2009年10月31日

粗食にあこがれる・・、というのは、近ごろ食べ過ぎなんです。出されたものを残すのは、もったいないし、失礼とも思うので、ぜんぶ食べてしまうんです。しかも慢性的な運動不足・・、ぶくぶく太ってしまいます。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 外では兵士達が槍を構え、剣を抜き放って取り囲み、数名が肩から大扉に体当たりして、今にも打ち破らんとする勢いであった。
 この混乱の首謀者である都祢那賀(つねなが)は馬上、まるで狩猟(かりくら)のさなかにありて美しき珍獣でも見つけたつもりか、まじまじと少女を見おろしながら
「蛇は嫌いか」
 と、これは上機嫌で問うている。少女は黙って、こくん、とうなずいたが、虚仮でない事は深い葡萄色に澄んだ眼の光でわかるのだった。
「ならば」
 都祢那賀は身体を屈め手を差し伸べて
「乗れ」
 と云った。少女はその手を握り、都祢那賀が引っ張り上げるようにして前に乗せ、少女は横座りに落ち着いた。
 長い漆黒の髪や、厚手に上等な衣から匂い立つ甘い香りは、身分の高貴さを都祢那賀に教えている。
「名は」
「那薙(なち)」
 即座に答える声は甲高く、きっぱりとした口調は、幼さと、やはり身分の高さを現していよう。都祢那賀は、あっ、という顔をした。

(那薙といえば、いつぞや翁様と父様が語らっていた、確か卑弥呼の直孫ではないか。)

「都祢那賀だ」
「やはり。猿松(さるまつ)様に狩猟様、おおかみ様とも聞き及んでおりまする。噂以上の・・」
「申せ」
「おおかみ様にござりまするなあ」
「きゃっ」
「えっ」
「気に入ったのよ」
 運命の糸が馬上の二人に絡まったらしい、これが、都祢那賀と那薙の出逢いであった・・、と古文書は云うのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:23 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月30日

ざっと外見だけのことですが・・、僧侶をイメージするとき、僕は、断食を厳修なされた釈尊像ほど凄まじくなくとも、やはり、どちらかというと肥満体でなく、また、慎ましく控えめな物腰のお坊さんが、いかにもって感じです。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 殊里(しゅり)にすれば、先だって往復したる道ゆきである。迷う事なく夜菜司(やなし)の神所へ駆けつけ、馬ごと体当たりして扉を破れば、中には口寄(くちよせ)さなかの夜菜司と信者がいた。
 卑弥呼(ひみこ)や奈良夜(ならや)の神所ならば知らず、夜菜司ずれの神所など馬では狭すぎる。殊里は素早く下馬し
「夜菜司殿、御免」
 と断ってから、あとは容赦もなくして、くるくると手早く荒縄で柱に縛り付けた。
「なっ何事ぞや」
 あわあわと大口を開けていた夜菜司が、やっとそれだけ云えたのは、殊里がふたたび馬上の人となって後であった。

 馬をまわして破れ扉の外へ出ると、遠海(えんかい)以下が整列して待機していた。
「殊里、獲物は中におるんか」
「おうさ」
 と答えた殊里は馬に背負わせていた木桶を、下げていた紐ごと切っては神所の中へ叩きつけるように投げ込んだ。木桶は砕けて割れ、内から蠢き出てきた物が何かを見知った夜菜司は、三つめの木桶が飛び込む前に気絶してしまったらしい。
 もう動かぬ夜菜司を取り囲むように、皆が次々と木桶を投げ入れ、やがて騒ぎがおさまりて助け出されるまでには、夜菜司は三度気が付き三度気絶した。四度めに目を覚ました時には、もはや気が付かなかった、という。恐怖のあまりに、狂(たぶ)れてしまったからである。

 一方、都祢那賀(つねなが)は大広間に在りて得意げに輪乗りなどし、手下どもは大扉を閉めて番兵達を阻んでいた。
 悲鳴を上げて逃げる巫女達の中にいて、じっと都祢那賀を見上げる少女が一人、立ち止まっているのが竦んだせいでない事は、その表情でわかった。歳の頃なら都祢那賀と同じくらいか、童顔にも整った顔立ちに微笑を含んでいるあたり、やや年長にも見える。
 馬上の都祢那賀と視線を合わせ、なお逸らそうとすらしないのは、せせら笑っているのであろうか。
「けけっ」
 都祢那賀は甲高く妙な笑い声を発し、床にへたり込んだり倒れた巫女を巧みな手綱捌きで避けつつ、その少女に馬を寄せた。
 よほど気丈な少女ではあろう、まだ笑みを消さず、逃げようともしない。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:53 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月29日

テレビを、ますます見なくなりました。ざっと、一ヶ月トータル二時間を切っているでしょう。たまに見聞すると奇人変人のバカ騒ぎとしか想えない場面が、やはり圧倒的に多いです。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 やがて先頭の殊里(しゅり)が大門に到着し、先日の番兵が応対に出た。
「先日は有り難うござりました。これは、ほんのお口汚しにて、お仲間とともに梅見酒とは参りませぬか」
 殊里が合図で荷車がしずしずと列を離れ、番兵が
「あいや暫く」
 と遠慮した刹那、であった。
「やあ、俺だ。翁様と父様からうぬへの進物ぞ。さてもこれでは近くにも寄れぬ。門を開けて前を通せ、通せや」
 と、はるか最後尾、都祢那賀(つねなが)は上機嫌、しかも武門の権威を傘にして叫んだものである。
「それそれ、馬の荷を見よ。手で運ぶわけにもゆくまいものを」
 とも急かしている。
「ははあっ」
 奇をつかれた番兵の、つい油断でもあったろう。大門が開かれ、殊里は馬を進め、皆も後へ続いた。

 乗馬のまま橋を渡りかかるなどは、かつて一度たりと無かった事である。が、都祢那賀が番兵の前に来た時には、すでに殊里が半ば渡っていた。都祢那賀は馬上、大きく息を吸い込んでから
「苦労」
 と、思いきり大声を張り上げれば、それが突撃の合図とて殊里をはじめ皆が一斉に鞭を揚ぎ、けたたましい馬蹄の響きが橋を揺らして沸き起こった。
「ああっ」
 番兵は上擦った声を出し、その場にへたり込んでしまった、とある。殊里はまたたく間に渡りきり、かねての下知にしたがって夜菜司の神所を目指して水上宮中へと駆け込んでゆく。

 一群は二手に分かれ、一隊は殊里を追い、一隊は都祢那賀が率いて宮の大広間へと駆け込んだ。宮中、にわかに阿鼻叫喚(あびきょうかん)のるつぼと化して、逃げまどう巫女達が右往左往、腰を抜かして床を濡らす者、慌てふためきて明かり取りの窓から外へ転がり出たばかりか、勢いつけて衣をひるがえし大池に飛び込む者もいる。
「殊里、どうだ」
 都祢那賀の甲高い大音声さえ、この喧噪の中ではかき消されてしまった。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:38 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月28日

歴女っとかっていうんですか?!近ごろには愛媛県東予地方でも、天正の陣にからむ城跡地などをめぐる女の子たちが増えているそうです。が、足もとハイヒールって女性も珍しくないそうです。ハイヒールで山道とかは・・、険しいですよ。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 はたして遠海(えんかい)は、下知の通りの品を揃えて、都祢那賀(つねなが)が予定の通りにやってきた。
「若様、こんなもんを何にしますのや」
 その答を聞いた者達は、みな思わず後込みした、という。
「たまげたでぇ。なんぼ何でも、宮中に攻め込むやなんて無茶苦茶やで」
「もとより攻め込んだが最後、こちらの退路もありませぬぞ」
 殊里(しゅり)さえも、つい勢い込んだ。
「いらぬわ」
「えっ」
「一歩たりと退かぬ」
 ゆえに要らぬのだ、退路などは・・。
「それでは捕まるばかりじゃ。捕まれば何としょう。子供とて、ただでは済みませぬぞ」
 すると都祢那賀は・・

(殊里、うぬは阿呆か)

という顔をして、まじまじと殊里を見上げた。
「その時には死ぬまでよ」
 と云い
「分かり切った事をわざわざ聞くな」
 とも云うのである。
「これは驚く。はなから死ぬおつもりか」
 ここは退けまい・・、殊里は血相を変えて泡唾を飛ばした。
「阿呆」
 都祢那賀は飛び上がって怒号し、続けざま
「俺が負ける喧嘩をした事があるか」
 と叫び、積み上げた錦を鞭で、ばしっ、と叩いて
「早うせい」
 と、周囲を睨み上げた。

 皆で手分けし、百足(むかで)と蛇(くちなわ)を詰め込んだ木桶を一つずつ、錦で軽く包み終えたのは夜半頃、この一群が華々しく行列をなして都へ入ったのが、明けての早朝である。
 先頭は殊里、その後ろに酒樽を積んだ荷車が続き、後へは錦に包んだ木桶を鈴なりに下げて遠海をはじめとする手下どもがまたがる馬が一列縦隊・・、何と最後尾が、都祢那賀であった。
 これが、宮中へ攻め入るためにとて、のちのちにも天賦の才を誇る都祢那賀の考えた、一手、であるらしい。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:40 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月27日

こちら西条は、雨あがりの、なんとも清清しい朝です。濃いめのコーヒーを一杯・・、悔いの残らない一日を過ごしたいものです。

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愛媛国縁起


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『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 遠海(えんかい)に伝令した殊里(しゅり)が、都へと駆け戻ってきたのは、二日後の昼下がりである。
もう充分すぎるほどの馬の手練れ、と誉めてやっていい迅速であろう。
「首尾は」
「上々。百足、蛇とも巣を知っておるそうにござります。山村総出で捕るよし」

 次に都祢那賀(つねなが)が命じたのは、樽酒と荷車の手配である。酒は、子供である都祢那賀には買えないが、殊里はすでに兵士であるから、誰はばかることなしに堂々と入手できるのだった。
「若様、吾にはいまだ解せませぬ。夜菜司(やなし)様の口寄、どこがまやかしでござりましたか」
「ふん。まず最初に、俺のおらぬ間の臨終を朽ち惜しがらなかった」
「・・あぁ」
 最期の別れを果たせなかった事を、宵襠(よいまち)が悔しがらぬわけがないではないか・・。
「俺を子供と思うて見くびり油断しおったわ、かの腐れ巫女めが」
「されど、若様・・」
「何よりは、乳母様には両乳ともに、小さき黒子の一つとて無いのよ」
「ええっ」
「もとより巫女の呪術など信じてはおらぬ。呪殺と申して飯に毒を盛るはまだまし、下策な者は、狙う相手の寝所に毒蛇を忍ばせたりするというぞ」
「・・・では女王様も」
「いや、卑弥呼(ひみこ)と、あれの血縁は別ものらしい。いつぞや乳母様が云うておった」

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:38 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月26日

虫が食っている植物とか果実なら人間も食べられる・・、というのが昔の人々の知恵でした。さて、現代では、見た目のキレイさばかりにこだわって、ついに虫も食わないものばかり食べては「美味しいわあ」と云う。おかしな話やでえ・・、と思うことがあります。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 はたして、都祢那賀(つねなが)は、たくらんでいた。
「ふん。まやかしだ」
 と、その声に怒気まで含んでいる。
「えっ」
 殊里(しゅり)にすれば、もう寝耳に水のごとき言葉であったろう。
「かの腐れ巫女め、俺達ばかりか乳母様までを愚弄しおったのぞ。断じて許さぬ」
「・・若様」
「遠海(えんかい)に、百足(むかで)と毒無しの蛇(くちなわ)を山ほど捕って薄板の木桶に詰めて来い、と伝えよ」
 今日より三日の猶予をやる・・。
「いまだ、蛇などの時期には早うござりまするぞ」
「阿呆。冬の間に死滅したわけではあるまいが。掘り起こせ」
「はっ・・ははあっ」
「しかと遠海に命じた後、うぬはすぐに駆け戻れ。他の準備だ」
「はっ」
「もはや行け」
 この言葉を背に請けて駆け出しているあたり、さすがは殊里であった。

 屋敷に帰った都祢那賀は、覇津華雅(はつかが)にも、錦(にしき)を五十反目ほども無心している。
「乳母様を手厚く弔い、夜菜司(やなし)様にも報いるためにござります」
 と、泣き声で云った。
当時とて、錦などは決して安くない。しかし、覇津華雅は許した。

(ここで若様の機嫌をそこねれば、それこそどう弾けるやら分からない・・、そっちの方が怖いわい。)

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:38 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月25日

食欲の秋とは云い得て妙、とて栄養学など専門知識は無い僕です、が、古今東西を問わずして歴史を眺めているうちには、人間には粗食こそが健康に良い、と想っています。昔の富貴者にも肥満はじめ糖尿や痛風などを病む人々が少なくなかったそうですよ。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 問われた若巫女は、都祢那賀(つねなが)の愛くるしさに酔うたか、ぽう、と頬を朱に染めながら・・
「百足(むかで)と蛇(くちなわ)」
 と、もはや夢見心地に答えた、とある。
「では、好きな物」
 と、さらに都祢那賀は微笑してやった。
「金銀、翡翠(ひすい)に若鶉(わかうずら)の柔肉」

(やはり腐れ巫女だな。宮中にての肉食などは、死んでも許されまいものを・・。)

 並んで橋を戻りながら
「驚きましたな、若様」
 などと、殊里(しゅり)は、まだ興奮醒めやらない。
「あとだ」
 都祢那賀は物憂げに答え、宮の大門を出る時に番兵にも丁寧な辞儀をした。
「いやはや、何とも感激しました。後日、夜菜司(やなし)様へ御礼の品々を運び入れたく思うてはおりますが、貴殿にも何か差し上げとうござります。上等の酒などは如何」
「これは若様、恐れ入る。そやけど吾などには無用ですわ」
「それでは俺の気がすみませぬ。貴殿の次の当番は、いつでしょうや」
「・・四日のちでござる」
 幼いとはいえ大身者に、貴殿、などと云われては戸惑う。
「では四日後に合わせて酒樽を。お仲間とともに召し上がれ」
「恐れ入り奉りまする」

 都祢那賀は、そうして宮を出て都大路の人ごみにまぎれ、馬に乗って数町駆けたところで、付き従う殊里の不意のうちに止まった。
「今日の口寄には若様も、よほど驚かれたようですな。番兵まで相手に長話などして」
 平素、都祢那賀は言葉が短い。それが長話とは・・冷静な殊里なら察していたであろう。
 都祢那賀の言葉が長くなる時には、きっと何かたくらんでいる事を・・である。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:30 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月24日

精進料理などという贅沢ではなく、昔ながらの粗食にあこがれてます。分厚い出汁巻卵(だしまきたまご)なんて、遠足とか運動会にしか無い御馳走だった頃の・・、星一徹が威勢よくひっくり返す卓袱台(ちゃぶだい)に並んでいたのは、星明子さんが心尽くしの手料理でしたね。

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愛媛国縁起


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『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

「もはや・・、逝かねばなりませぬ」
 夜菜司(やなし)の内の、宵襠(よいまち)であろう霊が云った時、である。
「乳母様ぁ、今暫くぅ」
 都祢那賀(つねなが)は、母親の裾(すそ)にすがって駄々をこねるような仕草と口調なのである。
「あれ、あれ、幼子のように聞き分けないことを」
「幼子にかえったは、乳母様のせいじゃ」
「まあ、若様には、いかがなされたものかな」
「乳母様の右の乳首の黒子」
「えっ」
「お乳の黒子が懐かしい」
「あらあ、嬉しや。若様には、妾(わらわ)の乳を覚えていて下されましたなあ」
「忘れませぬっ、確か、右のお乳でした」
「御意、御意」
 夜菜司・・・いや、宵襠の御霊が、さも嬉しげに応えた。
「二つ、並んであった」
「御意」
「いや、懐かしかった。名残はつきませぬが、またこうして話ができましょうや」
「この夜菜司の口寄(くちよせ)ならば、いついかなる時にも黄泉国より・・まかりこしまするぅぅ」
 がくり、と夜菜司の身体が床に崩れ、暫く荒い息を繰り返していたが、つぎに身体を起こした時には、もう、もとの夜菜司であった。
「夜菜司様、ありがたいお話でありました」
「はて、俺は何にも覚えておりませぬのに」
「まさか・・、御自身が口で喋った事を、覚えなしとは驚く」
「俺が喋ったのではなく、若様が親しゅうなされた乳母様の話じゃで」
「なるほど、云われれば道理です。では、近日中に御礼の品々を整えて参ります」
 また逢わせて下さりませ、と鄭重な辞儀をした都祢那賀は、まるで夢見心地なる殊里(しゅり)と連れだって神所を出た。

 夜菜司の侍従である若巫女に向かいて・・
「さても有り難し。夜菜司様に御礼するに万が一にも粗相のあってはなりませぬ。お嫌いな物などは如何なりや」
 と、微笑しつつ問うている・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:35 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月23日

古くからの友人【やや年下の女性の方です】と、久しぶりに話をしました。知り合った頃には、どこにでもいる、ごく普通の女の子って感じでしたが、さすがは人生・・、なまなかな禅僧などとするよりも味わい深い話を、面白おかしく楽しんだことでした。

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『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 やがて橋を渡りきり、ついに水上宮中へと入った二人は先だって柵の番兵に告げた通り、夜菜司(やなし)という巫女が司っている、という神所へと案内された。
 卑弥呼(ひみこ)のお側衆ともなれば、個人の住屋をかねた神所をあてがわれており、それぞれに卑弥呼が決めた神を祭っているのである。夜菜司が拝むのは金神(こんじん)という神であった、と記されているが、どのような神であったかまでは、ついに分からない。

「これは都祢那賀(つねなが)若様、俺の神所へ参られるとは嬉しやなあ」

【当時、邪馬台国の高級巫女達は、〈俺〉というのが自称であった。幼い頃から宮へ出入りしていた都祢那賀が自称する時には、どうやら、この癖がついたものらしい。】

「何の。夜菜司様には、俺の乳母が世話になったと聞きましたゆえ、霊を口寄【くちよせ=ここでは降霊のこと】していただきたく思いたちました。ぜひにも寄せていただき、最期の別れをいたしとうございまする」
「幼いながら、いかい殊勝なお心もちじゃ。きっと乳母様も、泣いて喜びましょうぞ」
 そう云って、さっそく夜菜司は口寄の儀式を始め、一心不乱に呪す内には風もないのに灯明の炎がはげしく揺れ出し、倍ほどの丈に燃え上がった時、夜菜司の声色が変わった。
 なんと、都祢那賀と殊里(しゅり)が聞き慣れた、まさに宵襠の声である。その口調も、今となっては懐かしく響いて紛れもない。

 さすがの殊里もこれには驚き、震える手を合わせて拝み始めた。
が、都祢那賀は小首をかしげ、腕組みをして夜菜司の口から出る言葉に聞き入っている様子を変えない・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:54 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年10月22日

太陽の昇る位置や、庭の草木に季節の移ろいを感じられる生活って、ほんとに幸せです。石鎚ロープウェイから上は、もう冬支度に忙しいそうですよ。囲炉裏で鍋を楽しめる日も近づいてきましたしね・・。

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愛媛国縁起


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『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 卑弥呼(ひみこ)の宮は、大池のほぼ中央辺りに在る。
大正門から池の畔につづく参道と、その一直線に木橋が水上宮へと架けられており、橋の手前に柵が設けられていて、昼夜を問わずして常々に、複数の番兵が警護していた。
渡船も浮かぶ大池だが、船はすべて水上宮の真下に繋がれており、つまりは宮中が火急の時に畔へと逃げ渡るためのものである。

 都祢那賀(つねなが)と殊里(しゅり)は、柵の前で馬をおりなければならない。たとえ嘉汰耶(かたや)であろうとも、橋は徒歩で渡るものなのである。
 手綱を番兵にあずけ、二人は先導の警護兵の後に従った。
「よう見ておけよ」
 と、都祢那賀は橋の中ごろで、並んで歩く殊里を見上げた。
「はっ。吾などが宮中へはいれるとは、天にも昇る心持ちにござります。今宵の母の顔が楽しみでござりまする」
 母親に話せば、それこそ目をまわすほどに驚くでしょうな・・、と殊里は、それこそ有頂天の心地らしい。
「きゃっ」
 都祢那賀は嬉しげに笑い
「まこと、目をまわすなら今日より数日後の事ぞ」
「・・若様、まさか」
 殊里は、何やら察したらしい。
都祢那賀は、立てた人差し指を己の唇におしあて、前を歩く兵士の背中を目くばせしつつ
「後だ」
 とだけ云った。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:18 | Comment(0) | 邪馬台国物語