2009年11月30日

昨夜も、また素晴らしい御縁に恵まれて、有り難い出会いを頂きました。ステキな人々の輪が広がってゆくのは、本当にいいことです。皆さん!!楽しみましょう!!

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 解しかねた兵士達がたじろぎ、殊里(しゅり)が都祢那賀(つねなが)の言外を察し、重々に云い添えるのである。
「下方の敵が大軍なのは各々方も承知のはず。そこへ少数で突っ込みて勝つには、必勝策を決死の覚悟で遂行するほかありますまい。初手から逃げ腰では、いかな必勝策とて通用しませぬ事は、これも歴戦の強者であろう各々方なら承知の理(ことわり)ではありましょうものを」
 殊里も初陣、しかし覇津華雅(はつかが)の手塩にかかった者である。まこと若年とは想えぬ、堂に入った訓戒であった。

 先刻まで意気消沈していた下級兵士達も、どうやら勝てそうな気がしてきたらしい。こうとなればしめたもので、重責を感じて進退に窮していた将校などは単純に調子づく。
「やあ、子供に諭された上に逃げたとなれば兵士の武門が恥も恥じゃ。この先を惨めに生き長らえるよりは、この一戦に大輪の死花咲かすほうがええどぅ。どうじゃ、皆の衆」
「そうやな。どうせなら死んだ仲間の仇、一矢むくいにゃ祟(たた)られるでぇ」
「おう」
「よっしゃ、決まりや。都祢那賀様、お聞きのとおりにござりまする」
 戦場にては、いっそ節操のない上官の方が、気の荒ぶる下級兵士には分かり易いのかも知れない・・とまで、都祢那賀が思ったかどうか、吾【乃麻埜】には読みとれぬ。
 が、とうの馬上の都祢那賀は
「きゃっ」
 と嬉しげに破顔った、とある。
「うぬ、名は」
「果蛾耶(かがや)と申しまする」
「たった今より、俺の馬廻【うままわり=戦場にての側近】につけ」
 都祢那賀は取り立てたばかりの果蛾耶に兵馬の掌握を任せ、殊里をともなって獣道へと入った。

 獣道とはいえ狩猟で通い慣れた道であり、遠海の居る村に続く山道でもある。山村中の猟師達をたたき起こし、にわか兵士として平野に突っ込ませるつもりなのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:04 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年11月29日

坂本冬美さんは、若手でしょうに、素晴らしい歌手ですよね。まさに歌うために産まれてきた女性として、屈指のお一人だと、僕は思っています。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

「されば都祢那賀(つねなが)様には、よほどの軍慮(ぐんりょ)が、おありか」
 兵の中の、将校らしき者が進み出て問うた。
都祢那賀は、こんな時の癖で、ぷっ、と頬を膨らませただけでいる。
もう、許せないのである。

(阿呆が賢しらげに、分かり切った事をわざわざ問うな。愚問などは時の無駄ぞ。)

 そんな心持ちであろう都祢那賀の代わりに、殊里(しゅり)が声を励まして答えた。
 まず殊里は
「愚問ですな」
 と、にべもしゃしゃりもなく【ひどく無愛想に】云うのである。
「何じゃとぉ」
 将校が怒気を発したのが、すでに殊里の術中であった。
「すそ野には、敵兵がひしめき合っているのを御存じか」
「知らいでか」
 だからこそ、こうして動けずにいるのではないか、と憤慨した。
「吾ら大人を愚弄するかや」
 とまで勢い込んだのが、殊里の思う壺の機会であろうか。
「されば各々方、歴戦の強者とお見受け申すが如何」
 殊里は、一転しておだてた。
「まあ、そうじゃ」
 いささか場都合(ばつ)の悪げに、将校は苦り切っている。
「その各々方が動けぬ中を堂々と、たった二騎で通り抜けおおせたは若様の軍慮ぞ」
「・・・なるほど」
「しかも、かの覇津華雅(はつかが)大将帥(だいしょうすい)でさえ舌をまいたほどの起死回生策を携えて、ここまで登ってきたものぞ」
「何と、覇津華雅様が・・生きておいでかや」
「若様の下知に従いて、百草山なる頂にて待機しておられる」
「おお」
 兵士達がどよめき
「左様しからば従い申す」
 と云う将校の声には、すでに喜色がにじんでいた、という。

 覇津華雅の勇名、このあたりにも推して知るべし、であろう。
「ならば死ねよ」
 こうした火急の時、都祢那賀の言葉は殊更に唐突で短い。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:28 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年11月28日

遅ればせながら・・、僕にも、ようやく演歌の良さが脳髄にまで滲みてきた昨今です。やはり、昭和時代の人々の凄みがいい。そんな僕にとって唯一の例外は、坂本冬美さんかな。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 はたして、そこには一群の兵馬が屯(たむろ)していたのである。

(敵かやっ)

 これは都祢那賀(つねなが)と殊里(しゅり)、また、群れる兵達が、ほぼ同時に思った事であった。
が、仕合わせなことには、群れた兵の一人が都祢那賀を見知っていた。
「つっ・・都祢那賀様かえ」
「おうさ」
「よくぞ、よくぞ御無事で」
 日中の戦闘で死んだと思っていた、という。
「わしら決して逃げたわけやおまへんで」
 今朝、戦場に駆け下る前に山坂で転んでしまい、やっと馬を立て直し、平野に討って出ようとした時には敵の攻撃が激しさを増していた。出るに出られず、かといって都へも戻れず、仕方なくここで一夜を明かすつもりやったのですわ・・。

「これなどを天佑というのだな」
 都祢那賀は、いつぞや大人達が使った言の葉を思い出し、その意味を殊里に確かめた。
「御意」
 すでに殊里も、肚が据わってきたらしい。
平素の微笑を浮かべ、深くうなずきながら落ち着いた口調で応えている。
「俺の下知にて働け」
 都祢那賀は馬上、ざっと二百余の兵士達を見渡して甲高く叫んだ。しかし、兵士達は月明かりの下で顔を見合わせ、どうする、どうしょう、とひそめき合っている。

 この当時、兵士達にも将を選ぶ余地が残されている。戦場にての下知(げち)なども、ある程度は拒否できた。
 戦に出るのは俸禄と恩賞のためであり、生命あってのものだね、でもある。戦況を見て、より安全な所や手柄を立てられそうな所へ移動する事が、さして罪にも問われず、危険と思えば戦線離脱しても罪悪感などはない。
 たとえば今朝方には突撃のさい、九市(くいち)が、咄嗟(とっさ)に長髄彦(ながすねびこ)の陣営に兵馬を移したのも、初陣の都祢那賀に従うよりは手柄を拾いやすかろう・・、という思惑が働いたからであり、将としての都祢那賀に狂気を感じて見限った・・、ただそれだけの事なのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 03:46 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年11月27日

ともかく売れればいい!という作手(つくりて)の想いと、売れるモノがいい!という買手(かいて)の想いは、ついに品格の崩壊と破滅を誘発し始める・・、と僕は思っています。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 都祢那賀(つねなが)は、確かに〈絶望〉を知らない。それは、欲すれば如何なる事でも叶う、という高貴の身分に所以するものでもあったろう。が、断じて、それのみではなかったのである。

「できるのだ」
 松明が燃え上がったのは、云い切った小さな都祢那賀が、大きな殊里(しゅり)を見上げた、その時である。
後は馬上、高々と松明をかざして胸を張り、狩猟(かりくら)乗りにて粛々(しゅくしゅく)と進むばかりであった。

 闇の森林から突如として、この世のものとも思えぬほどにきらびやかな若武者が二人現れ、しかも御す馬さえ神馬のごとき装飾駿馬であり、脚元に人など居るか、と云わんばかりに堂々粛々と、松明の炎さえ揺らさずに進む光景は、どうであろう。
まるで馬が中空を闊歩しているようにも見えたのは、宵の祝深酒が残っている上の寝惚けのせいでもあったか・・。
 敵兵の誰ともなく
「山神様じゃ」
「大神様じゃ」
 とひそめいた時には、目を覚ました周囲の者達が次々と左右に避けて行道をあけ、あろう事か跪いて手を合わせ、平伏までして拝んだ、という。

 都祢那賀と殊里、まるで無人の野をゆくがごとく進み、ついに葛城山の森へと消えてしまった。
 いきなり本道を登る事をせず、うっそうと生い茂る巨木の間を縫うように登ってゆく。
 平野から見上げれば道なき森林の木立の隙間から、松明の光がほんわりと洩れていたであろう。その光が、ふいに消えてしまったのである。
「のう、あれは、やっぱり山神様じゃったなあ」
「おお、間違いないわい。なんともはや、畏れ多きことよ」
 その山神様は、松明を踏み消しながら・・
「人心を誑(たぶら)かす、これは巫女の手管ぞ」
 と破顔(わら)った。こうして松明を捨てた二人は、山辺道を辿って平石峠を越えたのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 05:48 | Comment(1) | 邪馬台国物語

2009年11月26日

どうであれ売れればいい・・、という誘惑に右往左往しない自負心を養い、ついに忘れないことです。昭和までの芸人【芸術家と云っていい】の多くは、そんな気概に満ちあふれている・・、と僕は想っています。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 その都祢那賀(つねなが)、いまだ松明はつけず、馬の夜目に任せてひたすら斜面を下ってゆく。
きぶい山道の傾きが徐々にゆるみ、やがて平野が近くなった所で、ふと彼は馬を止めた。
「殊里(しゅり)、いよいよ松明をつけるぞ」
「はっ」
「敵陣に分け入ったならば、馬上天を行くっ・・、とも想い定めては、ゆっくりと進み、決して敵兵などと目を合わせるなよ」
「はっ」
 応える殊里の声が、やや上擦っている。狩猟(かりくら)の野営で充分に慣れたはずの、火を起こす手元もぎこちない。
 それをのぞき込むようにしゃがんでいた都祢那賀は
「きゃっ」
 と、小さく笑った。
「いつぞや、爺様に聞いた話だ」
 まったく、都祢那賀には屈託もない。
「はぁ」
 やや戸惑いつつも、殊里は、こうした時の都祢那賀が大好きなのである。
「この世のすべては必ず表裏事にて、例えば、善いも悪いも、じつは同じ事らしい」
「はぁ」
「狩猟にて獲物を狙う時、目をつぶっていても狙い損なわぬのは、いかなる時か」
「さて」
「それはな、相手の懐に飛び込んだ時だ」
 と、覇津華雅が云うたわ・・。
「・・なるほど」
「間違えばこっちが殺られる、それは相手とても同事に違いあるまい」
「御意」
「戦場とは常にそういう場所だ、という。好機と危機は、いつも同時に在るものぞ」
 ゆえに吾らは必ず無事に通り抜けられるし、いっそ大敵を蹴散らす事ができいでか・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:38 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年11月25日

およそ芸人【僕がよく云う芸人とは、何をか表現する人、という意です。噺家やら手品師、歌手はじめ演奏家とか、画家や写真家や作家や俳優や映画監督なども含みます】なら、その作品だけでなく自身にも躾けるべきものがある、と僕は想っています。つづく

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 つい先ほども、装飾した甲冑を着つける都祢那賀(つねなが)に・・
「若様、どうか御無事で」
 と、声をかけた。すると都祢那賀は、にやり、と微笑して懐から何やら取り出し、股間に擬した。
「爺様のより太うござりましょう」
「はぁ」
「俺は真神ですゆえに」
 無事に決まっている、と云いたいらしい。
擬しているのは、そこいらで採っておいたのであろう松茸であった。
「なるほど」
 これは覇津華雅(はつかが)、真顔で感心している。

(まこと、真神様やも知れぬわい。)

 この時に、覇津華雅は、ふと宵襠(よいまち)を想い出していたらしい。むろん、例の一件は知らない。
想い出したのは、夜の闇の中で見えもせぬ何者かを恐がる幼い都祢那賀を、優しく寝かしつける宵襠の姿であった。
むつかる都祢那賀の胸を優しくほたほたとたたきつつ、寝物語を聞かせるのである。
 宵襠は即興話が上手かった、という。武具の手入れなどしながら、時には覇津華雅も聞き入ったほどの上手であった、というのである。

 まず始め、彼女は決まって
「今日は、まことによいお日様でしたなあ」
 と云うのである。
曇りや、雨の降っていた日にも云う。都祢那賀は、もうそれだけで話につり込まれていた。
「乳母(かか)様、今日は雨でしたのに」
 宵襠の乳房に甘えながら、おかしがったものだった。
宵襠は
「くすぐったい」
 と微笑み・・
「雨雲の向こうにも、いつもお日様がおわします」
 と云った。
「天空におわしまし、この世を明るく温かく照らして下さるお日様こそが、若様の御先祖様なのでござりますよ。さてさて、今は昔と想いなされ。どのくらいの昔かと問われたならば、誰もが忘れてしもうて知らないほどの遠い遠い昔にて、その頃の世と云うたなら、たった一人の男とたった一人の女しかおりませなんだそうな」
「きゃっ。誰も知らぬと申されたに、なぜ乳母様は知っておりますのか」
「宵襠は人ではのうて、女神にござりますもの」
「ならば、卑弥呼(ひみこ)より偉いのですか」
「これこれ、若様には、お話の続きを聞きとうないの」
「聞きたい」
「その男、それは強うて勇敢なお方にて、女は美しく優しいお方でした」
「乳母様みたいに」
「あら嬉しや。男なら誰を想いましょうや」
「爺様」
「御意。されど汰雅志嘉(たがしか)様と撫子(なでしこ)様のほうが、もっとそっくり似ておられましょう。何せ、若様の御先祖様におわしますもの。さて、ある日の事、真っ暗闇と名乗る魔物が突然に現れ、この世を奪ってしまいましたそうな。その魔物は」
「乳母様、怖い」
 都祢那賀が怖がれば、宵襠はそれ以上に膨らませるのを止めて、うまく話を転じた。
「何の、男は勇敢で強いから平気にござります。男は天高く舞い上がるや、まぶしいお日様となって地上を照らし、真っ暗闇をやっつけてしまいました。すると真っ暗闇は慌てて逃げ出しましてなあ、夜という名付けに変えて、お日様の目を盗んでは悪戯をするようになったのです。そこで女が夜空高く舞い上がり、お月様に姿を変えて夜の地上を明るく照らして下さるようになったのですよ。そのお日様とお月様が互いに好き合うて、夜空いっぱいに輝く星の子供達を産みました。その星の子供達が流星となって地上に降り注ぎましてな・・・若様は、眠って夢を見ますでしょう」
「うん」
「楽しい夢を見なされ。星の子供達は楽しい夢が大好きでございます。その夢の隙間から、若様の身体いっぱいに飛び込んで、今もほら、この胸の奥でまぶしく輝いておりまする」
「見えますのか」
「宵襠には見えまする。若様を見ていると、まばゆすぎて目眩めくほどにござりますよ。若様は、ゆめ疑う事なき、お日様の御子にござりまするもの」
 また、ある夜には・・・
「光がさせば、必ず影が出来ましょう。されば、影があるところには、どこかに必ず光がありまする。影の中にあってなお、その光を見つける術は、ただの一つにござりますぞ。それは〈参った、もうだめだ〉と、決して云わぬ事」
 という話を創って 聞かせ、月夜の晩には・・
「ほら、お月様の中に影絵のような模様が見えましょう。若様には、あの影絵、何と想われまするか」
 などと、都祢那賀を誘ったものであった。

(それゆえ若様は、絶望、という事を知らぬのじゃなあ。宵襠様よ、今日が若様の初陣ぞ。今宵こそ黄泉より来臨し、なにとぞ若様を御守護下されや。お頼み申す、お頼み申す。)

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:35 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年11月24日

落語にしろ漫才にしろ、あるいは音楽とか映画などなど・・、現在日本のほうが優れているぞ、と実感できるものが、どれほどあるでしょう?!粗食を忘れて飽食が過ぎ、いまははゲテモノ食いかな・・?!

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愛媛国縁起


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『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 さて、都祢那賀(つねなが)が云う〈祭礼〉の始まったのは、平野のあちこちに燃えていた敵どもの焚火が尽きた頃である。
 淡い月明かりの下、近従将校に飾らせた甲冑身支度を整えてゆく。将校達が己を際立たせようと装飾していた金銀細工の武具飾りを、ありったけ集めて纏っているのである。

 そんな甲冑姿で跨るのは、都で行われる恒例の軍事大祭に闊歩する神馬よりも神馬らしく着飾らせた白毛駿馬、しかも御するは、いずれも美形の若武者が二人。仕上げた近従達でさえ、思わずため息を漏らしたほどの若駒ぶりであった、という。

「爺様、夜半過ぎ、葛城山から鉦鼓(しょうこ)鳴り響き、火が落ちまする。その火の動きを見定めて、突撃の機会と場所とは、お委せいたしますぞ」
「委細承知にござります」
 覇津華雅(はつかが)は、すでに肚(はら)をくくっているらしい。
「明日の夕暮れは」
 都祢那賀は手綱を握り直し・・
「都に凱旋じゃ」
 微笑して進み始めた。
「では親父殿、後ほど」
 殊里(しゅり)も、粛々(しゅくしゅく)と馬を進める。
そのまま百草山を下りて敵の直中を、たった 二騎で抜く、というのであった。

 昼間、この話を聞いた時には、殊里ばかりか覇津華雅も顔色を失った。
「はたして、そんな事が」
「できるっ」
 都祢那賀は、きっぱりと云い切ったのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:33 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年11月23日

さすが志ん生師匠くらいになると、もう音声だけでも、つい爆笑してしまいます。しかも、何度聴きかえしても飽きない。まさに名人の上に大のつく、すなわち別格ですね。

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愛媛国縁起


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『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 その津称奈の国主、名を不比等(ふひら)という。
この国は古来、武張って存続しているのではなく、蝦夷(えぞ)や東日流(つがる)といった北方の大国はもとより、大陸とも盛んに交易して肥え栄えていた。

 神武(かみたけ)よりの三度めの使者には、不比等め、同盟了承の証とて・・
「いくら何でも、あまりに多すぎませぬか」
 と津称奈の重臣達が渋ったほどに、おびただしい金品を持たせて返しているのだった。

 しかし津称奈国、よほど古くから外交にいそしみ、それだけで乱世を渡ってきただけに、国政を担う不比等などの肚(はら)は、べったりと苔蒸しており、尋常の一筋縄では読めなかった。
「これらの金品、くれてやるのではないわ。いずれ万倍にもなって戻ってくるのじゃ」
 と、底光りする目を細め、同時に、脂ぎって肉の厚い満面には笑みをたたえて云うのである。
「戦などは愚の骨頂じゃ。双方強ければ強いほど、勝ち残った方も青息吐息じゃろうて」
 そこを一圧しすれば、労せずしてこちらの思うつぼじゃわい。

 先の使者を二度蹴ったのも、これ神武の肚をさぐる手だて以上のものではなく、神武と呼応して出兵などは片時とて思案すらしていなかった。こなた神武にすれば、おそらく夢にも疑ってはいなかったであろうが・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:14 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年11月22日

あらためて、落語はいいです。上方も江戸も、それぞれにいい味です。落語家の容姿や、あるいは手拭いと扇子だけの巧みな身振りも素晴らしいですが・・。つづく

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愛媛国縁起


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『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 一方、神武(かみたけ)は勝利の美酒を味わいつつ、本陣近くの山に逃げ込んだという敵の事など気にもしていない。
 まったく別の事を考えていた。恐るべき思案であった。
彼は今、美酒に酔いつつ待っている。邪馬台国の都を陥落させる時を、である。
 神武にとって今日の一戦は、その前哨戦に過ぎず、しかも想いのほか楽に、かつ早く決着してしまったらしい。そのため余った時を大野営で潰し、兵の慰労も兼ねて祝宴を張った。

 二年ばかり前、彼が仕掛けた戦は邪馬台国の軍容を知るための、いわば模擬戦だった事は、すでに述べた通りである。その結果、想うていたよりも強い、と判断したらしい。
 その後の二年を自軍の充実のみに費やしたのではなかった。
出雲から海に漕ぎ出し、邪馬台国の東方に在る津称奈(つとな)国へと使者を送っていたのである。目的は〈戦時同盟〉であった。

「貴国は老舗にて強大なれば新興の邪馬台国など、あるいは敵とも思うておらぬやも知れませぬ。が、ちと面白き事のない存在ではありませぬか」
 と慇懃(いんぎん)に切り出し・・
「弊国としては今より以上に東征するつもりはござりませぬが、ただ一つの望みと申せば貴国との国交にて、貴国の伝統ある文物を学ばせていただきたい、その一心であります」
 とへりくだり、続けて
「されば貴国との間に壁ともなる邪馬台国、弊国の全力を傾け滅しとうござります。滅した後には畿内全土を貴国への献上物として差し上げたい、と決めて一度は挑みましたれど敵は存外に強く、恥ずかしながら敗北を喫しましてござります。今は再度の戦を仕掛けるべく軍備を整えております。きたる決戦の折ふし【ちょうどその時】には、貴国からも兵を出していただき、敵の東西より挟撃すべく御力添えのほど願い奉りまする」
 と云った。
なかなか巧緻なる口上なら、いっそ、見事なる外交、と誉めていい。二度ばかりは、すげなく断られ、それでも諦めず、やっと三度めに同盟を成している。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 09:56 | Comment(0) | 邪馬台国物語

2009年11月21日

志ん生師匠の芸は、それこそ神業にも近いですね。僕にとって・・、師匠の『風呂敷』なんかは、眼をつぶって聴いていても、思わず噴き出してしまう絶妙です。

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愛媛国縁起


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『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

 この瞬間の覇津華雅(はつかが)の心情、〈都祢那賀に対する畏敬〉と〈命令に敏感な軍人の性〉の、どちらに重きが傾いたものか。あるいは都祢那賀と神子のやり取りの内に、ただ理論理性に鑑みて裁断したものか、よくはわからない。
 いずれにせよ信心に厚い覇津華雅が、軍の吉例でもある神子(かみこ)を斬るなどは、よほどの覚悟であったに違いない、と察するばかりである。

「はっ」
 些かの躊躇もなく覇津華雅の手が動き、脚が動いて、神子の喘ぎが止むと同時に、辺りに、ばっ、と血が噴き飛んだ時には神子の頭が二つに割れて、手足がわずかに痙攣している。それも、すぐに止まった。さても、人の心根などは妙なものにて計り知れない。
 周囲の者達の表情が恐怖にこわばり、されど萎えた気根には弾みを取り戻しつつある・・。
「見たかっ」
 都祢那賀(つねなが)の叫びは、いっそう甲高い。
「ははあっ」
 皆、姿勢を正して平伏した。
「聞いたなっ」
「ははあっ」
「吾が軍に毒した悪霊は滅したっ、今宵こそが勝機だっ」
「恐れながら」
 と、顔を上げた兵士の名までは記されていないが、いずれ古参の剛の者ではあったろう。
「勝機とは申さるるが、この人数では心もとのうござりますまいか」
「狙いは、神武(かみたけ)の首一つぞ。されば、多すぎるくらいじゃ」
 これは、覇津華雅の言である。
どうやら、ようよう自問の自答が出たらしい。武略当代比類無し、と云われる自身が蘇生っていた。

 陽が落ち、平野から吹き上げてくる夜風には酒の臭いが混じり、ざわめきに手拍子や歓声、端唄らしきものまで混じっているのは、戦勝祝いの宴が催されているらしい。

(ええわい、もっと呑め呑め。戦の疲労と相まって、いっそ酔いつぶれてしまえや。)

山頂の闇の中で覇津華雅は、鳴るようにさんざめく星々にも祈るような心持ちであった。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:58 | Comment(0) | 邪馬台国物語