頃より菜物しか口にしていない。臓汁が、よほど臭かったのであろう。今にも泣きそうな顔つきで息をつめ、必死の思いで飲み下そうとしていたが、都祢那賀は上機嫌で・・
「うまい」
 と云い、さも嬉しげに、二椀も食った・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:30 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用