2008年11月27日

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ・・・8

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幼い頃にTVで観た越路吹雪さんに惹かれて・・ハートたち(複数ハート)

 じっさい、この頃は歌謡曲の全盛時代でありまして、テレビをつければ、どのチャンネルでも必ずと云っていいほど歌番組をやってました。両親はじめ姉や妹、それぞれに好きな歌手やら曲があって・・、もちろん僕にも好きなスターがおりました。

 まず、ブラウン管から圧倒的だったのは、越路吹雪さん黒ハート
そして沢田研二さん黒ハートこの御両所は、いま思い出しても強烈な存在感がよみがえりまする・・ハートたち(複数ハート)

 ともあれ、僕が育ったのは、まさに歌謡曲の流行る、そんな幸せな時代だったのです・・揺れるハート

「ええか、大改築でもしてないかぎり、風呂場は一つやぞ」
「そこに、まずは女子から交替で入ってな、女子全員が済んだら、ようやっと男子や」
 剣道部二年の先輩たちは、さも自慢げに教えてくれましたし、僕たち一年生は、もう聞いているだけで夢見心地でした・・ハートたち(複数ハート)
が、しかし、とても賢くて美少年だった僕は、すぐに疑問を感じたのです。とはいえ、相手は意気揚々たる先輩方・・たらーっ(汗)それは話がおかしいですね・・、などと一年生の分際で云えるものではありません。でも、美少年で賢かった僕は、思い切って云いました失恋
「先輩・・、風呂場が一つで男女交替やったら、覗けんのとちゃいますかexclamation&question
「おおっ、さすがは賢くて美少年の菅君だね」
 とは云いませんでしたが・・・
「アホッ、話はこれからや、よう聞けよ。あの施設の売りはのう、海が見える・・、っちゅうことや。大きな風呂に、親しい仲間どうしで、ゆったり浸かって、海を眺めるねん。まるで温泉旅館みたいなとこや・・、窓とかいう小さいもんと違うぞ、カベや、カベ一面がガラス張りやぞ、分かるかexclamation&question壁一面ガラスやぞっ」
 そう云う先輩の顔は紅潮し、その目には涙さえ浮かんで輝いていました。そこで、わざわざ書いてくれたのが、大変にざっとした見取り図だったわけですハートたち(複数ハート)

 その頃、コピーなんてものはありません。
あっても、それは厳重な警戒の布かれた職員室の奥のほうに鎮座ましまし、僕ら生徒が・・
「ちょっと使わせて下さいね」
 などと気軽にさわれるものではなく、ましてや、先生方にとっては意味不明のメモなどは、とても複写できるものではなかったのです失恋そこで、僕ら、まさに選ばれた幸せ者である剣道部一年生は、めいめいが自分で書き写しましたが、やはり美少年で賢かった僕は、その有り難い原紙を、まるで宝物のように持っていたのです揺れるハート

「ええか、ここや・・、ここが小高い丘になっててな・・、このコースで回り込んだら、まず発見されることはないわい。ただし、や。このあたりからは這うていけよ」
「這うていくて・・、地面をですかexclamation&question
「当たり前やんけ、空中が這えるかいっ」
「ホフク前進っちゅうやつですねexclamation&question
「おうっ、それや、それ。なんちゅうたかて、お前ら、女の裸を見放題やぞっ」
「全裸やぞっ、全裸っ、分かるかっ、なんもかんも全部見えるスッポンポンやぞっ」
「しかもやっ、一人や二人やないんやぞっ、分かるかっ、もう、どこ見てもハズレ無しっ、一々、指さしたほうに目ぇ凝らさんでも、お前、見渡すかぎりの女っ、女っ、女の裸やぞっ」
 先輩たちは、いっそう潤んだ目を輝かせて熱弁をふるい、一年生たちは、ただ・・、わあっ・・、とヨダレくりそうに口をあけて聴き惚れていました。が、しかし、さすがに美少年で賢かった当時の僕は、すぐにヨダレを拭って、やや遠慮がちに質問したものです。
「ほんで、先輩・・、先輩らは成功しはったんですかexclamation&question
「おっ、さすが賢い美少年」
 とは云われませんでしたが、にわかに先輩たちの顔は曇りました。なかには、まるで外国人みたいに肩をすくめる人もいます。
「失敗や、みな、このポイントにたどりつく前に玉砕や」
「こいつや、先鋒のこいつが先生に見つかりよってな・・」
「どこ行くんやっ、こらあっ、ちゅうて先生に呼び止められてな」
「・・・白状しはったんですかexclamation&question
「アホウッ、云えるかいっ。ただ、勝手に出歩くなっちゅうて注意されただけや」
「さすが敵さん【先生方】が一枚上手やったわい、すぐに時間割に気ぃまわしよってからにのう・・」
「ははあ、お前ら、デバガメしょう思てたな・・、云われてな、男全員が、それぞれの部屋で待機させられてよ、お前、女子の入浴タイムが終わるまで、先生が廊下で監視しとったがな」
「・・ほな・・、僕ら、最初からアカンやないですか」
「ドアホ、初めから、そないな弱音吐いてどないするっ、俺らが果たせんかった夢を、お前らが果たさんかい」
「どやっ、これが先輩の思いやりっちゅうもんじゃ、頑張れよっ」

 ははぁん・・、どうやら、これは二年の先輩らのワナやぞ・・失恋
そう見破った賢い美少年の僕は、手にしていたメモを破りすてたのでした。そうして、叶わない夢はきっぱり諦めたのか・・、と申しますと・・・、あらたな作戦に想いを馳せていたのです・・揺れるハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 18:59 | Comment(0) | 音楽の風景

2008年11月24日

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ…7

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皆さん、お早うございます揺れるハート今朝の西条市は雨…それも一日中雨降りつづきそうな気配ですよ。僕は、雪駄(せった)で外出することが多いから、特に寒い時期の…それも出先で迎える朝の雨は…ちょっとだけ辛い感じです失恋

さて…沖縄旅行で晴れまるで海外どころか、近未来の宇宙旅行までしてきたような気分で西条へ凱旋した僕も中学生晴れいわゆる学生服に身を包み…児童から生徒へと脱皮する晴れもう、大人の仲間入りです黒ハート
その頃の僕は、先に剣道の防具でも触れましたが…大変に身体の小さな美少年であったため…既成の学生服では間に合わず失恋採寸してあつらえてもらったほどでした。このまま身長が伸びなかったら…シンデレラにつきまとって弄ぶ七人の小人の仲間に入れてもらうしかない…そんな不安を振り払うかのように毎朝、ひたすら牛乳を飲んでは登校したものです…晴れ

さすがは生物学的に云うグッド(上向き矢印)成長期…同級生たちは、健やかに、順調に背を伸ばし…女の子たちは、どこもかしこも大きくなる人や…待てど暮らせど肥満ぎみの男子の胸に追いつかない人もいたりして失恋

ともあれ、僕は…剣道部に入っておりまして…小粒ながら大変に敏捷な美少年でしたから…けっこう強かったんですよ晴れまた、パターンどおり、三年生の先輩方は可愛がってくれましたが、二年生とはソリが合わず…いや、僕が大変に強い美少年だったせいでしょうか失恋…目の敵にされたりもしました晴れしかし、汗臭い部室では、先輩方が…さまざまに魅力的な雑誌などを閲覧させてくれましたし、まるで夢のようなお話もいっぱい聞かせてくれたおかげで…また一歩晴れ大人への階段を登った気にもなれましたね揺れるハートそんな日々のうちには…いわゆる研修旅行なるものがありまして…黒ハート

全体のシステムは覚えていないのですが…とにかく一年生が二泊三日だったかなあ…市外の施設で合宿するわけです揺れるハートということは…当然晴れお風呂の時間もあるわけで…眼鏡

これは一年生の恒例行事だったので…すでに先輩方は同じ経験をなさっておりますから…持参したほうが便利なグッズとか、おそらく研修授業はこんな感じだから、先生から評価されやすい手段などを眼鏡それぞれの部活の先輩方が細かく伝授してくれましたようで晴れもう一週間くらい前には、教室のあちこちに仲良しグループで群れた同級生たちが…なかには、ものすごく不安がっているヤツなんかもいて…真剣な面持ちで耳をかたむけ、手帳にメモしたりもしてたことを覚えています晴れ

「下着の替えは何枚持ってたほうがいいのか」
「研修ということは…やはり授業の一環なのだから、抜き打ちテストなども考慮しておかねばならないか」「ということは、持ってたほうがいい教科書は何だい」
「バナナはオヤツに入るんですか」

そんな同級生たちとは少し離れて、僕は剣道部の先輩方の教えを…頭のなかできちんと整理しようと…手元のメモを見つめていました黒ハートメモには、宿泊施設の晴れざっとした見取り図が描かれ、赤丸の印が…いわゆるお風呂の位置なのです…晴れ

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 08:19 | Comment(0) | 音楽の風景

2008年11月21日

音楽のある生活、歌謡曲が流行る時代の幸せ・・・6

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洋式トイレって・・

「おい、どないやねん・・、いけるか」
 僕は、こみ上げてくる便意をこらえつつ、ドア越しに優しく声をかけてあげました。するとドアの向こうから、友達の声は真剣です。
「まあ・・、いけんことはないけどな・・、これって、大と小が、いっぺんには出来へんわなあ」
「ほうか」
「しかも、狙いを定めるんが大変や・・、僕、やっぱし和式のほうがええわ」
「アホかっ、弱気になるなっ、なんちゅうても洋式やぞ、ええに決まっとるわいっ、便所くらいで泣き言云うとったら、ここの女の子ぉらに笑われてまうぞっ、男らしゅうに、しゃんとせんかいっ」
「そない云うてもなあ・・、足もメッチャ疲れるしな・・、これって腹こわしとる時とか大変やと思うでえ」
「ごちゃごちゃ云うとらんと、はよせいっ。俺が、お漏らししてまうやんか」
「すまん・・、もうちょっとや・・、おってくれよ、なあ、のぶちゃん、そこにおってくれよ」
「分かっとるわいっ、余計な心配せんと集中せいっ」

 とまあ、朝っぱらから、こんな賑やかさを、階下では不思議に思ったのでしょう・・。
「どうしたんだい」
 と、お父さんが上がってきました。そのうしろには、ワクワクと好奇心いっぱいに目を輝かせた三人姉妹が、ちょっと遠慮がちに見上げています。とっさに僕は、ここは西条代表として、しっかりと説明しなければならないひらめきと気合いを入れたものです。
「はい、ちょっと友達が困っているようなので・・」
 と云いながら、百聞は一見にしかず・・、という担任の男先生の口癖をも思い出し、さっ、とドアを開けてあげました。
「なっ・・、なにすんねんっ」
 そのドアの向こうには・・、きちっとズボンとパンツがたたまれて置かれ、ケツを丸出しにしては、まるで木からすべり落ちそうなチンパンジーっていうか、便器のタンクをお母さんと思い込んだ小猿が一匹・・、精いっぱいに首だけ振り向いて、いまにも泣き出しそうにしておりました。

 一瞬、呆気にとられたようなお父さんが、わっ、と笑いましたので、僕も、ちゃんと説明できてよかった、という安心感を噛みしめながら、いっしょに笑いました。
「お前・・、何ちゅう情けないカッコしとんねん」
「ええっ・・、いや、そのっ・・お前が・・」
「ほんま、田舎もんなんやから・・ねえ」
 そう云いながら振り返ると、すでに三人姉妹はおらず、階下から
は、もう明るく朗らかに、けたたましい笑い声が響いてきました。

「これは、こうして使うものなんだよ」
 こみあげる笑いをこらえつつ、お父さんが優しく教えてくれたとおりに、僕はトイレを済ませ、とても清々しい気持ちで、一つ大事なことを学んだ喜びでいっぱいでした。ありがとうございましたハートたち(複数ハート)しかし、なぜか連れは、ずっと辛そうでした・・。
「のぶちゃんが云うたくせに・・、そのとおりにしただけやのに・・」
「お前だっきゃ、いつまででもグズグズ云うな、男やろがいっ」
 そんなふうに慰めてあげたり、また励ましてあげたりしながら、これまた西条では小学校の研修旅行や修学旅行でも見たことないほどの大型バスで沖縄の各地を巡り、コンサートを行い、那覇から遠く離れたところでは、やはり別世界のようなホテルに宿泊しました。バスの窓からも沢山の外国人が見えましたが、駐車場やらホテルのロビーにも、ごく当たり前な感じで外国人が多く・・、西条では、僕らの秘密基地でしか見られないプレーボーイのグラビアに写っているのとソックリな金髪美人が、まるで手をのばせば触れるんじゃないか・・、と想えるほど近くに、ワンサカ、それこそ、ワンサカいました。ふと僕は内心・・、沖縄に住みたい、とさえ思ったほどでした・・。

 また、そうした金髪美人のお乳やお尻だけでなく、沖縄のものは何でも・・、たとえばコーラ一つにしても、ドラム缶サイズとか云って、僕らの知ってるそれより大きく、どころか、ジンジャーエールなどと、僕らが知らないジュースまであり、しかも、それらは、たとえば僕らが小銭を握りしめていく駄菓子屋とかではなく、自動販売機なるものに入れられているのですかわいい
「おい、これって・・、どなして買うんや」
「アホやのう、ここから小銭入れて、ノックしたら売ってくれるんや」
「ほな、こんなかに、丹とか近藤のオバちゃんみたいなんが入ってんのか、こなな狭いとこに・・、よう窒息せえへんもんやで」
 丹や近藤のオバちゃんとは、僕らが学校帰りに買い食いする駄菓子屋の人たちです。
「そないなこと云うてるから、お前ら、田舎モンや。なんぼなんでも人が入っとるかいっ、よう見てみいっ、あっこの売店や。あっこのお姉ちゃんが、俺らがお金入れるんを見とってから、ラジコンでジュース出すんや」
「おおっ、なるほど、無線かあっ、さすが沖縄やのうっ」
「そらそやで、よう考えてみい、アメリカやぞ、アメリカ軍やぞ」

 そんな僕たちを不思議そうに見ていた那覇少年少女合唱団のお友だちは、さっさとお金を入れて、ボタンを押し、ガチャガチャっと出てきたコーラやジンジャーエールなどを慣れた手つきで取り出しては、また不思議そうに僕らを見ながら、仲間のほうへ帰っていったりもしました・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 10:51 | Comment(0) | 音楽の風景

2008年11月20日

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ・・・5

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じつは飛行機に乗ったの・・初めてでした

 那覇少年少女合唱団との親善をかねた、沖縄戦没者の御霊を慰めるための、すなわちレクイエム組曲を歌いにいったわけですカラオケ
沖縄までなんて・・、そんな長旅も初めてながら、なんたって飛行機に乗るのも初めての体験でしたし・・、初めて見たスチュワーデスのお姉さんは、もう、この世の人とは想えぬ美しさでしたから、僕はずうっと、そのお姉さんの写真ばかりカメラ撮りまくりました。その頃から僕は浮気なんかしない一途なヤツでしたので、一番気に入ったお姉さん一人を狙ってシャッター切りまくった次第ですハートたち(複数ハート)

 むろんデジタルカメラなんてものは、影も形も無い頃ですしね、じっさい西条市内でもカメラを持ってる家が珍しかった、そんな時代です。ようは、沖縄に行くぞっexclamation、ってことで思い切ったようなものでしたが・・、到着して降りる時には、お姉さんが・・
「たくさん写してくれてありがとう揺れるハート現像したら送ってねキスマーク
 と満面の笑顔で見送ってくれたものです。
また、ちょうどファントムが三機、次々に離陸するのも見ることができたラッキーで、ますます興奮した僕だったんです揺れるハート

 沖縄滞在は、那覇少年少女合唱団の御父兄方のお家に、いわゆるホームステイさせていただくものでして、僕ら西条勢は二人一組でもって御世話になりました。僕のラッキーは続きます黒ハート
というのは、那覇は少年少女合唱団ですよ・・、つまりは少年のお友だちの家に泊まるヤツもいるわけでして・・、しかし、僕が御世話になったお宅は、なんと三人姉妹で団員という黒ハート
しかも、三人ともが、たとえば南沙織【漢字は不確かですが】さんのような別嬪さんばかり黒ハートだったんですねえハートたち(複数ハート)

 それも当時の那覇の中心部に在る、いかにもお金持ちですねっexclamation×2ってお家でしたから、まるで一流ホテルにいるような夢見心地だったんです。ただし・・、じつは僕も、また当然ながら、いっしょに御世話になっている連れも、洋式トイレというものを、産まれてこのかた、いっぺんも見たことが無かったんですね。
翌朝、二人で、寝室と同じ階に在るトイレをのぞき込んでは・・
「これ、どないすんねん」
 と僕が聞くと、連れは不機嫌そうに・・
「お前が知らんことを、俺が知っとるわけないやろ」
「ほうかあ・・、まあ、トイレいうくらいやから便所には間違いないはずやしなあ・・、その蓋だけめくり上げてな・・、こないして上がって・・、このタンクみたいなんにしがみついて、やったらえんちゃうか」
「さすが、のぶちゃんや。頭ええのう・・、それやっ、それしかないぞっ。どっか掴まってやらんと安定せんもんなあ」
「なっ、せやろっ、きばってる最中に足滑らしてみい・・、もう大変やんか。ウンコ半分出したままで、お前・・、打ちどころ悪かったら気絶やで」
「うん、確かにっ。それがホンマの運の尽きっちゅうやっちゃな」
「おうっ、ほな、お前、先にやらしたるわ・・」
「えっ・・失恋のぶちゃん、先にやってええよ」
「かまへん、かまへん、遠慮すなや」
「・・・なんでやのexclamation&question
「お前が先にやって、無事やったら、俺がするんやんか」
「そっ・・そんなあ・・」
「はよせいっ、グズグズしとったら、お漏らししてまうやないか。そないなったら、お前・・、俺ら、ここにはおれんようになるぞ」
「・・分かった。ほな、するわ。扉のすぐ向こうにおってくれよ。つい足滑らしたら助けてくれよ」
「分かった、分かった。そのかわり、ウンコの始末と掃除は自分でせえよ」

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 13:54 | Comment(0) | 音楽の風景

2008年11月19日

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ・・・4

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ウィーン少年合唱団みたいな・・カラオケ

 合奏部というのは、僕にとっては退屈で、いっそ苦痛な時間ともなってしまいました。なぜって・・、あらためて自問しても、とくに理由が思い出せないくらいに、ただ退屈だったんですね・・。
そこで・・、間もなく僕は『脱走部』などと改名しまして、練習が始まって、先生が譜面なんぞに気をとられているスキに、コソコソと逃げ出したり、そのうち、はなから欠席を重ねるようになりました。が、しかし、音楽の女先生は、それで諦めるほど甘くはなく・・、なんと母に・・
「のぶ君の音楽的才能を眠らせておくのは、どうしても惜しい気がしてなりません!そこで西条少年合唱団の入団試験を受けさせたいのですが・・、いかがなりや」
 と、これまた大変に迷惑・・、もとい、有り難いお話を下さいまして・・、これに、母は飛びついた次第です。

 と申しますのも、もともと母は、学生の頃にコーラス部だったそうで・・、その美声は近所中に鳴り響いていた・・、というのです。また、やはり情緒というものを育てるためにも音楽というものに取り組んでいたほうがええやろ・・ひらめきということにもなったらしく、とりあえずは試験だけでも・・、という運びとなったんですね。じつは僕としても、その合唱団についての話を聞いて、まず西条中の小学校から選抜されたヤツらが受験して、合格するのは数人、というところに雷興味をひかれましたし、なにしろ楽器などという、いかにも練習あるのみっ!みたいな面倒くさいものがいらないってあたりも、これはお手軽だなって感じで・・、イッパツ合格したわけです。

 しかし、やはり当時の僕の楽しみは剣道でしたね。
今では自分でも信じがたいことですが、その頃の僕は、いわゆるお勉強もできたし、駆けっこも一番か二番、水泳の選手にも選ばれたりってヤツでしたので・・、運動神経もよかったらしく・・、それでもってパンチ竹刀でもって誰かを思いきり叩いていいんだぞ!!黒ハートってことですから、もう面白くてしかたなかったわけで・・、また、四年生になると、なんと同級生のうちでもトップクラスに可愛い女の子が二人も入ってきましてね黒ハートその子たちの着替え、いやっ、練習する時の透き通った掛け声と・・、じっさい袴(はかま)の左右の切れ目からチラチラみえる・・揺れるハートが気合いを増幅してくれましては・・、どんなに厳しい練習でも平気でしたね黒ハート

 また、いよいよ練習に参加し始めた合唱団では・・・、ピアノを弾く女先生が・・、自分の小学校の先生とは大違いに若くて美しかったものですから・・、歌いつつ、しみじみ入団の喜びを噛みしめたものですハートたち(複数ハート)
 今となっては、ライヴに来てくれたお客さん達に・・
「その頃の僕はボーイソプラノでね、マジで天使の歌声って評判だったんですよー」
 といっても、誰ひとり信用してはくれませんし、バンド仲間たちも・・、またアホなことをほざきよらいや・・、って感じですけど、誓って本当の話です。じっさい、僕は、これにはハマりましたね。団長っていうか、会長っていうか、ともかく西条少年合唱団というものを創立した偉いさんは、藤原タケシ【すみません、御名前の漢字は忘れてます】先生という、この方は全国の小中高学生音楽界にも有名な方でしたが・・、惜しくも近年に他界なされました。

 ともあれ、僕にとっての合唱団での楽しみは、やはりコンサートでしたし、そこでソロをとることは、ついに叶いませんでしたが・・、いつか、あのマイクを独り占めしてやる・・、というような気持ちを持てたことでしたし・・、なにより演奏旅行で初めて沖縄にいけたことは、本当にラッキーでしたあ!!

続けても・・いいかい・・?!

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 13:25 | Comment(0) | 音楽の風景

2008年11月18日

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代のしあわせ・・3

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音楽ダウンロードなんて、夢のまた夢どころか・・、想像すらできなかった頃の話です・・。

「人が一所懸命にやっていることを嘲笑しちゃあいけないよ」
 そんなことを、お友だちに教えてあげようとして、ホウキの柄で思い切り頭を叩いてあげたピカピカの小学一年生は、さっそく校長先生のお招きにあずかり、なんと母親までもが校長室に接待されたのでありました・・失恋
「まあ、まあ、お母さん、男の子っちゅうのは、このくらいの元気がないと、いけませんけんねえ」
 本当に、こんなふうに大らかで頼もしい教育現場であった、そんな時代に育った僕は、ここは真面目な話・・、心の底から幸せだったなあ・・、と、つくづく感謝しきりの毎日なんです黒ハート

 ともあれ、さすがに小学生ともなると、もう僕の=将来はお医者さん=という大志を理解しつつも、快く患者さん役を引き受けてくれる女の子もいなくなりまして・・、とりあえずは実地研修を断念せざるをえなくなったわけです。しかし、人間の成長というものは、じつに絶妙というほかにないものでして・・、ちょうど、その頃には僕も、女の子と遊ぶよりは、男の子どうしではしゃぐほうが楽しくなったものです。
 また、両親はじめ先生方や周囲の大人の皆さん達が眉をひそめて
「こんなこと、してはいけません!」
 という、そんなことが・・、やってみると意外にも大変に面白く楽しいものであることに気づいたのも、やはり、この頃でした。

 学校の帰り道は、定められた通学路をはずれて、いわゆる寄り道したほうが、はるかに有意義で充実しておりますし、禁止されている買い食いをした折りには、安い駄菓子のなんと美味しかったことでしょう。
 近所のお百姓さん方が、雀など、農作物に害する野鳥を寄せつけまいとして、それこそ一所懸命にこしらえた案山子などには、僕らがどんなに叩いても蹴っても文句も泣き言も云わない辛抱強さを教えられましたし、そこに吊ってあった水中メガネを拝借して、聞き覚えたクレージーキャッツの名曲をるんるんスゥイ、スゥイ、スイダラダッタ、スラスラスイスイスゥイるんるんと大声で唄いながら道を泳いで帰る途中には、すれ違う人々が、みな微笑んでくださいました・・、が、家に帰ると、僕を一目みた母は泣き出しました。

『のぶちゃんは、元気がよく、リーダーシップにもあふれていて偉いね。もう少し真面目な集中力があったら、もっといいな』
当時の連絡帳や通信簿には、つい暗記できるくらいに書かれつづけたものです失恋

 そんなふうに過ごした低学年時代も、馬上少年過ぐ・・、とでも申しましょうか。中学年になると、また一段と厳しい男先生が担任となりまして・・、かといって、道草(みちくさ)や買い食いや、あるいはスカートめくりなどが、先生のビンタと引き替えに諦められるようなものではなく、しかも心身ともの発育は、ますます盛んなのであります。図画担当の女先生の指導のもとに行われる写生の時間には、しゃがんだ女先生の正面にまわり込んで、地面にホッペをすりつけなければ見えない光景こそが、僕ら至福の時でした。
「各自いっそう奮励努力せよっ!」
 こんな僕の号令に、仲良しグループのみんなも張り切ったものです。まるで無防備な女先生の白い太ももは、こうして書きながら思い出しても、まるで昨日のことのように鮮明な像を脳裏に浮かび上がらせますが、そのあと、したたかに頂戴したビンタの痛みなどは、ついに忘れてしまっています・・・、○○先生、有り難うございました!!黒ハート

 僕の通う小学校に、いわゆる剣道会なるものが発足したのは、ちょうどこの頃、僕が小学三年生の時です。師範の先生は小学校の近所に住む、剣道界では愛媛県下に屈指の偉いさんで・・、当時の僕にとっては幸か不幸か、本家の伯父さんや父も懇意の方でした。
「健全な肉体に健全な精神が宿る!その逆もまた然り!」
 これを聞いた伯父さんや父は、すぐさま僕を頼むことを思いついたらしく・・、しかし・・、なにしろ剣道には防具が必要だし、重いものだから、まずは小学四年生からでなければ難しい、とのこと。しかも、当時には広く流行っているものではないためか、市販されている防具は標準サイズしかなく、しかも高価だぞ・・。
「かまんっ。のぶは身体も小まいけんのう、既製品が大きすぎるんやったら特注してでも買うたるっ。頼むけんっ、入れてくれっ」
 幼少の頃には病弱であったため、ついつい甘やかしたことを反省したという親族の切なる願いにて、僕は剣道を始めることができたわけです。ここも真面目な話・・、今では、つくづく有り難い!と感謝しきりです。

 さあ、これで少しはおとなしくなるであろう・・、と周囲の大人の方々は安心なさったことでしょう。
(ようやく、私の手にもおえそうね・・。)
と、想ったかどうか・・、は知りませんが、音楽担当の女先生が、僕に急接近しては、さも勢いこんでくれたのも、じつは同じ頃です。
「のぶちゃんには間違いなく、音楽にもセンスがありますっ」
 夏休み前の懇談会などで、つよく母を説得したもので・・、こうして僕は小学校の合奏部に入れられました揺れるハート
なんと、まず命ぜられたのはハーモニカ・・、それも授業で使っている安物ではなく、吹口が二段に分かれている高級品でした。

(これで僕も、いよいよ文武両道をゆくかよ・・。)
などと、ゆめにも想うわけがない僕でありました・・。

続く・・黒ハート

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 13:22 | Comment(0) | 音楽の風景

2008年11月17日

音楽のある生活、歌謡曲の流行る時代の幸せ…2音楽

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今でも、僕は…音楽っていうものは、技術じぁあないぜ!感性ってやつだぜ!!
と信じています晴れ
まあ、自分が下手だから、言い訳してるんでしょ失恋
と云う人々もいるでしょうけどね…晴れ
いや、演奏するためには、当然ながら技術があるほうがいいのでしょうが…要するに聴いてくださる人々の理性を突き抜けてキスマーク心を震わせることができるのは、やっぱり技術じぁあないぜ!!と思っているんです黒ハート

小学生の頃には…

さても…産まれて三年ほどは大変に病弱で…それでも助けていただきました感謝の意を幼心に刻んでは…いつか僕もお医者になろうとて…まずインターンから…と思いついては、近隣の女の子を説得しつつ、お医者さんごっこに励む揺れるハートいたいけな幼児も、やがて小学校入学です晴れ

こうして、あらためて思い出せば…自分でも不思議な気持ちになるくらい…その日の出来事を、まったく克明に覚えている僕なんです眼鏡初めて教室に入っては担任の女性教師【もっとも、当時には、女の先生、と云ってましたが】の指導のもと…同級生となったお友だちに、それぞれ自己紹介するために一人ずつ…いわゆる教壇に立つんです。

すると、先生は教室の前方…運動場に面した窓際に置かれた古いオルガンでもって…起立、礼、着席、という定番のコードを弾きまして…もちろん、みんなは着席のままで頭だけ下げますが眼鏡教壇に立った子は…緊張しながら、気をつけ【体育系の先生の発音は、きょーつけぇ!でした】して、カキッ!コキッ!ギクシャク!?って感じで揺れるハートそれぞれ自己紹介してゆくんです。
「なんでもいいから、いまの自分の一番好きなことや得意なことをして、お友だちに教えてあげましょう。思いつかない人は、好きな食べ物のことでも何でもいいからね、大きな声でお話してね」

みんな、出席簿順に呼ばれましては…たとえば、しゃんしゃん【しっかり晴れという意の方言】した女の子なら、自分でオルガン弾いたり、ハキハキと得意なことを喋ったりしますが、だいたい男児は、妙に照れた感じでモジモジしたりグズグズするヤツが多くて…やがて僕の番になりました晴れ

黒板を背にして、右方に先生のオルガンという立ち位置で…みんなが僕を見つめています揺れるハート僕は、大きな声で好きな唄を歌いました晴れ歌っているうちに、後ろのほうの男児が二人…お互いの顔を見合わせながらクスクスって笑っておりました失恋

やがて、入学して初めての放課後…みんなで手分けしてお掃除の時間…僕は、教室の後ろにある掃除道具の収納ロッカーからホウキを取り出しては…その柄で、僕を笑ったお友だち二人を晴れ思い切り叩いてあげました晴れ

さっそく校長先生が、僕に会いたい…と、大変にお忙しいなかにもかかわらず、わざわざ面会を申し込んで下さり…少し帰りが遅くなることまで気遣って下さったらしく…校長室には母まで招待していただきました揺れるハート

続く…

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 06:41 | Comment(0) | 音楽の風景

2008年11月16日

音楽のある生活、歌謡曲が流行る時代の幸せ…揺れるハート

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今日は、午後から友達が出演するジャズライヴに出かける予定です音楽
先だって晴れチケットをもらったんです、ありがとうキスマーク
あらためて思い起こせば…僕が音楽に惹かれたのは、女の子にモテたい揺れるハートという純真無垢な願望によるものでありました音楽

ということで…ここでは僕の…個人的音楽史を書きとめておきます。
だって…いつ、何が起こるやら分からないから…晴れ

幼少の風景…

じつは、僕は…どうしても母乳をうけつけない乳児だったそうで…本当に餓死寸前ってところまでになったらしく失恋もう両親はじめ親戚や…掛かり付けのお医者さんまでもが絶望し始めた頃、本家の曾祖母が

「どうせ死ぬんやったら…何でもええ!ひもじい【空腹、という意】まんまで死なすんは、あんまりに可哀想や!せめて、お腹いっぱいにして、逝かしてやってつか!」

と云ってくれたそうで晴れそれで…まさに末期(まつご)の水よろしく、ちょうど本家で飼っていた山羊のお乳を哺乳瓶に入れて飲ませてくれたそうなんですね揺れるハート

すると…もう僕は、チュッキスマークチュッキスマークチュッキスマークって、瞬く間に飲みほしたそうで…それで生命を救われた揺れるハートそんなヤツだそうです晴れ

さあ、それから三才くらいまでは、大変に病弱な幼児だったらしく、しかも、大変な甘えん坊将軍だったそうで…いつも母が背負ってなければ、泣いて泣いて、泣いてしかたなかった…とも聞きおよびます眼鏡

ちょっと熱を出せば、真夜中でも、両親が…掛かり付けのお医者さんまで…その当時には、まだ自家用車なんて無い頃でしたから、けっこうな距離を…ぐずる僕を背負って、自転車で走ったそうです黒ハート

「お前ら…ほんまに子育てが下手なやっちゃねや」

掛かり付けのお医者さんは、西条市大町で加藤医院を開業されておりました加藤先生…その医院には当時は産婦人科もありましたので…まさに僕は、産まれる前からお世話になりっぱなしのお医者さんでしてね…黒ハートまったく何度となく生命を助けていただきました黒ハート

ちなみに…加藤先生は、かの関大尉【散華ののち二階級特進にて中佐】の大親友であられます。つくづく、縁というものの深淵なる摩訶不思議を感じおります黒ハート両親はもとより、曾祖母はじめ親戚の方々、加藤先生…また周囲の皆さん黒ハート
御先祖はじめ故先人の方々黒ハート
あらためて、ありがとうございます晴れと心の底から感謝しおります次第です揺れるハート

さて、そんなふうに周囲の手を焼かせ続けた僕は…と申しますと…お陰様にて幼稚園に入園した頃からは、風邪一つひかない大丈夫となりましてね…晴れ
やはり…大きくなったら病気で苦しむ多くの人々を救ってあげたい!!黒ハートという一大決心を幼心にも刻んでは…寸暇を惜しむようにして、お医者さんごっこに勤(いそ)しんだことでした晴れ
続く…

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 07:55 | Comment(0) | 音楽の風景