2009年06月11日

心配するなっ!!子供は元気に遊べばいい。

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花咲く日のこと

 花の種の仲間達は、みな呆れましたのえ。
「なんぼなんでも、そないな臭いとこ選ばんでもよろしがな」
「わてらも反省したし、もう同じ失敗はせえへんけど、あんた、そらヤリすぎだっせ」
「そやがな、そんな腐った水飲んだら病気になって、花咲かすどころやおまへんで。生命あっての物種やがな」
「ええカッコしょう思うてからに、嫌味だっせえ」
 けど、その花の種は、言い返しもせんと腐りかけて濁った水の中へ沈んでいったのどす・・。

 そのほかの花達は一年にいっぺん、なんぼ控えめなもんでも三年や八年のうちには見事に咲いてみせますけど、沼に沈んだ種は十年たっても二十年たっても五十年たっても咲くどころか、浮かんでもきまへんどした。

 そうして、みな忘れかけた百年ほどののちどす。
腐りかけて濁った沼の水上に、ほっかりと見事すぎる大輪の、この世では見たこともないほどに美しい花が咲いて浮かんだのどす。
観音様も、ほかの神仏様も一目惚れしやはりましたそうな。
その名を、蓮の花、と申しますのんえ。

 観音様は、そらもう大変に誉めはりましてなあ、お百姓さんが一所懸命に耕して米をつくる、大切な田んぼを優しく守る花にもおんなじ名をつけはって、一年にいっぺん美しく咲き誇れるようにしはったのどす。蓮華草いう小さいな、ほんまに愛らしい花どすえ。

 それが広々とした田んぼ一面に咲く春の日、そこで子供らが元気に走りまわって遊べる世の中に、またなったらよろしのになあ・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:00 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

2009年06月10日

日本語を大切にしよう!!ことに地元の方言をみなおそうっ!!

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花咲く日のこと5

 そうするうちには人々も賢うなってきて、お互いの生命を大切にする心を持つようになりましたし、殺し合うよりは助け合うて生きていくようになったのどす。

 ところが、どすわ。いつの日か花が花どうし、互いの美しさを競うようになってきたのどす。
「うちのほうが綺麗よ」
「わたいなんか人に誉められっぱなしや」
「わてかて負けへんで」
 地上を癒して潤いを与えとった花が、そんな調子どすよって、まあ寒い寒い季節ばっかりになってしもて、とうとう長い間の氷の世界になってしもて、みな枯れてしもうたのどっせ。

「ふむふむ。そら、花も生物やし心もあるわなあ。よっしゃ、次はこないしたろ」
 観音様は、その暖かく甘い吐息で氷の世界を救わはって、花の種達を手のひらに集めはって、こう云わはったのどす。
「みな、きれいな花やったし、上手に咲く自信もついたやろ。そこでや、次はいよいよ、ただ黙ってそっと咲くちゅうことを心がけよし。いつの日にか、それをしっかり守ってる花の上に、わてら仏や神をまったりと憩わせとくれやす」
 そう言い聞かせて、ふっと息を吹きかけると、花の種達はまた思い思いの場所へ飛んでいって、根をおろし、芽を出し始めたのどす。

 さて、その中の一つだけが、なぜか前とは違う場所を選んだのどっせ。そこは水が腐りかけて濁った、人も寄りつかへん沼地どした・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:24 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

2009年06月09日

京都弁の古いのって・・、すき。

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花咲く日のこと4

「花というのんは、そっと咲いとる、ただそんだけでええのんえ。人が見てよが見てなかろうが、綺麗やと愛でられようが、ブサイクやなあ・・て笑われようが、そんなんどうでもよろし。あんたらが、自分の気に入ったとこで思いどおりの花を咲かせる、そんだけでええのんえ。花を咲かせるちゅうことは、それだけで大変なことや。けどな、花咲く日を夢見て、しっかりと自分を信じて、ただ咲いて風に揺れるだけっちゅう、その清らかな心を忘れなんだら、必ず花は咲きます。そんなあんたらの可憐な姿に、いつの日にか人々も教えられ、また学んで、他を思いやる慈愛の心に目覚めるやろ。あんたらは、ただ黙って花を咲かして、また散って、実を結んで、ゆっくりと子孫を増やしながら生命ちゅう尊い糸をつむいでゆきなはれ。ええな、ただ黙って、そっと咲く、それこそが美しいのどっせ」
「分かりましたわ」
「念ずれば花ひらく、ちゅうことでんな」
「きっと咲かしてみせます」

 こうして観音様は、手のひらにのせた花の種達を、ふっと地上に吹き飛ばしはりました。
 お種はん達は、それぞれ思い思いの場所めがけて飛ばはって、そこで根を張って芽を出しました。ある種は道ばたに、ある種は野原に、ある種は高い山の上に、ある種は水に浮いて、やがて、色も、形も、大きさも、さまざまの花を咲かせたのどす。
 そして、ある花は蜜蜂や蝶などに頼んで、ある花は風にのって、ある花は鳥や獣に食べてもろうて、それぞれの新たな種の子供達を育てては蒔き散らして、殺風景やった地上は、ちょっとずつ癒されていったのどす。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 17:03 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

2009年06月08日

仏教童話ってやつも面白いよ。

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花咲く日のこと3

 けど陸の上は、どうだっしゃろ・・・ぼちぼちと草木は生えとりましたけど、大半は砂漠どした。
「これでは、人が殺風景と思うのもしゃあないなあ。心も荒むはずやわなあ」
 と、呟かはった観音様は懐から何ぞ出さはりました。柔らかに白い手のひらには、黒い粒々がてんこ盛りにおましてなあ、観音様は、その粒々に甘い息を吹きかけましたのどす。
「お種はん達、よう聞きや。これから、あんたらを地上に蒔いたるから、どこでも好きな場所を選んで、大きゅうても小そうてもどんなんでもよろし、パアッと花を咲かせなはれ」
 観音様は、花で地上を飾ったなら人の心もやわらいで、落ち着いてきて、いつの日にか殺し合いや戦争なんぞも、のうなってしまうやろ、とお考えにならはったのどっせ。

 すると、観音様の手のひらの上で、花の種達が、こう云うのどす。
「わてら、ただの黒い粒々どっせ。そんな、花なんかいうもん咲かせられますのやろか」
「ほんまやなあ。わてら、何や自信がおまへんわ」
「たとえ咲いても人が見てくれなんだら、咲いてないんもいっしょやしなあ」
「そやな、それやったら咲く努力もアホらしわ」
 観音様は、そんな花の種達にも、にっこりと微笑まはって、優しゅう教えたのどすえ・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 18:38 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

2009年06月07日

日本仏教って何?!って人々に捧ぐ・・。

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花咲く日のこと2

 陸の上にも、そら色々の生物がおりましたけど、中でもやっぱり人ちゅうのんは、ややこしおすなあ。山で猪(いのしし)を捕ってきても、いざ食べる時には
「山鯨(やまくじら)やで・・」
 いうてみたり、海で釣りする時には・・
「海老で鯛釣ったら、お目でコンコや」
 いうたり
「何をさらしの褌や」
 ていうてみたり、何ちゅうても戦争が好きで、神さんも仏さんも呆れてはりましたのえ。

 この人間のありさまを見てはって、たいそう深く悲しまれはったのが、ぜんぶの神仏はんのうちでも
「ずばぬけて一番に美しい」
 と云われたはります十一面観世音菩薩様どした。この観音様がどれほどにお美しいかて云うたなら、あんた、そらもう厳しい修行を積まはった偉いお坊さんが、ついつい恋してしもうて叱られはった、て云うくらいにお美しいのどす。
 しかも、お顔が十一もおますよって、まあるい地球なんぞ一目で隅々まで見とおしてしまわれますのんえ。また、こんだけ優しゅうて慈悲深い仏さんも、ようけはおりまへん。そんな十一面観世音菩薩様が、つくづく地上を眺めはりましてなあ、一つ深いため息をつかはりました。そのため息は、たとえば沈香ちゅう最高級のお香よりも甘い、ええ匂いがしますのどすよって、戦争に明け暮れてる人間も、ふと我にかえって天を見上げたりしたのどす。
「あんたら、ええ加減にしよし」
 て、観音様は諭しはりました。
けど、人間のあつかましさは・・
「どうせ殺風景なとこやがな、殺ったもん勝ちやんけ」
 と、そらもう話にも何もなりまへん。

 けど、さすが観音様は逆ギレしたりは、しまへんのえ。
なるほど海の中は、色も形もとりどりのお魚はんが気楽げに泳いどるし、海草や海藻や珊瑚とかもおますしなあ、それに何より広々としてますよって、よろしおしたわなあ・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 21:20 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

2009年06月06日

童話もたまには面白いんじゃけんのもし。

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花咲く日のこと1
    
 さあて、昔もむかし、のお話どす。どのくらいの昔か、というと、わてらが住む地球どころか、天高くあるお日様やお月様どころか、銀河系どころか、大宇宙そのものが無かったほどの昔どす。

ある日、大日如来様という、それはそれは偉い神仏様が、ふと、ええことを思いつかはりましたんえ。ずっと大切にしてはりました宝石箱を、惜しげもなしにひっくり返してしまわれたのどす。
そうして散らばった宝石の一つ一つがお星様になり、とうとう大宇宙が誕生したというわけどっせ。赤い星やら青い星やら黄色やら蜜柑色や白色や黒い星もおました。その数えきれへん星々の中で、ひときわ美しゅう透きとおった青に輝いて、ふわりと純白の雲の着物をまとうた星が、わてらが住む地球なのどっせ。

 地球の美しさいうたら、それこそ大宇宙で一番か二番くらいどっしゃん。大日如来様は
「よっしゃ。ここに仰山の生物をこさえたろやないか。みなで助けおうて仲良う暮らせや」
 と云わはって、まずは青い海に大きいのんやら小さいのんやら丸いのんやら平たいのんやらの、そらもう色々のお魚はんを泳がしはりましたのどす。綺麗おしたけど、何や寂しおした海は、たちまち賑やかになってきて、それぞれ可愛らしい赤ちゃんもでけましたんえ。ちょっとトロくさい烏賊が他の魚にぶつかって
「どこ見て泳いどんのじゃ、このタコ」
やなんて、ややこしい事を云われたり
「えらいナヨナヨっとしてクネクネしてはるなあ」
て噂されてた蛸が、実はやっぱりオカマやったり、危機一髪の時にパッと墨はいてシュッと逃げてまう蛸をみかけた鯛や平目が
「まあ、イカしてるう」
と云いながら舞い踊るのどっせ。まあ、海の竜宮城か京都の祇園か、いうほどの華やかさどしたわなあ・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 20:48 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

2008年12月12日

人間の欲望は果てしないからこそ、足ることを知れば、たちまち幸せになれるのさ!!

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空ノ蔵の物語
        三
 すると王様は
「私の国では、一年分の食料をたくわえておるぞよ。もし今年が不作でも、みんなで一年辛抱すれば、また自然の恵みがもたらされるじゃろう」
 と云うたんじゃちゅわね。ほしたらの、鬼や悪魔は・・
「甘いでえ、王様よ。アンタの国の大蔵は、まだスカスカやんか。もっとこう、ぎっしり詰め込んで、それでも足りんようになるから、また山の木を伐って蔵を建てて、腐った物は捨てて新鮮な物だけを積んでいかな」
 ところがのもし、王様は・・
「腐らせて捨てるのは、食べ切れないからじゃけん。人は空腹でない程度に食べ、暑さ寒さに雨露をしのげるほどに暮らせれば幸せじゃよ。それになあ、私の国の大蔵は、もう沢山の大切なものが詰まっているからなあ、余計な物は入らないんじゃけんのもし」
 と笑ったんじゃちゅう。
「何をネボケとるんじゃい」
「大蔵は空っぽに近いやないかい」
 と鬼や悪魔は云い・・、王様は・・
「目には見えないが、みんなの思い出、という宝物がぎっしり詰まっておってのう、それでもありがたいことに、思い出はどんどん増えてゆくわい」
 と云ったんじゃそうな。
鬼や悪魔は、とうとう呆れ果ててのもし、みなで・・
「とても、こんな国には住めんでよ」
 と、地下深くに逃げてしもうたらしい。

 一方、『まだ足りん国』の大きな木につながれて雨ざらし日ざらしになっていた馬は、やがて新しく建った蔵に入れられたんぞね。
「さあ、家もできた。新鮮な御馳走もたっぷり食え。口に合わなければ、遠慮なく言えよ。何せ馬だけに、もっと美味い物を探して食わせてやるでよ。この水もな、ただの水ではないぞ。山や川の水は枯れてきたからな、海の底の水をくみ上げておるのよ」
 ほしたら、馬が云うたっちゅう。
「もう充分じゃ。食い切れんほどの食料はもったいないだけじゃし、山や川が枯れたのは、お前さんらの限りない欲望のせいじゃぞ。それでも、まだ足りん、といっては海の底まで荒らすとは、呆れてしまうばかりじゃ。そんな事を繰り返しているうちは、目の前に在る幸せにも気づかないままで、まだ安心できん、と心配ばかりしながら、一生アクセクと苦労せにゃならんがの」
「馬のくせに説教するとは、お前のほうこそ呆れたヤツじゃが。まあええわい。もっと美味いモンをたらふく食わせてやるから、早う仲間を呼べや。もっともっと、ええ暮らしさしちゃるでえ」
 そんなある日のこと、ついに馬は・・
「キリがない。こりゃ、こんな所には住めんわい」
 とタメ息をつき、とうとう『まだ足りん国』を逃げ出して『もう足りとる国』へ入った。すると『もう足りとる国』の人々は・・「何と見事な馬じゃ。こんな馬を見ることができただけでもありがたや」
 と喜び合い
「王様や他の人にも見てもらおう。眼福じゃもの」
「おお、眼福じゃ」
 と云い、みんなで喜びを分かち合ったんじゃちゅわのもし。
王様も
「ほんに見事な馬じゃなあ。やれ、馬よ。食べ物とて、これだけしかないが、みんなで協力して育てた自然の恵みじゃ。それを美味しいと思うてくれるなら、いつまでもこの国で暮らしてくれよ」
 と、馬のたてがみを優しく撫でた。
馬は、コクリと深くうなずき、この『もう足りとる国』で、満ち足りた幸福をまき散らしながら暮らしたんじゃと。

 さて『まだ足りん国』から仏様が出ていったスキには、鬼や悪魔が這い出してきてなあ、この『まだ足りん国』をたいそう気に入って、そのまま棲みついたんじゃと。
 何せ、鬼や悪魔の大好物の、限りない欲望が渦巻いておるんじゃけん。
 やがて長い長い時間が流れ、二つの国は徐々にまじわって一つの国になってしもうたよ。もう、分かっておるんじゃろ・・、一つになった国の名は『人の心』ちゅうんじゃがね。
 さあて、これを読んだり聞いたりしてくれた皆々様に、はてさて、お前様は『もう足りとる国』と『まだ足りん国』の、いったいどっちの子孫じゃろうかな?
(はあ、猿がお尻は真赤いなあ、真赤いな【物語り、お終い。という意味じゃけんのもし】)

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 14:01 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

2008年12月11日

人間の欲望は果てしないもんじゃから、いっそう心して、足るを知る、ことが肝要ぞ!!

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空ノ蔵の物語
     二
 さて、青い大空に浮かぶ白い雲の上ではのもし、神様や仏様が集まって話し合いをされとりまさい。
「おいおい、何やら地上が物騒なことになっとるぞよ」
「ほうよ、人間が戦争なんぞを思いついたらしいわね」
「いや、あれは鬼や悪魔どもの入れ知恵じゃがや」
「ありゃりゃあ、鬼や悪魔は、ずいぶん前にやっつけて、地下の牢屋に閉じこめているはずじゃけんどのもし」
「それがのう、近ごろは、まだ足りん国が、地上だけでは足りん、と云うて、ぎょうさんの穴を掘っとるけんのーえ、ほんで・・」
「地下にあった鬼や悪魔の牢屋が、こわれてしもうたんかいのもし」
「どうも、そうらしいんよ。わしゃ、今年が当番じゃったけんの、人間達に幸せを分けるために単身赴任しとったろがね」
「そういや普賢菩薩(ふげんぼさつ)はん、アンタは、確かヘビに化けて行たわいねえ」
「ほうよ。わしゃヘビに化けて行ったんじゃけんどのーえ、どうも人間はヘビをきらうんかのう、わしを見るたびに大人はタマゲるわ、子供は泣いて逃げ出すわ、こりゃイカン、と思うて・・、ついつい石垣の奥や地下に隠れておるうちに、アンタ、つい幸せを分け切れずに、とうとう世の中が不景気や争いで大騒ぎじゃがね。ほれ、ワシってもともと内気で恥ずかしがり屋さんじゃけんのもし」

 この時には、どうも伊予西条の神仏さんらだけでなしに、摂津(せっつ)は浪速(なにわ)のほうの神仏さんもおったらしいわね。
「のんきな事を云うとる場合やおまへんで」
「そうや。早う何とかしたらんとアカンでえ」
「とくに、のぉの助ちゅう男前、アレはメッチャおもろいヤツやからなあ・・、ちょっとでも早うに、何とかしたらなあかんがな」
「とにかく、次の当番は誰やねん」
「ワシですけん」
「おお勢至菩薩(せいしぼさつ)はんかいな。ほんならアンタは何に化けていきますのん。二回つづけて同じモンはあきまへんで」「分かっとりますけん。こうなったら、脚の速い午に化けていきたいと思います。地上を駆け回って、何とか幸せを分け与えてやりたいと思いますけんのもし」
「ほやけんど、アンタ、幸せを分けたるんは、心がけのええ人々が先やないとあきまへんで」
「分かっとりますけん。まあ任しとって下さい」

 こうして勢至菩薩様は足の速い馬に化けてのもし、何とか早うに戦争を思いとどまらせようと思われたんじゃろねえ・・、まずは『まだ足りん国』へと急いだんじゃちゅわね。
 りっぱな馬を見つけた『まだ足りん国』の人々は、この馬が仏様じゃとは分からんままに、さっそく王様のところへ馬を連れていったっちゅ。
「何と見事な馬じゃ。けんど、一頭だけとは、まだ足りんわい。きっと仲間がおるはずじゃけんのう。もっとよく探さんかい」
 と云い、宝物を入れる大きな蔵へ入れようとしたところが、蔵にはぎっしりと物が詰まっておりますけんのもし・・。
しかたがないので『まだ足りん国』の王様は・・
「馬なら外へつないでおけばよかろうがや」
 と云うてのもし、大きな木につないだんじゃと。

 ところが、アンタ、鬼や悪魔には、木につながれた馬が仏様じゃということが分かるがね。
「こりゃアカンで。見つかったら、また牢屋に入れられてまうがな。とりあえず『もう足りとる国』へ逃げとこ」
 と云い、みんなで『もう足りとる国』へ引っ越したんですけん。
引っ越す時に鬼や悪魔達は・・
「高いぃ、低いぃ、仕事きっちり!」
 と、ワケの分からん唄を歌いもて荷物を運んだらしいけんどが、まあ、このさい、ほなな事はどうでもええ。
「まあ『もう足りとる国』ちゅうくらいやから、そら御馳走やら宝物やら、ギョーサンあるはずや」
「おお、楽しみやのう」
 などと云いながら引っ越したんじゃちゅう。

 ところが、『もう足りとる国』に着いた鬼や悪魔は驚いてしもうた。
「何や、これだけかい」
 と呆れたらしいわね。そこで『もう足りとる国』の王様の寝室にもぐり込んでのもし・・
「王様よ、アンタの国は貧しすぎるんちゃうか。宝物なんぞ一つもないし、もっと食べ物なんかも、いっぱいたくわえなアカンやろ」「そうやで。『まだ足りん国』を見てみなはれ。国民が五十年かかっても使い切れん宝物と、百年かかっても食べきれん食料をたくわえとる」
「それでも、まだ足りん、ちゅうてアンタ、みな目の色変えて必死で働いて働いて、ちょっとでもスキを見せたら、よその家族のモンでも盗んできよるで」
「ホンマに、ええ心がけやなあ」
 と口々に、『もう足りとる国』の王様をそそのかした。
「人間やろが。もっと欲を出さんかい」
 と、王様を説得しようとしたんじゃちゅわね。
なんちゅうても、アンタ、鬼や悪魔の大好物は、人間の内に生まれる限りない欲望・・、ちゅうやつじゃけんのもし・・・。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 16:03 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用

2008年12月10日

足るを知ることこそが、この世を救い、みんなが幸せに暮らしてゆける第一歩ぞね!!と古い西条弁で物語り・・

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空ノ蔵(からのくら)物語

 昔むかし、とはいうてものもし・・、人々が助け合ってお米を作れるようになった頃のお話ですけん。
 はじめは大地のあちこちに、小まい小まい村がいっぱいあった。
それが、ちょっぽしずつ集まって小んまい村になり、それが、ちょっぽしずつ集まって小んまい小んまい国になり、それが、ちょっぽしずつ集まって小んまい国になり、それが、ちょっぽしずつ集まってのもし・・、とうとう大きな国が、二ぁつできたんじゃと。

 一つの国の王様の口ぐせはのもし・・
「もう足りとる」
 と云い、もう一つの国の王様の口ぐせは・・
「まだ足りん」
 と云うたから・・、一つの国は『もう足りとる国』と呼ばれ、もう一つの国は『まだ足りん国』と呼ばれたんじゃそうな。
 それぞれの国には、大きな大きな蔵があったんじゃちゅわね。
『もう足りとる国』の蔵には、国民が一年ほど暮らせる食べ物がたくわえられたんじゃけんどのーえ・・、それを見た人々が
「もう足りとる」
 と云うものじゃから、それ以上は増えずに、いっつも広々としておったじゃちゅわね。そこで王様は・・
「雨の日や強い風の日、大雪の日や暑すぎる日なんかに、みなが集まって安心できる場所にしょうじゃないか。ふだんは、子供達がのびのびと遊んだらええんじゃけん」
 と云い、人々の憩いの場所となったんじゃと。

『まだ足りん国』の蔵には、人々が百年も暮らせるほどの食べ物や、王様が集めた宝物が詰め込まれたけんどのもし・・、ほんでも王様は・・
「まだ足りん」
 と云うもんじゃけん、次々と大きな蔵が新しく建てられて、人々も・・
「土地が狭うなって住みにくいけんど、何かと便利になっていきよるし、いざっちゅう時には、たくわえが多い方が安心じゃけんのう。安心するにゃあ、まだ足りんがや」
 と云い、山に行っては熊や鹿や兎などを狩り、木ノ実をとり、海に行っては魚や貝や海草をとり、王様も宝物をいっぱい集めては
「まだ足りん」
 と云うたんじゃちゅわね。
ほんでのもし・・、とうとう『まだ足りん国』の山には木がなくなり、動物がいなくなり、川が枯れて、海も汚れてきたんじゃけんど、人々は・・
「まだ足りんのに、大変じゃがや。こうなったら、もう足りとる国を襲って奪うしかないぞよ」
「ほうじゃ、どうせ向こうは、もう足りとるんじゃけん、奪ってもかまわんかろがや」
「よっしゃ、戦争をしかけて国ごと奪ったろや」
 などと云い出したんじゃと・・。

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2008年11月30日

猿と蟹とがケンカして・・

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 まずは・・・
「猿じゃ」
 なんぞと一口に云うてものーえ、そりゃあ、もう昔から
「猿でも十匹十色じゃけんのもし」
 と云われておるくらいで、この広い地球上には、それこそ世界各地に、いろいろの猿がおりまさい。
 ああ、先に断っときますけんどのもし・・
「人類は猿から進化したんぞよ」
 やか云うて、まるで猿を人のデキソコナイみたいに想うとる者らもおりますけんど、そら猿に失礼ちゅうもんですけん。

 まあ、猿の立場で考えてみたら・・、二百年近うも、そななこと云われ続けとうみや・・、あんたぁ、そりゃ、なんぼ猿でも・・
「ひょっとしたら、そうかも知れへんなあ」
 と思うてしもたんとちがいますかしらん・・。
近ごろの猿どもときたら、たしかに人間よりはバカみたいにも見えますけん。ほやけんどねえ、あんた、猿も人とおんなじで、昔の猿は、そら賢かったんぞのもし・・。
ちゃあんと歴史に名を残した有名どころでは、たとえば孫悟空(そんごくうう)なんか、こりゃ大御所と云うても、よかろと思いまさい。なんというても仏教では忘れられん、かの三蔵法師(さんぞうほうし)さんの御共してのもし・・、あんたぁ、中国と天竺(てんじく)を渡り歩いた偉い猿ですけんねえ・・。
その子孫のうちでも天竺に住みついたやつらなんかは、今でも
「猿は、神さんぞよ」
 やか云われて、そりゃあ大事にされとるらしいんですけんねえ。
ほやけんどの・・、おんなじ子孫のうちでも中国に住みついたやつらは、こりゃ可哀想なかったらしいわね。
「猿は、人の病気に効く漢方薬あるね」
 やか云われての、なんと、脳ミソを食われたもんでさい。
ほんでも、まあ、まがりなりにも、これ大変に有り難がられたことには違いないんですけん、やっぱり・・
「さすがは孫悟空の子孫じゃのう」
 ちゅうて誉めてやらないかんわいのもし・・。

 さてさてじゃ・・、ところ変わって日本のお猿さん、これは、どななもんだろぞ・・。先に云うときますけんどのもし、昔から日本猿っちゅうて云うだけあって、これは孫悟空の子孫とは違うんぞよ。ほやけんのーえ、ほうじゃのもし・・、誰でも知っとる日本猿の有名どころちゅうたら・・、ほうじゃ・・、あの猿蟹合戦の猿ですけん。ありゃりゃあ、ほやけんど、こりゃ、こりゃ、ちょっと肩身の狭い思いをせんならんぞのもし・・。
 人のええ、いや、蟹のええ蟹から美味い握り飯をだまし取って食うてしもうたばかりか、それで苦情を云うた蟹に、なんと暴行まで加えたっちゅうんですけんねえ、これはいかんぞよ・・。
 まあ、やられた蟹のほうも泣き寝入りはせんとのーえ、臼やら栗やら蜂やらと・・、大勢を雇うて仕返ししたらしいですけんど、どっちにしても、これが面白可笑しいに昔話になって後世に語り継がれたもんですけん、まあ悪役になってしもうた猿の子孫らは、そらツライめぇしたらしいわね・・。

 たとえば、小田原のあたりに住みついたもんは、代々が籠屋をやって家族を養うとりまさい。それも、いっつも小田原提灯をぶら下げとったらしいですけん、もう昼も夜もなしに働きとおしとったんだろぞい。まあ、あんたぁ、唄じゃったらの・・
「ホーイホイホイ、ホイサッサ」
 やか云うて、さも威勢もように軽げぇに唄われますけんど、籠屋ちゅうたら楽な商売やない、そら大変な重労働なんですけんねえ。重たい籠を担いで夜中まで走りまわるうちには、可哀想に、すっかり脚も腰も曲がってしもうて、座っても背中丸めなあかんほどに疲れきってしもとりまさい・・。

 また、なかには
「猿まわし」
 たら云うて、人間に、首輪やら腰ひもで括られてしもてなあ・・芸人、いや、芸猿として身を立てようとするもんも出とりますけん。この末裔は、今でこそスターなみにテレビやか出ますし、ちょうど、これから年末じゃの正月じゃのには、引っ張りダコ・・、いや、引っ張りザルになりますけんどのもし・・、芸の道、これも、あんたぁ・・、ほんまに辛いもんですけんねえ。
人に教えられたとおりにやっとるのに・・
「反省」
 やか云われて、それでも素直に反省しとるのを、これまた人に嘲笑われて、あげくには・・
「反省やったら猿でもでけるでえ」
 やなんてバカにされる日々なんですけん。
それでも逃げることも許されんとからに・・、毎日の辛い仕込みに耐えるしかないんですけんねえ。ほんまに、つらいこっちゃ。
ほんで、ようよう一匹前の芸を覚えて舞台の華を咲かしても、あんた、ギャラはせいぜいバナナ一本か二本ですわ。
これでは、とうてい妻子を食わせてはいけませんけんねえ・・。

 ほんでも芸猿のなかには性根の座ったやつもおってねえ、夜ごと「芸のためやったら女房も泣かすでえ。なんや小春ぅ、その辛気くさい顔はぁ。文句言う前に酒や!酒や!酒買うてこい!」
 て暴れるもんも仰山おります。酒を買うというても、あんたぁ、そこは酒屋も生業やし、バナナ一本では売ってくれません。
可哀想なんは嫁はん・・、ちゅうあたりは、やっぱし人間と変わわんわね。母猿は、幼い子ぉを抱きかかえてねえ、震えもてでも、じいっと堪えるしか知りませんのですけん、そら可哀想なもんぞね。

 そんな猿を見ながら、蟹の子孫どもは・・
「どや?辛いカニ?御先祖様の罰じゃガニ」
 なんぞと拍手、いや、ハサミを鳴らして嘲笑いころげ、ついには嘲笑いすぎてねえ、口から泡ふくようになってしもうたほどでさい。この蟹どもはのもし・・・
「美味いカニ?なんぼでも食うて精つけて、もっと猿どもを泣かしたってくれんカニィ」
 ちゅうて人間を喜ばしよりまさい。そりゃあ蟹は美味いですけんどねえ・・、ほやけんど、あんたぁ・・、なんぼ子沢山やからと云うても、自分らの子孫まで食わして人を雇うのは、どななもんだろぞ。と、うちは思いよりますけん、あんまり蟹は食べたない・・。

 まあ、だいたいの人間は蟹が大好きで、煮たり焼いたり刺身にしたり、しゃぶしゃぶで食う贅沢者もおれば、甲羅に酒ついで・・「蟹酒じゃガニ、美味いガニ」
 と喜ぶ者までおりまさい。そうして美味い蟹を、たらふく食うては、精だして猿をこき使い、それを観て拍手しよるんですけん・・。

 この日本猿にゃあ、昔から、言葉の暴力もありまさい・・。
猿の浅知恵、猿芝居なんぞと悪口も考えだして言いたい放題、あげくは猿股じゃのいうて、なんと股引ちゅう、こりゃ褌代わりの下着にまでしてしまう始末ですけんねえ・・。
ほんでも日本猿は・・
「見ザル、云わザル、聞かザル」
 と腹をくくって、じっと辛抱しとったんじゃけん、そろそろ見上げたらないかんわね。なんぼ先祖からの因果応報とはいうたての、そら、ストレスもたまりまさい。たまには温泉にも浸かって、顔だけやなしに、尻までもが真っ赤になるほどの猿酒でも呑まにゃあ、やりきれんかったんじゃ・・、と、うちは思いよりますけん。

 こりゃ、ほんまの話ぞね・・
こなな苦労しよる日本猿を哀れに思し召した神さんと仏さんはのーえ、日本猿どもに山奥の温泉を紹介したったり、ついでに頬袋ちゅうもんをこさえてやって、いつでも自分の口ん中で酒を醸すことがでけるようにしたったんじゃけんのもし・・。
まあ、これで、すっかりアル中になってしもた・・、という噂もありますけんどが、・・いっつも猿の顔や尻が赤なってるんは、ありゃあ、酒灼けだろか・・?

 まあ、とにかく神さんや仏さんは平等公平ですけん、蟹には・・「先祖の仕返しは、もう充分やないカニ?仲間や子孫まで人に食わすんは、こりゃヤリ過ぎちゅうもんや!ええ加減にしとかんカニ!」
 と、それは大層な剣幕で叱ったちゅう。
神さん仏さんに叱られて・・
「堪忍しとくれやす」
 と改心した蟹は、それまでの所業を恥じてねえ、まっすぐに堂々と歩くことをやめてしもうてカサコソと横歩きするようになり、いっつも地に這いつくばって土下座、いや、平身低頭しとりまさいねえ。そんな蟹のなかには・・
「今までの悪行三昧を思い出すにつけ、このまま世間に身をさらすことはでけん。わたしは、深い海の底で静かに暮らす、そんなカニになりたい」
 と、それはそれは深い海の底に姿を隠したもんもおりますあたりは、日本国の偉いさんらにも、ぜひ見習うてほしいところじゃ、とも、うちは思いよりますけん・・。

 いっぽうの日本猿、こいつらも、なかなかに大したもんでさい。
芸をきわめて人を和ますもんも大勢おりますしな、母猿が子猿を大切に抱きかかえて必死に育てとる姿をみて感動せんようなやつは、こりゃ人でなしじゃ。ほんでのもし・・
とうとう、あんたぁ・・、猿飛佐助やら豊臣秀吉じゃの・・、立派に歴史に名を残す猿も出てくるまでになったんぞなもし・・。

 えっ?
ええ加減なこと云い過ぎやて?
いや、過ぎたるは及ばザルがごとし、でさい。
ほな、失礼しますけん、・・サルものは追わんといて下さいね。

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posted by 歴史小説家 菅靖匡 at 11:40 | Comment(0) | 仏教童話 当ブログ用