2009年02月28日

濡場も、たまにはいいよね。・・うん、ちょっと恥ずかしいけど・・イイわ。じゃあ、思いっきりヤッっちゃおうっと!!アァン・・、感じちゃうぅ・・。

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愛媛国縁起

死闘
       二
 その間も沸き上がる鯨波(とき)が、全山を揺るがすかのように響き続けている。
「都祢那賀(つねなが)様、喪蛾吏(もがり)軍到着には、まだ時がありますが、如何に」
「このままでよい。主神が、よほどの間抜けどもでない限り、決して仕掛けてはこぬ。後は、先だっての作戦どおり日が落ちるのを待って徐々に松明を増やしてゆけ。さらに退路を照らしてゆくのだ。夜半、山の向こうの空が炎に焦がされ赤く染まれば、弩(ど)に火矢をつがえて、めくら打ちに打ち込み一気に退却、夜明けを待たずして海を渡り須磨に帰る。そこで充分に休養しつつ、軍備を整え直すのだ。すべては、かねての作戦通りにせよ」
 この若者の長口上は、満足しきりの上機嫌と察して、ほぼ間違いはあるまい。が、これにつられて気を抜くような諸将は、この場にはいなかった。
「全軍に通達徹底しておりますが、気の抜けぬよう、今一度各隊引き締めておきまする」
 都祢那賀は、さらに満足げであった。
「明日の夜は、ささやかながら祝宴を張ろうぞ。淡道には舶来極上の美酒がある」
「では、それをば楽しみに、まずは気張って獣どもと睨み合いじゃ。のう、皆」
 覇津華雅(はつかが)は、ぱんと膝を打ち、諸将はそれを合図に陣屋を出て、それぞれの陣へと帰っていった。

 後には都祢那賀と、おそらくどこかにパラシュラーマが潜んでいる。パラシュラーマは、媛の空軍ともいうべき龍王(りゅうおう)や天竜(てんりゅう)、それに大鷲一族を石鎚上空へと戻らせぬよう、四魔(しま)軍の一部を出雲沖上空から襲撃させ、海上でいつ終わるとも知れない大蛸(おおだこ)と鯱(しゃち)の乱戦に気をとられていた龍王達の不意をついた。
 無数の邪神や悪魔どもは龍王や天竜の長い身体にびっしりと喰らいつき、鱗(うろこ)をめくり上げてもぐり込み、肉を噛み喰い破り、辺りには血の雨が降ったという。大鷲などは羽を抜かれ、翼をもがれて海に落ちる者が相次ぎ、石鎚に控えていた手勢まで急ぎ繰り出さねばならず、都祢那賀軍迎撃どころではなくなっていた。
そんな龍王達を充分に見届けた後、都祢那賀のいる本陣へと飛んで帰ったのである。
「どうだ」
 と、都祢那賀は問うた。
「何がじゃ」
「うつけ者めがっ、龍王どもの事に決まっておろうがっ」
 床几に腰をおろし、〈神断=かみたち〉を杖のようにして胸を張っていた都祢那賀は、身を躍り上がらせて立ち上がるや鋭く叫び、思わずパラシュラーマは首を竦めたものである。
「まっまあ、そう怒るな。うぬは、さっきまで笑うておったと思えば、急に怒鳴るゆえ、まったくもって身が縮まるようじゃわい」
「阿呆っ、戦ぞっ、それとも邪神とは皆、うぬのような虚仮(こけ)者揃いかっ、ならば、邪神の類など何の役にもたたぬわっ」
「ちゃっ・・ちゃんと手柄は立ててきたわい。龍王どもは血飛沫を撒き散らしてな、大鷲などは飛ぶ事もできず、海には落ちるわ、砂浜で転げ転げしてもがいておるのぞ」
「当たり前な事を」
 都祢那賀は、パラシュラーマを睨み据え・・
「自慢げに云うなっ」
 と大喝してから、どっかりと床几に座り直した。パラシュラーマは 頭を掻きながら苦笑した。
「いやはや何とも・・」
「何だ」
「・・扱いにくい男じゃのう」
「うぬごときに、扱われてどうする」
「オォ・・うぬは魔王じゃから・・なっ」
 下卑た笑みを浮かべて揉手したあたり、大邪神の威厳もあったものではない。
 不意を襲ったとは云えど、龍王や天竜を血まみれにするほどの手傷を負わせ、大鷲の慕絽羽(ぼろう)一族をも壊乱させつつある四魔軍の大将であるパラシュラーマを都祢那賀が半ば手懐けてしまった理由は前にも述べたが、実は、もう一つある。
卑弥呼(ひみこ)の存在である。老いてなお彼女の霊力は一段と高まり、今や倭国の邪神や邪鬼の類は卑弥呼の手下と云ってよかった。その卑弥呼が、パラシュラーマの邪気に気付かぬはずがない。

 鵯村の陣屋敷で都祢那賀と手を組んだ時、明日香野の御霊屋で呪護摩を焚いていた卑弥呼はすでに、強大にしてただならぬ妖気を察していたらしい。その夜には、パラシュラーマが卑弥呼の神所に忍んだ、ともいうのである。卑弥呼はただちに、孫娘である那薙(なち)に宛てた手紙を送っている。

《都祢那賀殿の背後に憑いた妖気は、邪悪な上にも邪悪過ぎる。お婆も打ち払うべく拝むゆえ、そなたも拝まれよ。今宵などは、我が神所に忍んできおったわ》

といった内容が、巫女文字【甲骨文字の一種】で、したためられていた。那薙は夜具の上でしなやかな裸体をくねらせ、淫猥の限りを尽くして性を堪能した後、素焼の灯明皿を枕元に引き寄せて手紙を広げた。
「卑弥呼婆様からだな」
「御意」
 巫女文字は、都祢那賀には読めない。
「読め」
 彼は肘枕をして寝そべり、片手で那薙姫のすべすべとして硬く柔らかな、もいだばかりの桃のように瑞々しい尻をほたほたとたたき、手のひらで撫でながら云った。
那薙は読み始めたが、都祢那賀の指が濡れた部分に触れる度に声が上擦り途切れた。
都祢那賀は手紙の内容よりも、それを楽しんでいる。
「いい尻だ」
 と、誉めたりもした。
「拝みし巫女・・が、憑かれて・・もっ悶絶しっ・あっ・・そっ・・そこ・・もう」
 半ばまで読んで、ついに堪え切れず那薙は膝を割り、尻を高くせり上げた。
「様ぁ・・」
「まだ足りぬか」
「お情けを」
「ならば」
「・・・・あっあはぁぁ」
「もっと開け」
 那薙の細い指先に手紙が握り締められ、その切なげな吐息に灯明が揺らいだ。
「先を読まぬのか」
「あっあっあっ」
「よい声だ。蓋しく、この声で拝めば、余計に・・奴は離れまいぞ」
「あぁっ」
「婆様の結界を破りて後、巫女を悶絶させるとは、よほどの好き者に違いあるまい」
 都祢那賀は後ろから獣のような体位で那薙を貫いたまま、覆い被さるようにして手をまわし、揺れる乳房を揉み崩しつつ姫を起こしていった。長い黒髪を振り乱しながら、やがて、那薙は胡座をかいた都祢那賀の膝の上で羽交い締めされるような恰好になり、濡れて深々と彼を包む部分があらわになった。
 もう全身の力が抜け、都祢那賀の揺れにまかせて喘ぐばかりである。都祢那賀は左手で乳房と硬い乳首を弄びながら、右手の指先で那薙の最も敏感な突起をそっと摘んでなぐさみ、腰を揺らして陰部を突き上げた。
「あっあっ」
「愛いやつよ。しかも」
「つっ・・、都祢那賀様ぁ」
「美しい・・であろう・・のう、パラシュラーマ」
「・・さっ・・様ぁぁ」
「・・オォ。綺麗なモノじゃ」
 寝屋の片隅で、上擦った声だけが響いた。パラシュラーマであった。
「あっ・・いっいやぁ・・あっあっ」
 那薙は両手を抑えられ、都祢那賀の膝で股を割られ、羞恥に裸体を染めながらも身体に力が入らず、邪神に見られていると思えば、さらにこみ上げてくる切なく甘美な疼きに悶えた。
「おぉ・・お許しをぉ・・あぁっ」
「白磁のごとき肌といい、淡い漆黒の恥毛に濡れた薄赤い襞の美しさ・・倭国の女はええモノじゃわいなぁ」
「うぬ・・卑弥呼の御霊屋に忍んだな」
「あっあぁぁぁ・・・んっんっ」
 都祢那賀は那薙姫の両手を放し、また乳首と濡れた陰梃を指で摘んで軽く揉んだ。
那薙姫は喘ぎ、もう逃れようとも隠そうともせず、自ら腰をくねらせていた。
「パラシュラーマよ、卑弥呼は恐いぞ。うぬを打ち払う、と云うてきたわ」
「・・・・・・・・」
「もう・・もう、はっ果てまするぅ」
「卑弥呼の霊力、老いて益々盛んだ。うぬの生命までは絶てまいが、ひと思いに萎え衰えさせる事くらいはできようぞ」
「・・うぅむ」
 パラシュラーマは一度忍んだ時、巫女一人を手慰むのが精いっぱいであったらしい。
 この時、姿こそ隠していたがパラシュラーマは、ぞっと肝を冷やし、微かに震えていた、という。あの夜、御霊屋に響いていた卑弥呼の、呪文を唱え続ける嗄れた声が耳の奥によみがえり、今も呪されているような気がして、さらに声が上擦った。
「守ってくれるかえ」
 パラシュラーマは気を紛らわせて震えを堪えるため、那薙の、開いた股の間に顔を寄せたような、と、那薙の秘所が感じていた。
「どうする、那薙よ」
「おっ仰せの通りに・・あっ、もっもう、果てまするぅぅ」
 那薙は、気を失ってしまった。
都祢那賀は胡座をかき、枕元の酒壷に口をつけて喉を鳴らした。
「都祢那賀よ・・どうすればよいというのじゃ」
「俺の下知に素直に従えばよい。その他の事は云わぬ」
「・・手下か」
「いや。そうでもあるまい」
「・・・よかろう」
「よし。卑弥呼をなだめてやるわ」
「・・さても口惜しや」
 次の日、那薙は祖母への返書をしたためた。鮮やかに達筆な巫女文字である。

《都祢那賀様に憑きし邪神の事、呪縛御無用にございます。かの者、都祢那賀様の手先にて働くと申しおりますれば、この約定違えし時にこそ呪縛し、呪護摩の炎にて一切を焼滅し奉らんと思うておりまする。なかんずく、かの者ごときを御しかねる都祢那賀様ならば、那薙は添い遂げる気も失せましょうほどに。卑弥呼御婆様辺、那薙申伝。かしこ》

 都祢那賀の人間離れした気組と廃神になる恐怖、そして卑弥呼と那薙が呪縛への恐怖が微妙に重なり、大邪神パラシュラーマをして卑屈にさせていたものである、というのだ。
もっとも今では、都祢那賀の前に出ると、つい畏まる癖にまでなっていたが・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:50 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年02月27日

布陣完了!!ついに激突って感じだぜっ!!まあ・・、それじゃあ、いよいよ古代愛媛が戦場になるのね?!うん、そのとおり・・ってか、どうぞお楽しみに!!

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愛媛国縁起

死闘
         一
 この若者は、例えば優れた戯作家(けさくか)が、丹念に作品を仕上げてゆくような戦をしたらしい。予定退却は今夜半である。ただし、慣れぬ山道を大軍で移動するのである。
 ここまで登ってくる間に、うっすらと積もる雪を払いのけ、草木を切り倒し、軍靴で土を踏みしめて退路を確保させている。しかも樹の枝に松明を縛り付けておいた。
その退路に各隊百人ばかり先発させ、松明をつけながら山を下ってゆくよう下知している。松明の灯が白い雪に映えて、より明るく足元を照らすであろう。
なにしろ、戦の前には膳夫隊が戦勝祝いの酒席を整えていたというほどのものである。

 都祢那賀(つねなが)軍一万は石鎚山脈の媛国境を望み、建依別(たけよりわけ=土佐)側に退いて布陣している。
稲叢山を本陣に左方は長沢山、右方を富来ノ山として細長く緩やかな弧を描いた陣立であった。鮮やかな朱の三角旗に、墨で〈邪=や〉の字を染め抜いた挿物が風にたなびいている。錦糸で縁取られた豪奢な物で、都祢那賀が意匠した物である。
 軍兵の甲冑の背に指筒(さしつつ)を着け、その挿物(さしもの=軍旗)を掲げ、歩兵は手にも杖代わりに持った。槍隊には槍の穂先にも付けさせ、高々と掲げたから、遠目には、二万余の軍勢にも見えるのである。しかも、着陣と同時に全軍盛んに鯨波を上げさせ、それが山々に反響して膨れ上がり押し寄せては引いて、四万の大軍勢が攻め上がったかのように錯覚させた。
 ただし、ここでは一矢たりとも放つ気はない。
「一矢たりとも放つな」
 と、厳命してある。が、今にも戦端を開かんばかりの擬態は崩さない。

 媛の主神達は、この一連の作戦に、まんまとつられてしまった、とある。都祢那賀の思惑通り、真護(まご)達は石鎚の稜線に釘付けにされてしまったのである。
「邪馬台国動くっ」
 という恐るべき一報を真護にもたらしたのは、慕絽羽ぼろう)であったらしい。彼は雪を被った石鎚山頂で御来光(ごらいこう=日ノ出)を拝んでいた時、ほぼ南西の異変に気付いた、というのだった。大海に張り出した岬の、海岸付近のあちこちに夥しい黒煙が立ち昇り始めた、と思った次の瞬間には、激しい炎が野を走った。
 何事ぞや、と眺めている内、今度は東南の方角に黒煙がたなびき、太陽が完全に中空に浮いた頃には、遠目にも戦じゃと分かった、と云った。
 慕絽羽は大岩を蹴り、建依別の空を飛んで上空から軍勢を確かめ、寄手が邪馬台国軍であると分かるや、高守の頂へ飛んで返し、真護に知らせたのだった。
 真護はただちに遠吠えして石鎚中に知らせるとともに、単独で石鎚山頂へ駆け上がり、その眼で戦火を確かめた。建依別の平野が燃え、土埃と黒煙が舞い上がり、修羅場と化している。
 真護は、すぐさま大銀杏に宿る主神である慕空(ぼくう)のもとへ引き返し、真志螺(ましら)と迎撃態勢を打ち合わせたものである。時は、もはや一刻をも無駄に費やせぬ。
「すでに上陸した軍勢およそ一万。数の上からも邪馬台国の軍と見て間違いありませぬ。都祢那賀の姿までは見えませぬゆえ、筑紫からの寄手か畿内と淡路からのものかは分かりませぬが、もしも筑紫からの軍勢ならば容易な事ではありませぬぞ、真志螺様」
「うぅむ。筑紫なら、それは都祢那賀の率いる軍勢じゃな」
 真志螺は、その真赤な顔で苦しげに唸った。
「御意。その上、畿内・淡路は目と鼻の先、すぐさま援軍を出す事も出来ましょう。明日には、かの一万が二万に増える恐れも充分に、これあり」
「うむ。あり得る事じゃわいなあ」
「今ならまだ山向こうのすそ野を焼いておるのみ、国境を越えて先手を仕掛ける事もできましょうが真志螺様のお考えや如何に。古来、戦は先手必勝がならい、とも申しまする」
「それはできぬ」
 いにしえよりの為来じゃ、と真志螺は眼を閉じ、苦渋の面相で云った。媛を侵した者以外、こちらからは攻められぬ・・と、赤い顔をさらに赤くして、皺を幾重にも深めた。

「戦はいかん。人間という生物の、最も愚かなる行為ぞ、戦は」
 と、太古の昔から云い続けた真志螺であった。
それが、たとえ他国の戦であっても、戦災に逃げまどう人間達を常に憐れんできた。まして、敵はすでに伊予ノ二名島に攻め込んできたのである。それが邪馬台国軍ならは、やがて媛を狙うは必定であろう。

 真護と真志螺は一族を召集した。これが、上陸初日であった。
その日、邪馬台国軍は平野部を焼き尽くし、翌朝、日の出を待たずに進撃を再開、山間部に散らばる小国をくだしつつ、石鎚に連なる峰まで山二つほど残して夜を迎えた。
そして今は、わずか谷一つ隔てて伊予富士・寒風山・笹ヶ峰を望む所まで陣を進めてきたのである。媛にとっては、もはや予想をはるかに凌ぐ勢いであったろう。
 戦闘の主力である真護一族と真志螺一族は、石鎚山脈の稜線を隙間なく埋めて迎撃態勢を整えた。が、さすがに、こちらも仕掛けない。大軍が対峙する時、先に動いた方が不利になる。動けば陣形が崩れ、必ずそこに隙が生じるからである。
大軍になるほど、その隙が恐い。隙を突き崩されれば大壊乱に陥り、よほど戦場慣れした名将といえど、再び兵を掌握して押し返す事など不可能なのである。
 しかも、深い谷を挟んでいる。仕掛ける側は谷に下り、また登らねばならない。陣は高所に布いている方が有利になるに決まっていた。ようするに、互いに動けないのである。
 それは例えば緒呂知(おろち)一族と大蝦蟇(おおがま)一族の、禅問答なる睨み合いにも似ていたかも知れない。

 しかし、繰り返すが、都祢那賀は、初手から攻撃するつもりなど微塵もなかったのだ。
「喪蛾吏(もがり)軍到着前に攻めてくれば、存分に迎撃しつつ退却せよ」
 と、各将軍に命じてある。
予定では今夜半、喪蛾吏軍一万が真護達の背後はるか、媛ノ浜に殺到するはずであった。媛の里に火の手があがるまで、ただ引きつけておけばよい。
 都祢那賀は下級騎馬兵のいでたちのまま存分に馬を駆けさせ、真護達の様子を観察してまわった。やがて稲叢山の本陣に
「伝令っ」
 と叫びつつ駆け込んだあたり、もはや、この若者は壮大な戦演技を創作しつつ、自らも存分に楽しんでいるかのようであった。
 都祢那賀は陣屋に入り、その刹那にも、室内の空気は一変した。
居並ぶ諸将は、直立不動の姿勢をとって、この若き大将軍を迎えている。云わずもがな、ではある。覇津華雅(はつかが)以下、古参の側近将軍達である。
 都祢那賀は、熊毛の鞣革長靴を戛戛(かっかっ)と鳴らし、床几に腰を据え・・
「この度の戦闘」
 と、言葉を区切ってから冑を脱ぎ、幕僚を見まわした。
「よくやった」
 珍しく誉めている。
「はっ」
「これよりの一日が正念場ぞ。引き締めよ」
「はっ」
「どうだ」
 都祢那賀の癖である。気分が高揚した時など、つい言葉が短くなるのである。また、これに戸惑うようでは、この若者の側近はつとまらない。敵の様子はどうだ・・、と聞いたのである。
「恐れながら・・」
 と、一歩踏み出したのは殊里(しゅり)であった。
 都祢那賀は
「申せ」
 とさえ云わない・・、わずかに眉を動かしたのみである。
「正面に居並ぶ者ども、ただの獣にございます。真の神は特に大きな二頭、銀毛狼と白毛狼のみと見ました。この二頭を滅せば、後は勝手に崩れると察します」
 真護と夏琥(かこ)の事である。事実であった。倭狼一族なら、真護と納南(なな)と夏琥以外はただの狼であり、猿一族なら真志螺の他に神はいない。その真志螺は、陣中にはいなかった。

 ただし、である。そもそも『媛国攻陣始末記』にいう太古の神とはいかなる者であるか。
「神とは、それを信ずる人間の祈りによって生まれもし、また滅びもするのである。その神を奉る人間どもが滅した後は廃れる者どもぞ。つまり、己の影のごとき者だ」
 かつて、都祢那賀の吐いた言葉である。
一方、媛国に住み暮らす美弥毘(みやび)などは、こう云うのである。
「天地は神々の創りたもうたものにて、森羅万象すべて神々の生命なのじゃ。神とは大いなる生命であり、この世のすべてのものは、その大いなる生命を分けてもろうて生かされて生きておるに過ぎぬ。そして、いつか死して大いなる生命へと還ってゆくのじゃ。生きとし生ける者皆、同じ生命じゃ。粗末にしてはならぬ。畏敬せよ。生命の限りに生きよ。それこそが神々への感謝である。感謝せよ。神とは、まさに生命そのものなのじゃ」
 美弥毘が常々、愛姫をはじめ媛の民人に云い続けている言ノ葉であった。さらに、美弥毘は云う。
「主神とはその生命の、一つの形〈種〉に宿った御霊に過ぎぬ」
 また・・・
「水や大気や大地や空は、その生命を育んでくれる恵みぞ。つまり、天然のすべてが神そのものなのじゃ。傷つけてはならぬ。奪うまいぞ、殺すまいぞ。神への感謝を忘れまいぞ、我らは」
 都祢那賀と美弥毘、もはや善悪だとか、正否などでは計れまい。
はたしてどちらが是であり非であるか、その答すら、一つでは収まるまい・・、と思うのである。

 ともあれ、真護一族の陣に真志螺はいなかった。
真志螺の命令のもと、秀猿(しゅうえん)が猿一族を率いて参陣しているのである。

 都祢那賀の陣屋では、殊里の報告が続いていた。
殊里は、真護と夏琥こそが敵の強みであり同時に弱点であると云う。都祢那賀は懐をさぐり、盃を取り出した。腰に下げた瓢箪の紐を引きちぎってから、栓を歯がみして引き抜くと、ゆっくりと盃を満たしてゆく。邪馬台極上の酒である。
「弱点はもう一つ、種が違うという点であります。連携しているつもりでありましょうが、陣立を見れば孤軍と判断してよろしいかと存じまする」
 これも、殊里の明察と云っていい。狼と猿が一軍を成し、谷を挟んで敵と対峙し横陣を張る場合、それぞれの体質的弱点を補えるように配列すべきであった。
 が、この時、都祢那賀軍から見て左方に狼一族が群をなし、猿は右方に群れていた。戦力の均衡がとれていないのである。
 狼と猿では移動速度が違う。また戦い方も違う。
互いの弱点を補い、かつ長所を生かすなら、倭狼一族を前方、猿一族は後方と二列に並ぶか、一列で狼・猿・狼と交互に並ぶか、が正しかったであろう。無論、守備範囲と兵数によっては、その配列で一段、二段、三段といったように幾重にも分厚い縦横陣も張れるのである。
 殊里は冷静沈着に真護達の陣立を観察しおり、所詮は二種の寄り合い軍であり、つまりは孤軍と見ていい、各個撃破は充分可能である、と云うのだった。
「以上」
 殊里は、びっ、と音が鳴るほど背筋をただし、報告を終えた。
「飲めっ」
 都祢那賀は上機嫌で甲高く叫び、酒の満ちた盃を殊里にあたえた。これは、都祢那賀の観察と同じであったらしい。
「皆、座れ」
 と、笑みを含んだ声で諸将を促し、わざわざ床几から立ち上がって、一気に 飲み干した殊里の盃に再度注いでやったほどに満足げであった。
「よう見た」
 とも云った・・。むろん、褒めているのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:32 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年02月26日

邪馬台国軍、とうとう四国に上陸しちゃったぜえっ!!きゃあっ!!じゃあ、ついに都祢那賀君に会えるのねっ?!オイオイ・・ってか、ライヴじゃないんだから・・。

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愛媛国縁起

寄手(よせて)と搦手(からめて)
         四
 それと、ほぼ同時刻であったろうか。陽が照らし出した出雲国の海岸は修羅場であった。大蛸の大群と鯱族の死闘である。
 昨夕から狂乱した大蛸どもに、鯱の軍勢が襲いかかったのは昨日没間もない頃だったが、まだ決着しない。
「海が荒れてなぁ」
 と、漁民達の間で後々まで云い伝えられた、という。

《出雲国日御碕乃於和之浜村辺至穴門国沖之島辺迄。倭海変血海似修羅》【穴門 = 長門】

 現在の日御碕おわし浜に点在していた漁村から、何と北長門海岸の千畳敷の向こう辺りまでが血の海と化した、というのである。「嵐でもないのに海が荒れてなぁ、夜が明けて村中の者が腰抜かした。大蛸の群と鯱の群が大波を真赤に染めてな、浜辺をのたうち廻っておったんじゃわい」
 海面は互いの血で真っ赤に染まり、海岸の砂浜には死骸が打ち寄せられ、波に任せて、ゆたり、ゆたり、と揺れている。
頭をずたずたに喰い破られてぶよぶよと白い身がささくれ立った大蛸と、胴を絞られて口から内臓全部だらりと吐き出している鯱が、それこそ海岸や砂浜を埋め尽くしていた。
 その中で、すでに絶命した者達は、まだ幸せであったろう。太い脚を根元からすべて喰いちぎられ、頭を裂かれ、中には皮一枚でべろりと繋がった脚を引きずってなお、海に帰ろうとしている大蛸もいれば、口からだらりと舌を出し、内臓を半ば吐き出しながら血の波に洗われのたうつ鯱、浜の上まで打ち上げられ、びくっ、びくっと痙攣している鯱もいる。
 沖合いでは大波と飛沫を上げながら狂乱の死闘が海面狭しと続いていた。大蛸一族が、その生命を邪神・悪魔に巣くわれて発狂し、敵にまわった事を知らない龍王(りゅうおう)と天竜(てんりゅ)は、この信じがたい戦闘を、ただ茫然と見つめるしかなかった。

 同じ空域には大鷲一族も群れ飛んでいたが、もし慕絽羽(ぼろう)が事態を把握できたとしても、岩をも空に掴み上げる強靭な爪をして、足の出しようもなかったであろう。
 巨大な大王烏賊や鯨の、原型をとどめぬ腐乱死骸が大陸沿岸各地に打ち寄せられたのは、後々の事であったらしい。それもまた、陽光すら届かぬ深海での死闘の痕跡である。

 大宜都比売(おおげつひめ=粟国=あわのくに)に、那賀(なが)という川がある。河口に中州を作りつつ紀伊水道に注ぐ。後に在所の者が、この若者にちなんで付けた。都祢那賀(つねなが)の軍船団は、その川の河口付近に舳先をつないだ。淡道に近い海域と沿岸は、すでに邪馬台国の制圧区域であったろう。
「どうじゃ、都祢那賀。秘密裏に大蛸どもを寝返らせたのが見事、図に当たったろうが」
 舟底では、蹴鞠の毬より二まわりほども大きい水晶玉を覗き込むようにして、都祢那賀とパラシュラーマが対座している。その玉に大蛸と鯱の死闘が、揺らぎ浮かんでいるのだった。
「何とも」
 都祢那賀は眉をひそめ・・
「おどろおどろしい光景だな」
 と呟いた。
「こやつら、なますに刻んで刺身にすれば旨いものじゃ。酒も一段とすすむぞえ」
 パラシュラーマは嬉しげに、耳まで裂けた大口を歪めて、にっかりと笑った。
「大陸では敵の肉を塩漬けなどにして喰らうと聞いたが、どうやら本当の話らしいな」
「おおさ、あれはのう、格別な味わいじゃ。憎ければ憎むほどにのう」
「いかい醜悪なものだな」
 都祢那賀は、吐きすてるように云い、さらに云う。
「もはや、ゆく」
「本当に、よいのじゃな」
 そう問うたのは、パラシュラーマである。
「いっそ、戦勝前祝いの贄のつもりで喰らえばよい」

 やがて、都祢那賀の乗った船が着岸した。降りてきたのは都祢那賀、ただ一人であった。薄汚れた兵士の具足に身を包み、〈神断=かみたち〉を菰で包み、荒縄で縛って背中に背負い、目深に被った鉄冑の影に隠れた顔を炭で煤けさせ、どこから見ても下級兵士にしか見えない。都祢那賀は膝まで冷水に浸かって岸に近づき、岸辺の草を掴んで這い上がった。
兵士なら、少々鈍い方の部類に入る動きであろう。
「おい、他のもんは、どないしたんや。うぬ一人だけちゅう事はなかろうがえ」
「さあ、さっぱり分からへんのや。朝起きてみたらなぁ、誰もおらんかったんや」
 都祢那賀は、あくまで芝居する。この自尊心の塊のような男の、これこそが凄味ではないか。作戦を完璧に遂行させる事、この一点にのみ、そのすべてを凝縮していた。
「おらんかったて云うことのあるかい」
「寝る前に皆が寄り添ってなぁ、恐ろしいだの逃げるべぇか、だのと話しておったわいや。夜明け前に、海に飛び込んだんと違うやろか」
「阿呆こけぇや。わしらの軍に、そないな奴らのおるはずがないやろ」
「せや、せや、逃げたかて斬り殺されるだけやがな」
「ほんなら、船に乗り込んで探してみぃや」
「こりゃあっ、そこの者どもっ、早う並べやいっ」
「おぉっと、やばいがな」

 その頃、船底ではパラシュラーマが酒樽を抱えて、もう上機嫌であった。酒肴は乗船兵士である。都祢那賀の身分を秘匿するため、下船を許されずに喰われたのである。
 この軍に都祢那賀がいる事は、諸将達だけの厳密である。
上陸軍四千余は鵜恭(うきょう)を総大将として、すぐに四軍に分かれた。鵜恭軍、紗貴(しゃき)軍、比和茄(ひわか)軍、侶烏武(りょうぶ)軍・・各軍兵数一千余。すべての軍馬に鐸をつけ、駆ければ喧しく鳴る。
その音で、兵の実数を音で倍にも膨らませてみせ、先住民軍を威嚇するのである。

 都祢那賀は一介の兵士として鵜恭軍の騎馬兵に紛れ込み、鵜恭の近くで弓を射た。先に戦端を開いて軍を展開した覇津華雅(はつかが)軍諸将と、東から野山を舐めるように焼きながら進撃した鵜恭軍諸将が、予定戦闘のすべてを完了して合流したのは二日後の昼下がり、場所は石鎚を西方に望む稲叢山【標高一五〇六メートル】の頂上付近である。
 媛国境より一歩手前、しかも媛に向かう三方の谷を川に囲まれた天然の要塞であった。むろん、あらかじめの軍議にて、都祢那賀の着眼と決断による本陣である・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:34 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年02月25日

四国は土佐沖をすすむ邪馬台国の大艦隊ってとこだぜえっ!!じゃあ、室戸岬や足摺岬なんかがあるところよね?!うん、そのとおりだぜ!!

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愛媛国縁起

寄手(よせて)と搦手(からめて)
         三
 こうした仕掛けで都祢那賀(つねなが)軍は、汰雅志嘉(たがしか)軍が二日かかる距離を一日で進んだ、というのである。
 通常、兵士が酒を浴びるほどに飲んで飽食できるのは、戦勝祝いの宴席だけであったが、この時には女も抱き放題とされ、また、戦功に応じて恩賞も莫大であり、これが生涯の望みとて、兵士達は死力を奮って戦い続けたものである。

 ついでながら、嘉汰耶(かたや)と汰雅志嘉は作戦中にも専属の膳夫を用いたが、都祢那賀は兵士と同じ物を食した。この若者は陣中で、特に湯漬(ゆづけ=干飯=ほしいい、を湯で戻した物)と香疾物(かはやきもの=漬物)を好んだ、という。
 当時、香疾物の種類は豊富で、山菜野菜や果実、魚介に獣肉、木ノ実など、あらゆる食材を塩で揉んで酒浸(さかびて)にしたり塩漬けにして食したが、塩分などの滋養を含んで味もよく、保存もきく香疾物は褥食に適しており、酒肴にもなる。都祢那賀は、大根の香疾と栄螺の塩辛があれば上機嫌だったらしい。
 野営中は五人一組で寝起きさせ、夜は酒も定量を決めて許している。酔い過ぎて喧嘩なども起こったが、一度は許した。同じ者が二度、規律を乱せば同組の者みな、即刻斬刑に処せられた。
 戦場近隣の在所で、民に狼藉した者、盗みを働いた者、婦女子を辱めた者、その場にて斬。同僚や上官の乱行を見咎めて言上した者には報償、隠匿が発覚すれば斬、とある。
こうした軍規は、粛々と、しかも冷徹なる上にも冷徹なるをもって厳守させた・・。

 さても日中の紅白戦には、上空で偵察していた龍王(りゅうおう)や天竜(てんりゅう)、大鷲主神の慕絽羽(ぼろう)でさえ騙されてしまった。龍王などは、空の高みに浮かぶ雲に寝そべり、さも退屈げであったらしい。
「都祢那賀め、よほどの戦好きじゃな。毎日、よく飽きぬものじゃわいのもし」
 などと、天竜を噺相手に、妙に感心していたほどであった。
もっとも、燃える夕陽が海原を〈血の海〉に染め始めた頃には、大蛸の群が出雲沖で文字どおりの狂乱を演じ始めており、見えぬ深海では大王烏賊一族が荒れ狂っていた。

 龍王達が出雲沖へ去ったのを、気配で確かめたパラシュラーマが嬉しげに船底へ降りてきた時には、すでに軍船の群の進路は大海へと向いていた。風はない。月や星もなかった。雪が舞い始める頃にしては、妙に蒸し暑い夜であったという、全軍船団指揮は鷹取の岬までを、まさに希代の名将帥と讃えていいであろう覇津華雅(はつかが)が執っている。
 その先は、鵜恭(うきょう)という将軍が都祢那賀の名代(みょうだい)となるべく、旗艦【艦ではなく船だが】に乗り込んでいた。都祢那賀は沖に出た後、一切姿を見せず船底に引きこもって過ごしている。その船とは、末端の兵士達が乗る小船であった。しかも、船底にこもっていながらも彼独特の華麗な甲冑を着けず、一般騎馬兵士のそれを纏っているほどの凝りようであった。
もはや、ここまで徹底すれば一種異常といっていい。

 無論、周囲の兵士達には秘密である。
「こらあっ、何様のつもりやねんっ、酒なんぞ喰らいおってからにぃっ」
 出撃後の事であった。これが、怒鳴った兵士の不幸になった。
都祢那賀はものも云わずに兵士の顔面を殴りつけ、鼻骨と顎を砕いてしまったのである。すぐさま、血相を変えた船長がすっ飛んできたが
「都祢那賀であるっ、他言無用っ」
 と大喝し、船長はその場にへたり込んで小便を漏らした、という騒ぎまであったらしい。むろん、二人とも縛られては船底に転がされた。いくら秘密作戦とはいえ、その小船の兵士達には、もう大変な迷惑でもあったろう。

 希代の大将帥である覇津華雅の指揮は、波の荒く高い海上においても見事であった。
漆黒の闇、鏡面のごとき海原を兵数一万の大水軍が一糸乱れぬ隊形を整えてゆく様は、大鮫どもが先導しているとはいえ、神業に近い。夜明け前には、鷹取の岬をまわり込む予定であった。
 船は時折、大きく揺れもしたが、明日未明の戦闘に備え、船を操る兵以外は眠っている。その兵士達の眠りが深いか浅いか、などは神以外に知るよしもあるまい。
 都祢那賀も夜半には盃を置き、眠った。愛用の甲冑は鎧櫃に入れて荷駄に紛れ込ませてあるが、その刀だけは離さない。

【ずっと後世の日本刀と同じ玉鋼(たまはがね)を打たせた鋭利な逸品で、まだ新しい。】

 鵯の里で打たせ、銘を〈神断=かみたち〉と刻ませた。
都祢那賀の名付けであった。彼はよほど気に入ったらしく、眠る時にも抱いて寝た。それにしても〈神断〉とはすさまじい。
卑弥呼(ひみこ)などが知れば、いくら孫娘の許嫁とはいえ、いっそ呪い殺しかねない銘であろう。しかし、それは媛を必ず攻め滅ぼすという、都祢那賀の闘志の象徴なのである。

 翌朝未明、まだ辺り一面の闇である。漆黒の海面に、ぽう、と青白い灯が揺れた。覇津華雅軍の旗艦であった。
 それを囲んで次々に灯がともる。浜などから見れば、海螢のようであったろう。これが肥前国沖であったなら不知火(しらぬい)とでも呼べようか。しかれども場所は鷹取岬、灯の正体は明らかに戦闘陣形を整えているのである。その灯は乱れる事なく、一斉に左方へと流れて消えた。
 鷹取国は未だ夢の中であった。沖を進む船隊の旗艦は鵜恭のそれに移り、ひたすら東方を指している。すでに、船底にある都祢那賀は目覚めていた。
「覇津華雅軍を引っ張っていた大鮫どもは、筑紫沖へと引き返したぞよ」
 パラシュラーマの言葉は、覇津華雅軍が鷹取国に攻め入った、という意味でもあった。

 やがて空が漆黒から濃紫に色合いを変え始め、それは鮮やかな朱と橙と藍を混ぜ合わせながら薄紫と青に染まって、海面を金色に煌めかせつつ陽が昇ってゆく・・。
「戦には似合わぬな。空が青過ぎるわ」
 この朝、甲板に上がった都祢那賀は、彼には珍しく曖昧な事を云った。
しかし、そんな都祢那賀の眼は言葉とは裏腹に、新鮮な陽を溶かして爛々と輝いている。
都祢那賀は船底に戻り、好物の湯漬けで朝餉を喫した。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:47 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年02月24日

邪馬台国軍の軍船や兵糧などなど、詳しく分かっちゃうぜえっ!!イヤアン!!あたしの都祢那賀君の秘密が流出しちゃうわあっ!!そんなこと云うなよ・・、もう君だけのものじゃあないんだからさあ・・。

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愛媛国縁起

寄手(よせて)と搦手(からめて)
      二
『愛比売国風土記』の中の〈石鎚の麓〉は〈神野郡〉という頁に

《我が国に、神野といふ郷ありて、乃麻埜を産み育む。乃麻埜は文の達者にて媛の誉れなり》
とある。

 また『風土記』と題される書物は、和銅六年(七一三年)に大和朝廷が諸国に命じ、その国の地理や地方の歴史について編纂させたものであり『出雲国風土記』『常陸国風土記』『播磨国風土記』『豊後国風土記』『肥前国風土記』など多数ある。
 話がそれたついでに、この時代に編纂された他の代表的な文献も挙げておく。和銅五年(七一二年)、太安万侶が『古事記』を撰上、養老四年(七二〇年)、舎人親王が『日本書紀』を撰上、延暦一三年〜同一六年(七九四年〜七九七年)には『続日本紀』が撰上されている。

 ともあれ、都祢那賀(つねなが)軍を防がねばならない媛国軍は国王亡き後、絶体絶命といっても過言ではないほどに、より弱兵化してしまっているようであった。
 そのことを知ったとて、気を緩めたり手加減を思うはずもない都祢那賀ではある。
「上に出て見よ、都祢那賀。夕陽に大海が染まってな、まさに血の海じゃわい」
 真っ赤な大口を、にかにかとほころばせ、パラシュラーマが船底へ降りてきた。
「邪神とは、よほど血を好むようだな。卑弥呼(ひみこ)が生血などを欲するはずだ」
 都祢那賀は火鉢を引き寄せ盃を傾けつつ、物憂げに云った。
すでに動いている、軍船の群が、である。その群は凪いだ海面に僅かな泡沫の軌跡を残しながら、伊予の二名島の南洋に向かっていた。覇津華雅(はつかが)の乗船を本陣として、大陸の兵法にいう重厚な魚鱗陣である。

 この、都祢那賀の軍船とは、いったいどのような物であったろうか。『愛媛国縁起』に・・

《昨今乃渡海船箱船二天甚危奈利。己乃船工巧滅退技奈散介奈之》また《都祢那賀軍船形八椎実半二似極功船工多数渡来魏且習得。小船人五十乗船可、大奈流八倍奈利。風自在操無風漕人力。波上滑如、極速》
とある。

 まず乃麻埜(のおの)は・・・
『近頃の渡海船は箱船だから大変危なっかしいものだ。いにしえの優秀な船大工がいなくなり、その技術は退化した』
 と嘆いてから・・
『都祢那賀の軍船といえば椎の実を半分にしたような形である。技を極めた大勢の船大工達が、魏から渡って来ており、またその優れた技術を習得もして造り上げた物である。小さな船なら五十人ほどが乗れ、大きな船なら百人は乗れる。それは帆船であり、風のない時には漕げるように出来ていて、波の上を滑るように極めて速い』 と云うのである。

 船板を張り合わせて炙り、それに土瀝青(どれきせい=アスファルト)を塗っては隙間を埋め尽くしてから黒漆(都祢那賀は黒を好んだ)を塗り重ねた堂々たる物であった、ともいう。そんな大船団が志気高々と隊列を整えて乱れず、しかも、勢いこんで波を蹴っているのであった。

 動きは、早朝からあった。都祢那賀軍の日課軍事調練を装い、軍備を点検して筑紫は朽網の沖で二軍に分かれ、いわゆる実戦さながらの模擬戦を演じている。船据【ふなすえ=港】を離れる時に日常と違ったのは軍船に積み込む食料の量だけであり、その喫水のわずかな深みは、上空の龍王(りゅうおう)達には見えなかったに違いない。
 この日の早朝未明、筑紫の北部にも、わずかながら雪が舞った、という。
「媛の山は高山なれば、大雪やも知れませぬなあ」
 いよいよ、空前絶後とも云っていいであろう神攻め、その緞帳があがろうとしている。
百戦錬磨を自負する、しかも希代の大将帥とも讃えられてある覇津華雅とても、いっそう気の引き締まる想いであったらしい。
「まさに天佑だな」
 都祢那賀は、まったく気負いというものがないものか・・。
「なるほど。降り積もる雪と氷の中、大軍勢が攻め上ってくるとは夢にも思いますまい」
「うむ。やつらの動きも鈍ろうぞ」
「真神も、さすがに冬ごもりの季節ですかな」
「兵達に、自愛せよと伝えい」
「さても有り難きお言葉、身に沁みまするわいなあ」
「充分であるか」
「衣糧ともに満ちております」
 覇津華雅には、すでに都祢那賀の気心が我心のごとくに察せられるらしい。

 この当時、邪馬台国の食料といえば、それは主に菜食であった。
穀物類(米・稗・粟・麦・大豆等々)と野ノ菜に、わずかながら魚介類が含まれている。これは宗教的な事情からであり、卑弥呼が肉食を極端に嫌ったからであるという。
 ただし、これは表向きの事情であり、卑弥呼は秘密裏に獣肉と人肉と鮮血にまみれていたが・・。
 ともあれ、都祢那賀は自軍において、邪馬台国における一般大衆の習慣さえ平然と廃した。
「菜っぱなどで力が出るものかよ。獣肉を喰らえ」
 と云う。
「肉を喰らって獣の精を、己の身に染み込ませるのだ」
 とも云った。
表現は別として、兵士としての理にはかなっているであろう。
 天才とは、あるいは既存の習慣や伝統といったものすら、古着を脱ぎ捨てるが如くに排せる者を指す言葉なのかも知れない。
『媛国攻陣始末記』に

《彼は熊と猪と蝮の肉を好んだ》
と、ある。
 卑弥呼が彼を持て余す理由の一つには、こうした事も含まれている。
 彼が行軍する時、特に荷駄隊が通過する時には、皆恐れて家にこもった、という。ひどく臭ったらしい。乾飯や干肉はいいとしても、荷駄の内には生肉を塩漬けにした大樽を幾つも引っ張っていたからである。焼いて食う。時には生のままで食らった。
 水軍による移動には、さすがに塩漬けの大樽は積まない。
重くなり過ぎて、軍の命ともいうべき速度が鈍るからであった。
この行軍速度を鈍らさぬため、都祢那賀は様々の仕掛けをした、とある。まず、兵士の常の心得として〈早飯・早便・早走り〉を仕付たのだった。早飯と早便は読んで文字の如くだが、早走りとは行軍に疲れていても、むやみに休息させぬ事をいう。疲労した時にやたらと立ち止まれば人馬ともに血が足に下がって凝り、筋肉が硬直してよけいに痛んで動けない、と云った。

 食事は朝夕二回、栄養価の高い物を出すが、飽食はさせない。
荷駄隊は膳夫(かしわで)隊とも呼ばれ、膳夫とは料理人の事である。野営中は膳夫達が賄い、作戦中は号令によって各自が飯を炊いた。野営は可能な限り、川や池など水の調達が容易な所を選び、山岳地帯に入る時には竹筒や瓢箪などを水筒として持ち、これも勝手には飲ませない。褥食(みおし)という物もつくった。
いわゆる腰兵食【こしかて=邪馬台国軍では兵糧を兵食と云った】である。
 出陣前や野営中に膳夫が屯食(とんじき=梅干を入れた握飯をこんがりと焼いて竹皮、笹葉、藁などで包んだ物。【竹皮、笹葉、藁には防腐効果がある】)と餅、それに肉醤(ししびしお=獣肉や魚肉と、その内臓を山椒とともに細かく刻み、酒に浸け手塩で揉んだ物)を兵士一人ずつに三日分持たせて腰に結わえ付けさせた物が、褥食(腰兵食)である。また兵士の懐には薬として、梅干と胡椒粒を十個、薬草に包んで持たせている。野菜や山菜は行く先々で調達し、戦が思惑以上に長びいた際、獣肉などは戦場の近辺で狩猟した。疲労の快復せぬ馬も、時に応じては鮮肉として兵食に変わる。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:21 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年02月23日

話題沸騰!!おかげさまにて『愛媛国縁起』大好評だぜっ!!きゃあ!!だってホントにおもしろいんだものっ!!都祢那賀君!!カッコいいっ!!これから、もっとよくなるからね!!

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愛媛国縁起

寄手(よせて)と搦手(からめて)
          一
 一方、この頃には、すでに媛国でも真志螺(ましら)と真護(まご)を中心に神族(しんぞく)軍議が進められていた。
都祢那賀(つねなが)軍が筑紫を制圧し、その背後には大邪神パラシュラーマが潜んでいる、と知った真志螺はほかの主神達とともに媛国の山海を覆い尽くすほどの大結界(だいけっかい)を張ったのである。
 結界とは、人間の眼には見えぬ、まさに聖なる防御網のようなものであろう。結界を張れば、たちまちその内側が神聖な聖域となって浄化され、外に在る邪悪なものはすべてが、その穢れたる指一本たりとも入れる事ができなくなるのである。
また、この結界なるものの防御力は、それを張る者の霊力に比例するといっていい。それを突破しようとする邪悪な力も、その邪悪な者の霊力に同じである。

 邪馬台の女王でもあった台与(とよ)は、大邪神パラシュラーマをして、人間である都祢那賀や那薙(なち)に軽くあしらわれているように書いている。が、その邪悪たるや、計り知れないほどに強大なのであり、清浄なる結界に対しての破壊力とて並々ならぬであろう。なにせ、その故郷である摩伽陀国(まかだのくに)では、ガネーシャという真神のほかには無敵である、とも云われ、それこそ太古の昔より恐れられ続けている大邪神中の大邪神なのである。
 そのパラシュラーマの破壊力をもってしても、媛の結界の表面にわずかな傷をつけたのみで、幾重にも分厚いそれを突き破るのは不可能である、というほどのものであったあたり、はたして、媛国の大結界たるや、太古よりの大霊山である石鎚におわします神々が結集して幾重にも張りめぐらされたものであり、その防御力たるや、まさに鉄壁以上、おそらくは神代当時でも最大最強であったに違いない。

 ただし、である。これ(大結界)は、人間には効かない。

【神社仏閣で賽銭泥棒(さいせんどろぼう)などが横行している現実を見れば、よくお解りかと思う。】

 当然、真志螺や真護達もそれを承知しており、それぞれの一族に防戦態勢を整えさせている。と同時に、媛国の軍隊も臨戦態勢で防御陣を構え、戒厳令をしいた。
村々の男衆は兵士として従軍し、媛国中が息苦しいほどに緊張していた、という。
 ただし媛国軍は、邪馬台国軍のような戦闘専門集団ではなく、人数も少ないのである。その兵士は普段、農耕や漁業や狩猟、陶芸や商い等々、それぞれの仕事に従事しており、戦乱あらば道具を槍や剣に持ち換えて、美弥毘の御霊屋に駆けつけるのであった。
 媛の兵は弱い、これはすでに書いた。もちろん、事実であった。
普段から御霊屋を警備する武人の中には、そこそこ軍事に長けた者もいるが、多くの兵士は農民や漁民や陶工や商人なのであり、その大多数の人々は生来おだやかな気風で育っている。日常的な諍いや喧嘩などとは違うのである、戦争という魔物は、である。

 ともあれ、そんな兵士達をまとめるのは、代々王家の男達であったが、愛姫が幼い頃に祖父の真洲羅麻(ますらお)と父の銀狼(ぎんろう)が戦死してしまい、王家の男は絶えてしまっていた。
 その後は美弥毘(みやび)を長として、御霊屋警備兵の吾拿茂李(あなもり)と貴坐嘉(きざか)という男達が軍を二分して隊長をつとめている。両名ともに、美弥毘に近従する巫女を母に持つ者であった。
 近年、この母親達が国の政に口出しするようになっており、軍事に関しても何かとやかましい。これなどは、史上空前の最強軍団を迎撃せねばならない媛にとっては、一つの大きな不幸であったろうが、いや、古来、国存亡の危機とはこうしたものかも知れない。

 今朝も早くから高守屋敷の評定所に五十人ほどの重鎮が集まって軍議なるものが開かれていたが、それを仕切らねばならぬはずの吾拿茂李と貴坐嘉、実戦の経験などは皆無な上に、母親達が口やかましく云うものであるから、肝心の軍議が遅々として進まないのであった。
 この日、石鎚の峰に初雪が降りたという。評定所には、幾つもの大火鉢が担ぎ込まれ、火鉢を囲む顔ぶれは、ざっと・・美弥毘を上座に据えて、その横に愛(あい)と楓(かえで)がいる。
貴座嘉と吾拿茂李が座るすぐ後ろには、それぞれの母親である巫女と従者が控えており、残りの男達といえば二十人ばかり、村々の徴集兵の代表兵(部隊長)どもであった。
この席上には、半数以上が女性であり、また同時に軍には直接関係しない者達である。
 もう、これだけで、すでに軍議などと呼べるものではなかったであろう。

「さて、吾拿茂李殿、貴座嘉殿。そなたら、どのような軍慮にて臨むつもりぞの」
「美弥毘様。我ら吾拿茂李隊は山側を、貴座嘉殿の隊は海側を守備つかまつる所存にて」
 最後まで云わせず
「待ちやっ」
 と、後ろに控えた母親から声がかかる。
「山側といえば主神様達が多数おわしまして安神であろう、そこを、さも大変そうに守備つかまつるなどと申され、わが子貴座嘉を窮地に追いやるなどは・・・いや、吾拿茂李殿ほどの武勇者のお顔に、自らが泥を塗るようなものではございませんかえのもし」
 こう云われて黙っているほどに、吾拿茂李の母親もあまくはないのである。
「何の。わが息子吾拿茂李は、卑怯者ではありませぬぞえ」
 と、まずは長い髪を振り乱して決めつけ、さらに白目を据えて泡唾を飛ばすのであった。
「古来、敵は海を渡って媛国に攻め上がってきたのぞなもし。その事をふまえて主神様には海側まで御足労願いましましてのもし、媛だけではのうて貴座嘉殿をもお守り申したいと云うておりましたわいなあ。それに何と云っても山側は急斜面の、うっそうとした森林にございましょうがの。奇襲される危険もあるとか。のう、吾拿茂李」
「はっ・・母者。美弥毘様の御前ですけんのもし、少しは、お控えなされませよ」
 さすがに吾拿茂李は苦い声を出した。いや、照れただけであったかも知れぬ・・。
「何じゃと。そちゃ、母に意見なんぞをする慮外者じゃったんかや」
「・・・いえ、意見なんぞというもんでは・・」
 この機を逃さじとて、貴坐嘉の母親が、いっそ身をよじって叫びあげたものである。
「信じられませんぞえっ、主神様らが石鎚山をお留守にするはずないですけんのもしっ」
 応じる吾拿茂李の母は、いささかも動じず、かねて聞き知ったる情報を述べた。
「何の。証拠もございますがね。愛姫様御直々に大海神であらしゃる真坐阿(まざあ)様と御面会あそばし、媛の守護御加護をお約束あそばされたよし。そうでございましょうがの、愛姫様よ」
「それは事実ですが、それはそれ。今は媛国軍の、我ら人間の軍議ですから・・」
 愛姫は、祈祷なら自在であろうが、ついに軍事などについては詳しくない。
そこを踏まえて、しっかりとまとめるべきは、吾拿茂李と貴座嘉であったろうが、彼らは揃いも揃って、それぞれの母親達に頭が上がらないという体たらくなのである。
「しかしながら、まあ、もう冬ですけんのもし、石鎚には仰山の雪が降り積もりまさい」
「積もったならどうじゃ、と云うのじゃ、吾拿茂李殿」
「いやはや、都祢那賀も・・」
「も・・何ぞね」
「吐く息も凍るほどに寒いんは・・そりゃあ苦手でありましょうぞのもし」
「なるほどっ、さすがは亜子じゃわねえ。ほんに、ほんに吾拿茂李は賢いのもし」

 こんな調子であったから、軍議なるものは長引き、途中、昼食をはさんだり、手洗いに中座する者も頻繁にいて、その都度、会議が中断されたらしい。
この大きなる危機に臨んでなお、何とも、のんびりとした軍議【とは呼びがたいものだか・・】であった。
「さてさて、冬なれば、いっそのこと冬ごもり、と参りませんかなあ、吾拿茂李殿」
「はて、貴座嘉殿よ、冬ごもり、とは如何なる事ぞなもし」
「籠城にござりますけん」
「ほおぉ、ほおぉ」
 などと、吾拿茂李は奇妙な相づちをうちながら感心してみせている。
「慕空(ぼくう)様にお頼みしてのもし、樹を伐り出して、屋敷の周りをもう一段高く分厚く防御壁を築くんじゃけん。さすれば敵の襲来にも、暫しは持ちこたえられますけんのもし」
「よき思案ぞよっ、さすが我が子じゃっ」
「暫し持ちこたえても、その後は、どうするんぞね」
「何、我が媛には、無敵の主神様達がおわしますけん」
「ここを守護してもらうおつもりなら、下里の村人達はどうなりますのか」
「愛姫様、御心配めさるな。海でも山でも、いずれにせよ、村々の入口に防御壁を建てまさい。兵士と村人総出で働いたら、たちまちの内にできまさい。のう、下里の兵士達よ」
「まあ、そういうこっちゃわいなぁ」
 そんなふうに和す下里の兵士達も、阿呆らしいほどに、みな暢気(のんき)な者達であった。
「籠城か。いや、よくよく考えてみますれば、無理にしかけて兵士達に無用の犠牲を出さずに済みますな、貴座嘉殿」
「それよ、吾拿茂李殿。皆が手傷など負わぬ間に主神様達が駆けつけてくれようぞ」
「まさに、まつろわぬ細螺(しただみ)のごとき妙案じゃな」
「それっ、それじゃっ、そうしなされっ」
「それがええっ、私も賛同いたしまするぞえっ」
 母親達の意見が一致した。この瞬間、媛は籠城と決まってしまったものであった・・。

 当たり前な事だが、戦とは命のやり取りである。絶対的なる権限をもって
「国の為に命を捨てよっ」
 と、平然と厳命できる者でなければ、軍を統率して戦えるものではあるまい。
 この場合、下知をいただく上長の命令に逆らう事を許されない組織を〈軍〉という。邪馬台国軍は、早くからそれを造り上げていた。しかも軍馬と最新兵器を携え、一兵士にいたるまで専門職という驚異的軍団である。それを迎え討たねばならない媛国軍の実状は、もはや悲惨を通り越して、嘲笑されるべきであった。
 この軍議まがいの内容を知れば、都祢那賀などは、本当に笑い死にするかも知れない・・。

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2009年02月22日

昨日もライヴで飲み過ぎちゃって・・、まだ酔っぱらってるぜえ・・。まあ、しんどすぎて眠ることもできないのね・・。うん・・、氷いれたお水ちょーだい・・。

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愛媛国縁起

軍慮のこと
       三
 いやはや、これこそが都祢那賀(つねなが)の、恐るべき徹底ぶりであったろう。もっとも今は、筑紫上空にいるという龍王(りゅうおう)や天竜(てんりゅう)の眼をあざむくのが狙いである。
 都祢那賀は酒にも強い。ついには諸将達が皆、したたかに酔ってしまった。それでも、ゆめ余計な口をすべらさぬのは、都祢那賀の威光さすがという他ない。
 むしろ、パラシュラーマの方が、この酒席の酒肴になったくらいであった。
「のう、都祢那賀、もうよかろう。うぬの事じゃ、すでに二段目の筋書きもできておろうが。わしの呪力をして読めぬうぬの心の奥底を、今少しなりと明かせや」
 こちらも酔っている。つい、邪神ならではの、いやらしさが出た。
「くどいっ、ついには廃神になりたいかっ」
 都祢那賀は盃を床に叩きつけ、大喝した。
酔いのせいではなかった。彼一流の演技である。しかし、諸将達は、ざあっと酒気がひくほどに緊張し、大邪神パラシュラーマでさえ、つい気を呑まれてしまったのである。
この辺りが、神にはなりきれぬ邪神の、哀れな性でもあったろうか・・。
「いっいやいや、気にさわったなら許せ。許せや、のう、この通りじゃわい」
 阿呆な話で、パラシュラーマは慌てて頭を下げ、畏まって手を合わせた。いくら邪神とはいえ一応は、れっきとした神である。人間に手を合わせる神など、あったものではない。
 もう都祢那賀は上機嫌で哄笑し、その甲高い笑い声の内にも云った。
「のう、パラシュラーマ様よ、どうせなら、うぬの額の傷の由来を話して聞かせよ。その方が、この席にはふさわしい酒肴というものぞ」
「いっ・・いや、これはな・・」
 パラシュラーマは大汗をかき、衣の袖で額の傷を拭った。

 それは深い傷跡であった。
かつて、摩伽陀の神軍を一手に率いる大将軍ガネーシャに一騎打ちを挑み、一撃で負かされた時の傷である。しかも、殊更に深手であり危うく滅しかけたという。この大邪神の屈辱の象徴であり、いつか復讐してやると、燃え盛る炎の中で暗くくすぶり続ける濡れ雑巾のような憎悪の火種でもある。
 その傷を逆撫でされたにもかかわらず・・
「これはわしの唯一の汚点じゃわい。この傷を負わせた奴を、いつかこの手で八つ裂きにして、その肉を喰ろうてくれようぞ」
 とまで喋らせたのは、やはり都祢那賀の人間離れした気力のなせる技と云っていい。
「ほう、それは誰ぞ」
「もう許せ。思い出せば傷がうずくわい」
 パラシュラーマは、頭をかいた。
「では聞かぬ」
 俺にはどうでもよい事だ、という顔つきで都祢那賀は新しい盃を取り寄せ、酒を注いだ。

 やがて諸将が心地よく酔い潰れ、それぞれの部下達に引き取らせたのちにも都祢那賀は、まだ飲み足りぬらしく、パラシュラーマを相手に盃を離さなかった。
「パラシュラーマ」
「何じゃ」
「うぬの手下に、少しは役に立ちそうな手足どもは、いかほどいるのか」
「どういう役ぞ」
「間諜と物見に使う。この前のような間抜けでは、もはや、つとまらぬぞ、どうだ」
「いるには・・、いるがな」
「が、とは」
「あの大結界は破れぬわい」
 と、先刻の軍議でふれた事をしたり顔で云った。
都祢那賀の、これは気に入らぬ事の一つである。
「云うなっ」
 同じ事を、である。すぐに微笑み・・
「されど、手はある」
 と、優しく云うのである。思わず首をすくめたパラシュラーマは、また釣り込まれてしまい、身をのり出し
「ほぉ、どのような・・」
 と、邪神らしからぬ間抜けた声を出した。
「うぬが用いたのと同じ手よ」
「化けの皮を被るのかえ」
「まあ・・な」
「もはや、あれも無理じゃ。化けても中身は邪神ぞ。あの結界は越えられぬわい」
「被る皮にもよろう。しかも、それが生命ある生身の皮ならば、なおさらに分厚いぞ」
 都祢那賀は彼らしくもなく、にやにやと意味 ありげにほくそ笑んでいる。それが何かを聞かされた時、大邪神パラシュラーマでさえ、げえっ、と声を上げて驚き、思わず膝をしたたかに叩き
「都祢那賀、うぬ、本当に人間かえ」
 と問うている。

 この大邪神をも驚愕させるほどの都祢那賀は、平然として云った。
「和議使節は那薙を筆頭にすべて巫女だ。那薙(なち)の眼に適う、五十人ほどの若巫女を揃えておけ、と伝えてある。その巫女どものな・・・」
 都祢那賀は栄螺塩辛を箸でつまみ取りながら
「腹中に入れ」
 と、静かに云うのである。
「おっ・・うぬという男は・・」
 パラシュラーマは絶句した。
「巫女ならば、結界をくぐるのも容易な事だ。しかも、和議使節となれば向こうから手をひいて、丁重にもてなしてくれようぞ。神々も、つい若巫女までは疑わぬであろう」
「・・・都祢那賀よ」
「んっ」
「いや、那薙姫の腹も・・犯してよいのかえ」
 と、パラシュラーマが、つい下卑た口調で涎を拭ったのは、邪神の、悲しいほどの本性であった。

 都祢那賀は涎を拭うパラシュラーマをじっと見据えて・・・
「うぬは臭い」
 と云った。
「何じゃとお」
「その大邪神の醜悪きわまる臭いを包み隠せるのは、那薙の腹しかあるまい」
 那薙の〈肚〉に、その霊力の絶大強靭さと類まれな権謀術数の才という、二つの意味を含ませていた。そこまで聞いてパラシュラーマは膝を叩き、げえっ、と叫んだのであった。
「うっ・・うぬは、まこと人間かや」
「阿呆。俺はすでに人ではあるまい。魔王だ」
 都祢那賀は真顔で、泰然と応えている。
「オォ、そうじゃった、そうじゃったのう。これは先々、楽しみな事じゃわいなあ」
「うつけ者めがぁっ」
 都祢那賀が血相を変えたのは、はたして、那薙姫への恋慕の情であったかどうか・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:47 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年02月21日

邪馬台国軍の軍議に、いらっしゃい!!きゃあっ、なんだか、ものすごく緊張しちゃうわあ・・。まあ、落ち着いて、綿密な作戦を理解するんだよ・・。はい。

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愛媛国縁起

軍慮のこと
        二
 さて、いよいよ、都祢那賀(つねなが)の媛国(愛比売)攻めである。なみいる将校の中から、この喪蛾吏(もがり)が筑紫先住民軍団の大将帥(だいしょうすい)として抜擢されたことは、すでに語った。大将帥といえば都祢那賀の幕僚として認められた事を意味し、将校の中でも特に高級将校(軍の命令書や公文書に、将軍を名乗れる)と呼ばれるほどの大出世であり、いまだ十人しかいない。 この辞令を受け取った瞬間、喪蛾吏はその十一人目になった。
しかも、率いる軍勢は一万だというのである。これは、都祢那賀と同格ほどの規模であり、彼はあやうく気絶しかけたほどに狂喜したという。
「ついに」
 昇り詰めたわいっ・・、と兵達を前で我を忘れ、雀踊りして叫んだ。そして私費をもって自分の部下となった将校達を招いて顔見せを兼ねた祝宴を開き、兵士達にまで酒をふるまってはしゃいだらしい。

(すべて筑紫先住の将校と兵士である。彼らは完膚無きまでに敗北し、国を占領されたと同時に家族を人質として捕らえられ、やむなく邪馬台国に忠誠を誓った戦士達であった。)

 喪蛾吏が己の栄達の美酒に自ら酔い痴れている時、都祢那賀の本陣では全く別な時が流れていた。張り詰めた緊張と、極めて冷徹な時間であった。例の立体絵図を囲んでいるのはいわゆる生粋の十人、邪馬台国にも都祢那賀軍歴戦古参将軍達である。
「今宵の軍議、すべて極秘だ。うぬらの幕僚どもにさえ漏らしてはならぬ」
 一同、静まり返っているが、半ば眼前の不思議な絵図に見とれているようでもあった。
「此度の媛攻め、今までとは戦が違うと心得よ」
 都祢那賀は、彼特有の甲高い声で切るように叫び、皆、はっと我に返って緊張した。
「今一度云う。この軍議の事、一言たりと他言した者は・・一族もろともに」
 都祢那賀は、かしこまる将軍達を睨み廻して
「斬り捨てる」
 と叫んだ。
「ははっ」
 皆、一斉に平伏し、恐る恐る顔を上げた瞬間
「喪蛾吏は囮(おとり)だ」
 と、都祢那賀は、さらに眼を据え、しかし、落ち着いた口調で云い切った。

 この度の人事では、先だって兵士や将校達の間で不満の声が漏れた、という。さすがに今参集している都祢那賀直属の幕僚達は冷静であるようだったが、ここに念をおしたものである。
この若者は
「囮だが、うぬらは先達として、心から祝福してやれ」
 とも云った。
「恐れながら、かの者は今宵、自ら祝宴を張って部下どもと酒などくらっておりまする」
「うむ。次々に酒樽を届けさせておるわ。うぬらの名前でな。背骨の髄まで酔えばよい」
「恐れながら申し上げます」
 そう云ったのは、都祢那賀初陣の頃から後見してきた老将軍である覇津華雅(はつかが)であった。歳はすでに四十半ばを越え、将軍の中では最長老である。
「申されよ」
 都祢那賀も彼に対してだけは常に言葉をあらため、敬意を表している。

 覇津華雅、いまだ妻子はない。異国の大軍神である毘沙門を信奉するがための女禁であった。
「なぜ妻を娶り、子をなさぬ」
 と、かつてにも、嘉汰耶(かたや)が問うた事がある。
覇津華雅、三十路をむかえた頃である。当時は十歳ほどで、いっぱしの兵士になる時代だから、三十といえば、すでに初老に近い感覚であったろうか。
「軍人、いやさ、将軍職に妻子は毒でござる」
 覇津華雅は、真顔で答えた。
「いつ死ぬかも分からぬからか」
「それよりも」
 覇津華雅は、ふと微笑み・・
「戦場にて妻子を思えば、気概はなはだ鈍り申す。吾は一軍をあずかる身なれば、おのれの迷いや愚鈍にて全軍を危機に陥れかねませぬ」
 と云った。
「わしも同じぞ。されど、わしは多くの妻を持ち、子をなした。子は国家の宝ぞ。優れた者がその血を絶やさず後の世に繋げてゆく事、これすなわち報国ぞよ」
「何の。吾めの血は、嘉汰耶様ほどに優れてはおりませぬわい。それゆえ報国ならば、吾一代にて生生世世、後の七代ほどにも尽くしましょうぞ」
 これには嘉汰耶も破顔一笑し
「そちの頑固には兜を脱ぐわ」
 と云った。そして、覇津華雅は、都祢那賀を実子同然に慈しみ、傅人役として傅育してきたのである。都祢那賀の軍事的英才教育(実戦含む)は、すべて彼の手によるものであった、という。
「都祢那賀様の軍才、かの毘沙門神の化身なりしか。もはや絶代、及ぶ者なし」
 都祢那賀が十五になった頃、志摩攻めの陣中で、覇津華雅は嬉しげに呟いた。
「それがまことならば、爺様、もう引退して養生されよ」
「何の。爺を年寄りと申さるるか、都祢那賀様。爺は、まだまだ働けまするぞ」
「そうではのうて、若俗でさえ骨身の軋む戦場なれば、爺様のお身体が心配なのです」
「お優しいお言葉痛み入る。が、爺は、都祢那賀様のお側を離れませぬぞ。爺は、若様の采配のもとで、土塊に還りまするわい」
「何と、聞き及ぶが上にも頑固様ですな。爺様は」
 これは、たちまち兵士達の間で話題になり、志気がはなはだ高揚したと同時に覇津華雅様の戦頑固、という言葉ができた。
 唄まで出来て、手鞠などして遊ぶ子供達までが歌ったというあたりからも、彼の、愛すべき人柄が偲ばれるのである・・・。

 その覇津華雅が媛攻め軍議の席上、ずいと膝をにじって都祢那賀を見た。
「吾ら、もとより都祢那賀様の御下知にて、喜んで死ぬる覚悟にございますわ。ましてや都祢那賀様の御下知たるや、誤った事ありませぬのも、全軍の知るところにございます」
 覇津華雅は、老人だけに話がくどい。
他の者になら
「端的に云え」
 と、都祢那賀は一喝しているところだ。
「軍人たる者、言葉短く要を得て適切たるべし」
 と、常々云っているのである。
が、今の相手は覇津華雅であるから、ごく自然に笑みをふくんで聞いていた。
「その我らに」
 わざわざ作戦の詳細を明かすなどは、いまだかつて無い事であり、うぬはこうせよ、うぬはこうじゃ、と行動命令だけでよい、という意味の話を子供に云い含めるように長々とした。新参なら知らず、都祢那賀には、分かり切った話である。
 それでも黙って笑みを絶やさず耳を傾けているなどは、いくら覇津華雅相手とはいえ、それこそが今までと違う、と誰もが思ったほどに異様な光景であったらしい。

 諸将はいよいよ緊張し、そんな二人を見つめて沈黙していた。
やがて、覇津華雅は喋り尽くし、満足げに口を拭って膝を引いた。
都祢那賀は微笑んだまま、何とも云えぬ優しい眼で覇津華雅を見ていた。懸命に働く部下達に、しばしば向けられる眼光であった。
うわべではない、心底慈しむような光であり、これを感じた兵士達は、それこそ命もいらぬ、という気になるのである。
 あるいは、これこそが〈将器〉というものかも知れない。
都祢那賀は中肉中背、兵士としては決して恵まれた体格ではなく、どちらかと云えば華奢である。しかも、女でさえ羨むほどの美形であった。彼の幼少の頃には、嘉汰耶と汰雅志嘉(たがしか)などが、その美形ゆえに大溜息をついて嘆いたほどだった。
 戦士に美形は不吉じゃわい、敵のみならず味方にも侮られるもとじゃ、と云った。ところが、その美身に内包した才能は、これまで述べた通り、自らも魔王と名乗るほどに桁の外れた天才であり、むしろ美身ゆえに、凄みが増して輝いている。この場の雰囲気も、ごく自然に、そうなりつつあった。その呼吸の機微をとらえて都祢那賀は、その赤い唇を舌で舐めて開いた。
それが、大蝋燭の灯にぽってりと濡れて動く。
それだけで、皆、魔術にかけられたかのように見とれるのであった。
「だから、申しておる」
 今までの戦とは違う、と・・。
「敵は神々だ」
 とも云った。居並ぶ諸将は、息を忘れたかのように畏まっている。都祢那賀は、笑みをたたえた視線を皆に流し、いつになくゆっくりと喋った。いよいよ、珍しい事ではあった。
「人を相手の戦なら、敵をだますにはまず味方から、などという策も通じようがな、神々は決してだませぬものだ。真実をもって裏をかくのだ」
 そのためには、全軍が同じ思考で 動かねばならぬ・・と云いながら、都祢那賀は手にした細い枯枝で立体絵図を指し示しつつ、作戦内容の詳細を語った。まず・・・
「喪蛾吏は死ぬのだっ」
 と例の甲高い声で叫んだ時には、みな、肝を潰した。
喪蛾吏軍一万の兵は全滅するのが役目である、と、この若者は平然と云うのである。しかも、喪蛾吏はその最期まで自分が媛攻めの先鋒であると信じたまま逝くのだ、とまで云った時、諸将は互いに顔を見合わせ、おそらく意味のよく分からぬままで深くうなずき合った。続いて都祢那賀は
「いでよ」
 と、パラシュラーマを呼んだ。
囲炉裏の上に、ぽぅと赤黒い炎がくゆり立ったと思った瞬間、都祢那賀の側にうずうずと影がゆらぎ、やがてパラシュラーマが姿を整えて座っていた。
「おぉ」
 と低いどよめきが起こり、燭台に立つ蝋燭の灯が、いそがしく揺れた。
「大邪神パラシュラーマにおわす。みな、せいぜい拝み奉るがよい」
「ははぁ」
「このパラシュラーマが・・」
「せめて、様をつけよや」
 パラシュラーマは、その醜悪な顔を殊更に歪めた。
それすらも、もはや都祢那賀の眼には愛嬌としか映らないらしい。
「けけっ。この大邪神様の手下どもが、海中の主神どもを引き受ける手はずだ」
 真坐阿(まざあ)や華氏真志(かしまし)に敵対する大鮫一族の他、すでに大王烏賊(だいおういか)と大蛸(おおだこ)一族がパラシュラーマの軍門に下っていた。それらの主だった者達の生命に、邪神や悪魔が巣くって操っているという。

 大王烏賊一族が深海で暴れ、大蛸一族が出雲沖で暴れ狂って敵(華氏真志達)を引き付ける。その間に、都祢那賀本軍は大鮫一族に護衛させて大海を進み白皇国(はくおうのくに)沖合い(磋陀岬沖=さだみさきおき))で軍を二分し、一軍は岬をまわり込んで鷹取国(たかとりのくに)へ、もう一軍は室戸国(むろとのくに)へ上陸し、上陸と同時に各将一千の兵を引き連れて散開、一気に伊予は二名島の南半島を攻め上げて石鎚山脈の稜線まで迫る、という未曾有の大作戦であった。

 ただし、である。
「国境に沿って邪馬台国の旗を立てるだけでよい」
 とも、都祢那賀は云った。
「攻めてはならぬ。主神達を牽制するだけだ」
 つまり、囮を装うのである。
「仕掛けずとも、その主神達が我らを攻撃してくれば如何に」
「それはないっ」
「恐れながら・・・なにゆえに」
「媛の国境を侵さぬ限り、向こうから攻撃してくる事は断じてない。ただし、一歩でも媛を侵し、一本でも矢を射込めば・・」
 都祢那賀は、鋭く眼を据え、諸将を睨み廻した。
皆、身をかたくして息を詰め、誰ともなく
「攻撃されるのですな」
「うん・・、どころか、我ら全軍、生きては帰れぬわ」
「それほどに」
「うむ。手強い」
 だから、うかつには手を出せぬ、と都祢那賀は念をいれた。
「山側の我らこそを、囮だと信じ込ませるのだ。敵の眼を引き付けておくだけでよい」
 その油断をついて喪蛾吏軍が媛ノ浜に押し寄せ、すそ野の村々を焼いてまわる。里の人間を守らんがため、石鎚の主神達は慌てて主力をすそ野に向かわせるであろう。喪蛾吏軍は支え切れず必ず全滅するのだ、と・・都祢那賀は一呼吸おいた。よき勇者であり続けた喪蛾吏の、けなげな姿がよぎったのかも知れなかった。その想いすら断ち切るかのように、都祢那賀は立てた片膝を、ばしっ、と自らの手で叩きつつ、甲高い声で鋭く叫んだ。
「覇津華雅を鷹取上陸軍の大将とする。殊里(しゅり)、緒鵜騎摩(しょうきま)、果蛾耶(かがや)、樹久砕(きくさい)、そして遠海(えんかい)、うぬらは覇津華雅の下につけっ、残りの四人は俺が率いるっ」
「はっ」
 居並ぶ諸将、みな、一斉に平伏して答えた。

またまた、ただし、である。
「俺は一切、身を隠したままで指揮をとる。影(影武者)を喪蛾吏軍に乗せておくのだ」
「恐れながら・・」
 涼しげな眼を輝かせて膝をすすめたのは、殊里であった。
都祢那賀より四つ年上で、諸将の内では最も若い。若いながらも統率力に優れ、戦場での軍の駆け退きには定評がある。自らも馬術と弓に長じ、戦場では闘将としての名を欲しいままにする者だが、普段は別人かと思わせるほどに控えめで礼儀正しく、しかも部下にも優しい。全軍の兵士達の間でも、いわゆる人気者であった。
「申せ」
 都祢那賀も、殊里ばかりは無二の幼友として遇しているのだった。
「それでは、どちらが囮やら分かりませぬ。そのあげく、一万もの兵は無駄死にという事になるのではありませぬか」
 殊里にしては珍しく興奮し、憤慨している。
「控えい、殊里。まだ作戦の全容が明らかになったわけではないぞ。都祢那賀様の事じゃ。我らには読み切れぬ策があるはずじゃ」 と、横から覇津華雅が抑えた。
覇津華雅と殊里は、平時から馬合の仲である。いつもなら殊里は、この愛すべき老人を・・
「親父殿」
 と呼ぶのだが、今は諸将の居並ぶ軍議の席上である。
殊里は、姿勢をただして覇津華雅に向き直し、言葉をもあらためて云った。
「これは覇津華雅様とも思えぬ。どのような策があるとしても、一万もの無駄死をうめられようか。いくら筑紫人とはいえ我らと同じ人間ですぞ。それを囮に全滅とは恐ろしや」
 こればかりは我が一命を捨ててでも、お諫めせねばならぬ・・。
「殊里よ」
 そんな殊里を愛おしげに見やり、都祢那賀も姿勢をあらためている。
「はっ」
 畏まる殊里は、もはや死ね、と云う下知にも従う覚悟で腹を据えていた。

 が、都祢那賀は、ふと別なことを云いだしたものである。
「皆も聞け。此度の戦、俺は心底、魔王とも化す覚悟だ。うぬらも俺に従い、心を一つにして魔将軍となれ。媛の神々を倒すに、味方が一万人ほどの無駄死にが何ぞ。まだ足りぬくらいだ」
 都祢那賀は真顔で叫び
「それにな、殊里よ」
 と、また不意に語気を弛めた。
「はっ」
「仕掛ける我らでさえ、どちらが囮か解らぬくらいでなければ神の裏はかけぬのよ」
「・・・はっ・・ははぁっ、浅はかにも出すぎた暴言、お許し下さいませよっ」
 殊里は賢い、ついに都祢那賀の深慮を理解したらしい。
「うぬら、俺と一緒に黄泉(よみ)の奈落谷(ならくたに)へまでも堕ちてくれるか」
「奈落の底の底までも、お供仕りまするっ」
 諸将が一斉に叫んだのと、そろって平伏したのと、ほとんど同時であった。

「うむ。喪蛾吏軍全滅、俺もそこで死んだ事にする。そして、媛に那薙を遣わせて和議を申し入れるのだ。都祢那賀死しては戦えぬが、邪馬台国が潰れたわけではないとな。和議の条件は、伊予二名島からの全面撤退。この和議は必ず成る」
「ええっ、そっ・・それでは媛攻略どころか、まさに敗北ではございませぬか」
「負けるのよ」
「ええっ」
「一度負けるのだ。さすれば敵は、ほんの暫しにせよ、ほっと胸をなで下ろすであろう。そこが油断だ。那薙(なち)の和睦使節には手足の諜者を紛れ込ませておく。現在の・・」
 と、都祢那賀は、その眼前に広げられた絵図を叩いた。
「絵図では不完全だからな、そやつらが媛国の詳細を物見し、どの主神がどこに居座り、どの程度の力を秘めているのか、また、弱兵とはいえ人間の軍隊もおるであろう。それがどれほどの軍勢で、誰が指揮しているのかを調べ、かつ媛国の長老や女王の事なども、もっと知りたい。このパラシュラーマ・・・様の・・」
 都祢那賀は、少しからかうように云い、パラシュラーマはにがい顔をした。
「手下どもを送り込もうとしたが、やつらはすでに媛国全土に大結界を幾重にも張り巡らせ、邪神や鬼神の類は入れぬ鉄壁の守りを固めておる。敵を知り尽くし、己を知れば百戦危うからず、とは戦のならいだ・・そうであろう」
 みなは、無言でうなずいた。
そこで都祢那賀は微笑し、大声で小姓を呼んだ。小姓は機敏な小動物のように陣屋の入口に駆けつけ、彼は酒の支度を命じた。
「はっ」
 小姓はさっと身をひき、それを見送った都祢那賀は・・
「ここまでが媛攻めの一段めだ。二段めは和議の後の算段よ。作戦開始は明日未明、我らの出撃は明晩ぞ」
 と云い、この若者にしては珍しく、さらに言ノ葉をつらねている。
「くれぐれも、喪蛾吏には気取らせてはならぬのぞ」
 と、薄情なる念をおした。

 それで軍議は終わり、後は酒宴になった。焼いた地鶏に味噌をのせた物が肴である。しかし、諸将は酔いがまわらぬ内に各個退座し、それぞれの陣へと帰ろうとしたらしい。
 都祢那賀の軍は、いかなる時も臨戦態勢を崩していない。が、今までの戦とは違うという、明日の出撃に備え、誰もが己の率いる部隊を引き締めなおそう、と思った次第であった。
 はたして、それすらをも、大魔王を自称する都祢那賀は許さなかったのである。この若者は平然として・・
「今宵の酒は事無酒笑酒【ことなぐしえぐし=災厄払の酒】ぞ」
 と、云うのである。
「明日も、出撃直前まで普段通りにせよ。いつものように調練し、その事繁【ことしげ=多忙】の内に、いよいよ出撃するのだ」
 とも云った。
「はっ」
 諸将らには以心伝心、すでに委細承知の体であったらしい・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:26 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年02月20日

歴史小説おすすめランキング古代日本史には邪馬台国の物語なんだぜ!!もう・・、それは昨日も云ったでしょ!!ああ・・、ゴメンね。そうだったよね・・。

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愛媛国縁起

軍慮のこと
        一
 その翌日から、都祢那賀(つねなが)は本格的に媛国攻略の軍備を整え始めた。須磨の鵯に残してきた那薙(なち)に下拵(したごしらえ)させるべく、貿易船を装った使者も出した。
筑紫の先住民を正規の邪馬台国兵として大量に徴兵したのも、この時であった。また、筑紫の山野に豊富な鉄を存分に使い、地元の踏鞴吹場を存分に働かせ、軍備もさらに強化している。

 そんな都祢那賀が率いる将校の中に、喪蛾吏(もがり)という男がいる。かつて美祢国の頃より嘉汰耶(かたや)に仕えた兵士の家に生まれ、彼の父は汰雅志嘉(たがしか)の軍で荷駄隊の小頭をつとめているという。喪蛾吏は幼い頃より都祢那賀に付き従い、都祢那賀の手先として戦場を猟犬さながらに駆け回っていた。
 荷駄しか扱えぬ父親とは違い、なかなかに武勇に優れていたらしく、大小さまざまな手柄もたててはいるが、将校にまで重用された理由は別である、と他の将校達はささやき合っている。

 それには、微かならず侮蔑の臭いが漂っていた。
喪蛾吏の、泥を焼き上げたような小ぶりな顔に、眉端が下がって、その下にしょぼつく眼が何とも情けなげに貧相な泣顔である事も、軽んじられる因ではあろう。
「かの者は、都祢那賀様の犬に過ぎぬ」
 という。また・・
「媚びるにも程がござろうよ」
 と、酒宴の席などで袖を引き合いつつ、将校達は聞こえよがしに嘲笑した。戦とはいえ無抵抗の者を殺すのは、武辺どころか人としての常軌を逸脱している、と彼らはいうのである。

 その最初は近江攻めの時であった、とも、いや丹後を攻めた時の事である、とも云われた。しかし、噂はいつしか・・
「いつも」
 という表現に変わっている。ある将校が喪蛾吏と共に、攻略を命じられた集落を攻め上げた時の事である。そこに進軍すれば後の攻撃が容易になるという、作戦上の重要拠点であったが、村の男どもといえば兵隊にかり出されているから、村を守るのは老人と女子供だけだったという。別方面にて敵軍を真っ向から引き付けて戦闘している都祢那賀の陣へ伝令を遣わせ・・
「軍兵はおりませぬゆえ殺さずに占領するだけでよいかと思われますが如何」
 と口上させ、集落の周囲を手勢で固めつつ待機していた。
ところが集落の北と西を担当していた喪蛾吏が先駆けて家々に火を放ち、逃げまどう村人を虐殺してまわった。結果としては、その心理的恐怖によって敵の戦意を著しくそこなわせたらしく、武器を捨て降伏する近隣の集落が相次いだため、全軍において都祢那賀の思惑よりも速やかに勝利をおさめたらしい。

 その戦勝祝いの酒席上、都祢那賀の前で彼の先駆けを叱責する同僚に向かって喪蛾吏は・・
「お手前は、一歩間違えば敵兵の情念に火をつけ、邪馬台国憎し、徹底抗戦あるのみ、と煽りかねん、と申されるがな、それこそは都祢那賀様の御威徳を知らぬという証しじゃ」
 と云った。
「すでに都祢那賀大将軍といえば、御名を聞いただけで鬼神も逃げ出すのじゃ。その指揮のもと、いざ戦場で立ち働く兵士達が荒れ狂えば荒れ狂うほどに、それは単なる噂ではなくなり敵は必ず降伏するのである。つまりは都祢那賀の名をもってのみ、むやみな殺生をせず戦わずして勝利する道が開けるのである」
 とも云う。
そして、その酒席に都祢那賀の酌をしてはべったのは、都祢那賀の好みを知り尽くした喪蛾吏が選んだ占領国の女どもであったという。そうした時、都祢那賀がどう評したかは語られていないが、卑怯ともいえる戦闘といやらしいまでの〈媚び〉を重ねる度に出世してゆき、ついには喪蛾吏程度の者が将校にまで取り立てられた、と古参将校達はいうのである。

 陰口を耳にしても喪蛾吏は、いっこうに素知らぬ泣顔であった。
確かに軽薄ではあろう。が、愚直ともいえた。常々、都祢那賀を生神のごとくに崇め奉り、都祢那賀が
「死ねや」
 と云えば、その場で自らの首をはねる覚悟で生きている。
戦場においても、都祢那賀の命令を、その文字づら通りに遂行しているだけであった。
 都祢那賀の作戦は苛烈であり、刃向かう敵に対しては容赦しない。それが時には、残虐過ぎる光景を現出させた。
 しかし、例えば前述の噂のように攻略軍と都祢那賀本隊とが別行動をとっている場合、攻略軍将兵は迷う事なく命令を遂行すべきであった。それは、本隊が敵を引き付けている間に落とせ、というほど戦略的にも戦術的にも重要とされた地点であり、ある意味で戦とは時間との戦いでもある。いちいち本陣に伺いを立てるような将校は、無能と云っていい。
「殺せ」
 と云われれば赤子でも殺し
「死ね」
 と云われれば何のためらいもなく死ぬ、喪蛾吏とは、そんな男なのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 14:50 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年02月19日

歴史小説おすすめランキングにも日本古代史なら邪馬台国の物語さ!!そうよねっ!!ドキドキしちゃうわあっ!!都祢那賀君、カッコいいしさあ!!これから、もっとカッコよくなるぜえっ!!

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愛媛国縁起

邪神
         二
 その裾野は、すぐ内海に接していて狭い。
都祢那賀(つねなが)が自慢の大軍をもって布陣しても、媛の都であろう場所へ兵馬を進める事さえ難しいのは、頑是(がんぜ)無い【思慮分別のない】子供が見てもわかるであろう。古来、難攻不落と云われ続けている、まさに天然の砦であった。まったく、それが嘘でないことを、素直に得心できるほどのすさまじさなのである。

 しかし、この若者は、盃を干して後に、その美顔に微笑を浮かべた。

(この浮世に、滅せぬもののあるものか。)

と心中に念じつつ、それを信じ切っているのである。
とはいえ、この若者の自負尊厳なるもの・・やはり計り知れるものではあるまい。
「まったく妖術とは便利なものぞ。この絵図、確かに信じてよいのだな」
「そう疑うものではないわ。わしの手下が、じかに這いずり廻って確かめたものぞ」
「ふん。媛の主神どもに怯えながら・・か。あげくに八つ裂きとは苦労な事だ」
 都祢那賀は上機嫌で酒を飲み干し、目の前の立体地図に身をのり出した。
「さて、どこからどう攻め潰してやろうか」
 都祢那賀は、その鋭い眼を輝かせ、妖(あやか)しの石鎚を見入っている。
「まずは、わしに任せてみぬか」
 パラシュラーマは片手で大きな酒壷を傾けつつ、にかにかと笑ってみせた。一匹の蛾が大蝋燭の炎に飛び込み、その羽を焼いた。ぼとり、と地に落ちてもがいている焼死寸前の蛾を、パラシュラーマは嬉しげに見つめたままで話をつづけるのだった。
「媛の守りは堅いわい。なにしろ相手は石鎚の主神どもじゃでの。いかに、うぬの采配をもってしても容易には破れぬぞ。海には真坐阿(まざあ)の息がかかっておるしな。もう、筑紫攻めのようなわけにはゆかぬわ。媛の主神どもがいくら気のいい間抜けぞろいとはいえ、同じ手が通用するほどの阿呆どもではないぞや」
「ふん、小賢しいわ。大邪神・・様には、何ぞ、よい思案があるのか」
「策はこうじゃ。あの那薙(なち)姫を中心に呪詛集団を編成せよ。それにはわしの手元から四魔軍をつけてやる。わしは邪神軍を率い、うぬの軍勢を数えて三軍となる。媛の軍容を見れば、どうじゃ?手強そうなのは真護一族と真志螺とかぬかす猿族くらいなものぞ。それをわしの邪神軍が・・」
 パラシュラーマは枯枝のような長い指を伸ばして石鎚を指し、同時に目障りにもなってきたのだろう、その指先を床のすみでもがく蛾に向け、じゅっ、と焼き殺した。
「この山に釘付けにしてやる。大鮫の娑悪軍について、うぬらは一気に海を渡り、この浜に陣を張ればよい」
 この浜とは、すなわち媛ノ浜である。パラシュラーマは、さらに云う。
「残りの主神どもを那薙姫と四魔軍に抑えさせておき、うぬは愛(あい)を捕虜とせよ」
「主神の娘を気取っていた媛の女王だな。その娘さえおさえれば、主神どもは手出しもできぬと云うかよ」
「いかにも」
 と、この大邪神は深くうなずいている。
「大邪神パラシュラーマ・・か。存外、甘いのう」
「何じゃとお」
「神とは申せ、いっそ邪神の類ならば、めぐらせる知恵も、その程度のものかよ」
「無礼者めがっ、思い上がるなっ、蛾のように焼き殺してやろうかえっ」
「したければ・・」
 都祢那賀はにやりと笑って、パラシュラーマの手から酒壷を取り上げ、自分の盃に注ぎながら・・
「すればよい」
 と云った。
「うぬが俺と手を組んだこと、大海神真坐阿とやらにも知れておろう。さすれば摩伽陀の神々も、うぬが倭国に執心なのを知っておるはず。もはや、摩伽陀には帰れまい。いや、帰ったところで居場所がない。ここで廃神になるかよ、どうだ」

 それを聞きつつ、パラシュラーマは怒りに身を震わせ、今にも都祢那賀を呪い殺さんばかりの形相であったが、都祢那賀は涼しい顔で盃に口をつけ、悠々と傾けている。やがて飲み干し、盃を床に置いて、片手で酒壷を取り上げ、己の盃になみなみと酒を注いだ。
「俺を殺せば、うぬ、いずれはこの倭国にも居場所がなくなるぞ。やがては痩せ細って消え入るばかりだ。拝む人間がおってこその神だからな・・違うか、パラシュラーマ様よ」
「阿呆めっ、たとえ痩せても、神は不死身ぞよっ」
「その通りだっ」
 都祢那賀は鋭く叫び、ぐい、と腕を伸ばして酒壷をパラシュラーマに突きつけた。
「なっ・・何じゃい」
「そこが、うぬの甘いところだと申しておるのだ。神は死なぬであろうが、人間は死ぬのぞ。媛国の民も邪馬台国の民も、生きとし生けるもの、みな、老いて死ぬ。俺もだ」
「・・・お主・・何が云いたいんじゃい」
「まだ分からぬか、なるほど、邪神とは、まったく阿呆な者どもだな」

 都祢那賀は、幼い頃より飽きるほどに観てきた邪馬台に集う邪神や邪鬼どもを想い出していたらしい。
「いかにも間が抜けておるわ」
 とも云った。都祢那賀、さらに云う。
「俺が大地全土を統一したとて、それが何になるのか」
「・・それこそが、お主の大願であろうがよ」
「いかにも。だがな、俺が死ねば、すべては虚しいだけの事だ。それでもなお、生ある内に覇を唱えんがは何故ぞ。戦とはな、ただ敵国を滅ぼすだけなら難しい事ではない。肝要なのは勝ち方なのだ。俺が死んで後にも威を張れるように勝たねばならぬのだ。これはな、あまたの敵を擦り潰すよりも難しいものぞ。うぬは神などとぬかして、己が生命に限りがないことを自惚れておるだけ、ついには詰めが甘い、というのよ」
「・・・ふむ」
 何やら、云いくるめられたような面つきではあったが、パラシュラーマは酒壷に口をつけ、高々と傾けて喉を鳴らした。
 激高は、すでに去りつつある。
太い喉をうねらせて鳴らし、焼けた肉を頬張り、ゆっくりと咀嚼している。都祢那賀は、そんな機微を捉えるのが巧い。
「うぬら邪神や悪魔の生きながらえる糧は何ぞ。人間どもの悪しき性根と心根であろう。いや、いっそ善悪などではないな・・、すなわち信仰だ・・、違うか」
「そうじゃ。ほんのたまには御供えという、ほれ、この肉のように人間の喰らう物も口にはするがな」
 パラシュラーマなどは、つい、つり込まれてしまっていた。
「人間が在る限り、善神にしろ悪神にしろ信仰は廃るまい。だからこそ、神は不死の力を誇れるものぞ。さりとて、人間の性根・心根はうつろいやすきもの、現世は夢幻のごとしだ。いくら、うぬが不死身とて忘却にはかなうまい。パラシュラーマという名を忘れ去られては、もはや、それは不死身をしてなお、まさしく死に等しかろう」
「・・・うぅむ」
「俺はな、幼い頃より邪馬台の巫女どもの口寄をこの眼で見、この耳で聞いて育ったぞ。男と交わい、呪力を高め、そこに影向する神々に祈願して想いを果たす卑弥呼(ひみこ)の手管をも存分に見てきたのだ。はたして、そこに来臨したのは、うぬの手下どもだと申したな」
「いかにも」
「うぬの手下の邪神どもが卑弥呼に葬り去られたさまをも、俺は見てきたのぞ」
「・・・・・分かったわい。では、どうするのじゃ。お主に、なんぞ策はあるのかえ」
 パラシュラーマは酒壷をつき出し、都祢那賀の盃に注いでやった。細くしたたる酒は蝋燭の灯に照らされ、乳のように、なめらかに落ちて盃を満たした。
都祢那賀はゆっくりと飲み干し・・
「ある」
 と、静かに云い切ったのである。
ただ、揺れる炎に濃い影をやどしたその横顔は、心なしか寂しげであった、という・・。

【ともあれ、幼い頃よりの環境や教育といったものは恐ろしいばかりである。人間が神を使い、己が望みや想いを遂げればよいのだと、都祢那賀は骨の髄から信じていたようである。つまりは、この点こそが、巫女としての美弥毘と卑弥呼の決定的な相違と見ていい。繰り返すが美弥毘の祈祷は純然たる〈神寄〉であり、卑弥呼のそれは鬼道とも呼ばれて〈呪詛〉である。人が人を呪うさまを間近で見聞きし、それを遣いする邪神どもを見て育った都祢那賀ならこそ、たとえば媛国におわします真の神々の偉大さを、知らぬも同然であって無理はなかろう、とも察する。】

 この夜、パラシュラーマは都祢那賀を半ばからかうように、重ねて問うたらしい。
「この世を虚しいとまで云い切るうぬが、よもや本気であの世を信じておるわけでもあるまい。亡霊になってまでも現世に執着するようには見えぬからな。そのうぬが、この現世に覇を唱えんとする、まことの所以はいかに」
「ふん。術を弄して、勝手に俺の心を読むがよかろう」
「いや、それがな・・」
 パラシュラーマは、この時ばかりは醜い顔を、さらに歪めて苦笑した。
「うぬの心、その奥までは読める。が、そのさらに奥底が・・な」
「読み切れぬかよ」
「知りたい。聞かせよ」
「いや、今は語るまい。辞立(ことだ)てたところで詮無い事だ」

 実は都祢那賀、幼少の頃は庭に繋いである犬をも恐れた、という話が残っている。初陣前には、帰還した負傷兵の群を見て泣き出す事もしばしばであったらしい。
祖父である嘉汰耶(かたや)は・・
「男に美貌などは無用じゃったわい」
 と長嘆息した。が、この若者は天性の将器を備えていた。
戦に臨んでは

〈軍神におわす〉

とまで、周囲の者達を驚嘆させたが、逆にこの才能こそが都祢那賀の不幸であったのかも知れない。戦場に出て後の数年は、浴びるほどの酒を欲し、かつ女を欲した、ともある。
 どうであれ、この若者の心底、よほど深いようであった。
「よいではないか。酒肴じゃ、酒肴じゃ」
「くどい。その時がくれば分かるわ」
「その時とは、倭国制覇の成った時じゃな」
「うむ。知りたければな・・」
 都祢那賀は、よく焼けた猪のもも肉に勢いよくかぶりついて引きちぎり、手の甲で、口の周りについた油を拭った。
「より気合いを入れて俺を助けよ。うぬが栄えるためにもな」

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 15:42 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用