2009年07月31日

国家の中枢たるべき政府と与野党の茶番劇・・、国民の皆さんがテレビのスイッチを半月入れなければ、日本は変わると想います。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 やがて若い番兵が駆け寄ってきて、嘉汰耶(かたや)達が身なりを整え着座した事を告げた。覇津華雅(はつかが)は同日再び、嘉汰耶屋敷の、先刻にも踏み鳴らしたる同じ階段に足をかけた。
後に続く宵襠(よいまち)の足元などをさり気なく気遣ってやるあたり、単なる女嫌いでもなさそうな。この男が独身を通す理由、よほど難しそうではあった。
「うぬが仕事の迅速なるは承知じゃが、これには驚く」
 と、嘉汰耶が目を見開いて宵襠を見たのも、その理由が難解な証の一つになろうか。

 覇津華雅は慣れているらしく嘉汰耶の芝居けにはとり合わず、きっぱりと平伏しつつ
「御若君すなわち都祢那賀(つねなが)様の乳母女にござる。名を宵襠と申す巫女にて、聡明なる事、その見目に違わず」
 と、言上したものである。
そこで、初めて宵襠は慌てて平伏した。
「宵襠にござりまする。よろしゅうに、おひきまわしのほどを」
 所作の機会や言葉遣いに、身分の低さが滲み出ていた。
が、すべてを覇津華雅に委せる、と云い渡してある、というより以上に、老練な審眼が宵襠の本性を見抜いたのであろう。嘉汰耶は満足げに顎をひいた。

 一方、本来ならば、この挨拶儀を仕切らねばならぬはずの汰雅志嘉(たがしか)は、終始無言で通している。そんな息子の若気をも、嘉汰耶は泰然と黙殺した。
「覇津華雅よ、慣例に従いて都祢那賀をゆだねるは一月後じゃ。間に合うかえ」
 嘉汰耶が問うたのは、都祢那賀が寝起きするであろう新居の事である。
「たった今より暇いたし、吾が知りおきの建師に手配いたしまする。何、報酬をはずみ、昼夜を問わずして行えば、期日に半日たりと遅らせるものではありませぬわい」
 産まれて一月の間を実母の手元で育むは、実母の匂いを覚えさせるためである、という。

 例えば牛馬などが産み落とした我が子の身体を丹念に舐めてやるのが、あるいは産湯変わりであろうか。これが母子の縁の契りでもあろう。卑弥呼(ひみこ)の近従巫女が産湯を使わせた、と前述したが、実は定かではない。当時、母屋の内の母子事は神聖にして冒すべからざる秘事であったため、吾【あ=乃麻埜】の生ける今【天平時代】の風習を当てはめ、推測をまじえて描写した事、このくだりの筆運びにて、殊更にことわっておく・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート


posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 05:58 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月30日

一票に値しない候補者ばかりなら、白紙投票すればいい。投票率九割以上、当選者無し。現在日本は国民たったひとりずつの力で、良くも悪くもなるのです。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】


 馬は二人を乗せたまま、大門をくぐり、嘉汰耶(かたや)の屋敷へと駆け込んだ。
 日の暮れには、まだ間がある頃であり、今朝方産まれた赤子(あかご=都祢那賀=つねなが)は、いまだ母屋を出てはいないらしい・・。
 武門の心得とて、嘉汰耶と汰雅志嘉(たがしか)は裏庭の矢場で弓を引いていたが、覇津華雅(はつかが)参上の知らせを聞いて中断し、井戸で二三度水を浴びて汗を流した。

 着替えて着座するまでに、覇津華雅はつないだ馬に水をやり、飼葉桶(かいばおけ)を運んでやっている。
桶の中身は煮てから冷ました大豆に粟粉と青草を混ぜた物で、これが軍馬の常食であった。大豆などは屋敷の備え物をゆずってもらったが、調合して与える事は覇津華雅自らがやる。
 彼は平時はもちろんであるが、戦場においても、自分の馬の面倒はすべて自分でみていた、という律儀者である。馬という生物は、確かに繊細で、かつ賢い感性を保っているのだ。
「戦場にては、馬こそが己を生かし働かせてくれるのぞ。ゆめ粗末にするな」
 というような主旨を含めて、この男は常々にも部下達に訓戒しているのだった。

「変われるもんなら、いっそ軍馬になりたやのう」
 とは多くの庶民の嘆きであり、農作業などする時には皆で唄いながら労働した。兵舎の馬屋番に当番した者が馬の飼料をくすねては家族の食を助けている、と公然と云われたほどに軍馬は、あるいは人間以上に大切に扱われているのである。
 むしろ大量の軍馬を養うためにこそ、庶民は重税にあえいでいたのであろう。

 その御馬様が、飼葉桶に頭を垂れて、ゆっくりと咀嚼(そしゃく)し始めたのを見て満足げに目を細める覇津華雅の側で、宵襠(よいまち)は広大な屋敷のあちこちを、さも珍しげに見やっていた。さすがは荘厳といえども、また宮中とは違ったおもむきがあり、しかも、これが一家族の住屋であるのか・・・という素直なる驚きも、この宵襠には隠せないのである。
 呪術よりも恐るべきは軍人とも云う、ことに武将は国の至宝ともいうべき実力であろう。
「女王様でも、めったには逆らえぬ、とは聞きおよんではおりましたけれど・・怖や」

(怖や、とは、なるほど己が心情に正直な者よ。やはり、この女に決めてよかったわい。)

 一見、執心に馬を世話している間も、覇津華雅は軍人らしい観察を忘れてはいない・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート


posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:58 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月29日

戦後64年、高度成長期からなら四十有余年ですか・・、たった五十年足らずで日本総崩れの危機とは如何に?!パソコンが普及し始めてからなら、たった三十年余、携帯電話なら二十年にも満たない世界ですよ・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 覇津華雅(はつかが)いわく・・・
「巫女に祟(たた)るは七世後まで、とも云うぞや」
 悪霊などの不吉を禊ぎはらうのが巫女のつとめの一つであろう。
その巫女をも祟るほどの力を持った大大凶ならば、七代後の子孫にまで害をおよぼすぞよ・・、という巫女唄である。

 すると、宵襠(よいまち)は美しく整った顔をほころばせ
「その唄は・・」
 と、胸の辺りに手をそろえ、小さな鼻孔を微かに動かして軽く息を吸い込み・・
「祓いおおせば十世の富貴」
 と、か細い声で歌った。覇津華雅を見上げる目が、いかにも涼しげであり、白魚のような指先に桜貝のごとき爪が、いかにも清楚に並んでいる。
「わたくしは、この一生のうちに富貴などは望みませぬ。ただ・・」
「かまわぬ、何なりと申せ」
「祝が勤めの巫女どもに、大不吉じゃ、などと呼ばわるる御若君様が・・」
「不憫(ふびん)かや」
「・・恐れながら。それに」

 自分が身ごもっていたある日、たまたま通り過ぎる撫子(なでしこ)様が・・
「めでたき事じゃ。大切になされ」
 と微笑んでくれたのでござりまする、と、この女は云ったのである。

「その・・、ただ一言で、未曾有(みぞう)の大不吉とやらを背負うかや」
「はい」
 身分の低い己なれば、なおの事、その一言と微笑のために死ねまする・・、と、また笑った。
「よっしゃ。都祢那賀様の御乳母役を、そちに決めたわ」
「あいや、待ちゃれっ、大将帥(だいしょうすい)様には暫し、暫しお待ちをっ」
 と、奈良夜(ならや)の側近達が慌てた。

 決まったなら決まったで、何やかやと口やかましいのが宮中に集う巫女の性(さが)であろうか・・。
やっかみと嫉妬も混じってであろう、宵襠の身分の低さを明言してなじりもした、らしい。
「阿呆どもめが、やかましいわ。まこと良き乳に、身分の差などのあるかよ」
 覇津華雅は戦場の真っ直中で叫ぶほどの大声を張り上げ、いっそ仰天して腰を抜かした宮中巫女達などには、もう目もくれず、宵襠をさらうようにして水上宮を出て、架け橋を渡り戻るや、繋いであった馬に乗せ、己も相乗りに飛び乗って、あとは鞭をいれた。
「重畳っ、重畳っ、今日より、そちが育む都祢那賀(つねなが)様こそは、いずれ嘉汰耶(かたや)様をもへこますほどの大将軍様ぞっ、稀代の大将じゃっ、嬉しやっ、嬉しやのうっ」
「はいっ」
 生まれて初めて乗る馬上、もう宵襠は必死で覇津華雅にしがみつき、必死で叫び返す。
 まさに都は春爛漫、鳥がさえずり花咲き乱れる季節であった・・、とある。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート


posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:14 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月28日

謙虚な心を忘れてしまった人間に、さらなる発展などは望めないでしょうに・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 云わでものことだが、乳母になるには、当然、乳が出なくてはならない。これでまず、大勢の巫女の中から限られてくる。
 その中で、さらに相当に身分の高い者でなければ、とてもではないが、嘉汰耶(かたや)の家の乳母になどはなれまい・・。

「この際、容姿などは問わぬとして、頭は賢く心根の良き者でのうてはなりませぬぞよ」
 と、奈良夜(ならや)は自らの側近達に指示した。
しかし、覇津華雅(はつかが)は
「何の。乳の出る女を集めて下されば、後はかまいませぬわい。吾が目で選び決め申す」
 と、例の割鐘のごとき大音声で豪快に笑い飛ばし、呆気にとられた側近達を
「早う、はようせい」
 と急かして広間に集めさせ、今度はいかにも深刻げに
「此度の御祝儀、当家も困惑極まっておる」
 と云った。
乳母候補として集う巫女達の間には、それが溜息ともなって伝染した。
「皆、苦労じゃったな。この大大凶、そち達に被せるには、やはり、あまりに忍びないわ。巷にて探すほかあるまい。もう散ってよいぞ」
 と云うと、皆、口々に残念がっては悲痛な面もちで、ただ足どりばかりは、いそいそと立ち去ってゆくのである。

(阿呆共めら)

 覇津華雅は胸中で吐き捨て、こうとなれば、たとえ婢【はしため=奴隷の女性。当時の奴隷などは敗戦国の民衆が堕とされた。奴隷の男女を、奴婢=ぬひ、と呼んだ。】の中からでも最良の者を見つけ出してくれるわい・・と思いつつ、その場を去ろうとした時である。
「あの・・恐れながら・・」
 と、ぽつりと残っていた巫女の声が、彼の歩みを止めた。

《はてさて、この女の名を宵襠とやら・・》

などと『媛国攻陣始末記』に物憂げに記しているが、これは名が不明確なのではなく身分が低い事をあらわしているのであろう。
 なぜ、と問われるならば、いざ仕えたは、女王卑弥呼(ひみこ)でさえ逆らえない大将軍・嘉汰耶の家であり、後に不世出とも語り継がれる都祢那賀(つねなが)の、乳母なのである。名の残らぬはずなどあるものか。以後、宵襠(よいまち)と明記す。

 この時、宵襠は二歳になったばかりの女子を持ち、己は十八歳だ、と覇津華雅に告げた。しかも稚児が女子であるから宮中で養育されておるために、亜子には一切の手がかからない、とも云ったらしい。
「ほうか、ほうかよ」
 と、覇津華雅は奇妙な相槌を打ち、しかし、さらに脅した。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート


posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:21 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月27日

庭の若葉に溜まった雨露に朝日の照り返すのは、まことに麗しい光景であることだよなあ・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 はたして、卑弥呼(ひみこ)の暮らす水上宮中では、外社の庭園にけむるほどにほころびて満開を待つばかりの桜花よりもにぎやかに、そこここに集う巫女達の間でかしましく、まことしやかなる不吉話が、春のそよ風にも誘われつつ舞い乱れていたのである。
「卑弥呼様はいかにおわしますのか」
「いよいよの気重にて、目もあけられぬ御様子じゃ、と洩れ聞きましたことよ」
「あけられぬどころかえ。此度お生まれの若子様を一目見た途端に、目がつぶれたとか」
「何でも若子様には、嘉汰耶(かたや)様がこの地より駆逐して、遠く出雲にまで追い堕とした神々の祟りが塊となって憑いておわすそうな」
「ああ、おとろしや」
「そう云われて、つくづく思い出してみますれば、撫子(なでしこ)様のご懐妊あそばされし時、鼻が大蛇、耳などは無花果の葉よりも広く、長い牙が反り返って生えた化物が夢に現れ、その者と夢中に狎褻(まぐわい)て、ついに種が植わったと申されておりましたなぁ」
「その事よ。あまりに恐ろしゅうて卑弥呼様が七日ほども寝ずの祓いをいたしましたよ」

 これは事実であったらしい。もっとも、撫子は、けろり、として汰雅志嘉(たがしか)に夢を打ち明けたのを、むしろ聞いた汰雅志嘉の方が怯えて、卑弥呼に頼み込んだものではあったが・・。
「卑弥呼様がうわ言には、ついに天地の終わりじゃ、などとうなされておらるるよし」
「ああっ、怖や、怖や、おとろしやあ」
「ほんに大大凶じゃのう、ついには、この世も末じゃわなあ」

 ともあれ宮のあちこち、巫女達が集いて噂にまことしやかな装飾をちりばめている中へ、覇津華雅(はつかが)は乳母探しにやってきた。
 が、卑弥呼に目通りは叶わず、その実娘である奈良夜(ならや)に頼らざるをえなかった。この時、奈良夜は自らも身ごもっており、不吉の噂も相まってか、鈍い返事で応じた、という。
その胎児こそが、のちに都祢那賀(つねなが)の許嫁となる那薙(なち)であったのは、まさに縁の織りなす絶妙と云おうか、はたまた皮肉とも書こうか・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:15 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月26日

国際社会においては、やはり首相が国家レベルの象徴でしょうけれど・・、現在日本のそれは・・、いったいぜんたい、どうなんでしょう?!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】


「ああっ」
 汰雅志嘉(たがしか)は飛び上がるようにして両膝を立て、詰め寄ろうとしたらしい。が、あまりの驚愕に、それより高くは立ち上がれず、がくり、と腰を落とした。
 嘉汰耶(かたや)は、ついに眉一つ動かさない。
壷は半ば砕け散り、とうの覇津華雅(はつかが)は、それをさらに素足で踏み砕いたのである。足裏の皮が破れ、肉が裂けて血が溢れ、木目のとおった床を染めてゆく。

「おのれっ、狂うたかあっ」
 気を入れ直した汰雅志嘉が、勇み立とうとした時であった。
「嘉汰耶様、汰雅志嘉様に申し上げまする。御家の家宝なるは、たった今より都祢那賀(つねなが)様にござりますれば、それかし、この血にかけて、しっかとお預かり申しまする。契りの担保は、すなわち吾の、この五体と生命そのものにござるますわな」
「うむ。うぬが覚悟、見届けたわ。うぬが生命、確かに都祢那賀に預けようぞ。都祢那賀が生命は、うぬに託す。都祢那賀の初陣、今より待ちどうしいことじゃ」
 嘉汰耶は嬉しげに云い、さらに盃を覇津華雅にすすめた。
覇津華雅は、畏まって受けた。

 これは、戦場にて幾度となく死線を共に越えてきた者達ならではの機微であったろう。
汰雅志嘉は震えを止められず、しかし・・
「ふん。妻女もなく傅人とは、苦労なことじゃの」
 と吐き捨てた。まだまだ若い。嘉汰耶は黙殺し、覇津華雅は栗を皮ごと口に放り込み、指で味噌をすくって舐め
「この味噌は、よい出来ばえにござりまするな」
 などと微笑した。
「覇津華雅よ」
 そう云う嘉汰耶は、この期におよんで、何やら嬉しくてしかたないらしい。
「うぬめが、受けたからには、とうとう観念せいや」
「はてさて、生命をも観念した吾に、この上、何を・・」
「これよりは、高床の、見事な住屋に寝起きせねばならぬわい」
 なるほど、貴種である都祢那賀を、これまで住み暮らした崩れ苫屋には寝かせられまい。
「達者の建師【たてし=大工の頭領】を知っておりますゆえ、早速に手配いたしまするわい」
 察しのよい覇津華雅にすれば、ここに馳せ参じる馬上にての算段でもあったろうか・・。

「ふむ、ふむ。しかし、さても覇津華雅よ。これは難題ぞ。乳母はどうするのか」
 じつは、これこそが嘉汰耶の云う観念であったことに間違いはあるまい。
「ああ、それなども、吾にお任せ下さりませよ」
 覇津華雅は、さも心得おりたる、とでも云いたげな調子で、あっさりと応えている。
 嘉汰耶は、初めて破顔一笑し
「ほう。うぬに心当たりがあった、とは驚く」
 と云った。
「心当たりなどはありませぬわい。これより宮中へおもむき、よき女を探しまするゆえに、嘉汰耶様より卑弥呼(ひみこ)様へ、吾の無礼構無しの印など持たせていただきとうござりまする」
「印なんぞ、これはたやすきことじゃが、はてさて、それは・・どうかのう」
 かの口さがない噂好きする宮中に、この話を受ける巫女などのいるものかよ・・。
「不吉の話は、すぐに膨らむものにござりまする。それが巫女の間なれば、なおの事にて尾ひれの幾つもついた化け物話になっておりましょう」
 覇津華雅とて宮中の巫女達の妙な好奇心などは知っている。が、さも楽しげであった。
「ぬしゃあ、それを承知で、かの水上宮へと乗り込む気かや」
「当たりの前じゃ。この大不吉とやらを、呑み干して笑える巫女こそが欲しい」
「ふむ、なるほどのう。よっしゃ、すべて、うぬの気ままにするがよい」
「もはや御安心めされよ。御若子様は、必ずや稀代の大将軍にお育て仕りまするわい」

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート


posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 06:45 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月25日

坂口安吾さんの『堕落論』しかり!!堕ちきってしまえば・・・、かすかなる一筋の光明もみえるか・・?!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

「部下を肚の底から信用しなされ。でのうては、戦場で大将などはつとまりませぬぞ」
 何かにつけ教育したがるのが、覇津華雅(はつかが)の癖の一つである。傅人(めのと)としての資質は備わっていると云っていい。が、汰雅志嘉(たがしか)は顔色を変えた。
 ただ、さすがに嘉汰耶(かたや)の前では取り乱せず、膝の上で拳固を震わせている。そのあたりも、覇津華雅から見れば青臭い。

「汰雅志嘉は、確かに並ならぬ軍才をお持ちじゃ。後は場数をふみなさる事じゃわい」
 世辞ではないのぞ、と云う意を込めてか、覇津華雅は微笑してやっている。
「母屋にて、何やら一騒動あったとか。さても、卑弥呼(ひみこ)様の一件、まことなりや」
「うむ。都祢那賀をとりあげ、臍緒を始末した時に、つい気を失うたらしゅうある」
「ほう、ほう」
 もう覇津華雅は嬉しげに、その鋭い目を細めた。
「近従の巫女が産湯を使わせてのう、卑弥呼は気絶したままで帰宮したと云うのよ」
 覇津華雅は、じっと嘉汰耶の眼を見つめ、片手で盃を取り上げ、高々と肘を張って盃を傾けて干した。じわり、と内臓を灼くようにこみ上げる酔いを肚で抑え、膝をにじって半身ほど後へさがり、板間にゆっくりと平伏しつつ・・
「傅人の儀、しかと」
 そう云って顔を上げ、嘉汰耶と視線を合わせて
「承ってござりまする」
 と半ば叫び、ふたたび平伏した。
「うむ。頼む」
 嘉汰耶は満足げにうなずき、両手で盃を取り上げて一口飲み、ぐっ、と前につき出して
「では、契りの酒じゃ」
 と、覇津華雅にすすめた。

 それを受けず、何を思ったか、覇津華雅は静かに立ち上がり、確かな足どりで嘉汰耶の後ろにまわり、神床に手を合わせてから傍らの火炎壷を取り上げた。
「なっ何をするのかあ」
 と汰雅志嘉が慌て、覇津華雅は、その眼に気迫を込めて汰雅志嘉 を抑え、その大ぶりなる壷を抱えたままで嘉汰耶の前に戻ったのである。
「いや、いつ拝見してもじゃ、つくづく見事な壷にござりまするわなぁ」
「先祖より受け継ぎし我家の家宝じゃでなあ。それこそが将軍後継のしるしぞよ」
 汰雅志嘉は声を上擦らせて中腰になり、もう気が気でない様子であった。
 今一度とて声を励まし
「どうするつもりじゃ。もっ・・戻せや。まずは置け」
「将軍後継の御しるしなどは・・」
 と覇津華雅は笑み、息を整えたと想うた刹那。
「都祢那賀(つねなが)様が御自身にござるっ」
 そう叫んで、壷を床に叩きつけたのである。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:37 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月24日

クリントンさんを無教養だと云う・・、あなた方は正気なのですか?!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

「よう来た。まずは座れや」
 嘉汰耶(かたや)がうながし、覇津華雅(はつかが)は嘉汰耶の真正面に着座した。
と同時に入口から侍女達が祝膳を運んで、それぞれの前に並べた。
分厚い杉板盆に乗っているのは白磁の素焼皿が二つに、漆朱塗の大ぶりな盃である。
 次の侍女達が酒壷と酒肴を運び込み、巫女舞(みこまい)のような所作で素焼皿に肴を並べ、盃に酒を満たしてから、すっかり躾されているのであろう、無言のままにて静かに退座した。

「呑もうぞ」
 と云う嘉汰耶の合図で、皆、盃を両手で持ち上げ、唇を浸けて一口飲む。
 めいめいが自らの酒量に合わせて飲んでゆき、飲み干して飽けば盃を伏せるのが作法である。伏せなければ、新たな酒が運ばれてくるという趣向で、素焼皿にのった肴は、するめと栗、それに味噌であった。覇津華雅が一口飲んで盃を置き、一息いれて・・
「嘉汰耶様」
 と、わずかに膝をにじったのと、嘉汰耶が盃から口を放し
「覇津華雅よ、うぬにしかつとまらぬのよ」
 と云い出したのは、はて、どちらが後先であったか。

 嘉汰耶は、間を置かず
「名付けは、都祢那賀(つねなが)じゃ」
 と云いつつ、静かに盃を置いた。
「ははっ。此度は御若君をお授かりとのよし、祝着至極に存じ上げ奉りまする。また、御名を都祢那賀様とは、何とも威風堂々たる御響きなり。重々に、お慶び申す」
「ならば此度のこと、素直に受けてくれるな」
「その返答の前に、どうでも一つだけ、きっと確かめたき事のおわしまするわな」

 嘉汰耶と覇津華雅、互いの目線をはずさない。そこへ汰雅志嘉(たがしか)が割って入った。
場の空気を読んだことを、これは賢しらげな自慢とて、実父らに伝えたかったらしい。
「うぬ、呼ばれたわけを承知かや。かの伝令、もはや使えぬ。懲罰ものじゃな」
 伝令兵は口がかたい、と決まっていた。でなければ、秘密を持って戦場を駆け回る事などできまい。覇津華雅は、首だけひねって汰雅志嘉に向かい
「それは、無用に願いまする。吾が勝手に推量しておるだけの事じゃ。それに・・」
 と、覇津華雅は眼を据えた。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート




posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:15 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月23日

現代高度文明とかのせいで、自然は弱り切ってますね。昔のそれは、天然のうちに見事だったのに・・。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 特に、山奥から木材を伐り出し運んでくる者達は山賎(やまがつ)とも蔑称され、極めて危なかった。嘉汰耶(かたや)などを、勝手に自分達の山を荒らした余所者(よそもの)ほどにしか思わず
「卑弥呼(ひみこ)が何じゃい。わしらには、山の大神様がついておるわいなあ」
 などと吼えるように云う奴らである。

 それが都で一仕事終え、大路わきに車座になって酒盛りなど始めれば
「今から宮へ駆け込んで、巫女ども、かっさらってやろうかい」
「どうせなら卑弥呼とかいう女王とやらと狎褻(まぐわう)てみたいもんじゃ」
 とまでの暴言をはばからない者どもであったが、そんな彼らでさえ、覇津華雅(はつかが)の名を聞けば、その厚顔からは血の気がひき、こそり、と背を丸めては声をひそめた、という。
 それほどに、覇津華雅の戦上手と戦頑固は、夏の雷鳴のごとくに鳴り響いていたらしい。

 まさに知らぬ者なし、その頼りがいのある覇津華雅が、狂喜して馬を馳せているのである。
それを見聞きしたる都人達が、つい浮かれるのも、これには無理もあるまい。
「吉兆っ、吉兆っ、大吉兆やあっ」
「それっ、吉兆っ、吉兆っ、吉兆やあっ」
「吉兆っ、吉兆っ、大吉兆っ」

 やがて覇津華雅は嘉汰耶の屋敷に到着し、その西ノ大門の前で馬を降りた。
 よほど急いでいたものか、出迎えた警護兵達には、大将帥(だいしょうすい)が馬から転がり落ちるように見えた、という。
 庭を横切り、住屋に続く丸太組みの階段を上り、嘉汰耶の待つ部屋に通された。住屋は桧の板間で、真東に向かう壁に神床が設けられ、祭壇には神所になる社が奉られている。
 その社の横には、嘉汰耶が十七世も前の先祖から受け継いだものぞ、と自慢している壷が置かれていた。泥で見事な火炎を型取って焼き上げたものであった。
 その神床を背にして嘉汰耶が胡座をかき、南の壁を背にして汰雅志嘉(たがしか)が座っている。
 東の壁の風ノ道【明かり取りを兼ねた窓】が開け放たれ、陽光が差し込み、それを受ける嘉汰耶の眼が鋭く光って、入口で大きく息を整える覇津華雅を迎えているのだった。

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート




posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 06:47 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年07月22日

コンクリートとアスファルトに覆われた大地って、皮膚呼吸できない人間の肌と同じでしょ?!

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート

愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 覇津華雅(はつかが)は鞍(くら)も乗せずに裸馬に飛び乗り、その首にしがみつくようにして馬の腹を蹴り、勢いつけて都大路を駆けた。伝令兵が慌てて後を追う。
 途中、朝市(あさのいち)に向かう荷車と二度ばかりすれ違い、一度はぶつかりかけて飛び越した。
 鞍どころか、手綱もつけぬ裸馬を自在に乗りこなすあたり、やはり一軍を率いる大将帥(だいしょうすい)である。並の腕ではあるまい、早馬術が自慢の伝令兵が追いつくどころか引き離されてゆく・・。

 嘉汰耶(かたや)の屋敷目指して駆けながら覇津華雅は、この後の己の使命を肚に据えた、という。

(このわしが、次におもむく戦場こそは、この御若君様が初陣ぞ)

「何が不吉じゃっ、吉兆も吉兆っ、こりゃあ、とほうもなき大吉兆じゃわいっ」
 覇津華雅は地声が大きい。しかも充分に戦場錆びて、叫べば割れるほどの大音声であった。これは馬上、覇津華雅が自らに云い聞かせるように叫んでいたものであろう。
 道端によけて御辞儀などする都人達が
「あれは覇津華雅様や」
「大吉兆とは何事やろか」
 かるい砂埃を上げて遠ざかる馬蹄の響きに和して、どこかの梢に止まった鴬(うぐいす)が鳴いた。
都は、うららかな春に芳しく包まれているのである。道端の赤や桃色の野花が風に揺れ、見上げれば、朝の陽光を浴びて二羽の雲雀が透き通る青空に舞い昇ってゆくではないか。
 嬉事なんぞ何事もなくとも、生きとし生けるものならば、つい心の弾む季節なのである。
「戦頑固の覇津華雅様でも、都の春のうららには浮かれたんかいや」
「何でもええ。おそろしくめでたき事には違いないがな」
 と、皆、わけも分からず喜んでいる。

 都といえば、都祢那賀(つねなが)誕生の頃には、畿内三十余国は嘉汰耶の軍事力によって制圧され、卑弥呼(ひみこ)の霊力によって統治され始めており、この大国(邪馬台)の総戸数四万余。
 山々から大量の木材が伐り出され、日中は槌打つ乾いた音があちこちで響き、さらに多くの民衆が集いつつある時期で、ただし、まだ治安は良くない。
 嘉汰耶に敗戦し、やむなく従属した首長達の内には、すきあらば叛乱を企てんとする者もおり、民衆の内にも母国への情愛ゆえにあがらう者が多いのである。
 それほどの思案を持たぬとも、いわゆる、ただの悪党(例えば盗賊の類)も跳梁していた。都である明日香野から遠く離れるほどに、それらの者どもが荒ぶっている。

【嘉汰耶は強勢に乗じて畿内を呑んだ。しかし、広大な国を興すには短兵急であり過ぎたであろう。軍団を自在に動かした蜘蛛の巣のごとき大路が、兵力の限界をむかえた時には、そのままで仇になったのである。つまり、敵対する者達にとって四方八方から都を攻めるに好都合な軍路になったわけで、後継になった汰雅志嘉(たがしか)の戦は他国への侵攻などではなく、自国(畿内)の叛乱を鎮圧するためのもので、領土を治安するためのものであった。】

ninki-blog-ranking-imgにほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へビジネスブログランキング
↑ブログランキングに参加しています。3つともクリックしていただけると元気100倍です揺れるハート






posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 06:48 | Comment(0) | 邪馬台国物語