2009年12月05日

きたる八日は、いよいよ今年の結願(けちがん)ってことで、大通寺の縁日です。今年の無事を感謝しつつ、また来年の大願成就を祈念します。

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愛媛国縁起


おもしろきことも無き世をおもしろく・・


『愛媛国縁起』
【乃麻埜(のおの) 『媛国攻陣始末記』を物語りて・・・】

「しかも、狙うは」
 都祢那賀(つねなが)は言ノ葉を区切り、先ほど殊里(しゅり)が捨てた枯枝を拾って・・
「本陣にて酔い潰れた神武(かみたけ)の腐れ首一つ」
 と、指した。
そして
「遠海(えんかい)、夜明けまで、どれ程の時がある」
 と問うている。
遠海は夜空を見上げ・・
「あの黄色い三ツ星が見え申すか」
 と、妙な応えをした。
都祢那賀も、遠海の指す方向を見上げ・・
「三つ並んだ、少し大ぶりな星だな」
 と云うのである。
「この季節、ここから見上げて、あの屋根の端に重なれば、そうさな、馬ほどの大熊二頭、手慣れた猟師が皮剥いで肉を捌き終える。若様でも、きれいに全皮を剥げるほどの時や」

 はてさて、吾【あ=乃麻埜】などには見当もつかぬが、当時の都祢那賀にはよく分かったのであろう。摩訶不思議で大ざっぱな云い回しのようで、しかし、当事者にとっては身体で感じる事のできる絶妙の表現ではなかったか。

 とうの都祢那賀は
「よし」
 と了解している。
おそらくは夜半、まだ夜明けは遠い、そんな刻であったろう。
「この村々に早馬を出せ。女子供もたたき起こし、松明を持たせて辺りを駆け踊らせよ」
「松明で踊りとや」
 遠海も紗貴(しゃき)も解しかねたが、都祢那賀は
「歯痒し」
 と身をよじった。
軍慮を、うまく言ノ葉にできないがゆえとては、自身への苛立ちではある。何せ、まだ子供なのである。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 06:18 | Comment(4) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2009年08月21日

練習ついでに・・

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 ようやく、写真の向きだけは、まともになってきました。
これは・・、いわゆる自画自賛ってやつですね。人間の果てしない欲望と我儘(わがまま)によって、ついに狂った蟻を描いてみたのですが・・、なかなか、いい出来栄えじゃあないですか。

 えっ?!いや・・、いい出来でしょう・・!?

 さても・・・
たくさんの皆さんが遊びにきてくれてるのは、心から感謝です。
できれば、クリックやらコメントなんかも、どしどしお願いいたします。しかし、なんだか最近は、いわゆるアダルト系のコメントが時々ありますねえ。いや、僕は決してアダルト系がキライなわけではなく、むしろ大好きですけど・・、このブログでは御遠慮願いたいものでして、気がついたなら削除させていただいてる次第です。

 まあ、個人的にはAV女優さんとかにも大好きな女性がたくさんいますし、なんていうか・・、皆さん、まさに裸一貫で頑張ってらっしゃるあたり、ある意味で心から真面目に尊敬している僕なんです。しょせんは人間、男としては、女性の裸体にまさる美なんて、そうそうあるもんじゃない!!とも思っております。

 とはいえ、やはり社会的良識ってやつも大切ですしね、昨今の世の中を、ざっと眺めつつ想いおりますことは・・、やはり節操と恥じらいというものを、僕を含めて大人たちが、もう一度、しっかりと思い出し、また肝に銘じなければならない、とも考えています。

 古来、日本人の賢さとは、天然を畏敬しつつ生かされていることに感謝する謙虚さと、人間としての恥というものを知っているあたりではなかったでしょうか?!少なくとも僕は、そう思っています。

 いよいよ選挙も近づきおりますが、国会議員はじめ県市町村議員にいたるまで、すなわち政治というものにたずさわる人々のうちに、人としての恥をわきまえている方々が、いったいぜんたい、どのくらいおられることでしょう・・。

 これから先、この国に産まれ育って生きてゆくのは、たちまち皆さんの御子孫なんですよ。目先の欲望にかられて、恥知らずなやりたい放題などは、もう、きっぱりとやめたほうがいいんじゃないですか?!たとえばテレビがいいものではないことは、おそらく大勢の皆さんが知ってらっしゃることでしょう?!よくないものなら、スイッチを入れなければいいんです。

 僕は、じつは日本昔話が大好きです。あるいは金銭的、物質的には貧しくて何も無かった、まこと不便きわまりない時代に、僕たちの御先祖様は、人としての謙虚さを忘れず、恥を忘れず、お互いを思いやる心を忘れずして、和やかに生きていたのだ、と僕は想っています。私利私欲にとらわれて、他を蔑ろにするようなことは、皆さん方の御子孫のためにこそ、もうやめたほうがいいのではないでしょうか?!僕も、つとめて慎みたい・・、と思っております。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:03 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2008年11月09日

直筆の葉書で便りを出そうと決心したものの…失恋

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ヘタなんですexclamation
とにかく字が…とてつもなく下手なんですexclamation×2どのくらいヘタかと云うと失恋それはもう、どうにも説明できないくらいに下手なんですexclamation×2
字が下手な例えとしては、よく、ミミズが這いまわったような…とか、蝿が止まっているような…などと云う人々がおられますよね眼鏡僕の字の形容としては…とても間に合いません失恋

僕の直筆葉書を受け取った方々は、きっと「バカにしやがってぇ…」と不愉快な気持ちになり、あるいは、いきなり破り捨てたくなったり…いっそ燃やしてしまいたくなるやも知れません。いや、それこそ正常な反応だと思ってはおります、僕なんです。

思い出せば、あれは…まだ無垢な少年の頃…揺れるハート
いわゆる習字の時間です。小学生のうちは「大変に元気があってよろしい晴れ」と誉めてもらえました。それが中学時代には…習字担当の先生がいきなり怒り出しては「真面目に書きなさいexclamation×2」と…真顔で叫びました。交換日記なるものを申し込んできたのは学年のちがう女の子…まさに知らぬがホトケ…っていうか…厳冬のエベレスト登頂に真っ裸で挑むようなものでして…それでも揺れるハート恋は盲目キスマークとも申しますとおり…何度かはやり取り成立したような記憶がありますね眼鏡

やがて高校生になりますと…やはりジョンレノンに深く心酔しつつ傾倒しきりのロマンチックな文系学生としては…小説なるものを、レポート用紙の裏表びっしり十枚くらいに直筆で書き下ろしては、現代国語の女性教師に「これで芥川賞とりたいんですけど〜揺れるハート」とて、真剣な面持ちで差し出しました…受け取った先生は眼鏡そのレポート用紙には一瞥もくれずに眼鏡じいっと僕の眼を真顔で見つめたまま、ゆっくりとレポート用紙を二つに裂き…四つに破り…八つまで頑張ってはキスマーク「バカなこと云わんと、しっかり勉強しなさい」と静かな口調で…自分の机の横にあるゴミ箱に捨てました。あらためて思い出せば、あんまりだ…と感じている次第です…失恋

ともかくexclamation字が下手なんですexclamation×2たとえば、自分で書いたメモは…覚えているうちに読み返しても…少し読解しにくいくらいです揺れるハート

ワープロという装置を創造して下さいました皆々様に心から感謝しきりの僕なんです。もしも…僕の直筆葉書などを受け取った方々は黒ハート決して不幸のハガキなどと勘違いなさいませんように…どんなにヘタであろうとも、本当に心尽くして書いておりますし…揺れるハート

並んでいるのは絵とか象形文字なんかじゃあないぜ日本語の…漢字とか片仮名とか平仮名なんだぜ…失恋

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 16:04 | Comment(1) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2008年11月06日

横浜市立学校、トイレ清掃復活に教職員から賛否両論・・?!

応仁元(1467)年の京で勃発しては、またたく間に日本六十余州へと拡大した、いわゆる応仁の乱ののちには、乱世とも云われますように、戦火の絶えない、また山賊や海賊やら夜盗などの横行する物騒で殺伐とした世相と成り果てますよね・・。こうした乱世は、ざっと100年ほども続いた・・、と日本史には云います。

この乱世に巨なる終止符を打ったのは、かの織田信長であった、とも云うのが、およそ戦国史における定説とも想う僕なんです。
永禄十一(1568)年九月、いよいよ室町幕府第十五代将軍となるべき足利義昭を奉じて上洛を果たした時が、すなわち巨なる終止符であった、というわけですね。みなさんが御存知のとおり、これ以降にも大きな合戦は幾つとなく続きます。主には信長の云う天下布武にむけた戦いでもあり、むろん、それを阻止せんと踏ん張る諸大名や武将たちの戦いでもあったことでした・・。

まあ、このページでは、それはさておき、僕が敬愛してやまない織田信長という人の見事さは・・、上洛を果たした時に、抵抗勢力であった三好家残党らを駆逐したのは当たり前でしょうけども、まず将兵に手分けしてさせたことは京と近隣の清掃なんですね。
この頃の京は、さながら地獄絵図が現出したかのような荒れ放題の在りさまだったそうで、都の大路や小路や、その辻々、また鴨の川原にも、その流れをさまたげるほどに夥しい死骸が捨て置きにされては野ざらし状態だった・・、と伝わります。これを片付けさせ、上京すなわち内裏やら室町御所の在るあたりは、弓槍刀を竹ほうきに持ち替えさせて掃き清めた、という次第ですね。

もちろん将兵たちは殺気立っていますし、やはり女性を欲するのも本能に近い心理でしょう。こうした将兵に対しては、乱暴停止【ほんとうは、もっと難しげな漢字で書きますし、読みも、らんぼうちょうじ、と気どります】という軍令を出すのが、この頃の大将たる心得でした。現在にまで残る諸大名や名のある武将らの書状にも、珍しくはないものでして、ただし、大勢の将兵ですから、なかなか徹底させることは難しかったようで、戦地における略奪や強姦なども、また珍しくはないものですよね。

信長も出しました、が、この人のすさまじさは、一銭斬り、という厳命です。たとえ一銭を盗んでも斬刑に処す!というものでして・・、ですから云うまでもなく庶民に乱暴や狼藉を働いたり、あまっさえ強姦なんぞしようものなら、それこそ問答無用の即座に斬り捨てなんですね。しかも信長という人は、やると云ったらやる!男でしたから、たとえば、のちに二条御所を造営する作業現場にて、周囲で見物する女性をからかった者は悲惨でしたでしょう。
現場監督していて、これを見た信長は駆け出して抜刀し、ただの一言すらも云わずに、その者の首を刎ねています・・。

ですから信長の将兵は、つねに粛々として行儀がよく、また信長の
領地となった国に住み暮らす庶民らは、夜でも雨戸を開け放して熟睡できた、とか、婦女子の夜歩きも安心だった、などと伝わっていますね。いまだ乱世に在って、しかも驚くべき治安維持ではないですか。こうした事に限らず、信長という人には、まこと人間として大切な事どもを勉強させていただいております、僕なんです。

さて、今日の表題にしたニュースは、たちまち清掃に関するものでして、いやはや・・、またも、まことに、まったく、嘆かわしくも情けない!!と、僕は思いおります。

「わしらが若い頃にゃあ、当番ちゅうもんがあってのう、みなで便所掃除するんが当たり前じゃったわい。なんぞ悪さでもした日にゃあ、罰として一人でやらされたもんじゃ」

それでいいのだ!!と、おそらく天才バカボンのお父さんも云うはずだ、と僕は信じています。まず、共働きするためとて、我が子を躾ける、ということを忘れて学校に依頼したPTAの方々がおりました。また、教育現場では、道徳とか倫理の教育を排除したことも、です。むろん、ほかにも様々なことがあるでしょう。それらが相乗して育成された子供達が、すでに親となり、たとえばモンスターペアレントだのと云われ、その子供らはモンスターチルドレンと成り果てて、昨今には異常きわまりない事件の数々を量産するに至っている、というふうに僕は考えているわけです。

いいですか・・、無菌室の蒸留水では、ながく生命は育めないんですよ。そうして、この地球に営まれる世の中は、無菌室でもなければ、蒸留水のなかでもないんですよ。数年前に日本の子供達の学力を国際的に比較したというニュースでは、最下位から数えたほうが早かったように記憶しております。批評は、知識はあるが応用力がない・・、といった主旨だったとも記憶しおります。
これって・・、自分では賢いと思っている何とやら、そのものでしょう。どうぞ、自他共に尊重し合い、協力し合いながら素晴らしい人生を生き抜く力を、これからの子供達に残してあげて下さい!!

と、愚かながらも心の底より祈念しつつ、つたない筆を働かせようとしている・・、そんな僕なんです。




posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 10:00 | Comment(2) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2008年11月01日

空幕長や校長に同情しつつ…朔日詣りしてきた今日揺れるハート

いったい、この国はどこまで情けないところまで堕ちてしまったのであろうか…などと、しみじみ嘆き哀しむばかりの心地もて…失恋いや、であればこそ、僕にも、ささやかであれ何かしら未来の人々に役立つ仕事をさせていただけますように…揺れるハートとて在所のお伊曽乃(いその)さんに月の初日の参詣してきました晴れ

田母神さんの論文を全部読んだわけではありませんが…マスコミなどから見聞するに眼鏡まったく田母神さんのおっしゃいますとおりだ眼鏡と考えている僕なんです揺れるハートじつは僕の故郷であります愛媛県西条市とは、かの神風特別攻撃隊の第一に指命されたる関行男大尉の出身地であります晴れ

しかも関大尉は、僕の母校であります西条高校の先輩でもありますし揺れるハート関大尉の御母堂様の一生涯には…過酷かつ悲惨きわまりない御様子に涙を流す僕なんです揺れるハート

あらためて明記しますが晴れ僕は徹底した反戦論者であり眼鏡いわゆる右翼などでもありません揺れるハートむしろ軟派にして軟弱な男です晴れ

しかし、たとえば明治から昭和初期ひいては戦後の…少なくとも自分が生まれるまでの日本史を眺めるうちには…たとえば極東軍事裁判などと伝わるもの一つを眼鏡自分なりに入手しうるさまざまな資料を観ながら眼鏡バカな頭で熟考してみても…あれが裁判などと云えるものではないexclamation×2と思っている僕なんです揺れるハート

ともあれ眼鏡僕は、何につけても揺れるハート十人十色揺れるハートだと思っております。また、歴史という過去世界のあれこれは、後世に生きる者が理屈をこね回すものではない晴れとも考えています揺れるハート

だって歴史というのは、人類が生活して死んだ、という記録なんですからね晴れということは…ですよ、現在世界に産まれて生きて死ぬ…その一人ずつの人生そのものが、すなわち歴史そのものに違いなく、であればこそ揺れるハートたとえば恋人やら夫婦のあれこれを眼鏡どんなに親しい友人たちからも、あぁだ、こうだ、と云えるものではないでしょう。当事者でなければ分からないことが確かにあるし揺れるハートじつは、人間だからこそ、そのあたりの心の機微こそが、それこそ一生を決定してしまうことも珍しくないのです眼鏡要するに、その時代の真実は晴れその当時に産まれて生きた人々にしか分からないし眼鏡そうした人々の数だけ、それぞれに真実があるものだと眼鏡僕は思っております。ですから僕は、小説という形でしか書けないし揺れるハートたとえば研究書とか論文などは書く気持ちもないのです。要するに、人間の一生すなわち歴史そのものに違いなく、それは他人があれこれ理屈をこね回すものではないexclamation×2と僕は考えているわけです。

とはいえ、いついかなる時代にも、やはり人の世の中にて人間社会に生きるかぎりは、普遍かつ不変であるべき人間らしい在りようも必需でしょうexclamation×2自他共を辱しめてはいけないexclamation×2自他共を傷つけてはいけないexclamation×2あまっさえ自他共を殺すなどは言語道断exclamation×2これらは、決して理屈や理論などではないのですexclamation×2眼鏡揺れるハート


まずは身だしなみから整えることもよし晴れあるいは産まれ育ちが…容姿にもあらわれる晴れどちらも、そのとおりでして…人を見かけで判断してはいけない晴れということも、大切なことに違いありませんexclamation×2

ただし、ですexclamation×2やはり、人間だからこそ、時と場所ということをわきまえなければならないexclamation×2という僕なんです揺れるハートこれらは人間社会にて自他共を尊重しながら共存するために必要不可欠な一つであるexclamation×2とも僕は思っております。ゆえに…面接して不合格と判断した校長さんにも同情しつつ、こうしたことを不適切だなどと糾弾する愚かさを、僕は心の底から嘆き哀しむ者なんです失恋
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 12:09 | Comment(2) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2008年10月30日

歴史小説を書くことは…はたして懐古趣味か…眼鏡

確かに昨今には日本国の在りようにウンザリすることが多すぎる、そんな僕なんです失恋昨今っていうより、もう二十年近く前から…自分の人生というものに、ふと虚しさやら寂しさのようなやるせなさを感じつづけて…だからと云って何かしら出来たわけでもなく、ただフラフラとズルズルとダラダラと今日まで生きてきた僕でもあります失恋

そんな空しい日々を重ねているうちには、たとえば自分の幼い頃を懐かしく思い出したり、若い頃に夢みていたあれこれを…いまだに諦め切れない自分に気づいたりもして、眩しく熱いスポットライトを浴びたい揺れるハートなどと分不相応なる憧れを捨てられないまま、やはりボケエっと生きている男です。顔も体型も衰え、恋することにさえ臆病になり、本当に好きなあの娘にも想いを伝えられずに、グズグズと年老いてゆくだけの…しかし、ある時には…いやいや、お前は真面目にやってきたやないか…お陰様もいただいて、ちゃんと本も出せたやないか…などと自分で云いきかせては、いい気になって小説家などと気取ってみたり、また、ある夜には…もうダメなのか失恋と落ち込んではビールをあおって寝るだけの…情けない男であることも事実です失恋
そんな僕にとっては、いっそ遠い過去の日本に想いをはせて、歴史というもに名を刻んだ人々と空想のうちに…さも親しみこめて会話することこそが、そうやって過ごす時間が…すなわち至福のひとときともなっているわけでして揺れるハート

さて、これを他人様々がどう云われましょうとも、自分が自分なりに今現在を見つめつつ、明日に夢をつなぐことができますように黒ハートせめて自分では…懐古趣味だなんて思わないようにしなければ…揺れるハートねっ晴れ
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 16:13 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2008年07月03日

明日こそ…

思い通りにいかない日には…一杯誘いたいものですね失恋
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 21:45 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2008年07月01日

ついに7月…


とうとう晴れ平成二十年7月ですねえ眼鏡黒ハート暑い夏の日々が続きます晴れ思い切り楽しみたい黒ハートそう願っています晴れ
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 22:06 | Comment(2) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2008年06月28日

満開の紫陽花…

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紫陽花も…満開って表現していいんですよね!?しかし最近は…カタツムリを見かけなくなりましたよ。先だって、岡豊城跡にて、本当に懐かしく一匹だけ見てきたことでした。何らかの…汚染とかのせいでしょうか…だとすれば、マジで深刻な事態だと想いますが…如何なことでしょう…失恋
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 18:50 | Comment(2) | 歴史小説家菅靖匡の日常

2008年06月27日

ブレーク…


アップする写真も無いままでブレークダウン…てか…酔っぱらいました。たぶん昨日の楽しかったことが、脳のうちに焼き付いたままで消えないのでしょう…晴れ明日こそ黒ハート大願成就の日だあ晴れ
posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 22:31 | Comment(0) | 歴史小説家菅靖匡の日常