2009年03月31日

ガネーシャ・・、古代インドの大真神様だぜっ!!大破壊神シヴァの息子さっ!!ええっ?!あたし、大好きで信仰してるのよっ!!もちろん、僕もさっ!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

大真神
       一
 ともあれ海は凪いでいる。その、はるか遠洋の深海では、すでに死闘の幕が落ちていた。大白鯨神真坐阿(だいはくげいしんまざあ)の巨体を死守する華氏真志(かしまし)一族と、大鮫に大王烏賊連合軍との合戦である。
 深海とは漆黒の闇であり、その闇の中、全身の皮膚に感じる海水の動きと音だけを頼りに、互いの間合いを瞬時に確かめつつ、攻撃しては防御するのである。が、真坐阿を守るために動きが小さくなり、しかも大鮫に比して身のこなしが遅い華氏真志達は不利であったし、真坐阿が鎮座在す深海までは攻撃の主ともいうべき鯱は潜れないのである。無論、これもパラシュラーマの作戦の内であった、という・・。

 が、異変が起こった。
華氏真志でさえ己の耳と思考を疑った、と後に語ったほどの異変であった。それは・・
「華氏真志」
 と云う真坐阿の呼びかけに端を発している。
「わらわは、身体を捨てまする」
「ええっ」
「わらわの霊を呑み、天竺の浜辺に寄せてくりゃれ」
「・・まっ真坐阿様」
「鯨達、もはや、わらわの身体は肉塊じゃ。守るに及ばぬ、浮上せよ。浮上して鯱達と合流し、追いすがる敵のみを迎撃すればよい」
 と云い終えた瞬間、周囲に群がる大鮫軍と大王烏賊軍が、数町も圧し 飛ばされたほどの波動が起こり、海中に太陽が生まれたかと見紛う眩しい光が辺りを照らし出す。
その光玉が華氏真志の口腔に飛び込んだのであった。
「華氏真志っ、浮上せよっ」
 と、真坐阿の下知が、華氏真志の脳髄を直に震わせて響いた。
華氏真志が、ふと気付いた時には、不意のうちにも夕暮れの海面に浮かんでいたらしい。
「さあ、天竺の浜辺へ」
「ハッ、・・ハハァッ」
 華氏真志は戦線離脱し、真坐阿の御霊が命ずるままに天竺の海岸を目指して全力を振り絞った。その航行途中、真坐阿は、自らの思惑を話して聴かせた、という。
真坐阿の声を脳に響かせ、華氏真志は漢哭きに泣いた。
「わらわは陸に上がり、鷄羅山におわしますガネーシャ殿に拝謁し倭国を、媛を、愛を助け給え、と懇願する所存です」
「真坐阿様、海鳥に託しなされませ」
「いいえ、ガネーシャ殿の神輿をあげていただくのに、他者の云づてでは礼に欠けます」
「・・・御意」
 やがて、華氏真志の行く手に、天竺の浜辺が見えてきた。
長く海を離れれば真坐阿は昇天してしまい、再び海に戻れぬ恐れがあるため、華氏真志は海底に腹を擦り付け、できる限り浜の近くに寄ってから口を開き、御霊を放った。
 宵闇に光が溢れ、その眩い光玉は一度海水に浸ってから、陸地の奥を目指して飛び去ってゆく。華氏真志は、暫し真坐阿の御霊を見送り・・
「真坐阿様、どうか御無事にお戻りあれ」
 と祈ってから巨体を一気にうねらせて反転し、遠洋の修羅場へと引き返していった。

 驚いたのはガネーシャである。
「まっ・・真坐阿様」
 と、これほどに気位の高い神が絶句しては跪いた、という。
また、これほどに聡く、かつ決断力に優れ、しかも素早い真神もいない。
「ちょっと出てくる」
 と、愛妻に告げたかと思いきや、例の甲冑を着つけ、真坐阿の御霊(光玉)を抱いて屋敷を飛び出し
「迦楼羅(かるら)っ、来よっ」
 と叫んだ。
迦楼羅とは、龍を喰う、という怪鳥(けちょう)で、他の神仏も手をつけられなかったものを、ガネーシャが捕らえて改心させ、愛妻である十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)を通じては、仏に帰依(きえ)させた者である。
ガネーシャに心酔し、彼の乗物よろしく従っているのであった。
闇の中空に炎の息を吐きつつ、すさまじい風を起こして迦楼羅が飛来して、ガネーシャは迦楼羅の足が地に着く前に、その身を虚空に躍らせて飛び乗った。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 10:21 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年03月30日

愛媛国縁起も、ついにクライマックスが近いぜえっ!!きゃあっ!!また都祢那賀君が暴れちゃうのねっ?!シビレちゃううっ!!うん、楽しんでね。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

別離
        五
 愛(あい)の悲しみは、日を追って深まるばかりであったが、たった今、夏琥(かこ)が龍王(りゅうおう)の危篤を知らせた途端、この娘は庭に飛び出し
「巫女達、高瀑渓に参りますっ」
 と叫ぶや、愛馬である亜矢(あや)に飛び乗って駆け出した。
楓(かえで)や巫女達は慌てて後を追った。
納南(なな)と夏琥も駆けた。

 建依別の山裾にも邪馬台国の騎馬軍団一万余が、兵馬に枚をふくませ、鐸も外して森林に分け入り、先の戦の退路を遡り迫りつつある頃、高瀑渓の河原、龍王の側には護摩壇が組み上げられ、愛を祈祷主にして護摩火が焚かれていたのである。
石鎚の山間に鼕鼕と太鼓の音がこだまし、鉦の音が清らかにと響き渡る。
「謹み敬って真志螺(ましら)大神、緒呂知(おろち)大神、慕空(ぼくう)大神、さらには慕絽羽(ぼろう)大神の御霊の御前にて申して曰(もうさ)く。まず太古より今日まで、媛を守護し賜いて有り難く有り難く御礼申し奉る。此度、龍王尊の御前にて祭壇を設け護摩を焚き、五種の供物を捧げて願い奉るところには、何卒、再び来臨影向なし賜いて龍王尊の御霊と御体を守らせ賜え。伏して御願い奉る」
 鉦鼓の響きに溶け合うかのように、岩清水の清らかさにも似て透明な愛の声が重なり、祈りは、真っ直ぐ天に向かって燃える護摩火にのって、淡雪のように広がる薄雲と空の青が鮮やかな冬の空へと立ち昇ってゆく・・・。
 愛は、炎に包まれた護摩壇の前の平岩に正座し、手を合わせて眼を瞑り、ただひたすらに祈願文を唱えつつ、護摩木を焼べ続けた。
 ここで愛が供えたのは素焼皿に灯した菜種油の灯明百穂、白檀の大護摩木百本、竜胆の花束は龍王の頭を埋めるほどに並べ、五穀の飯食に石鎚野生の茶葉である。
 一心不乱に祈り続ける愛の傍らで、楓は時折、眼をあけて愛を見た。気をもみ続け、手塩を惜しまず撫育した愛姫の、その身を案じているのだった。幼い頃より見慣れている楓でさえ、天女かと想うほどに美しい愛の、閉じた睫毛の間が潤み、透き通った涙が湧いて出て、白磁のような頬を濡らして止めどなく流れ落ち始めた時、楓は思わず息をのんだ。
 苦痛に歪んでいた龍王の顔がにわかにゆるみ、血走っていた巨眼が生気を帯びて輝きを増してきたのである。
そして・・
「愛姫様よ。媛国の女王様よ」
 と、龍王の嗄声が微かに、しかし、明瞭に響いた。
「龍王様っ」
 と愛が叫び、血に染まった龍王の口髭に手を触れた瞬間には・・
「もう案ずるな、愛」
「婆も、龍王の内へ入ったぞえ」
「慕空様の御霊は石鎚に融け申した。が、わしら三柱が天空より馳せ参じて龍王殿に来臨した限りには、些かも心配めさるな」
 と云う真志螺と緒呂知、そして慕絽羽の声が、祈る者達の耳の奥に聴こえ始めた。
「お翁様、お媼様、慕絽羽様も、有り難うございます、有り難うございます」
「美弥毘(みやび)も、わしらが弔う。それより愛、敵が間近に迫っておるぞえ。真護(まご)殿に急ぎ知らせよ。死んだはずの都祢那賀(つねなが)ぞ。わしらを欺き切った男ぞ。敵ながら見事じゃわいのう」
「愛や、どのような事があっても、そなたの優しさ、忘れてはならぬぞえ。それをなくせば、その時にこそ媛は終わりじゃ。石鎚が死んでしまうのぞえ」
「わしらが入ったとはいえ、龍王殿の傷は深い。すぐには働けませぬゆえ、真護殿や夏琥殿達に気張ってもらわねばなりませぬ」
「おっ・・お翁様、愛には何が何やら分かりませぬ。お媼様、慕絽羽様、もっと、もっと詳しゅうにお教え下さりませ」
「時が許さぬわい。じゃが愛や、敵なれど憎むまいぞ、恨むまいぞ。憎悪は邪を呼ぶだけじゃ。思いやる優しさを以て尊しとなす。邪に勝るは優なり、じゃわい」
 その言葉を聴きつつ、納南と夏琥はしゃんと胸を張って座っていたが、やがて、夏琥が・・
「来臨せし三柱の神々よ。我をして、媛のすべてを守らせたまえ」 と、祈った。
「夏琥殿、決して追い詰めてはならぬ。敵とて、逃場を一つは、開けてやれやい」
 と慕絽羽が応え、真志螺が
「納南殿、くれぐれも愛を、よしなに」
 と宣うた。
「婆からも頼むえ、納南殿」
「力を尽くしまする。どうぞ、見守っていて下さいませ」

 すでに陽が傾きかけている。石鎚の稜線の向こう、建依別の峰々には都祢那賀の命令を死守する大軍勢の先頭が到着し、樹木の蔭に身を潜めつつあった。この時、やっと媛防御の要ともいえる真護と夏琥、それに愛が深い悲しみの淵の底から浮かび上がり、岸に向かって泳ぎ始めたようなものである。時は、急くが上にも急いていた。
 一方、四阪島では陸地が蠢いているかのような光景が、旗艦の甲板に立つ都祢那賀の眼前に広がっていた。その側で満足げに顔を歪めるのは、大邪神パラシュラーマであった。
「どうじゃい、都祢那賀」
 と、大邪神は得意げに吼えた。
「奇怪なものだ。吐気がするわ」
 都祢那賀は、醒めている。
「これは、いかい雑言ぞ。わしの軍勢を讃えよや。神々をして四魔ともいわしめる邪神と悪魔の群ぞよ」
「醜悪極まる。なるほど、神の創り賜うた物ではないな」
「ククッ。その出来損ふ物どもが媛を犯し辱め、ついには恥辱の虜にしてくれるのよ。今では媛にも邪気が香ばしく漂っておるでなあ。まこと、うぬの許嫁様(那薙姫)は大した女性じゃわい」
「んっ」
 不意に都祢那賀は、暮れなずむ空を見上げ・・
「那薙(なち)、何ぞ云うたか」
 と、呟いた。
「急に何じゃい」
 パラシュラーマの問いに、都祢那賀は現に返って
「破れたのだな」
 と問うている。
「アァ・・」
 それに応えるのは、パラシュラーマの痴呆のような顔であった。
「たわけぇっ、石鎚の大結界だっ」
 都祢那賀は〈神断〉の鐺(こじり=鞘尻)で、がっと甲板を突き、パラシュラーマは慌てて首を竦め、びくっと身を震わせた。その額に深い傷跡が、ひくひくと痙攣している。
「首尾は」
「オッ・・オォ。ずたずたじゃわい」
「今夜半だ。先駆けよ」
「・・分かっとるわい」
「ほう」
「・・・ようやっと」
「何だ」
「うぬの底が、・・知れるのう」
「阿呆め。大した底ではないわ」
 大邪神をして読み切れぬという、この若者の心根とは、いかなる境地であったろう・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:13 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年03月29日

歴史小説おすすめランキングって何?!さあ、よく分からないわ。まあ、ともかく面白い小説ならいいってことだよねっ!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

別離
        四
 石鎚が焼け、多くの狼や猿が真志螺(ましら)達とともに焼死した。とくに秀猿(しゅうえん)と主神をも失った猿達は悲惨を極めた、とある。炎と熱煙に逃げまどい水を求めた猿達は、大守山の中腹に置き捨てられた酒樽を奪うようにして飲んだのである。皆、身体を内臓から灼かれ、狂い死んでいった。
 また、龍王(りゅうおう)達の傷は癒え切っていなかったものを、空に舞い上がって雨雲を集めたために傷口がひらいて再び血を噴き、ついに天竜(てんりゅう)などは中空で力尽き、二ノ岳の頂に頭から叩きつけられるように墜ちて昇天してしまった。
 龍王も雷雨を降らせて空を舞っていたが、やがて天竜を追うように二ノ守の頂に墜ち、そのまま断崖に腹を裂かれながら、高瀑渓に滑り落ちた。渓谷の清流が見る間に血に染まった・・、と地竜(ちりゅう)が涙ながらに真護(まご)達に語っている。
 しかし、まだ息はあった。谷の狭い河原に大きな頭を横たえ、急ぎ駆けつけた夏琥(かこ)に向かって・・・
「頼む。楽にしてくれや」
 と喘いだ。
「阿呆っ、肉体に宿りて生きてこその主神ぞっ、しっかりせいやっ」
 夏琥は、昇天間際の親友に何もしてやれない己を呪いつつ、血しぶくほどに吼えて励まし、苦痛に顔をしかめる龍王は、なお気丈にも・・・
「ならば夏琥よ、往生際が悪いなどと笑うなや」
 と云った。
「オォ、すぐに薬草など採ってきてやる、神は死なぬわっ」
 夏琥は身をひるがえし、くすぶり続ける石鎚へと駆け上がっていった。

 高守の御霊屋ではもっと恐ろしい事が起こっていた。
病床に伏していた美弥毘(みやび)が、那薙(なち)が去った日の夜に突如狂乱し、御霊屋に駆け込むや護摩を焚き始め、護摩の炎が燃え盛ったと思いきや、周囲に控えた巫女達が止める間もなく、炎に身を投げてしまったのである。炎の中で手を合わせ微動だにしない影が見えた、という。
 その護摩壇からは御霊屋の天井に届くかと思うほどの炎が上がり、赤や橙色の火粉が舞い散る中で、その姿勢を崩さぬまま吼えるような声で真志螺や緒呂知(おろち)達に詫び、かつ真護と納南(なな)の名を叫び
「我身と生命を捧げて願い奉るっ、愛と媛を永劫に守り給えっ、謹み敬って祈願し奉るうっ」
 とまで絶叫祈祷してから、ついに絶命した、という凄惨であった。これを目撃した巫女の中には気のふれた者が幾人か出て、知らせを聞いて駆けつけた愛(あい)も錯乱し、辛うじて楓(かえで)と側近達が取り押さえている、それほどの大混乱である。

 美弥毘の異様な祈祷を感じ、屋敷目指して駆け下ってきた納南は狂態をその眼で確かめ、真神でありながらも危うく気を失いかけた、という。
 真護は山火事の収拾に駆け回っており、屋敷に駆けつける事はできなかった。
 納南は楓達が必死で抑える愛の顔を何度も舐め、愛はやっと正気に戻ったが、そのまま納南に抱きついて号泣し続けた。

 その数日後、都祢那賀(つねなが)が四阪島の蔭に大軍船団を潜ませた時にも重い悲しみが媛全土にのしかかり、納南は屋敷にとどまって愛を慰める事で日を送り、真護達は御霊が抜けたかのように呆然として時を虚しくしている・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 10:36 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年03月28日

あからさまなる殺意を持った中学一年生による組織的生体実験!!これが、保護者への注意だけで決着するもんだいなのかっ!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

もう理屈(理論)を云うのはやめませんか?!

『愛知県半田市の私立中学で、一年生十一人が担任女教師を【流産させる会】というものをつくって、悪質な嫌がらせを繰り返していた・・。』

 ああ・・、ついに昨今の若者たちは、ここまで劣悪な性根に成り果てていたのか・・。
これは、たとえば・・・

明確なる殺意のもとに行われた集団生体実験そのもの、じゃあないですか!!

さらに驚愕すべきは・・・

これを行った生徒の保護者を集めて注意した・・、って、そんなことで済まされる問題じゃないでしょう!!

 万引きで捕まった子供の親が・・
「うちの子に、何を偉そうに云うんとんや!!金を払うたらえんやろが!!ナンボや!!」
こういった事どもが、もう珍しくもない現在日本って・・、どうなんでしょうか?!


 石田三成という戦国武将がおりますでしょう。
僕の拙著のうちでは・・、三成は、メッチャ頭脳明晰なくせに生真面目すぎて、肝心なところで間抜けな、しかも愛想の無い非情なヤツって感じで描いてます。
 じっさい、秀吉薨去ののちの三成の言動を残された書状などから推察すれば、僕には、そんな人となりが浮かんでくるんです。が、決して嫌いな人ではありません。
むしろ、同時期以降の家康さんに比べたなら、好きなほうです。
 おおっと、そんじゃあ、やっぱ家康さんが大嫌いなんだね・・?!はい!!少なくとも秀吉が逝んでからのち、ついに晩年までの家康さんは、どうにも好きになれませんねえ。やること、成すこと、エゲツなすぎて・・、まこと厚顔無恥の権化って気がします。もちろん御自身にすれば、すべて覚悟の上の計算ずくってことでしょうけれど・・。いっそ総大将たる器量の無い三成を、むしろ陰から後押しして敵方総大将に据えたのが、つまりは家康だったんだろう・・、とも想っています。

 でもって・・、どうも・・・
この御二方が化けて出たあっ!!

 ていうか、それぞれの小型お化けが、お互いに持ちつ持たれつだよねえっ・・、て云いながら蠢いているのが、いわゆる戦後の国会や官僚とか巷に云う偉いさん方の世界なんじゃないかなあ・・?!
もしくは御二方の性根を足して二で割ったような子供たちが増えてきたんじゃないかな?!って気もしています。たしかに学校の勉強というものだけはできるんだろうけど、けっして賢くはない恥知らず・・、そんな人柄を想ってしまうんです。

 男は男らしく!!女は女らしく!!って云うと、これは差別発言だそうですね・・。人間は、男性と女性という異なる性があり、むろん身体の成り立ちそのものが違う動物なんですよ。子供を産み育てる・・っていう生物にとっては重大かつ重要きわまりない大仕事を成し得ることこそに、もっと誇りと自信をもっていいんじゃないでしょうか?!少なくとも、つねづね菅靖匡は、女らしい女を尊敬してやまない男のひとりです!!

 理屈(理論)をこじつけて云いはりつづけた結果が、じつに情けなくも殺伐とした昨今の日本を現出させてしまったのだと、僕は考えている次第です・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート


北朝鮮ミサイル発射準備・・、やっぱり狂ってる国ですよね。断固として戦争反対!!を叫ぶ僕ですが、やはり・・、やれるもんならやってみやがれ・・、とか、やられたらキッチリやりかえすぜっ!!っていう凛乎たる気概と態度も、これ必要不可欠だと思っています。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

もう理屈(理論)を云うのはやめませんか?!

 北朝鮮がミサイル(人工衛星?!)を打ち上げるって時に・・・
「迎撃したなら、すなわち戦争(宣戦布告)だと理解する!!」

と云った・・、っていうのは本当なんですか?!
 これが本当なら・・・
「もうヤケクソのメチャクチャに暴れちゃうぜっ!!一発喰らわせるぜっ!!どこに当たるか知らねえけどよう、当たるからって避けたり、やりかえしたら、即、喧嘩ってことだからなっ!!分かったなっ!!オウッ!!コラアッ!!」
 と凄まれてるってことじゃあないんですか?!

 また、当たるかも知れない者としては・・
どうぞ当たりませんように・・、と震えながら眼をつむって合掌してるだけ・・、

ってことでいいんですか?!
なんて心配しながら、じつは昨夜は、よく眠れませんでした。

 でも・・、今朝みたニュースでは・・
「飛んできたなら撃ち落とすぜっ!!」
 って、なんと破壊命令が出た!!

 と聞いて、ホント、心から嬉しさがこみあげました。
頼みますよっ!!自衛隊の皆さんっ!!日本を守るために頑張って下さいねっ!!

 南京大虐殺なんていう歴史の捏造、従軍慰安婦なんていうでっち上げ、昨今には長野県を通過する聖火リレーのさいの無法地帯状態における大混乱などを黙認あるいは容認するかっこうで、断固としてモノ申すことをしないままでいた日本政府にも、久々に凛々しさをみたような気がしてます。
 僕は、けっして賢くもないし、喧嘩なども弱い男です。
たとえば機嫌よく一杯やってる居酒屋で、しかめっ面の恐ろしげなおアニイさんなどに、理不尽ではあってもカラマれたりすると、つい黙って下を向いてしまうようなヘタレです。
 理不尽を許さずして秩序を保つためには、やはり時として武力というものが必要なんです。あるいは自分の大切な人を守る時にも、やっぱり武力は必要なんですよね。

 だからといって・・
なんらかの武術を体得しましたので、さあ、これからは喧嘩しまくります!!
なんてことには、精神的に正常であるかぎりは、なりっこありませんでしょう。
 こちらも強ければ(たとえハッタリであっても通用するなら)、相手だって警戒しますよ、自重します。ただ一方的にナメられっぱなしじゃあ、相手は、どこまでだって圧してきますし、いずれ土足で踏み荒らしたりも・・・

人間なんだから

こんなこと、いざとなりゃあ誰だって平然としますって・・。

 新しい日本の夜明けを信じて懸命し尽くした幕末の英雄たち、植民地政策を強行する列強に対し、国家存亡を懸けて戦った明治から昭和初期の英霊たちも、ついに今日という日は、嬉しく想ってくれているんじゃあないでしょうか・・。

自衛隊の皆さん!!
有り難うございますっ!!
ますます頑張って下さいっ!!


ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

北朝鮮がミサイルを撃つってね・・、いよいよヤバい奴らだなあっ!!ちょうど、今日の場面の邪馬台国軍みたいじゃない?!でも、都祢那賀君はキムさんみたいにイヤな奴じゃあないわよっ!!うん、そうだね。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

別離
       三
《神風(かむかせ)の伊勢の海の 大石(おひし)にや い這ひ廻(もとほ)る 細螺(しただみ)の 細螺の 吾子(あこ)よ 吾子よ 細螺のい這ひ廻り 撃ちてし止まむ 撃ちてし止まむ》
『日本書紀』より抜粋。

【神風の吹く伊勢の海の大石を這い廻っているヤドカリのように、さもヤドカリのように我が軍勢よ、我が軍勢よ、ヤドカリのように敵の周りを這い廻って、さんざんに撃って殺してやろう、必ずや敵を撃ち滅ぼしてやろう。】

 とは、神武天皇東征の際に詠まれた歌だというが、都祢那賀(つねなが)の軍勢には、そぐう可くも非ず・・。
細螺などと形容するには、この若者が率いる邪馬台国軍が、あまりに煌びやか過ぎるためである。那薙(なち)が帰参して二日後には、覇津華雅(はつかが)と殊里(しゅり)が参陣していた。
「御下知の品すべて積み、内海を淡道沿いに進ませ、鎧ノ浜にて碇泊させております」
 鎧ノ浜とは淡道の西岸に在り、都祢那賀の大軍船団に驚嘆した在所の者達が後に、この若者にちなんで〈阿那賀〉と改め、その岬を鎧崎とした場所である。
 漁船などが木っ端に見えるほどの軍船が浜辺一面に三百隻余、波にゆったりと揺れながら陽を照り返して黒光りするさまは、在所の漁民の荒肝を抜くに足りたであろう。
「速度(あし)の遅い荷駄船団は、すでに飯依比古(いいよりひこ=現在の香川県)の豊ノ浜まで先発させてありまする」
「御下知のあり次第、早馬で居神船据(いかみのふなすえ)の遣船(つかいぶね)に伝え、大宜都比売(おおげつひめ=現在の徳島県)の陣を動かし始めるべく遣いさせる手筈です」
 と言上する覇津華雅と殊里に、都祢那賀は上機嫌で盃を与えた。
「出陣の事無酒だ。ぐっと干せ。ただちに動く」
「はっ」
「ははぁっ」

 都祢那賀が獅子咬(ししかみ)の甲冑を纏って陣屋の庭に出ると、猩猩緋(しょうじょうひ)の障泥【あおり=泥よけ】に箔絵で虎を描いた鞍をのせ、夫婦貂(めおとのてん)の毛皮で仕上げた鐙(あぶみ)を下げ、鋼の轡(くつわ)をふくませて革編の手綱を結わえた黒葦毛(くろあしげ=彼の愛馬)が飼葉桶の前で首を垂れ、新鮮な秣を食んでいる。まったく、覇津華雅と殊里の周到な仕事に、都祢那賀は大満足であった。
 馬に跨り戛戛(かっかっ)と足踏させると、那薙が走り出てきて手綱にすがり、都祢那賀を見上げた。
「もはや、ゆく」
「・・はい」
 那薙は、いかにも寂しげに馬上を見上げるばかり・・。
「さらばだ」
「えっ」
「此度ばかりは・・」
 そう云って手綱を絞り黒葦毛が前足を高々とあげた時、ついに那薙が手を放して馬から離れてしまった。よろける那薙を、暫し、懐かしむような眼で見おろしていた都祢那賀である。
「凱旋れる気がせぬのよっ」
 と叫び、後は一気に街道を西へ、と駆け出した。その後ろを 覇津華雅と殊里が追う。
「都祢那賀様ぁっ」
 と叫びながら、小走りに数歩追いすがった那薙の声が、とどろく馬蹄の音にかき消され、天野ノ原に虚しく散った。
 これより十月後に、馬廻ノ里の女が都祢那賀の子を産んだ、ともいうが、真実は解らない・・。

 同日夜半、都祢那賀達は鎧ノ浜に着いた。
「船中にて休む」
「はっ。では、・・出航せよっ」
 都祢那賀に続いて覇津華雅、出航命令を使番の将校に伝えた殊里が旗艦に乗り込むと、軍船の群は次々に錨を抜いて航行隊列を整え始めた。
 まず、一際大きな旗艦が櫓を海面に浸けて風の凪いだ夜の播磨灘に漕ぎ出し、覇津華雅と殊里の幕僚が率いる各船隊が後を追う。
 北上して逆巻く渦潮を避けてから西へ進路を変え、小豆島の南岸を右方に見て後、兜島の北沖を抜け、鬼ヶ島の北を通過すれば、槌戸瀬戸の海である。そこからは塩飽諸島を縫うように瀬戸内の海を走り、大飛島が右方に見えた所で取舵いっぱい、南直下すると四国は大宜都比売の豊ノ浜であった。
 この辺りは小島や暗礁が多い難所ではあるが、塩飽の海賊上がりの船頭(かこ)は巧みに潮を読み、夜眼を聞かせてすり抜けてゆく。この夜は、天空に鎌のような月が浮かび、星々がさんざめくような夜空であったが、船頭達は星など見上げない。
 航行する海面に、縄を結わえた手桶を投げ込んで海水を汲み、それを舐めれば位置が判る、というほどの手足揃いであった、というのである。
 豊ノ浜から媛ノ浜までは、もう目と鼻の先と云っていい。
無論、陸路でも遠くない場所である。
「海神(わたつみ)達の動きは如何に」
 と、夜明けの豊ノ浜沖で都祢那賀は聞いた。
「大鮫(おおさめ)と大王烏賊(だいおういか)の群が鯨神(げいしん)どもを手こずらせておる。鯨どもは図体がでかいだけでな、大鮫に比して動きが鈍いのよ。鯨神どもめ、小うるさい鯱(しゃち)どもの数が減った分だけ苦戦じゃわい」
 と、パラシュラーマが大口を裂いて笑った。
「海をゆく」
 都祢那賀の決断は、つねに迅速であったろう。
「はっ」
 都祢那賀の下知を受けた殊里が、進軍旗を使番に渡した。
使番とは伝令将校の事である。使番は甲板に駆け出て、船尾の旗柱に高く掲げた。
 都祢那賀着陣と同時に、全軍緊張している。皆、一斉に錨を抜き、ゆっくりと陣形を整え、荷駄船団を後目に動き始めた。

 もはや、荷駄は後から到着すればいい。先の戦で喪蛾吏(もがり)軍が陣形を整えた四阪島の蔭に停泊したのは、建依別(たけよりわけ=現在の高知県)の山野を移動する鵜恭(うきょう)達の軍勢と時を合わせるためであったが、もし都祢那賀がこのまま媛ノ浜に進軍しても、媛では迎撃する事ができなかったのではあるまいか。それほどに、媛は混乱していたのである・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:36 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年03月27日

何度でも云います!!日本人なら、まず日本語をしっかりとした教養として身につけましょう!!すべては、ここからです!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

もう理屈(理論)を云うのはやめませんか?!

 人が人間として社会生活しながら共存してゆくために必要かつ大切なことは、すべて理屈(理論)ではありません!!
むしろ、それを云えばキリがないっていうか・・、結局は自他ともが互いの首を絞め合うようなものだ!!と、僕は思っています。

 たとえば「生命は尊い」というのは理屈ではなく、したがって「自他ともに殺してはいけないし、傷つけてもいけない」というのも理屈ではないのです。ですから、いずれも、なぜ?!という質問そのものが成立しないのであり・・、じゃあ、いったい何なんですか?!という問いも、むろん成立しないのです。人間が人間として生きていくためには、何がどうでもダメなものはダメ!!というものが必要不可欠なんです。

 自他ともに、殺すな!!盗むな!!嘘をつくな!!悪口を云うな!!などなど・・。
ざっと日本仏教にいう十善戒というのが、じつは、これがというものだと、僕は信じているわけです。

人が、しっかりと人間に育つために、まず必要最低限の教え、これが躾ですよね。これがなければ、人と人との間に産まれて、生物学上では間違いなく人間であるとしても、いずれ、人でなし、と呼ばわれるような、ようするに人道上に大それたことをしでかしかねない。そんなふうに、僕は考えています。、また、この躾というものは・・・

三つ子の魂百まで・・

とも申しますように、およそ三才頃までに、やはり理屈抜きで叩き込まねば身につかない。
では、誰が叩き込んで教えるか・・、もちろん親です!!
これを、学校の先生方に責任転嫁したことが、そもそも大間違いだったんです!!

 もう二十年近く前になるんでしょうか・・、京都大学の教授の偉いさんが・・
「近ごろの学生は、知識はあるが、教養がない」

と嘆いておられましたでしょう・・。
 また、数年前の国際的学力テストにおいて日本の子供たちは、確か・・
「応用力がない」

っていうような評価であった、と僕は記憶しおります。

 これは・・、言葉が乱暴で不適切ではありましょうが・・、ずけり云うと、バカってことです。
頭がいい、というのと、賢い、というのは

根本的に違うってことです。

たとえばモンスター何とやら・・、と云いゴマカしてはいますが、自分は賢いと思い込んでいるバカほど、じっさい、手に負えないものはおりません。

 カタカナ文化などと申しますそうですが、じつは、これがいけない!!と、僕は思っています。英語あるいは和製英語などで置き換えますと、本当に重大であったり、重要であったり、深刻であったりすることが、ふと軽く想われてしまう・・。
 また、たとえばテレビなどで、お笑いタレントなどが、さも面白おかしく茶化してしまうことで、大切な事どもが軽んじられてしまう・・。こんなことは、もうやめませんか?!

 何度でも云います!!日本という国に産まれ育つ人々は、日本語で物事を理解し、また他者に伝えようとするんです!!日本人なら日本語ですよ!!しっかりとした日本語!!

いくら英語が達者であっても、ついに教養がなければ、相手に嘲笑されるばかりです。まともな日本語すら喋れないから、ついついキレやすくなるのも当然です。人間は、お互いに敬愛もて尊重し合ってこそ、本当に安心できる生物なんだと、僕は思っています。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

歴史小説おすすめランキングには日本古代史邪馬台国物語さっ!!きゃあっ!!都祢那賀君!!いよいよ出陣なのねっ!!カッコいいっ!!これから、もっとカッコよくなるよっ!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

別離
        二
 邪馬台国の高度文明に、多大な影響を及ぼしたのが中国大陸に在る魏である事を、これまでに述べた。が、魏は二六五年に斃れ、司馬炎(しばえん)なる者が西晋を建てている。ちょうど都祢那賀(つねなが)、初陣の頃である。
 この時、すでに邪馬台国は成熟した文明を手中にしており大陸への朝貢には消極的であったが、それでも一応、卑弥呼(ひみこ)の縁戚である台与(とよ=当時、二十歳前後)を女王と偽って使者を送った。貢物も魏に捧げた物に比せば少量である。西晋の方にしても、倭国にはあまり興味がないようで・・

《台与の使者は必ずしも厚遇されなかった》

と『晋書』には、冷遇を匂わせつつ記し残している・・。

 ともあれ、都祢那賀はパラシュラーマから、那薙(なち)の手並の詳細を聞いた。最初は上機嫌で相槌を打ち、緒呂知(おろち)昇天の段では
「でかしたっ」
 と膝を叩いたが、話が吾拿茂李(あなもり)達の事に及ぶと僅かに愁眉の様相を呈し、ついにはパラシュラーマが慌てるほどに不機嫌になり
「そこまでするか」
 と、吐き捨てるように云った。
「いや、大した権謀の才じゃぞ」
 パラシュラーマが取りなし口調で誉めたのを
「邪神の性だっ」
 と激怒し
「失せたわっ」
 とも叫んだ。那薙と添い遂げる気が、であろうか。

 その後に、ただちにパラシュラーマをして急使とし、覇津華雅(はつかが)達の所へ遣り
「急ぐも急げっ」
 と、督促した。すでに十人の将軍の内、六人までが軍を率いて、那賀川沿いに野営している。大宜都比売(おおげつひめ)渡海は残り二名、覇津華雅と殊里(しゅり)も昼夜を問わず新たなる兵器を作らせ、難波ノ津に集結した軍船に積み込んでいた。
 汰雅志嘉(たがしか)の軍勢は東方制圧を終えており、一万の兵を借りる手筈も整っている。そんな汰雅志嘉臨席のもとで覇津華雅と殊里は閲兵を急ぎ、都祢那賀の配下に編制した事を将校以下の全兵士に周知徹底させた。此度こそ、邪馬台国軍総力を傾けた媛攻めである。

 那薙が馬廻の陣屋を訪ねたのは、パラシュラーマが帰参した翌日夜半であったらしい。都祢那賀は、すでに閨にあり房事たけなわであったが、あっさりと中断し、衣を羽織って一行を迎えた。
 若巫女達を兵舎に入れ、那薙を本陣に誘って座敷に入った時には燭台二つに灯がともり、酒器が整えられていた。炙った干魚と鴨肉に味噌をのせた物が肴である。
「里の女だ」
 酒肴を整えた女をいぶかしげな那薙に、都祢那賀は気を遣ってやった。
「苦労」
 とも云い、手ずから酒器をもって、那薙の小さな盃に酒を満たしてやっている。
「無用だ」
 と、これは唐突にすぎたらしい。
「えっ」
 那薙は戸惑い、都祢那賀は
「すでに聞いたわ」
 と云うのである。
「媛での、・・・私の事でしょうや」
「暫く離れたゆえ、鈍ったか」
 那薙が自らの酷さを報告せずとも、すでに委細承知である、と気遣っているのだった。
「・・すみませぬ」
 と云う間に那薙の眼が潤み、縁に涙が溢れて、淡い朱に染まった頬を濡らして、ぽろぽろ、とこぼれた。
 那薙は、声を出さずに泣いた。都祢那賀は静かに立ち上がり、那薙の側に座り直して抱き寄せた。途端に那薙は嗚咽し、都祢那賀の胸に顔を伏せて子供のように泣いた。こぼれた酒が都祢那賀の膝を濡らし、涙が胸を濡らしている。
「泣け」
 と云いながら、都祢那賀は彼女の激しく震える細い肩をほたほたと叩いてやった。
「様、様ぁっ」

 冷えた夜気には温かい涙を流し続ける那薙を抱きながら、ほんのわずかの間に酒肴を整えて身を隠した里の女を想っていた都祢那賀である、と台与は綴っているが、吾【のおの=乃麻埜】は、そうは思わない。憐憫にて女を抱くほど、この若者の性根は、ひ弱ではあるまい。刹那刹那が苛烈なほどに、本気で優しい男であろう。それが周囲に誤解をもたらし、かつ戸惑わせている因であるだけの事ではなかったか・・。

 翌未明、都祢那賀は閨に那薙を残して起き出し、陣屋の庭にたたずんでいる。見上げる空は漆黒に僅かながらの薄紫と濃い青を混ぜ、もう星は疎らであった。それが、やがて橙と鮮やかな赤に染まって淡い青に変わってゆく時が、都祢那賀の最も好む空であった、という。いにしえより今も変わらぬ空の下で、儚くも移ろうのは人と人の世の興亡ばかりであろうか。夜が静寂のうちに明け、出来立ての陽光が、生命に溢れる大地を照らした。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート



posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 10:41 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用

2009年03月26日

日本人が日本人たる誇りと自信を思い出すために!!まずは、しっかりとした日本語を身につけよう!!しっかりとした躾を思い出そう!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

もう理屈(理論)を云うのはやめませんか?! 

現在日本において、この国の未来を思考する折り、もう一度、マハトマ・ガンジーさんのことを思い出し、かつ真面目に真似することがよいのではないか、と僕は思っています。 

ここでは、ことに経済などと申しまと偉そうですが・・・
ようするに物作り日本にかえりませんか?!

 っていうことです。
たとえばガンジーさんは、イギリス製品を捨て、むろん買うこともやめて、インドで育てた麻もて自らの手すなわちインド人の手で糸をつむぎ、その布をインド人の伝統どうりに着付け、その格好で過ごされましたでしょう。これが、もう単純明快にして重要かつ大切なことだ!!と、僕は考えているんです。
「安いよ!!でも粗悪品だよ!!」

 ではなく
「高いよ!!でも一生モンだよ!!」

 って感じです。つまりは、メイドインジャパンを思い出しませんか?!ってことなんです。

 少なくとも昨今には、メイドインチャイナが何につけても危険きわまりない、ってことが明確になったのですから、ただ安いからといって買い込むのは、これ考えものでしょう?!
 知っていながら、あっさりと忘れたのかどうなのか・・、やっぱり買うことをやめない日本人が少なくないって、どういうことでしょう?!もう随分と前のことですが、フランスが核実験を強行した折り、世界各国がフランスワインはじめフランス製品の不買運動を行ったことがありました。当時の日本でも未開封ワインの瓶を叩き割ったり、捨てたり、衣服なども焼いたりしました、が、じつはワインの輸入量が増加したのは日本だけだったように記憶しております。そんな恥ずかしいことを、まだ繰り返したくないよぉ!!って、僕は思っているんです。云うまでもないことですが、現在、日本国産ワインも大変に美味しいですよ。

 たとえば和服ですが、布を織ることから始めて着物を縫い上げるまでにも、さまざまな工程があり、それぞれ職人さんがおられます。ざっと千年余にわたって培われた貴重なる技術が、いまや絶滅しようとしているのを、どう思われますか?!
 需要が少なすぎるから高くなるのなら、より多くの日本人が普段着にすることで、ある程度は安く手に入るようにもなるでしょう。また、これは長く着られるものですし、たとえば仕立て直すこともできますから、さらに長く着られますし、はては端布として、人形とかお手玉などを作れますし、雑巾にも役立てられますし、さらに云えば昭和初期にいたるまでは、そのボロボロになった雑巾を焼いて、野菜や木の実などのアク抜きとか、洗濯するさいの洗剤とか、田畑にまいて肥料にしたり、ようするに徹底して無害なる再利用ができる、しかも、どう再利用するかっていう知恵も同時に養われる、まこと素晴らしい文化の一つだ!!と思っているわけなんです。こうしたことは、もちろん着物にかぎったことでなく、日本の伝統工芸などにも同様なわけですよね。

 しかも、それを促進することで、それぞれ貴重な技術を伝承できますし、たちまち雇用の幅も拡大されるでしょうし、ひいては温暖化対策および環境保護にまで大変に役立つのではないですか?!

日本国内にて日本人によるメイドインジャパン!!

これも、けっして理屈などではなく、日本という国を再生するための、ごく自然な方法の一つだと、僕は思っています。

 日本人が、ごく当たり前に日本人らしく生活するだけのことです。かつて鹿鳴館政策によって世界中から嘲笑されたような愚を、もうやめませんか?!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

戦国歴史小説おすすめランキングには日本古代史の邪馬台国物語でしょう!!ホント、面白いわあっ!!もっと面白くしちゃうよっ!!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起

別離
          一
 那薙(なち)が、その保てる限りの権謀術数を駆使している間、都祢那賀(つねなが)は死んだも同然に動いていない、と書いた。しかし、覇津華雅(はつかが)以下の諸将は、都祢那賀の命令を帯びて忙しく動いているのである。
 彼らは弩を手持用に小さくした弓【洋弓を想えばいい】を大量に作り、合わせて兜蟹壁なる新工夫を作っていた。兵士が十人ほど入れる兜蟹の甲羅のような物で、竹の骨組に熊毛を膠(にかわ)で四重に張り合わせ、手持の弩が射れるだけの覗き窓を八方に開けている。これを被って移動要塞とし、狼や猿を存分に射殺すための物であった。筑紫の海岸で兜蟹という生物を見て後、狼や猿の群と対陣して思いついた物である、という。
「手持弩を一万、兜蟹を千五百造れ。矢の鏃は石器にて百万造れ。大なる弩の矢は、通常の鉄鏃に加えて、篦(の=矢柄)を樫にて先を尖らせて鏃をはぶき、矢羽を広くし、より軽く遠くへ飛ばせる物を五万本備えよ」
 と、淡道の宴席で発した都祢那賀の命令は明瞭である。
「渡海には軍船を使わず、各々軍をまとめて貿易船に分乗し、那賀川の畔に野営しつつ僅かずつ集結せよ。兵食には塩漬肉などもふんだんに運び、決して兵を飢えさせてはならぬ。覇津華雅と殊里(しゅり)、うぬらは汰雅志嘉(たがしか)大将軍に申し出て、一万の兵を引き連れ、仕上がった物を積んで俺の所へ来い。那薙が戻ってくれば、間を入れず飯依比古(いいよりひこ=讃岐)は豊ノ浜まで軍を進め、建依別(たけよりわけ=土佐)から先だっての作戦通路と同じ道で攻め上がる軍と呼応し、媛を再度挟撃するのだ。此度の媛攻には火攻水攻存分に使い分け、一気に滅してくれる」

 さて、いよいよ那薙は媛を去る。この娘は、大主神である緒呂知(おろち)と真志螺(ましら)の肉体を葬り、慕空(ぼくう)と慕絽羽(ぼろう)のそれも燃やした。
 そして、媛の民衆の心根に主神への猜疑をも植え付けてしまったのである。その猜疑心は、美弥毘(みやび)や愛(あい)といった媛の女王達に対する不信感まで含み、いわば媛という国そのものを根底からゆるがせ、じわじわと崩し始めたと云っていい。これらすべて、自らの手を汚す事なく果たしてしまった。

 しかも、那薙が媛を去る朝、愛などは未明から寂しく憂鬱であった、という。ずっと意識を失っていて、気付いた途端に那薙が帰途につく事を聞かされたのだった。先に意識が戻ったのは美弥毘であったが、起き上がる事ができず、そのまま病の床についていた。楓(かえで)は昨日、真志螺達の異変を知ったが、美弥毘と愛姫には
「御無事」
 と偽った。美弥毘が儚くなる事を恐れたための嘘である。
美弥毘は、熱に犯され夢現の幻影の中、那薙をわざに枕元まで呼び寄せ、手を握って・・・
「お健やかにあれ。卑弥呼様にもよしなに」
 と、涙混じりに別れを惜しんだ、ともいう。
「美弥毘様、愛様、邪馬台国にて媛との和睦を正式に報告して、急ぎ所用を済ませた後、また戻って働きとうございます。私めにとって、もはや媛は故郷も同然。この願い、お許しいただけましょうや」
 と、那薙は泣いた。美弥毘は、涙を浮かべて頷くばかりである。
「姉様、姉様、愛は、きっとお待ちしております、一日千秋の想いにございます」
 愛も、那薙の手を握り、必ずの再会を契った。那薙は、急がねばならなかった。

 すでにパラシュラーマ達は船底に潜み、高守の川岸を離れる時を待っている。何より、愛が事態を飲み込む前に、媛を抜け出さねばならないのだった。残った毒酒は、吾拿茂李(あなもり)達に託してある。あわよくば真護(まご)達をも葬る、という思いで
「里人から石鎚へのお見舞い、と謹言しなされ」
 と申しつけてあった。事が発覚しても、母子相姦を楓に見られた者達に、釈明の余地など与えられはしまい。那薙は高守を去った。媛滞在五十日余、慕空炎上より一両日後の早朝である。海に出てから、那薙は船底を覗いている。
 そこには大邪神達が群れて、久々にくつろいでいたらしい。
「まだ、おるのかえ、・・早う都祢那賀様に知らせなされ」
「何を云うものかな、・・・とうに都祢那賀は死んだのじゃ」
「この胎内で・・そなたの性根に聞いたわ。都祢那賀様は淡道におわし、わらわの手並を期待しておられる。さあ、もう結界は抜けたゆえ、はよう飛んでゆきなされ」
「・・・つくづくも怖い女じゃのう」
「そなたの弱みも熟知しましたぞえ。もはや掌決を結べば、呪縛するもたやすき事です」
「わっ・・分かったわい。えぇい、皆の者、ゆくぞえ」

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 12:18 | Comment(0) | 連載長編小説 当ブログ用