2010年06月01日

たった今、この瞬間にも北新地の皆々様は真剣勝負、まさに激戦の最中でありましょう。どうぞ、精一杯に御自愛召されつつ、頑張ってくださいっ。合掌

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北新地物語

 いや、あるいは、前述の逸話などは、現在日本に住み暮らす人々の多くが・・、そんな強姦まがいの滅茶苦茶のどこが洒脱なもんですかっ、と想われおるやも知れぬ。

 だが、しかし、この世に人類の歴史というものが、つまりは男性と女性の愛憎もて織り成される壮大絵巻であろうことを想うとき、また、たちまち大阪の象徴と云うても許されるであろう太閤豊臣秀吉を想うにつけ、なるほど、いかにも上方らしい振る舞いか、とも得心しおるものである。

 じっさい、ざっと現世における人類史をながめてみれば、古今東西を問わずして、ときの男女の喜怒哀楽こそが歴史を大きに揺るがせながらも、ついに極彩色に鮮やかなる錦を織り上げゆくばかりではないかよ・・。

 また、ふと想うに一時代前までの織糸は、ゆったりとして太く、しかも織りも緩やかではなかったか。
あまりにきつくして張り詰めた糸は、いずれ切れやすくして、ついに破綻しやすいに違いなく、たとえば男女のロマンティックとは、およそアホウらしくも豊潤なる人情の機微のうちに、さり気なく秘められているものであろう、とも想うている。

「先生、吉川さんが、あんまり素晴らしいとこやから、ついつい腰が抜けてしもたんと違いますのん?」
 いかにも小粋な桃色観音さんが、山猿を見つめて笑っている。
「はあ、いや、まったく、恥ずかしながら、そのとおりなんですぅ。もう、夢かうつつか、よう分かりません」
「ちゃぁんと、わたしが腕組んで歩かしてもらいますよって、どうぞ、御安心を」
「おお、そやな、もう時間やなあ、ほな、先生、いきましょか」
「はいっ」
「先生、今晩は、先にスケジュール決まってはるから仕方ないけど、どうぞ、今度はゆっくりといらして下さいねぇ」
 と千春ママさんが、さも名残惜しげに云ってくださると・・・

(はっ、ホンマに有り難うございましたっ。いただいたお酒っ、美味しゅうございましたっ。おつまみの数々っ、美味しゅうございましたっ。藤間紫さ・・、もといっ、吉川オーナーママさんっ、千春ママさんっ、桔梗さんっ、すずさんっ、飛鳥さんっ、そして北新地の女王であらせられます美紗子さんっ、山猿はっ、貴女方の美貌なる笑顔を胸にっ、出撃いたしますっ。明日未明っ、北新地上空を三度旋回する飛行機はっ、せめて山猿が感謝を込めたっ、お別れの御挨拶とも思し召せっ。)

なかば叫びつつ、きょーつけぇ、して敬礼しながら出てゆきたくもなったのだが、ふと桃色観音さんに腕組みしていただいた刹那には、アハアァァ・・、腰がくだけてへたり込みそうな山猿なのである。さらに、村瀬本部長はじめ黒服の皆さん方への感謝をも忘れてしまっていたことを、この時の山猿は気づいてもいなかったのである。

(あー、もう、ホンマに、マジで、いっぱいいっぱいですぅ・・。本当に、皆さん、ゴメンなさいねっ。)

 いざ、お店を出るところでは、お土産まで頂戴したのだが、どうにも持てそうにないと想ったらしい桃色観音さんが、ごく自然に受けとってくださった。
 しかも、本当にクラブ吉川の女性たち総出にてのお見送りにて、もう今生に二度と戻ることはできないであろう、その超一流高級クラブ吉川を、あとにしたのだった。

(どうせ生きては帰れぬ片道切符、なにを、くよくよするものか。)

「先生、この店はねえ、特攻隊の女の子が仰山いてますねんで」
 つぎの転戦地であるクラブ岩室へ向かう道すがら、とある店の前を通過しながら、ニヤリ、笑いつつ会長がふり返った。
「もう、会長さん、そんなん知らんわ、ねえ、先生」
「えへぇ、もう、何がなんだか、サッパリですわぁ」
 桃色観音さんと仲良く腕組んで歩く山猿を、その通りすがりに見かけた人なら、たぶん、お目当ての別嬪婦警さんにわざと捕まり、悦びながら連行されてゆくチカン野郎にも映ったであろうか・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 21:06 | Comment(0) | 実録 華も実もある北新地物語

今回はマジメに、ざっと北新地の歴史なんぞを語らせていただきました。修正、訂正などございましたら、ただちに御一報をお願い申し上げます。合掌

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北新地物語

 さても、北新地という、この日本屈指に高級なる一大飲食店街の歴史は、徳川幕府第三代将軍家光の次男である綱吉が、ついに第五代将軍に宣下されて五年後、上方は堂島に開拓された新地に始まる、という。

 当時には、北の遊郭とも呼ばわれて盛況であった。
が、間を置かずして、いわゆる米市場が堂島に移されたため、遊郭は、曾根崎川をはさんで北の対岸に拓かれた新地へと移転した、ともいうのである。
 こうして曾根崎新地は、当世に富裕富豪を誇る米商人らの、すなわち御大尽遊びを数寄放題にさせつつ、いっそ京の祇園にも負けず劣らずして繁栄をつづけた。

 しかし、ついに明治四十二(1909)年に発生した北の大火、すなわち世にいう、天満焼け、によって、ほぼ壊滅・・、そのガレキもて曾根崎川を埋め立てては、見事に復興を果たして現在にまで至る、ともいうからには、まこと上方としての土性骨と意気地をも誇っていい。

 あるいは、そうした誇りとは、たとえばパチンコ店や風俗店などが皆無、というあたりにも目映く実感できるものであろう。
 つまりは、戦後復興にて昭和日本が沸きに沸いた高度成長期、さらには平成のバブル景気最高潮の大波にすら微動だにせずして、ただひたすら先人の誇りを忘れず、さらに洗練されつづける街なのである。
 したがって、この街には、ふと幕末を彩る祇園にも似て、妖艶でありながら、いかにも粋で洒脱なる逸話が絶えない。

 たちまち、これから山猿が向かわんとするクラブ岩室がオープン当時のことである。
 世相としては、かの日本万国博覧会すなわち大阪万博の熱気のうちに、テレビでは園まりが一世風靡しおる頃であった。

 開店して間もない岩室に遊びにきた客が、初めて横についた女の子に頬笑んだと思いきや、いきなりパンティーストッキングを引き破った。
 むろん、女の子は恐慌しきりとなったが、その客は、さらに二人、三人と同様なる振る舞いをした、というのである。
 ところが、先んじて店には当時にも超高級ブランドのパンストを束にして納入しており、唐突なる乱暴ではあったにせよ、ようは気に入った女の子への御祝儀なのであった。
 しかも、これが、またたく間に噂となっては北新地で流行った。その男を北新地で見かけるや、たちまち女の子たちが群がった、というのである。

「やるほうも、やるほうですけどな、すかさず、それを艶っぽい洒落として受けとめる女の子たち・・、これが北新地に生きる女の心意気っちゅうもんですわ。ちなみに、先生、やらかしたんが、じつは、僕の叔父貴ですねん。ほんま、やんちゃなおっさんですわ」

 しみじみと懐かしむように話する会長の横で、さも無邪気げなる屈託のなさもてグラスをかたむける観音さんが、じつは、そのクラブ岩室から出迎えにきた女の子なのである・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 16:41 | Comment(0) | 実録 華も実もある北新地物語

北新地の皆さん、今宵もお疲れ様です。 この物語も、いよいよ佳境にさしかかりましては、できるかぎり北新地の夜を再現したいと張り切っておりますので、どうぞ今後とも、乞う御期待!!合掌

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北新地物語

「まあ、先生、今晩は北新地に初御目見得っちゅうことで、次から次へと賑やかにやるやら知れまへんけど、どうぞ、しっかりアフターまでつき合うたっとくなはれや」
 じつは会長さん、あまり酒量のすすむほうではない。
北新地もしくは銀座で完成させたという、アルコール薄めの自分流カクテルのようなものを、ほんの少しずつ飲んでいるのである。

(そらそやわなぁ、こないして超一流高級クラブでくつろいでても、いつヒットマンが突っかかってくるや知れへんもなあ・・。ワイみたいに、北新地で死ぬなら本望やぁ、てな調子で酔うてしまうワケには、いかんわなあ。)

 などというような人ではないことを、重ねて断っておこう。
「けど、先生、けっこう早めの新幹線で大阪入りしはったんやったら、あんまり寝てないんとちがいますの?これから何軒もまわらはって、アフターて・・、大丈夫ですかぁ」
 なんて、ちょっとでも千春ママさんが不安げな顔をすると・・・

(なぁに、千春さん、そがあに心配せぇでもええんじゃけえ。幕府艦隊の四杯や五杯、あんたに頂戴した土佐っぽ扇子一本で、キリキリ舞いさしちゃるけえのう。ほれ、ついさっき、あし田で美味かった一寸豆の密煮でも食らうて、八海山で白河夜船と洒落ちょってくれ、のう、千春さん。)

てなことを想いつつ・・
「はい、御世話になりますぅ」
 とて、いただいた龍馬扇で自らをあおいだり・・
「わあ、先生、それ、ステキィ、すごい似合うてはりますね」
「ほんまぁ、ええ色やし」
「ちょっと見せてもろうてええですかぁ」
 と褒めそやしてくれる桔梗さん、すずさん、飛鳥さぁん、と次々ゆったり扇がしてもらったり・・・
「えへっ、さっき、千春ママさんにいただいたんですよぉ」
 そんな似合うてますかぁ・・、また、ハタハタと自分をあおいだりしては、すっかり蕩児気分も絶好調なる山猿なのだった。

(アフター・・、なんてステキな響きなんやろ。生まれて初めて連れてきてもろた、あこがれの北新地で、し・か・も・・アフターまでオマケしてくれるやなんて・・、ああ、北新地のアフターかあ。)

アフターというのがどういうことなのか、よく分かりもしないクセに、もう夢はでっかく、どんどん膨らんでゆくばかりでもある。
「もう、ぼちぼち、お迎えがきますよ、先生」
 有頂天なる山猿を、さも機嫌よさげにながめながらも、チラッ、と腕時計を見た会長は、千春ママさんの耳元でなにやらささやいた。コクン、とうなずいたママさんが、最寄りの黒服の兄ちゃんにサインを送った、と思いきや、心得ておりますっ、とて黒服のにいちゃんが真顔でうなずきかえしている。むろん、山猿には何が何だか分かるはずもない。

 と、ちょうど、そんなところへ・・・
「今晩はぁ、会長さん、菅先生、お迎えにあがりましたあ」
 さながら醍醐の花見にて大満足かつ上機嫌の秀吉が、ちょいと一休み、と腰掛けていた満開桜の木陰に、パアッ、と目映い陽光が差し込んだかのようであった。
 ふと酔いも忘れるかのように艶やかなる桃色の着物を、さも若々しくして小粋に着こなした生き仏さんが、ほろほろ、と微笑しながら近づいてきたのである。
その見事さは、ほんの一瞬ではあるにせよ、クラブ吉川の賑わいをも呑んでしまったほどであった。

 さらに、この観音さんの聡明さは、それをちゃんと自覚しているようで・・・
「いつも御世話になってますぅ」
 ちょっと喉がかわいてしもたし一杯いただきますわぁ・・、とでも云うような屈託のなさで、すぐにクラブ吉川のお客へと化けてしまった。これは、むろん北新地ホステスさんすべてに想うことではある、が、たとえば幕末の男たちが愛したであろう、女性として華麗なる愛くるしさのなかにも、ビシッ!と一本スジのとおって凜とした腹の据えようを、もう惚れ惚れと感得した山猿なのである。

 もう、ゴチャゴチャ云わんと公式を出せえっ!!
という、俗世亡者の絶叫も聞こえぬ山猿ではないのだが、あえて、まだ発表せずにおきたい。
 なんだかんだと云いたいものの、ようするに山猿、もはや今宵は、けっこう酔うてしまっているのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 00:45 | Comment(0) | 実録 華も実もある北新地物語